2005年10月05日(水) |
無縁仏の来歴22(完結編) |
「あなたも承知の上での処置であればなにも会社を辞めることはなかったのではありませんか」 「その後の会社の処置が許せなかったのです。いきなり閑職への配置換えはないでしょう。まだ容疑者に過ぎず司法的な判断はなにも出されていない段階でですよ。会社は今回の責任は私一人にありとしてトカゲの尻尾切りをしたのです」
「臭いな。どうも犯罪の臭いがしますね。ガス検知が充分でなかったのに充分であると錯覚して作業許可の指示を出したとあなたが証言するように仕組まれた犯罪ではないかという臭いがします」 「なんですって。桑山さん、それでは仕組んだのは誰ですか」と沢山が聞いた。 「酸素欠乏による労災事故を仕組んだのは東都プラントで、身元のはっきりしない日雇い労働者を犠牲にすることで自社の商圏を拡大したと推理するとこの事件は説明がしやすくなるのではないでしょうか」 と桑山が新聞記者としての六勘を披露した。
「これは当時の記録を再チェックしてみる必要がありますね」 と沢村が目を輝かせながら言った。 「どうです。沢村さん、東都プラントがなにか仕組んだと思い当たるようなことが何かありませんか」 と桑山は探偵になった気持ちで推理を始めた。 「東都プラントに縄張りを荒されて口惜しいと思ってはいますが、わざと仕組んだと思われるようなことは何もありません」 「東都プラントの策士は誰ですか」 「そうですね。営業の河村でしょうか」 「山本さん、あなたが関東石油で事故のあった工事を担当した当時、あなたに恨みを持っている人はいませんでしたか」 と桑山は聞いた。 「私の性格からして人から恨みを買うようなことはなかったと思います」 「それでは対抗意識を抱いているような同僚とか友人はいませんでしたか」 「そうですね。強いて言えば製造課の栗原君がライバルであったと言えるかもしれませんね」 「ところで河村さん、事故当時の現場付近であなたが何か不審に思うようなことはありませんでしたか」 と桑山が尋ねた。 「もう3年も前の出来事ですから記憶も薄れていますが、現場近くに窒素ボンベの空瓶が一本だけ酸素ボンベに混じって置いてあったのが場違いだなという印象をうけました。そのことが頭にこびりついています」 「あなたが場違いだと感じたのは何故ですか」 「工事現場には酸素ボンベとアセチレンガスのボンベが対になって台車に積まれているのをよく見かけますが、窒素ボンベと酸素ボンベを一緒に置いておくことはないからです。しかも窒素ボンベには空瓶のラベルが貼ってありました」 と沢村が答えると桑山が聞いた。 「窒素ガスの比重は空気よりも軽い筈ですね。密室の中で窒素ガスを放出すれば窒素は天井の方へ溜まりますね」 「その通りです」 「それでは桑山さん。あなたはあの事故はガス検知完了後のベッセルに窒素が密かに放出されたということを疑っておられるのですか」 と山本が口をはさんだ。 「そうです。窒素ガスの溜まっている所へ人間が入れば酸素欠乏のため忽ち呼吸困難になって死んでしまいます。窒素ガスには毒性はありませんが人を殺すことができるのです。今一つ判らないのは、誰がどのようにしてベッセルのなかに窒素ガスを放出したかということです」 「桑山さん、あなたの推理に乗っかって私の推理を言わせて貰いますと、ベッセルの中に窒素ガスをわざと放出したのは製造課の栗原さんでしょう。そしてこのシナリオを書いたのは東都プラントの河村でしょう。栗原さんは山本さんとテニス部の女王岡元美代子嬢をめぐってライバルであったから、山本さんの担当現場で労災事故が発生することは栗原さんにとっては願ってもないことであった。一方東都プラントでは関東石油の横浜精油所に常駐業者として入りたいと狙っていたが、我が報国工業が居直っているので中々入ることができない。若し報国工業の担当エリヤで労災事故が発生すれば報国工業に代わって東都プラントが入り込む口実ができる。しかも、東都プラントの河村氏と関東石油の栗原さんとの親密な交際は事故発生のちょっと前から始まっている。どうでしょうか」 と沢村が自分の推理を披露した。 「なるほど、あの事故がそのようにして企らまれたものであるとすれば、東都プラントや栗原君の行動の意味がよく理解できますね。多分工場長や製造部長はそこまでは知らなかったでしょうね」 と山本が言った。 「はい、私も工場長や製造部長、総務部長は知らなかったと思います。彼らは御身大切だけのサラリーマンですよ」 と沢村も同意した。 「ガス検知後のベッセルにどうやって窒素ガスをいれたのかが、謎として残りますね」 と桑山が頭を振りながら言った。三人ともこの謎をどう解くかがこの事件を告訴できるか否かの鍵になるという点では意見が一致した。 角寿司へ集まった山本、桑山は両親に抱かれて4年振りに我が家へ帰ってきた門川 久の遺骨に万感の思いを込めて焼香した。人生の無常、不思議な出会い、判っていながら悪を懲らしめることのできない苛立ちを象徴するかのように香煙が揺らいでいた。(了)
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