| 2006年02月26日(日) |
ペルーの旅21・・・コリカンチャ |
2006年2月11日(土)
体調を崩した女子大生三人はクスコの病院で診察を受け、点滴をして貰うことになったが、うち二人は重症のため、入院して治療を受けることになった。一人は点滴を受けて元気になり夕方から皆と一緒に行動できることになった。
朝はゆっくりして11時にホテルを出て、アルマス広場の12角の石とコリカンチャ(太陽の神殿)を見学した。

↑「12角の石」の石があるハトゥンルミヨク通りの街並み

↑ハトゥンルミヨク通りの「12角の石」はカミソリの刃も通らぬ程精巧にできた石組みの一つである。

↑12角の大きな石に対比して小さな石もある。石工職人の技に対する誇りを感じさせる。

↑インカ時代の石畳みが続くロレト通り。最も美しい街並みと言われている。

↑ コリカンチャ(太陽の神殿)

↑サントドミンゴ教会。インカ時代のコリカンチャ(太陽の神殿)のあった所。広場の中央にインカ時代に使われていた井戸がある。

↑コリカンチャの模型

↑1950年の地震で上部の増設された建物は倒壊したが、インカ時代の下部の建物は倒壊しなかったことを示す写真。

↑街中で見かけた壊れた建物
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↑アルマス広場にある噴水の像
クスコ市の世界遺産観光地区の観光を終えて、チチカカ湖観光拠点のプーノへ向けて長駆394�劼離疋薀ぅ屬任△襦C訖�の握り飯を摂ったのはサンパブロ村の土産物屋であった。ここにはアルパカが放し飼いにされていた。

↑サンパブロ村で玉蜀黍を潰す作業をしている乙女

↑サンパブロ村の土産物屋の女主人

↑サンパブロ村の土産物屋の主人

↑サンパブロ村の土産物屋の庭に放し飼いされているアルパカ

↑サンパブロ村の土産物屋の庭に放し飼いされているアルパカ
プーノまでのドライブ中、車窓よりインカ時代の関所跡のルミコルカや氷河を観察することができた。屋根瓦を造っているビニパンパ村を通過し、パンで有名なオロベサの町では直径30�僂呂△蹐Δ�という大きなパンを買い試食した。昼食後には標高4,335mのララヤ峠を通過した。この峠は太平洋と大西洋との分水嶺になっている。
明日宿泊予定のフリアカの町も通過した。この町は創設25年の新興都市であるが、人口は25万人で今後もますます発展することが予想されている。町の印象は「針山の町」である。つまり、将来の建て増しを予定してどの建物も鉄筋を屋根の上に剥き出しのままにしているのである。中にはもうこれ以上建て増ししなくてもよかろうにと思える7〜8階建ての建物にまで鉄筋が突き出してあった。都市の美観を損なう見苦しい景観だと思った。

↑ 車窓から観察した氷河
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↑ ララヤ峠、標高4,335m

↑ インカ時代の関所跡。ルミコルカ

↑ フリアカの町の点景

↑ 「針山の町」の印象の残るフリアカの鉄筋剥き出しの建物

↑ プーノの町の踊り子。プーノの町はお祭りの期間で至るところに祭りの衣装をつけた踊り子を目撃した。また祭りの人込み目当てにペルー中のスリが集まっているとも聞いた。

↑プーノカーニバルに出場する人々
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