前潟都窪の日記

2004年06月03日(木) 【二千年前の静寂と闇、ペトラ遺跡・・ヨルダン�◆�

 到着した日には観光案内所からシークを通ってエル・ハズネに至る通路に足元だけを照らす蝋燭の照明が設置され、古代の「闇と静寂を体験」できるイベントが催されるというので20$払って参加した。

 往復一時間半程の行程であったが、岩壁に囲まれた古代の隊商道を静まりかえった暗闇の中、通路に沿って一定の間隔をとって置かれている紙袋で覆われた蝋燭の照明だけを頼りに歩いた探索は今回の旅で最も印象深い体験であった。

 周囲は両側を岩壁に閉ざされており、場所によっては天井を覆うように張り出している岩壁が今にも落ちてきそうにさえ思える。台湾のタロコ渓谷も夜中に歩けばこのような雰囲気かなと過去の体験を知らず知らずのうちに思い出していた。岩の割れ目から仰ぐ空には星が大きくきらめいていて、聞こえるものは自分の足音だけである。他人の足音も最初は聞こえていたが、それぞれの歩く速度に従って距離が空き、自分の足音だけしか聞こえなくなるのである。しかも初めて通る道であり、行く手にどんなものが待ち受けているのかさえも予測がつかないから恐怖心と好奇心がないまぜになった複雑な心境である。段差のある石畳みの個所もあるので足元に気を取られて周囲を見回す余裕もない。ただひたすら照明を頼りに歩くのみである。足元を照らす照明はあたかも京都は化野の念仏寺の墓地の灯明のような趣である。

 好奇心と不安な気持ちを抱きながらなおも歩を進めると岩壁と岩壁の合間にライトアップされた巨大な殿堂の一部が突然視界に飛び込んでくる。大きな一つの岩に彫り込まれた二階建てのエルハズネの遺跡である。

 岩壁の合間の狭い道を通り抜けて広場にでるとエルハズネが全容を現す。赤みがかったピンク色をした殿堂は6本の柱によって支えられている。遺跡の前に開けた広場には紙袋に覆われた蝋燭の照明が幾列かに整然と並べて置かれており、いやがうえにも漆黒の空間に神秘性をかもし出している。足元に注意しながら殿堂に近づき階段を登っていくと一階には両側に小部屋のある大広間へと繋がっている入り口がある。ここに佇んで恐る恐る中を覗き込むと殿堂の奥は漆黒の暗闇で中から妙なる音色が聞こえてくる。笛の音か弦楽器の音色なのか定かではないが荘厳な気持ちになり身が引き締まる思いである。暫くその場にたたずんで音色に聞きほれながら古代人はどのような思いでこの場に佇んだであろうかと思いを馳せてみた。おそらく彼は神をそこに意識したのではないかと思った。

 そのうち同行の仲間や他のグループの人々が三々五々集まってきて暫しの静寂は破られてしまったが、そこに居合わせた者皆が同じ思いに沈んでいるように思えた。

 テント張りの土産物屋でお茶のサービスを受け再び元の道を辿ってホテルへ帰りついた。 

 朝8時半にホテルを出発して昨夜歩いた道を今度は馬に乗ってシークの入り口まで行きそこから徒歩でシークを通り抜けた。昨夜は暗くて黒い岩壁だけしか見えなかったが太陽光の中で観察すると切り立った岩壁は砂岩であり、自然の造りなす文様が岩肌に刻み込まれていてそれだけでも美しい景観である。しかも驚いたことにこの岩壁のあちこちに穴が穿たれていたり、彫刻が施されていたりして、ここにはその昔商店が建ち並んでいたものと考えられている。さらに驚いたことは岩壁に水路が穿たれており、水道設備が整っていたことである。

 そしてこのシークを感慨も新たに通り抜けると再びあのエルハズネの神殿が切り立った岩壁の間に今度は太陽に照らされて佇立する威容が突然目の中に飛び込んでくる感激の一瞬である。

 このエルハズネは紀元前1世紀頃アレタス3世のための墓として建設されたものと考えられている。高さ40m、横幅28mで二層からなっていて一階の正面には6本の柱が建っている。両端それぞれ2本の柱は壁に埋め込まれた形をしていて柱の間にはゼウスの息子の騎手を表す台座に乗った像が彫刻されていて片方は馬に乗って西を向き、もう片方は東を向いている。これは死者の魂をあの世へ送っている様を描いていると考えられている。二階は三区画の岩の塊をそれぞれ4本の柱が取り囲んだように彫り込まれていてその上には屋根を模した装飾が施されている。中央の屋根の上には壺を乗せている。この壺の中には財宝が入っているという迷信が伝えられている。 そして二階部分の建物を擬した壁面には蠍を描いた像、ナバティアの神々を象徴化した像が彫り込まれている。彼等は多神教を信じていた。

 このエルハズネをやり過ごして更に奥へ進むと岩壁を利用して作られた円形劇場、犠牲の祭壇、大寺院、凱旋門、翼を持ったライオンの寺院、柱廊等の遺跡がある。これらの遺跡からこの地に都市機能をもった集落が営まれていたことがよく判る。

 更にグブサ山に登っていくとアーンの墓、シルクの墓、コリンシアンの墓、宮殿の墓等の遺跡がある。何れも巨大な砂岩に刻み込まれた大きな彫刻である。

 たった一回だけのしかも駆け足の見学で遺跡のひとつひとつを詳細に説明することはできないが、一口で表現すれば、ペトラ遺跡は墓の芸術だといえなくもない程に墓が多いという印象である。

 登り道を上へ上へと登って最後はエド・ディル(ナバティアの神殿)までたどりついた。この地点で標高は1030mであった。下りは登りよりも疲れる行程となり、へとへとに疲れ果てて本日の観光を終えた。ここでの圧巻はなんといってもエル・ハズネであった。

 ここヨルダンでは酒が許されているので、ホテルの夕食では久し振りにワインを痛飲した。岩に穴を穿って部屋の作られている「墓場」跡のバーへ二次会に繰り出して同行の人達5人で歓談し楽しい夜を過ごした。某氏曰く「これこそ『ハカバー』だ」と。

 バスでワディラムへ向かった。このワディラムの砂漠は「アラビアのローレンス」の映画の撮影が行われたことで有名である。

 ここでは四輪駆動のトラックに乗り換えて砂漠の砂地を疾駆した。ローレンスが撮影のとき利用したといわれる「ローレンスの泉」、「fha文字」で書かれた碑文の岩、七つの智恵の柱という奇岩、2000年前に「サモジ語」で描かれた岩絵等を見学した。

 ローレンスがアラビア人を率いてヒジャース鉄道を破壊するために出撃するシーンに使われたという場所は大きな岩山の下に五色に輝く砂漠が広がっていた。


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