オトナの恋愛考
INDEX|past|will
2010年08月24日(火) |
日傘とビーチサンダル |
ここ数年、風邪も引いたことのなかった私が 月曜の朝から熱がでて、ここ2〜3日調子が悪い。
今朝はかなり元気になったけれど まだ少し鼻声で自分じゃないみたい。
数ヶ月間メールだけのお付き合いだったひろと 彼からの真剣で真摯なアプローチに心が揺らいで 初めて逢ったのが桜の季節の少し前。
初めて逢ったあの晩、まさかこんなに私の生活に 影響を与える存在になるとは思わなかった。
それまでの私の人生の中で まったく出会う機会のない世界の人だった。
それから逢う約束をする度に・・・
まだ間に合う。これで最後にしよう。 まだ間に合う。これで最後にしよう。 まだ間に合う。これで最後にしよう。 まだ間に合う。これで最後にしよう。
そう思って逢ったのは最初の2ヶ月ぐらいだった。
いつか別れが来るのなら、 傷つかないうちに逢うのは終わりにしよう。
一度か二度のラブ・アフェア。束の間の逢瀬。 ひと夏の経験。非日常の関係。
こんなフレーズがいつも頭の中にあった。
いつの頃からだろうか。 出逢ってから毎日毎日朝晩必ず送ってくれるメールが日課になり 月に1度か2度のデートが普通になって、真夜中の電話が待ち遠しくなり 私にとって、ひろは必要な存在になってしまった。
私にとっての非日常の恋人の条件は、 一緒にいて楽しく過ごせる程度の容姿やコミュニケーション能力と、 抱き合って気持ちの良い程度の体型やセックス能力と 安心して毎回デートを楽しめる程度の経済力と、 尊敬に値できる程度の社会的地位と仕事を持っている事。
それまでのメールの内容では、 彼の生真面目で誠実な性格はなんとなくわかっていた。
実際に逢ってみて彼の第一印象はとても良かった。 囁くような話し方や声のトーンは癒し系でセクシーだったし 見つめる瞳は真っ直ぐで魅力的だったし 立ち振る舞いやしぐさも自信に満ちたオトナの男だった。 セックスの相性は最初から私が抱かれながら泣いてしまう程良かった。 もちろん、IT業界最大手の企業管理職という身分も申し分なかった。
もしフリーであればかなり女性にモテタはずなのに とても謙虚で正直で寡黙な男だった事も私が惹かれた要素だった。
でも付き合いが深くなればなるほど 彼は私にとってはただの男になっていった。
可愛いひと。一言で言えばそんな感じ。 彼は無防備で純粋で真っ直ぐすぎて時々とても私を傷つける。
悪気がないだけに始末が悪い。 そんな彼の性格がわかりやすいほどわかるから 私はいつもそのまま受け流すしかないのだ。
「ねえ、別に若くも美女でもない私のどこが好きなの?」
「ん?うーん。楽なの。」
「楽チンなんだ。」
「うん、うさちゃんといるとすごく楽なんだよね。」
「楽な女」ってどう解釈していいのかわからないけど 「難しい女」よりは居心地が良いと解釈するしかない。
家で何も予定をいれずに休んでいたこの3日間。 そんな取り留めのない事を考えていた。
「今日も一日大人しく良い子にしているんだよ。 頑張っていってくるね。」
今朝も夏風邪をひいた事を知っているひろからメールが届く。
私の車に積まれたままの ひろが買ってくれた日傘と ひろが2日間履いたビーチサンダルが 私のこの夏の思い出。 もう二度と訪れる事のない真夏の夢。
あの日、貸し別荘をチェックアウトしてから リフトに乗って近くの観光地になっている小高い山に昇った。
リフトから更に数百メートルのハイキングコースで この山の展望台まで登ることができる。
「え、このビーチサンダルで山登りするの?」 「大丈夫よ。ほら、あんなに小さな子だって歩いてるでしょ。」 「うーん。このサンダルだと辛いなあ。」
「あのね、ひろ。もう二度とこの山にこないかもしれないんだよ。」 「また来る機会はあるよ、きっと。」 「でも私達2人で来る事はもうないかもしれないんだよ。」 「うーん・・・そんな事はないよ。きっと、あるよ。」
日傘をクルンと回してニッコリと笑ってみせた。 ひろは最後の言葉を濁して黙って歩き出した。
仕方がなく歩き出したひろの背中を見つめながら もう私達2人でこの山の頂上に登る事は本当にないのだと思った。
【165日目】
|