◇日記◇
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去年の秋、私のところに一度だけちらっと姿を見せた「ウェブ日記小僧」が またやってきた。
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つい先ほどのことだった。
ぼんやりとパソコンの日記画面を見ながら、熱いコーヒーを飲んでいたら、 画面のすきまから、ぺらぺらぺら、と何かが現れた。
二度目だったので、ああ日記小僧だ、と思ってみているうちに ぺらぺらの小僧は、前回と同じように首と肩をぐるりと回して、あっというまに 体の厚みを取り戻し、正真正銘のウェブ日記小僧になった。
「ええと…」とまたあの可愛らしい声で小僧が言った。
胸がきゅんとなる。 なつかしい小僧の声だ。 相変わらずの、ちょっとぼさぼさの坊ちゃん刈りと黒い輝く瞳。
私がじっとみつめていたからか、小僧は少しはにかんだ。
「ええと……(ここで小僧は大きく息を吸った)お知らせ致しまする」
「はい」と私。
「ご存知かな?」と小僧。
「なにがなにやらのことでしょう?」
「そうでございまする。なにがなにやら、いやもうそうは呼べませぬ。変わりました。
新しいタイトルは…」
それまで私を見ていた小僧は、ここで少し視線を上にあげ、声を張り上げた。
「まくらぁーーもとにぃーーー、くつぅぅぅぅぅぅぅぅーーー」
「まくらぁーーもとにぃーーー、くつぅぅぅぅぅぅぅぅーーー」
「まくらぁーーもとにぃーーー、くつぅぅぅぅぅぅぅぅーーー」
小僧は、かわいい声を張り上げて、三回、その名を呼んだ。
くつうぅぅー、と伸ばした語尾が反響して消えてから、小僧は視線を私に戻し、にっこり微笑んだ。
「今日の我が輩の仕事は、内密ではござりませぬ(ここで小僧は胸を張った)。
内密ではこざりませぬ。よって我が輩は、何度でもその名を呼ぶことができまする。
まくらぁーーもとにぃーーー、くつぅぅぅぅぅぅぅぅーー。
楽しかったことは永遠に心のなかに残りまする。 これが、まことのまことでありまする。 友達と酒を飲んだり、ぼうぜんとしたり、遠い目をしたり、涙ぐんだり、笑ったり、 すべて楽しかったことは、ここに(と小僧は自分の胸を指した)ありまする。
そして、ここにもありまする (ここで小僧はなんと、ズボンの後ろのポケットから小さな本を取り出し、 そのちいさな両手で、本を頭上高くに掲げてみせた! そこには、はっきりとは読めなかったが、枕もとに靴と書いてあったように見えた!)。
これがまことのまことでございまする。」
思わず、小僧からその本を取り上げたい衝動にかられる私(かろうじて押さえた)。
「我が輩は、今から皆さまにお知らせに回りまする。では、これを…」
そういって小僧は、またポケットから何かを取り出し、差し出した私の指先にそっと
乗せてくれた。きらり、と輝くそれは小さな『へ』だった。
「『へ』ですね?」
「はい。『へ』ですな。我が輩は確かに届けました。では、行きまする。行きまする。」
そういうと、日記小僧は、ぺこり、とお辞儀をして、あっという間にまたぺらぺらと 画面のなかに消えてしまった。
私の指先には光る小さな『へ』。
小僧は今日はいつになく張り切っていた。これからみんなのところを回るのだろう。
ウェブ日記小僧のチェックのシャツの裾が、 相変わらずズボンからはみ出していたことを思い出し、 くすりと笑うと、やわらかな楽しさが体中にひろがった。
窓の外には、台風一過の晴れた青空が広がっている。
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