成人式が始まったのは、戦後間もない頃だった。元気のない若者にエールを送ろうと始まったのが、成人式だ。しかし、戦後50年以上経った現在、能天気な若者達のために、成人式を行う意味はどこにあるんだろう・・・。「今日から貴方は大人です」と他人に決められる筋合いはない。僕は、そんな理由から数年前の成人式へは行かなかった。あれほど、時間の無駄なものはないしね。今年も、昨日の沖縄をはじめ全国の成人式は荒れた。荒れることを期待するマスコミ。それに応えるかのように、集団でないと暴れられない前頭葉の未発達な若者達。暴れる事で、前科物になって、就職にも苦労して、何の得にもならなかった事を数年後に理解するだろう。その時はもう遅いのだが。「大人」になりきれていない大人が考える様々な成人式。この模様が、世界中に流れ、日本のみならず世界に恥をさらすことになる。各自治体がどうしても式典やりたいのなら、成人式=大人の仲間入りという図式を取り払い。「19○○年生まれ合同同窓会」と名前を替えてやればいい。もしくは、逆に二十歳になった若者達の親だけを集め、「世知辛い世の中、良くぞここまで育てました。」と親御さんの労をねぎらう式典にするのもいいぞ。それほど、成人式を行う意味はもはや皆無に等しい。同じ二十歳でも日本と外国の若者とではかなりの差がある事に驚く事が多い。ちゃんと自分の考えを持っているのである。韓国人の若者のたくましさは目を見張るものがある。韓国は日本に謝罪してもらわなくても、数年後には日本を追い越している事だろう。この日本のダラけた若者に社会での最低限のルールを学ばすのは、�狡�兵制度�瓩里茲Δ癖�が復活するしかない。しかし、日本は憲法上、武器などを持てないので、『救済制度』災害時に対応するためのレスキュー活動や介護などのボランティアを2年かけて教えるのである。これで、多少は他人の痛みを分る思いやりのある大人へ成長するはず。なかなかいいアイディアだと思うのですが。↑気が向いたら押してください。My追加