前潟都窪の日記

2005年10月07日(金) 縁日の金魚鉢 2

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 田代光一の死体を解剖した結果、死因はシアン化カリウムによる中毒死であることが判った。死亡推定時刻は、12月7日午前5時から午後8時までの間と推定された。捜査会議では自殺説と他殺説が検討された。自殺説の根拠は次ぎの通りである。

1)死体の発見された部屋には、外部から人の出入りできる箇所はバルコニー側の硝子戸と廊下側の玄関入り口の2ヵ所しかないが、全部内側から鍵がかけてあったこと。
2)合鍵は3個あり、そのうちの2個が死体と同じ室内で発見され、残りの一個は管理人室の金庫の中に厳重に保管されていたこと。
3)合鍵は複製不可能な電子キーであること。
4)部屋の中は荒されておらず、何も盗まれたものはなさそうであること。
5)室内に残された指紋には田代光一以外のものが発見さなかったこと。
 自殺説はかなり説得力を持っていたが、遺書が残されていないという事実は致命的であった。

 これに対して他殺説は次ぎの通りであった。
1)遺書が残されていないこと。
2)青酸カリの服毒自殺であれば、青酸カリの入っていた容器か包み紙が死体の周辺にある筈なのに、それがないことは犯人が証拠を隠すために犯行後、持ち去ったと考えられること。つまり、犯人は被害者が毒物を口中に入れ、死亡するのを確認してから現場を立ち去ったと考えられること。
3)部屋の鍵の構造はホテルの鍵と同じような仕掛けになっているので、合鍵がなくても外部から施錠できること。つまり、部屋の中に居る人は合鍵がなくても、戸を開けることが出来る。そして外へ出て戸を閉めれば、自動的に施錠できる構造になっている。従って最初部屋の中に居た犯人が、犯行後、室内から戸を開け外へ出て戸を閉めたと考えてもよいし、何らかの方法で合鍵を手に入れた犯人が、外部から合鍵を使って室内へ侵入し、犯行後合鍵を被害者のポケットに入れて部屋の内から戸を開けて脱出し、戸を閉めれば自動的に施錠できること。

 捜査は12月7日の事件当日、215号室へ出入りした者があるかどうかの聞き込みから始められた。同時に田代光一に恨みを持つ者或いは、利害関係を特別に持つ者がいないかどうかが調べられた。

 花園マンションは各階に五戸づつあり、全部で20戸あるが、居住者同志で顔を見知っている者は少なく、隣に住んでいながら没交渉の者が殆どであった。都心のアパートで地理的に便利なところにあるせいか、バーのホステスや、ハイミスのOLとか子供のいない共稼ぎの夫婦者或いは田代のような中年の男が住み着いている。住人達はどこか人生に拗ねているところの窺える人達が多かった。お互いに干渉されるのも嫌いだが、干渉するのも御免だという相互無関心の住人達ばかりであった。

 捜査官の懸命の聞き込みにもかかわらず、事件当日の215号室の人の出入りについては、目撃者も見つからず、何の情報も得られなかった。

 花園マンションの住人達の中には、田代光一に対して特別な利害関係や特別な感情を抱く者は見だせなかった。
 田代光一の勤務先、キューピット化粧品株式会社を訪問した捜査官は社長に面会した。
「田代光一さんが変死されたことについて何か思い当たることはないでしょうか」
「何も心当たりがありません。私達も田代があんな死にかたをしたので、驚いているのです」
「勤め振りはどうでしたか」
「うちのセールスマンとしては成績の良い方でしょう。販売実績は常にトップクラスにランキングされていました」
「化粧品のセールスと言えば、女子の方が向いているのではないでしょうかね」
「刑事さん、必ずしもそうではないのですよ。化粧品というのは、女性の美しくなりたいという欲望にアピールするものが好まれるものです。ところが化粧品は、種類も豊富だし、品質もどの銘柄をとってみてもそう変わりがありません。数ある化粧品がある中で、当社の扱っている化粧品を売り込むためには、セールスポイントというものが必要になります。当社のセールスポイントは、男子販売員に商品を扱わせて、女性には出来ないサービスをさせるのです」
「もっと具体的に説明してください」
「あっ、これは、変な意味ではありません。つまり、女が化粧するのは、異性を意識するからです。女が女に褒められても喜びませんが、女が男に褒められると喜ぶでしょう。その心理を逆手にとったわけです。顔だちのいいハンサムな男性のセールスマンを使って歯の浮くようなお世辞を言わせて、売り込もうというわけです」
「すると田代光一はお世辞がうまかったというわけですか」
「何しろ実績を挙げていましたからね。訪問先のお客さんには人気がありましたよ」
「訪問先のご婦人と痴情のもつれを起こして恨みを買うというようなことは考えられませんか」
「仕事がら、ご婦人と恋愛感情に陥るようなことはあったかもしれません。でもそれをうまく処理するのが、上手なセールスマンというものですよ。セールスマンというのは商品を売り込む前に、セールスマン自身のキャラクターを売り込まなければなりませんから、相手に好かれるように振る舞っていたと思いますね。そのことが恨みを買うことにはならないと思いますがね」「生活振りはどうでしたか」
「割に派手な方でしたよ。株や商品取引にも手を出して、そちらの方の副収入がかなりあったようですね。でも、最近、商品取引で大損したとこぼしていました。穴埋めするのに給料の前借りを申し出ていましたよ」
「どれぐらいの穴をあけたのでしょうか」
「何でも200万円くらいらしいですよ」
「勤め人が200万円もの借金を残すと大変ですね」
「大変ですよ。私も信用取引だけは大怪我をするから止めるように、何回か注意していたんですが。何しろ、実績を挙げているセールスマンでしたから私生活にはなるべく干渉しないようにしていました」
 社長は事件にかかわりあいになるのを避けるような言い方をした。
「田代光一の訪問回数の多かったお客の名前は判りませんか」
 社長は事務員に命じて田代のキャビネットから顧客リストを持ってこさせた。田代の使っていた顧客リストには所々,二重丸や一重丸がつけられていた。捜査官は顧客リストのコピーを貰い,印のついているお客から順番に一件ずつ当たってみることにした。

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