まれ日記

2002年08月13日(火) 背番号11のデビュー戦

甲子園大会も盛り上がってますな(こればっか)。

今日は、自慢話をひとつ。もう18年も前の話です。

誰も知らないと思うけど、実はおれも高校のとき野球をやっていたのだ。っていっても硬式野球部が学校になくて、軟式野球部だったんだけど。いわゆる「ゴムまり」野球ね。

でもおれの高校の軟式野球部は結構な名門で、昭和25年の名古屋国体で優勝した経験もあるいわゆる「古豪」。最近ではあんまり活躍しているという話も聞かないんだけどね。

1年生で入部したときは、おれはピッチャーをやっておりました。そのときの背番号は「11」。おれは誕生日が9月11日ってこともあって「11」って結構好きな数字なのだ。でもまぁ背番号11というといわゆる「三番手」ピッチャーですな。なので高校野球では補欠なんだけど。

その年の都大会の一回戦の相手は、弱小の都立N高校だったこともあって、監督から「先発してみろ」って言われたのだ。練習試合では投げたことあったけど公式戦初先発。1年生だったから当然なんだけどね。当時のおれって、大して速くない直球と、大して曲がらないカーブと、大してスピード差も落差もないチェンジアップしかないピッチャーだったんだけど。

投げてみてビックリ。そんなおれのしょうもないピッチングに相手チームのバットがくるくると空を切る。結局、試合は7対0の7回コールド勝ちだったんだけどさ。結局相手チームに1本もヒットを打たれなかったよ。

公式戦初登板でノーヒット・ノーラン!!!(7回参考記録だけど)

昔のチームメイトと会うといつでもおれのノーヒットノーランの話になるんだけどさ。どっちかというと笑い話のネタというか、「オマエがノーヒットノーランやったなんて笑える」みたいな感じで語られることが多い。まぁ、その後のおれの野球生活は悲惨の一語に尽きる感じだったので、ムリないのだが。でもおれは密かに思っている。「オマエらにできんのかよっ?!」って、いまだにね。へっへっへ。ざまーみろっての(←性格悪)。

この華やかなデビューの後の、おれの悲惨な転落ぶりについては機会があったら、また語ります。


 < 過去  INDEX  未来 >


mare

My追加