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2026年09月16日(水) ■
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』@kino cinéma 新宿 シアター1

パンフを先に買っておこうと前の上映が始まった頃にロビーに行ったら駆け込んできたひとがいて、スタッフの方に「ネルソンさんですか?」と訊かれ「ネルソンさんです!」と答えて入場していった。タイトルだから当たり前ではあるのだが、親しい隣人のようにネルソンさんの名前を呼んでいることが→

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— kai (@flower-lens.bsky.social) 0:23 · Sep 17, 2026

→この映画をより身近なものに感じさせた。「あなたにも、あなたの国でも起こりうる」。描写はかなりキツいが(特に音)観られるひとは観た方がいい。パンフは売り切れだった。再入荷予定あるとのことなのでまた行こう 『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

— kai (@flower-lens.bsky.social) 0:23 · Sep 17, 2026

レイトにも関わらずほぼ満席、他の回は全て札止めだった。映画館からいちばん近い紀伊國屋書店では、原作である故アレン・ネルソンさんの自伝文庫が今週の売り上げランキング8位に入っていた。現在品切れ中、再入荷を待っている。

18歳で海兵隊に入隊、ベトナムに出征したネルソンさんは、退役後深刻な心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされ続けた。映画は、ネルソンさんと医師の対話から、回想としての戦場と、心身回復の過程を描く。傷が消えることはない。治療により症状が緩和し、社会生活を送れるようになっても、音楽好きな明るくやさしい青年だった以前の自分には二度と戻れない。自分自身と向き合い、葛藤し、癒され、苦しみ、他者へそれを伝えようと決める。カメラはその姿を追う。

家族を経済的に助けるため入隊し、沖縄で人間性が失われる訓練を受け、ベトナムに入る。海兵といっても従事するのは地上戦。ジャングルのなかで狙撃し、狙撃され、非武装の老人と女性を虐殺し、村を焼き払う。NODA・MAP『ロープ』でも描かれた「ソンミ村虐殺事件」(『ロープ』のパンフに寄稿されていた吉川勇一さんによる『ソンミを振り返る』参照)のようなことはあちこちで起こった。任務を終え帰国したネルソンさんは、フラッシュバックに悩まされ、家族と離れて暮らさざるを得なくなる。結婚後も症状は続き、夜中うなされ妻に暴力をふるってしまう。

映画は映像と音で戦争の悲惨さを強力に伝える。映画で唯一伝えられないのは「におい」だと思っているが、そのにおいさえも伝わってきそうな絵と音。泥、血液、体液。内臓の一部、かつて身体だったものの一部。ひたすら殺す。死体が積み重なる。子どもが泣く。しかし悪趣味な撮り方はしていない。カタルシスを慎重に避けることで、戦争への嫌悪感が積もっていく。フラッシュバックの描写は強烈で、ちょっとした物音からもそれが起きるさまを、観客に擬似体験させる。

それでも前述の文献を読んでいると、映画の描写はまだ甘いと感じる。多くの女性たちが、殺される前に惨たらしく強姦されている。幅広い層に見てもらうため、そうしたパートは沖縄のひとりに集約し、配慮したのかもしれないと感じた。レーティングはPG-12だ。

そう、この映画は日本、特に沖縄の深い関わりも描く。米兵たちは沖縄からベトナムへと送られた。沖縄での訓練は洗脳といっていいだろう。アジア人は人間ではない、考えるな、命令に服従しろ、殺せと叩き込まれる。昔『フルメタル・ジャケット』を観たとき「いくらなんでも演出過剰では」と思ったものだが、別に過剰でもなんでもないのだ。これが日常だったのだ。そんな彼らは休みの日に街へと出かけ、「人間ではない」日本人に暴虐の限りを尽くす。この、少しだけあった沖縄のシーンが本当にキツかった。兼島拓也が書いた「沖縄は日本のバックヤード」という台詞を思い出す(『ライカムで待っとく』再演してほしいな)。何故沖縄では米兵による犯罪(特に性犯罪)が続くのか、その根拠がここにある。

PTSDという、治療の必要がある症状について認識され始めたのがベトナム戦争以降だったと記憶している。廃人のようになり帰国し、家族に暴力をふるい、酒や薬物に手を出し、あげく自殺してしまう。太平洋戦争後の日本にもそうした復員兵が多くいた。『野火』で、戦地から帰ってきた主人公の陰に妻が気付き怯えるシーンがあった。彼らは援助の外にいた。理解されず、憎まれ疎まれる。家族の手記を読む機会があったが(こういうの、やっぱり新聞購読の意義を感じる)、父親が自殺したとき「バンザイ」して喜んだ子どももいたという。

終盤、リリー・フランキー演じる黒井の語りから、自分の父がそうだったこと、ネルソンさんの証言を聞くことで、その父への理解に至ったことが語られる。この人物には、黒井秋夫さんというモデルがいる。「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」が設立されたのは2018年だ。日本兵たちは70年以上も理解の外に置かれていた。原作にないというこのエピソードは、とても重要なものだったと感じる。加害を口に出せなかった影響は、当人だけでなくその周囲にも及ぶものだということを示す。「あなたの国にも、あなたにも起こりうる」。実際起こっていることだ。

ひとは被害者になる、加害者にもなる。心は壊れ回復する。しかし失われたものは二度と戻ってこない。暴力の連鎖を恐れ、次世代への継承を恐れ、語り続けたネルソンさんの一生を辿る作品。ネルソンさんを演じたふたり(ロドニー・ヒックス/マーク・マーフィ)、その妻リンダを演じたタチアナ・アリ、医師を演じたジェフリー・ラッシュ。みんな素晴らしい演技だった。冒頭にも書いたとおり、登場人物を隣人のように感じさせてくれた。リリーさんも静かで印象的な演技を見せてくれた。つかリリーさん…すっかり大物俳優みたいになって……クロスビート時代を知っているだけに隔世の感。

ermhoiさんの音楽が素晴らしかった。安らぎと慈しみ。ひとの声が重なるクワイアのように感じた。サントラ出ないかな。石川忠さんが亡くなったとき、これから塚本映画の音楽はどうなるのだろうと不安に思ったものだが、新しい出会いに感謝した。

最後に。『野火』は素晴らしい作品なのだが、実のところ「ああ、資金繰りたいへんだったんだろうなあ」と感じた箇所がいくつかあった。演出としては優れているが、お金がないことから捻り出したアイディアのような印象を受けるシーンがあった。今回はそれがなかった。スポンサーの木下グループに感謝を。

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・塚本晋也監督が語る『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』――『野火』以降、戦争が現実に近づいた【ロングインタビュー前編】┃映画チャンネル
・なぜ戦争の“加害”を描くのか? 塚本晋也監督が語る『野火』の先にあるもの――映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』【ロングインタビュー後編】┃映画チャンネル
どうして『野火』を作ったかというと、日本が戦争のできる国に一気に近づいているという心配があったからです。そして、その心配は『野火』以降の10年間、いっこうに消える気配を見せない。それで継続して戦争というテーマを描いている、という流れなので、作家性を突き詰めて行き着いた結果なのかどうかは、自分の実感としては分からないんです
(ショーンの学校での語りの場面でマイクをオフにしたのは)むしろ喋らないほうが、お客さんは、今まで体験したことを脳裏に浮かべることができると思ったんです。現場で『一応撮っておこう』みたいなこともなかったです

・塚本晋也監督、映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」インタビュー 「反戦を掲げながら、殺し合いをエンタメにしてはいけない」┃WWDJAPAN
アレンさんのように治療する手段があれば、完全には治らなくても、家族も「これは戦争の影響なんだ」と理解して付き合うことができる。話すことで少しずつ救われていったアレンさんと、話すことができず、本人も家族も最後まで苦しんだ日本の元兵士たち。その違いは大きかったと思います
実際、憲法を変えなくても日本はかなりの武力を持っていますよね。(中略)現に武力を持つことができているのなら、言ってみれば憲法を変える必要はない。それなのに、なぜ変えたいのか。それは、理念そのものを変えたいからだと思うんです
「時代が変わったから憲法を変えるんだ」と言うけれど、その人たちの考えが時代に合わせて変わったわけではない。むしろ時代のほうが恐ろしくなってきたから、「いまがチャンスだ」と一気に押し通そうとしている。だから、その理念だけは絶対に変えてはいけない。9条を変えることなく、今のまませめぎ合っていればいいんじゃないかな、と僕は思っています



2026年09月06日(日) ■
『HELLO INDIE 2026 -TOKYO-』

『HELLO INDIE 2026 -TOKYO-』@Zepp Shinjuku

意外にもdownyとmouse on the keysのツーマンって初めてだったそうで、実際やってみれば相性いい〜! どちらも映像が重要なステージングなので、ステージ後方+フロア両サイド+後方にLEDパネルがあるZepp Shinjukuというハコとも相性いい〜! いいもの観られました『HELLO INDIE 2026 -TOKYO-』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) 0:21 · Sep 7, 2026

Zepp Shinjukuにこの2バンドが出るの貴重! 記念に! と大雨のなか入口のサイネージを撮ったらなんだかすごくヘンな色合いに…色がグラデで変化するやつだったからかな……。両バンド共に、本当はこれくらいフルで映像が使えるハコで観たい! と思いつつもその機会がなかなかないのでとても貴重だった! HELLO INDIEさん有難うございます!

そうなんですよ、Zepp Shinjukuにmouse on the keysとdownyが! ツーマン! しかも投げ銭制! なんて酔狂な。SNSにはふんわりと「出演者から頭おかしいといわれてた」と書きましたが、実際は「気が狂ってる」っていわれてましたヨ! 適正価格と判断した額を入れましたが、本音をいうとこっちの心理的負担が大きいので決め打ち価格にしといてもらいたいです……(と思ったものの後述インタヴューを読みうーむ成程となってます)。こっちもスレた客なんで「赤字になったらどうするんだろう」「ギャラはちゃんと出るのか」「いやでもHELLO INDIEがすっごい金持ちなのかも知れん」「motkっていっつも好感度高くよく働く若いスタッフいっぱいいるけど彼らはボランティアなの? ちゃんとギャラ出てるの?」「motkのアドやマーチのセンスいつもいいけど点数多すぎる、採算とれてるのか」などと散々話してました。主にmotkのことを心配しています。なんで客がここ迄気を揉まねばならないのか。この周辺のシーンでいえばtoeやLITE、そしてdownyはそういうことしっかりしているイメージがあるんですけどね……。

しかも当日大雨。先日の千葉豪雨の惨禍も思い出され、帰りの電車が止まったらどうするよという不安にも苛まれ、前売り料金払ってないからいいや〜と当日キャンセルしたひとも少なくなかったかも知れません。という訳でフルハウスとはいきませんでしたが、ライヴの! 内容は! どちらも素晴らしかった! ハコの機構をフルに使えたことで、VJを使う両バンドのポテンシャルが余すところなく発揮されていました。

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■downy
先攻。USツアーを前に準備万端といったところか、充実の内容。映像が全開なのでメンバーが出てきてもシルエット、髪くりくりのひとがベースを持っている。あれマッチョさん? マッチョさんで合ってる? あんなパーマあててたっけ(敢えてかけるではなくあてるといってます)と戸惑ううちに演奏開始。演者にライト当たらないので結局誰かわからない、でもあの演奏はマッチョさん。それいったらステージの立ち位置憶えてるとはいえセミロン毛を後ろでまとめているギターの人物がふたりいる、どっちがロビンさんだっけと迷うものの演奏と歌で判断出来る。各々の表情など見えません! でもそれがいい! 没入感半端ない! 気付けば終わってた!
磨き上げられた演奏もさること乍ら、このバンドには様々な試練があり、活動を休止していた期間も決して短いものではない。しかし活動を継続してきた今、テクノロジーの方が追いついてきたという感覚がある。VJに関してもそうだが、裕さんの音がいつも確実に在る、と感じられるのはうれしいことだし、SUNNOVAくんだってここにはいるのだ、と思わせられる。
それにしても、新しいものが出てきたんでちょっとやってみました〜というやつとはレベちの生成AI映像には圧倒されますね……どんな偏執スクリプト書いたんだとしかいいようがない「日蝕」の、グロテスクなのに涙が出る程美しいと感じる映像を音と共に観る、たまらん。

日記用、日曜のdownyセトリ

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— kai (@flower-lens.bsky.social) 0:36 · Sep 8, 2026

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setlist
1,葵
2,断層ジャズ
3,凍る花
4,春と修羅
5,日蝕
6,視界不良
7,枯渴
8,左の種
9,foundyou
10,弌
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■mouse on the keys
後攻。思えば昨年の忘年会以来。飛田さん出ずっぱりのカルテット編成は初めて観たような……。演奏分担も変わっていて、「最後の晩餐」の前奏は新留さんから白枝さんに担当が移っていた。今こうなってんのか。曲間ブリッジのインプロが増えジャズみも感じられる反面、ここ数年で随分増えたエレクトロなトラックは白枝さんと新留さんの志向に因るものか。白枝さんの選ぶコードがえらい好みなんだが、それは今後のmotkにどんな影響を及ぼすのか。鉄板曲の「最後の晩餐」や「spectre de mouse」、「toccatina」は、長年聴いてきた清田さんの音が心身に沁みわたっているので違和感がないといえば嘘になる。などなど色々考え乍ら拝見。とはいうものの、やっぱ実演はアガりますね。「Circle」のエモさも最高です。
で、motkの映像はrokapenis、Hello1103、上川林太郎といった作家が手掛けていますが、こちらも生成AIの使い方がスタイリッシュかつエネルギッシュで他とは一線を画す仕上がり。こんな洗練されたイメージをバックに演奏がアグレッシヴ極まりないところが好き。VJに関しては昨年の欧州ツアーから川��さんが自分で操作しているらしいのだけど、これは海外ツアーのため最小限のクルーで渡航していたためなのか、普段のライヴでも導入しているのか、今回観た限りでは判らなかった。
ところでdownyもmotkも、なんでどっちも映像に鹿を出してくるのだろう。AI素材に鹿がいっぱいいるのか?

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setlist
01. Womb
02. The Dawn
03. Fail Better
04. Sleepytime
05. 最後の晚餐
06. seiren
07. Earache
08. midnight (shiroeda Solo Ver.)
09. Praxis
10. Emergence
11. completed nihilism
12. spectres de mouse
13. Circle
encore
14. toccatina
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(参照)・mouse on the keysはこのように作られた。結成20周年目前インタビュー┃Eggs
川��:野獣的なライブもしつつ、クールなテクノロジーの方向に行きたそうな雰囲気があるのは、確かにそうですよ。ただ、その狭間でなんとかやっていきたい気持ちは捨てていないし、そこが混ざってる状態を続けてきたのが我々かなっていう気がします。
川��:(海外ツアーの交渉を)昔だったら通訳を入れないと無理だったことで。でもAIかますと「ドイツ人で英語喋る人に伝えるにはどういうニュアンスがいいか?」みたいなところまでやれる。そうやってテクノロジーは進化し続けてるから。ただ、実際に動いてるのは生身の人間で、だからこそライブハウスに若い方が行かなくなっているのは残念だなと思っていて。
年末のバタバタで見逃してて今頃こんな記事出てたんだと気付いた。今のmotkがどんな感じなのかがよくわかる内容でした。聞き手は石井恵梨子。お、意外。質問でも先入観があったみたいなこと仰ってますし、ハードコア界隈からはおしゃれバンドと思われているのか(笑)。

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・『HELLO INDIE』主催の背景にある、トロントの想い出。収入格差なくライブを観せたい┃NiEW
佐藤:(トロントでは)美術館や博物館もPay What You Canが多いです。移民が多くて、収入格差があるのも背景としては大きいと思います。なので、「PWYC」の4文字が入場口に貼ってあったら、誰もが意味を理解してますね。Pay What You Wishっていう表現をするところもあります。
山崎:(LITEが10周年のときに開催した投げ銭制ワンマンライブでは)結果、来場者と金額を平均したら、普通にチケット代をいただくのと同じぐらいだったんですよ。ちゃんとコンセプトを伝えて開催したら、そこに価値を感じた人はちゃんとお金を払うし、もちろん「お金はないけど、でも観たい」っていう人もいて、その人は払える分だけ払ってもらう。それを均等化していくと、ちゃんと適正なチケット代になっていくのはすごくフェアというか、リスクは主催者にあるんですけど、それがあるべき姿なのかなって。
こちらも昨年の記事。「Pay What You Can」、妥協のない姿勢が伝わりました。カルチベート・チケット(ペイ・フォワード)と考えればいいのかと納得もした。続くといい! ワタシ個人には限界がありますので大金持ちが沢山お金出してくれますように(世知辛い)……何はともあれHELLO INDIEの主催の方には感謝しかありません。佐藤恭さんありがとー!



2026年09月05日(土) ■
『アメリカン・ドリーム』

『アメリカン・ドリーム』@PARCO劇場

『情熱大陸』の小日向さん回を観てしまっていたのであの台詞ははまっさらの状態で聴きたかった〜! と悶えはしたもののもはやそれもどうでもいいと思える程怒涛の名台詞の応酬、それを語る役者の声、その声が消えたときの余韻。いや、もう、こういうのが観られるから観劇はやめられない 『アメリカン・ドリーム』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) 22:01 · Sep 5, 2026

ぬ、これだとその台詞がどうでもよかったみたいにとれるな。『情熱大陸』でネタバレ見ちゃったことがもうどうでもいという意味です! よい役者がよい声でよいホンを語る、よい姿でよい舞台に立つ。全てが揃うのってなかなかないことです。三谷幸喜が手掛ける作品にはその確率が非常に高い。たったひとつ残念だったのは、後ろのオヤジ(開演前の会話からして関係者)がいびきかいて寝てたことだな。おまえ絶許、寝るならいびきかくな。

1940年代後半に吹き荒れた「赤狩り」の話です。特にハリウッドでは見せしめとして、多くの才能が「コミュニスト/共産主義者」と断罪され映画界を追放されました。仲間を売ったエリア・カザンにアカデミー賞名誉賞が与えられたとき、授賞式会場の反応が真っ二つに分かれた異様な雰囲気は今でもよく憶えています。あの件で初めて「赤狩り」とは何だったのかを意識したのでした。

今作は、その聴聞会が舞台。非米活動委員会から呼び出された4人の映画人たち──大きな仕事に恵まれない女優(関谷春子)、何がなんでも映画を撮り続けたい監督(浅野和之)、ファシズム吹き荒れるドイツから亡命してきた脚本家(山崎一)、共産党員である(あった)ことを隠さない売れっ子の脚本家(小日向文世)──は、映画に全く興味のない委員(浅野雅博)と、映画が大好きで俳優を目指していたこともある委員(中川大志)から究極の選択を迫られます。密告するか、仕事を失うか。緊迫感に満ちた会話が続きます。

4人の映画人には、それぞれ説得力のある言い分があります。関谷さん演じる女優の必死さとある種の楽観、浅野(和)さん演じる監督の自信と喰えなさも見事でしたが、尋問をのらりくらりと躱す山崎さん演じる亡命脚本家が圧巻でした。タイトルの“アメリカン・ドリーム”は、移民である彼の口から語られます。ファシズムの次はコミュニズムか。何がアメリカン・ドリームだ……笑わせるだけ笑わせといたあとにストンと落とされた凄みに、客席がしんと静まり返りました。前述のオヤジもこのときは静かで助かった。

聴聞会の最後に登場するのが小日向さん。演じるのは、実在の脚本家であるダルトン・トランボがモデルの人物です。議会侮辱罪に問われ投獄された「ハリウッド・テン」のひとり。『スパルタカス』『栄光への脱出』といった大作の脚本家として知られていますが、『ローマの休日』の脚本等は“有罪判決”後、偽名で活動していた時期の作品です(その後正式にクレジット)。『ジョニーは戦場へ行った』を書き、その後自身の手で映画化したことでも知られています。私が書くのは弱者に寄り添った作品だ。共産主義に依るものかどうかは関係ない。その正鵠を射た主張に、委員のふたりはぐうの音も出ません。

弱者に寄り添うことはコミュニズムになるのか?(この質問自体がおかしいとわかってるんじゃないか?)まだ観ていない映画を観たような気分にさせてしまう情報とは?(噂や雰囲気に左右されていないか?)……台詞はさまざまなレイヤーを持つ。そのニュアンスを、演者が持てる技術を駆使して語ります。声の微妙なトーン、リズムの変化で、書き手の狙いを的確に、或いはそれをも超えた気付きをも観客に伝えてくれる。ダルトンには小日向さんの声と姿が必要だった、と思わせられるものでした。小日向さんだけではない、よくぞそんな役者を揃えてくれた。あの女優には関谷さんの意気が、監督には浅野(和)さんの軽妙さが、亡命脚本家には山崎さんの手に負えなさ(笑)が必要だった。そして中川さんの迷い、浅野(雅)さんの揺れ。そしてこんな演者を揃えられるのは、三谷さんの作品だからだ。こういうのが観たくて舞台に通うのだ。客席にいる幸運を噛み締めました。

ホテルの別室、隠しカメラを通した映像、奥行きのある舞台使い。台詞の層を視覚化したような舞台美術(松井るみ)にも、場面転換ごとに息を呑みました。その境界を物理的に超えた山崎さんのシーンには大きなどよめきと笑いが起こりました。演技というものを信じる、三谷さんの映画と舞台への矜持が感じられる演出でした。

ホテルの一室にひとりずつ呼び出され尋問されていく4場+聴聞会が終了したあとの1場で計5場かな。尋問はひとり30分前後。委員側は出ずっぱりです。クセつよの4人を相手に、怒り、惑い、やがて「自分たちがやってることは正しいことなのか? 愛国心とは?」と疑問に思い始める過程も見せていく。いやーこれ、中川さんと浅野(雅)さんたいへんねー! 素晴らしかったです!

三谷さんの作品には、未熟者が一歩成長するという裏テーマがどの作品にも隠されていますが(?)、今作も映画好きの青年の葛藤と気付きを描いています。ハリウッドを追われても別名義で脚本を書き続けると暗に示唆した脚本家と、それを聴いた彼の対話でこの作品が終わっても充分なカタルシスがあった。しかし三谷さんはそうしなかった。今回唸ったのは、査問会終了後のシーンでした。持たざる者である女優への視線。そしてその女優の持つポジティヴな強さ。映画好きの若者の目を通して、三谷さんが“弱者”とその逞しさを描いたことが、今作の大きな余韻になりました。