前潟都窪の日記

2004年06月16日(水) 【世界八番目の不思議兵馬俑坑・・北京・洛陽・西安�◆�

 西安駅から洛陽駅まで約6時間の旅は沿線の田園風景を眺めながらの快適ではあるがやや退屈な旅であった。緑なす広大な田畑にときどき出現する村落の建物はいずれも煉瓦造りの単純な構造のものばかりで、木造建築は全然見かけられない。壁面には漢字でスローガンらしきものが書きなぐられているのを散見したが、その度にここはやはり社会主義国家なのだと思いなおすのであった。

 洛陽市は岡山市と姉妹都市縁組をしており人口は120万人。東西に20km南北に5kmの細長い都市である。都市の花は牡丹である。洛陽は東周、魏隋唐の時代に都になって栄えた交通の要衝の地である。

  久しぶりに朝ゆっくり起きて9時に宿舎の牡丹城賓館を竜門石窟へ向けて出発した。この石窟は敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟と並んで中国の三大石窟といわれている。

伊河の両岸、竜門山・東山と香山・西山に大小1352の石窟がある494年、北魏の都が大同から洛陽に移された時、雲崗石窟の後を継ぎこの石窟の建設が始まった。以来唐代に至る四百年間にわたってこれらの石窟は掘られ続けた。見学したのは西山の石窟である。

 
  賓陽三洞は建設に80万人が携わったと伝えられ、中央の洞は北魏期のものであり、日本の飛鳥仏に似通った仏像が多い。

  万仏洞には数cmの小像が15000体壁にびっしり彫られている。
  奉先寺洞には唐代に作られた高さ17メートルの盧遮那仏の座像が中央に鎮座している。この仏像は則天武后に似せて作ったと言われておりなかなかいい顔の表情である。これらの仏像は文化大革命の時、全然被害を被らなかった。それは周恩来首相の機転のお蔭だという。
  
 文化革命が怒濤の勢いで進行している頃、文化財の破壊をくい止めようと考えた周恩来首相はこの地を軍隊の駐屯地に指定し、密かに駐屯地の責任者に命じて石仏を守らせたというのである。
  なお、書き漏らしたので追加しておくとガイドの話によれば西安市内の勤め人の平均月収は月12000円位であり、北京で15000円から2万円であるという。


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