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原点。 - 2005年11月11日(金) 老人病院に初めて訪れたのは、15歳の丁度今頃の時期だった。 感謝祭で集められた果実を様々な施設に届け終わった帰り道。 誰にも言わないと約束できるなら、と部活の顧問に連れていってもらったのは、 奥まった場所にひっそりと佇む古びた白色の四角い建物だった。 ついて行った部屋の一番奥で、固そうなベッドの上に寝転ぶ小さな老女の姿を、 自分は多分生涯忘れることはないだろう。 彼女がほんの1年前まで教鞭を振るっていたあの厳しい先生だと分かるのに、 一瞬の間があったのは、頭の中に渦巻く全ての感情よりも、驚きや衝撃が勝ったからだと思う。 いつも小柄な身体に派手めなスーツを纏い、 戦後を生き抜いてきた力強さと、何だか分からない威圧感のある先生で。 それが、乱れた薄っぺらい寝具を纏い、虚ろな眼を宙に向けているのは、 ただただ衝撃でしかなかった。 細い鉄パイプのようなベッド柵。 冷たいコンクリートの床。 薄汚れて見える白い壁。 窓の外に見えるのは、冷たい晩秋の景色だけ。 ひっそりと息を潜めるような呼吸と、抑制された細い細い手足。 まるで牢獄の中に迷い込んでしまったような錯覚に陥った。 その記憶は、自分にとって酷く恐ろしいもので。 思い出すたび、胸をえぐる強烈な痛みを伴うし、 突然フラッシュバックする映像に身震いしそうになる。 あまりにも強烈な印象を脳裏に刻んだ現実は、 今ではほとんど見られなくなったけど、 こんな現実は嫌だと、本当に切実に想ったのが自分の原点だったように想う。 何かをしたいとか、何かをするべきだとか、そんなことよりも、 とにかくこの現実を変えたいと想ったし、変わって欲しいと真剣に想った。 あの時のことは、懐かしいなんて生易しい表現は適さない。 いまだにトラウマになるほどくっきりと爪痕が残っているのが分かる。 これが現実なのかと、愕然とした気持ちとか、 頭を打ち抜かれたような衝撃とか、痺れてしまった感情とか、 そういう感覚を、昨日のことの様にはっきりと覚えている。 医療の現場に対して恐ろしいと思ったのは、それが初めてだった。 見捨てられ、絶望に染まった世界の様だと想った。 あれから10年経って、世の中は変わったのかもしれないけど、 それでもふ、と思い出す。 あの劣悪な環境と、 手足を抑制され、虚ろな眼で宙を見つめていた人たちを。 そこで感じた感情を。 それから、あの衝撃を。 ...
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