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2022年09月24日(土) ■
イキウメ『天の敵』
イキウメ『天の敵』@本多劇場 いや真面目な話、当て書きのようでいて当て書きのように見えるように演じるという浜田信也の鍛錬について考えました。そんで不条理にフラットにツッコミを入れ笑いを生む安井順平のスキルにも舌を巻く。初演 は2017年、「あまり時間がない」ライターと、「時間がありあまっている」料理家の対話。彼らをとりまく人物たちのクロニクル、人間の欲望の物語。天を敵にまわすということは人の道を外れるということで、当然昨年上演された『外の道』 を連想する。天を敵にまわし、人の道を外れる所業なんて、既に人間は数えきれない程やらかしている。個人が生きることと、社会的に死ぬことの違いを考える。社会的に生きることの方が、よっぽど天を敵にまわしているのではないだろうか? 初演のときより、より強くそう感じたのは、底が抜けた現在の社会を見ているからか。 時期が時期だけに、宗教についても考えた。信仰や信念は、個人で向き合う場合、生きる上でのよすがになりうる。しかしそれに共感する者同士が集まり、コミュニティが出来ると、勧誘というシステムが生まれる。自分の信じるものを伝道したい、同志を増やしたい。活動資金が必要だ。家族を、友人を巻き込み、搾取がエスカレートする。そうならないためには? という示唆も感じる。 イキウメは前川知大の考えを作品化しているともいえるが(そもそも劇作家とはそういうものだ)、その思想にのめり込みそうになると、芸達者な演者たちによって「怪しい宗教じゃないですよ」と引き戻される。その塩梅が絶妙だ。ある思想を持つ人間(今作でいえば浜田さんが演じる役)、その思想をフラットな目線で見てツッコミを入れる人物(安井さん)、思想に染まる人物(盛隆二と澤田育子)、思想を違う形で実践し、違う答えを出す人物(森下創)。そして、とある事情からその思想を信じ込もうとしている人物(豊田エリー)。役者たちは、登場人物それぞれの人生を背負い、その言動に説得力を持たせる。理詰めに徹しつつ、理詰めだけでは解決出来ない大きなものが「生きる=命」にはあるのだと伝える。さて、そんな大きなものをコントロールしようとすることは、果たして天の敵なのか? 出ずっぱりの浜田さん。日常会話とは程遠い哲学的な物言い、伝統芸能の役者を思わせる姿勢のよさ、喜怒哀楽全てを湛えるアルカイックスマイル。あまりの台詞量に舌が回らなくなる瞬間がちょっとだけあり、「あ、人間だった」と逆に安心する(笑)。対する安井さん、余命を思う苦悩を滲ませつつの「アウトでしょ」「こわいこわい」「やばいやばい」と立て板に水のツッコミぶり。素晴らしい。このふたりのリズム感は抜群で、対話のキャッチボールが心地よく、それこそ100年の物語をまだまだ聞かせて! と心は前のめり。ツッコミといえば今回澤田さんが強いキャラクターで興味深かった。「90歳も若い女とよろしくやって」の台詞にハッとする。これが30歳とか40歳とかだと現実味があって「うへ〜(キモ)」となるのだが、90歳ともなると現実離れしてくるので笑えてしまう。同時に「いや、今後有り得ることかも」と気づき、そのグロテスクさに背筋が寒くなるのだ。澤田さん演じるタレントと医師は、アンチエイジングという言葉の魔力を恐ろしく感じさせるのに充分だった。 劇団最年少だからか、魅力的な声のためか、子どもや若者の役が多い大窪人衛。初演同様、いちばんせつなく感じたのは彼演じるヤクザ者との短い交流の時代なのだった。19歳。『ポーの一族』を読む感性豊かな子。社会から弾き出された者同士が無邪気に交流し、しかし命の速度がそれを断つ。生きる速度が早すぎたヤクザ者と、生きる速度が遅すぎる者の交流は胸が締め付けられるものだった。 意外にも、イキウメは本多劇場初出場。天井の高さをフルに使った土岐研一の美術が冴える。キッチンアトリエにも、研究室にも、病院にも見える空間。植物標本はものいわぬ死体なのだと感じさせる、静謐な禍々しさ。以前は過度にエモーショナルな印象だったかみむら周平の音楽は、長い時間を生きる者の絶望と疲労を抑制の効いた弦楽曲で描き印象的。不死に倦いた彼の決断を遠岸から眺めるような、幕切れの繊細な弦の響きが心に残った。 人間は身体にしばられている。身体を捨てた者はいつでも傍にいるし、いつでも会うことが出来る。それは怖いこと? 嬉しいこと? 生きることに飽き、生きることを憂う、病的に健康を目指す人間たちへのメッセージ。“人生という、死に至る病に効果あり”。 ----- 初演時「家でもつくってみよう!」と思った三秒クッキング、そのまま忘れて今に至る。今度こその思いを込めて再掲(ツイートもより詳しいレシピになっていますね・微笑)
2022年09月21日(水) ■
SPC 25th Anniversary 高橋徹也26thリクエストライブ『My Favourite Songs』
SPC 25th Anniversary 高橋徹也26thリクエストライブ『My Favourite Songs』@Star Pine's Cafe ブルーノートといえたら、ブルースといえたらいっそ楽なのだがそうではない、あのコード、あの唄い方。ルーツは見えるのにフォロワーにはなっていない。本当に不思議な音楽家。 記念すべきデビュー当日に合わせているので平日なんですが、と気遣いを見せつつ、演奏は俺様でよかった。しかも今回、事前に来場(+配信視聴)予定者からリクエスト曲を募るという面白い企画が用意されていました。平日に吉祥寺迄足を運ぶくらいコアなファンであろうこの日の観客だけあって、レア曲満載。かくいう私はというと、リクエストには参加していません(笑)。いやあ、聴きたい曲で浮かぶのって、普段のライヴでも聴ける曲ですし。レア曲知りませんし。ずっと聴きたかった「惑星」は、4月のDiscography Live『ある種の熱 × 大統領夫人と棺』 で聴けたし。それに「この日ってバンドセットじゃなかったよな……弾き語りで出来る曲に限られるかしら?」「インストはいいのか?」なんて考えてしまって、結局リクエストは送らないまま当日に。まあ、投票数が多いと思われる「犬と老人」や「海流の沸点」はやるだろーなんて甘えもありました。 定番ともいえる1、2曲めを終え、「ここからが大変なんですよ」「こんなに自分本位で進められないライヴは初めて」。普段は起承転結を考えて選曲するんだけど……とのこと。本当は曲毎に、つくったときの思い出や発想のもと等話せればいいんだけどそんな余裕はないと(笑)。でも「国際人は電話をしない」をつくったときのエピソードは話してくれて面白かった。1997年、携帯電話が普及し始めの頃ですね。個人的にこの年はフジロックフェスティヴァルの1回目と記憶に刻まれており、友人の携帯が繋がらなかった話を思い出すので「わかる〜」と頷きました(笑)。 ちなみにいちばんリクエストが多かったのは「夜明けのフリーウェイ」とのこと。「いい曲だよねー」と自らいっておりました。興味深かったのはこのMC、話を聞いていると自画自賛とはちょっとニュアンスが違うんですよね。もっと曲を客観的に見ているというか……自分の作品をリスナーとしても聴ける耳があって、尚且ついい曲だと。いやほんと、実際そうだと思います。 知らない曲も、曲名だけは知ってて聴いたことがなかった曲も、お噂はかねがね……という曲も。初期の曲、音源化されていない曲、本人も憶えていない曲(!)。「ここしか憶えてないんです」と歌詞の断片を書いてきた方もいたそうで、「俺も憶えてない」(笑)。それが気になるよ! でも憶えてないから当然演奏されなかったよ! いやー貴重な機会だった、リクエストしてくれた先輩方有難うございます〜。 ライヴで聴けたのが初めてだったのは「音のない音楽」「無口なピアノ」「リンゴひとつ分の魔物」「ヒッチハイカー」「国際人は電話をしない」かな。タイトルだけでも惹かれるものがありますが、詞と歌、演奏が一体となったときの映像喚起力が激烈。ブリティッシュロックとジャズ、アメリカ文学により日本の原風景が眼前に現れるというか……。こんなの他に誰がやれるというのか。曲、詞、演奏、歌唱と分割すればそれぞれのルーツはなんとなく見えるのです。しかしそれらが全部合わさり浮かび上がるのは、高橋徹也としかいいようのない世界。エドワード・ホッパーの『ナイトホークス』は吉祥寺にあったのか、なんてことも夢想しました。 前半エレキ、後半アコギ。スイッチングのノイズもわかるくらい、静かに聴き入る観客。あ、このタイミングであの音になるんだ! と、バンドセットでは気付けなかった細やかなエフェクター操作も堪能。実験の成果を披露する感覚もあり、ギター小僧らしさが見え隠れ。 この曲は音源になってない、この曲名はアルバムタイトルにしようかと思っていたくらい、「My Favourite Girl」はデビュー曲でこの日はデビュー記念日なのにリクエストが少なかった(笑・多分皆「デビュー曲だし、他のひとが投票するよね」と思ったのでは)といった話、自身のお母さまを亡くしたことから生まれた「feeling sad」が、同じく親御さんを亡くした方の力になれたようでよかったという話。音楽は残るという話。普段はリスナーのことを考えて曲をつくらないし、それを意識するのもいやなので敢えて知ろうとしないけど、こうして皆さんが自分の曲をどう聴いているかを知るのもいいものだ、という話。 前日宮沢章夫の訃報が届き、気持ちが沈んでいました。宮沢さんの著書は残れど舞台作品をどうやって後世に伝えればいいのだろうとか、河原温の『I AM STILL ALIVE』シリーズのことを考え乍ら半ばボンヤリ聴いていたので、「音楽は鳴らした先から消えていくけど、譜面や録音が残る。今後僕が歌えなくなっても、誰かが歌い継いでいってくれたら」っていわれたときにはドキッとしました。後世に聴き継がれていってほしい曲、沢山あるなあ。 しみじみしつつも「世界で3枚しかない」『怪物』テストプレス盤プレゼントじゃんけん大会には笑ったし、楽しい時間を過ごせました。「ありがとう青春!」なんて冴えたMCも飛び出しお開きかと思えば、脇に置いていた紙の束をガサガサと取り出し始める。何かと思えば「やらなかった曲を」と、リクエストされた曲名を全部読み上げてくれました。なんと、「海流の沸点」はこちらにありました……。またの機会を楽しみにしています! ----- setlist(高橋さんのブログ より引用) 01. 真っ赤な車 02. 人の住む場所 03. 音のない音楽 04. 憧れられたい 05. 無口なピアノ 06. ナイトフライト 07. リンゴひとつ分の魔物 08. 国際人は電話をしない 09. 後ろ向きに走れ 10. シーラカンス 11. サンディエゴ・ビーチ 12. 夜明けのフリーウェイ 13. 美しい人 14. ヒッチハイカー 15. 真夜中のドライブイン 16. feeling sad 17. 犬と老人 18. 八月の流線形 19. Summer Soft Soul 20. My Favourite Girl -----
2022年09月17日(土) ■
『阿修羅のごとく』
『阿修羅のごとく』@シアタートラム 昭和の「男」だけではないか、昭和の「女」もだ。女も無自覚に、その不条理を受け入れている。 向田邦子の代表作。テレビドラマ版、映画版ともに観ている。やはり和田勉が演出したドラマ版の印象が強烈で、『阿修羅のごとく』というとまず主題曲となった「Ceddin Deden」が脳内で流れるくらいには刷り込みがある。さて、そのドラマをどう舞台化するか。木野花は、「これがウチの『阿修羅のごとく』だよ!」と宣言するかのような“掴み”を用意する。 客席に囲まれたセンターステージ。太鼓の音とともに、黒子が舞台上に装置を置き、小道具を持ち込んでくる。あ、寄せ太鼓か。てことは相撲だ。この時点で観客にはある種のスイッチングが出来る。以後三味線等の和楽器が使われた音楽が、舞台を彩る。男と女が、女と女が、土俵に見立てられた正方形の舞台で相撲をとる。 とはいうものの、やはりドラマの磁力は大きい。どこをアレンジするのかな等と思い乍ら観る。そのことを承知の上で、舞台は進んでいるようでもある。そうすると、現代の『阿修羅のごとく』が見えてくる。時代設定は昭和のまま。黒電話、公衆電話、女性に対する男性への言動、あるいはその逆……当時は「あたりまえ」であったそれが、強い違和感とともに客席へ届く。こ、こんなに? こんなに男尊女卑だった? と呆れてしまう程。しばらくして、「これは“そういうとこ”を意識的に抽出しているのでは?」と気付く。倉持裕の構成と脚色に唸る。今は“そういうとこ”があたりまえでなくなったことにある種の希望を感じ、しかし男女間のあれこれというものはそうそう変わりはしないなあと絶望もする。 そして、生身の役者が目の前で男女のいざこざを演じるとき、そこにはある種の滑稽さが生まれる。同時に情念というものも直に伝わるので、その重みたるや喩えようがない。水鉄砲のシーン、間違い電話のシーン。「あなたの方は死んでるけど、こっちはまだ生きてるんですよ!」といった台詞。弾けるような笑い、直後の気まずさ。三つの顔を持つ、まさに阿修羅のごとき人間の多面性は、人間関係がもつれればもつれる程生き生きとした光を放つ。 長女の不倫相手と次女の夫を山崎一、三女と四女の恋人を岩井秀人。これがまたいい人選。自身の危機に逃げ回り、妻と妾のどちらにも甘え、揉めに揉める家族の仲を取り持ち、実際献身的に奔走する人物であり乍ら自宅と別宅の区別がつかなくなる程バランス感覚が狂っている男。新人戦にもまだ勝てないのに『あしたのジョー』気取り(あのポーズ!)のボクサーと、恋というよりコミュニケーション全般に不器用な探偵。どちらも悲哀溢れるユーモアをもち、なおかつ色気もまとい、女たちと戯れる。なかでも岩井さんと安藤玉恵のやりとりはどれも秀逸。四女と探偵の、道路を挟んだジェスチャーと火を前にしたダンスには、始まったばかりの恋への祝福とバカバカしさが花束となって贈られているようだった。 それだけに、四姉妹の父に与えられなかった実体(=登場しない)が母には与えられていたこと、ナレーションをモノローグとして扱ったことには唐突さとちぐはぐさを感じた。長編を約二時間の舞台作品にアレンジする際起こるバグのようでもある。ここでふと思い出す、木野さんがかつて『カラマーゾフの兄弟』を舞台化したことを。異なる視点からの演出を施し、三部作として上演すると宣言していたが、第一部サスペンス編、第二部恋愛編ときて頓挫してしまったことを。サスペンス編の幕切れがあまりにもダイナミックな大団円だったことを。そうだった、この方は豪腕な演出を施すひとだった。変わらずでニッコリしました。 演出とは関係なく、一箇所だけ気になったところ。役者のひとりが公衆電話をかける際、10円玉を入れる動作のあとに受話器をあげた。あれは意図的だったのだろうか? au(KDDI)の通信障害で、公衆電話のかけ方を知らない若者が話題になったばかり。解釈に迷ってしまう挙動だった。 長女を小泉今日子、次女が小林聡美。1歳とはいえ、役柄が演者の実年齢と逆というのが不思議ではあったのだが、観れば納得。年齢ではないのだ。あの“妾”像は小泉さん、あの“主婦”像は小林さんならでは。四姉妹のなか、軽妙なやりとりで年長組のバッテリーを組むふたりが一瞬見せる修羅の場(食べものを投げるという行動の強さ!)は、女性の表裏一体でもあった。 鏡餅を揚げたおかきを食べる。四姉妹のポジションを観客に了解させるいいシーン。センターステージ故に観客にはそれぞれ違う死角がある。食卓を囲んだ、見える/見えない姉妹それぞれの表情から、彼女たちの人生を想像するのも楽しかった。
2022年09月11日(日) ■
『人質 韓国トップスター誘拐事件』
『人質 韓国トップスター誘拐事件』@シネマート新宿 スクリーン1 犯人たちがジョンミンさんのことブサイクブサイクいうのが腹立ったわ〜ブサイクじゃないわよ!!! てか普段自分からネタにしている「顔が赤い」「天然パーマ」「慶尚道なまり」というワードを効果的に(?)ちょいちょい入れてくるもんだから、よりリアルさが増しましたね……。こう書いているとなんだかコメディみたいだし、日本の配給会社も面白おかしい売り出し方(後述)をしていましたが、いやいやこれが見事なサスペンスアクションとなっておりました。以下ネタバレしてます。 原題『인질(人質)』、英題『Hostage: Missing Celebrity』。2021年、ピル・カムソン監督作品。アンディ・ラウ主演『誘拐捜査』のリメイクとのことです。この『誘拐捜査』も、実際にあった俳優ウー・ルオプー(呉若甫)誘拐事件がベースなのだとか。『ダンシング・クィーン』 でもファン・ジョンミンはファン・ジョンミンを演じていましたが、こちらはソウル市長選挙に立候補する弁護士の役。同姓同名だけど別人で、でも本人の人柄を観客は想像し乍ら観る……という二重構造が面白い作品でした。しかし今回はご本人もご本人、“俳優ファン・ジョンミン”が誘拐されるという設定。序盤から出てくるトートバッグは私物で、2018年の東京旅行 やカンヌ映画祭 でも持ち歩いておりファンの間で話題になったもの。この物持ちの良さ…人柄……。じゃあこの車は? 家は? と考えてしまう訳で、すっかりこの映画の仕掛けにはまってしまいます。 仕事がなかったときの話、演技でもうひとりの人質を騙したことを謝る場面、犯人グループのひとりの話を聞いてあげる場面がとても印象的でした。ご本人の人柄が感じられるわ〜と思いつつ、いやいやこれも演技? と観る側の感情も行ったり来たり。やっぱりすごい役者さん。 犯人グループのひとりが『新しき世界』 の台詞を真似したり、通報の手がかりになる名前が『生き残るための3つの取引』 と『ベテラン』 でジョンミンさんが演じた人物名だったり(どちらも今作のプロデューサーのひとり、リュ・スンワン監督作品というところにニヤニヤ)と、過去作の引用が事件解決の鍵となる。実際ジョンミンさんが誘拐されたら、こうして危機に立ち向かうのかなと想像出来るところも面白いです。 あとネタバレ回避していたので、特別出演でパク・ソンウンが出てるって知らなかったのでビックリした! ソンウンさんも本人役な訳だけど、ジョンミンさんと共演した(そもそも共演作多いよね)『華麗なるリベンジ』 や『工作』 での役柄のように、呑気でちょっと抜けているけど何気に頼りになる、朗らかで優しいという、うわ〜本人〜! ってキャラクター。いい仕事してます。 といえば、友情出演(後述)が豪華メンバーだった。こんなに出てた……? 過去作品のモンタージュシーンってだけじゃなくて、本編(撮り下ろし)にも出ていたの!? イ・ソンミンしかわかんなかったよ! リピートしたい……。 それにしても犯人グループが怖かった。ジョンミンさんが本人役なので、犯人グループが顔の知られている役者だと映画の仕掛けそのものがパーになってしまう。よって、舞台人や映画初出演の役者をオーディションで揃えたとのこと。今後注目されそう。いや、もうされているみたい。しかもジョンミンさん、「新人が発掘される機会を」と自分のギャラを制作費にまわし、オーディションや配役にも積極的に関わったとのこと。ひ、ひとがら……。 犯人たちは、それぞれが抱える事情や背景を短い台詞や表情の変化で表現する。実力のある役者さんでないと出来ないことです。そうそう、主犯役のキム・ジェボムは『오케피(オケピ)』 で観ていたわ。あのトランペットの子か〜! 日本版では伊原剛志、寺脇康文が演じたモテ男の役です。この顔どっかで…どっかで……と思っていたけど全然違う役柄だったんでわかんなかったよ! いやあ、役者って本当にすごいいきものですね。 本人が本人役を演じるという、一見ネタものというかおふざけに感じてしまうストーリー。しかし演出と演技陣の力でしっかりエンタメとして成立させており、尚且つ現実の社会問題をチクリと指摘する。顔が知られているだけで「有名人」としてからまれ、勝手に写真を撮られたり、タメ口で話しかけられたり身体を触られたりするエピソードや、事件後なかなか復帰出来ない、心の傷が癒えないというエピローグに心が痛みました。こういう内容なので、日本配給の宣伝展開には違和感が残りました。 -----・輝国山人の韓国映画 人質 韓国トップスター誘拐事件 いつもお世話になっております。共同制作にジョンミンさんのパートナー、キム・ミヘさんの名前が。そして友情出演、こんなに出てたのか……・ファン・ジョンミンに“ファン・ジョンミン役”を演じてもらった理由は? 「人質」監督が明かす裏話┃映画.com (ファン・ジョンミン本人が持っている“本来の姿”と)私(監督)が考える「ファン・ジョンミンならこうするだろう」という姿(略)、さらに観客が考える「ファン・ジョンミンならこうするだろう」というイメージもありますよね。それら“3つのファン・ジョンミン”をうまく混ぜ合わせる必要がありました。 ・review / 人質 韓国トップスター誘拐事件┃A PEOPLE 彼の存在感はどこかSFチックだと思っていたが、この地球に迷いこんできた異星人の趣を有しているのだ。 ファン・ジョンミンには、いわゆるマッチョな男性主義からはズレた魅惑がある。 彼ならではの逸脱が、「人質 韓国トップスター誘拐事件」という日本語タイトルからは到底感知できぬ、とりとめのない宇宙を、わたしたちに垣間見せている。 --- 相田冬二さんのテキスト好き〜。邦題についてチクリと指摘しているところも好き〜 内容被るけど画像から雰囲気の違いを知ってほしく(笑)。出演している舞台というのも『ART』『スリル・ミー』『ブラザーズ・カラマーゾフ』と、翻訳演劇から大作ミュージカル迄ずらりと並んでいます。韓国の舞台好きにはかなり知られているようです・韓国映画『人質』でクールな悪役を演じたキム・ジェボムが語る俳優への思い┃スポーツソウル日本版 映画の冷ややかな感じとは違い、インタビューではえくぼが目立つ笑顔が目立った。 「自分の長所は多様な顔を持っているという点だ。ある意味では悪くないが、ある意味では悪く変な顔をしている。監督も私の顔を見て驚いたことがある。喜ぶべきか悲しむべきかわからないが、今は嬉しい(笑)。平凡さが私の強みのようだ」 ・日本版予告 VIDEO ・本国版予告 VIDEO 公開前、関係者に配られていたらしいうちわが「救出セット」として物販(?)に。邦題といい日本版予告といいこれといい、どこを目指しているのかわからなかった。といいつつ、うちわが売られていたらきっと買ってしまうというジレンマよ