| 2004年07月02日(金) |
【中国の内陸部は目下普請中・・・河西回廊� � |
平成16年7月2日(金) 河西回廊紀行 前潟都窪



シルクロードは西安を起点としてローマへ至る古代の東西交易路である。今回は第一回目として中国甘粛省内の旅を選んだ。河西回廊と言われている。敦煌を起点としてバスで東へ遡行し蘭州へ至る旅程である。蘭州から西安までは航空機利用である。
今回の旅行は当初阪急トラピックスで企画したパックツァーが6月20日から10日間の予定で募集されたので旅と囲碁の畏友橋田さんと共に参加申し込みをしていたのだが、募集人員が集まらず、催行が中止になった。そこでインターネットで検索すると全く同様の企画がユーラシア旅行社であることを知り、申し込み実現したのである。この旅の企画については当初の6月20日からの予定だと6月23日に大学の寮友仲間内で毎月実施しているゴルフの会と競合するので代打の友人を探し出してセットしたという経緯もあり、是非行ってみたいコースであったため催行も決定し、今現実に旅が始まろうとしているだけに感慨も一入深いものがある。結果的にはユーラシア旅行社の企画には満足するものがあった。
満足できた点は阪急トラピックスや近畿日本ツーリストの企画と比較して以下の点で違いが際立っていたからである。 1)土産物店への立ち寄りが皆無であったこと。 2)人数が17人であったが大型バスで移動したため座席に全員一人がけできたこと。 3)毎日の行動が克明に時間、場所、立ち寄り場所等とともに記録され、そのコピーが配布されたこと。これは帰国後の写真の整理や紀行記の作成に非常に役にたった。 4)旅行代金も上記二社に比べて高からず安からずでリーズナブルであったこと。 5)イヤフォンガイドを参加者全員に貸与し、ガイドの声が明瞭に聞こえる配慮のあったこと。
9時20分に添乗員の大町章子嬢を中心に同行者の顔合わせをした。男12人、女5人で計17人の手頃なパーティーである。夫婦は一組だけで皆百戦錬磨の旅の強者ばかりという印象である。
今回は酒類の機内持ち込みは禁止されているというので予め求めておいたウイスキーはスーツケースの中に忍ばせておいたから免税店では何も買うものがない。
成田を11時18分発の中国東方航空MU508便で出発。時差は1時間遅れで14時40分に北京首都国際空港へ到着。所要時間約3時間半。北京で入国手続きを済ますため一旦機外へでるが係員がなかなか来ないで暫くまたされた。
北京から西安までは国内線になるためアルコール類の機内持ち込みが禁止されるという理屈である。これは中国の酒は度数が強く、火がつくので危険物とみるらしい。それも中国人がかつて酒に火をつけて機内で騒ぐという事件があったため規制が厳しくなり、酒類の機内持ち込みができなくなったというのが真相らしい。この種の規則とか規制はなにか事件が発生すると必ず再発防止ということで厳しくなるものである。不心得なものがいると自由が制限されるという好例である。
機内で中華の昼食を摂ったがウイスキーやブランデーのサービスはなかった。ビールで我慢する。青島ビールであった。
14時50分北京を出発し16時22分に西安咸陽国際空港へ到着。前回訪問した時よりも建物が変わっていた。新しい建物が旧施設に並んで増設されたらしい。 現地ガイドは王正安氏で日本語はそこそこの実力で人柄は悪くない。
西安空港の新しい建物 ↑

西安市内近くの道路工事↑道路の片側を囲っていた。

工事現場に出入りの車↑
西安市内まで約1時間ほどのドライブで窓外に見えている田園風景の中に点在する小高い山は古代の王侯や貴族の墳墓であろう。 西安市内近くの道路では片側の通路を囲って道路工事が行われていた。そして工事現場へ出入りする下請け業者や納品業者の原動機つきリヤカーも散見した。 西安市内には新しいビルが沢山建っていた。中国の経済発展も沿海部から漸く内陸部へ及び西安市内も目下大規模に普請中との第一印象である。
西安市内の建築中のホテル↑

西安市内の新しいビル↑

西安市近郊の地上げ現場
最初に鼓楼へ見学に行った。鼓楼は城郭の中心にあって昔は、時を告げた重要な建物であるが、生憎修理中で中へは入れなかった。日本から派遣された遣唐使達も当時長安と言われた都のこの鼓楼の前に立ち、物思いに耽ったことであろう。 ホテルは西安賓館で旧市内の南門の近くである。

鐘鼓楼 生憎逆光で鮮明な画像が撮れなかった。

鐘鼓楼近くの餃子で有名な店
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