前潟都窪の日記

2004年06月02日(水) 【二千年前の闇と静寂、ペトラ遺跡・・ヨルダン� �

 ヨルダンの首都アンマンは海抜800m〜1000mの高地にある起伏の多い古い都市である。石器時代から人が住んでいたといわれ鉄器時代にアンモン王国の首都が置かれていたと伝承されている。

 ビザンチン時代に教会が沢山建てられて発展した。1923年にトランスヨルダン王国が発足し首都が置かれ、1946年にイギリスの支配から独立してからも首都として機能し現在に至っている。人口は150万人である。

 シタデルの丘の高い所に2世紀にローマ帝国のマルクスアウレリュウス帝の時建てられたというヘラクレス神殿の石柱が一際高く聳えており、そこから下方に目を転ずるとローマ時代の円形劇場も残っている。ビザンチン時代の教会がそこここにあるのも見渡せる。街全体が石灰岩の石組みの建物で構成されており、白っぽい感じのする街並である。永年に渡る人間の営為の積み重ねが作り上げた古い歴史を持つ街であることが感じ取れた。ヘラクレスの大きな手が玄関に飾られている小さな博物館がひっそりとした感じで建っていたのも印象に残る佇まいであった。

 久し振りにビールにありつけた昼食の後、アンマンの街を後にして一路230kmの道程をナバティア人の隊商都市ペトラ遺跡へ向けてバスのドライブである。アンマンの市街地をはずれるにつれ、果てし無く続く荒涼とした砂漠が現れる。時に現れる小高い山には草木が生えておらず荒々しい岩肌が太陽光に照らされて茶褐色に光っている。砂漠には駱駝が食するというラタミという雑草がところどころ生えているだけである。地平線の果てまで広がる広大な砂漠を駆け抜けていくと時折砂山が築かれて白い砂煙が立ちのぼっている所がある。これは燐鉱石を採取している現場である。ヨルダンの貴重な砂漠の鉱物資源である。数カ所でこの燐鉱石の採掘場を目撃した。付近に敷設されている狭軌で単線の鉄道線路は燐鉱石運搬用であるという。

 殺風景な砂漠の光景にうんざりしかけた頃、丘陵地が現れ高度が次第に上がっていき今までの平地と異なり起伏の多い地帯が現れた。村落もぼつりぼつりと現れ始めたペトラの街へ近づいたのである。かなり高度の上がった山中へ入ったと思う間もなく市街地の開けている峠に差しかかった。このあたり一帯をモーゼの谷と呼ぶらしい。前方に開けている街がペトラの街であった。折から運良く太陽が真向かいの山頂に落ちていくところであった。


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