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しもさんの「気になる一言」
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2001年07月07日(土)
的確なベンチの指示が必要だったな

勿論、巨人VS横浜戦。
9回裏、明らかに選手は浮き足だっていた。
バッターと勝負するのか、敬遠するのか。
若いバッテリーだけでなく、清原や川相までおたおたしていた。
当然、観客の私たちも、イライラ、ドキドキ。
その間、期待していたベンチからは、
誰もマウンドに駆け寄ることはなかった。
ベンチからの指示ではなく、そばに寄って声を掛けて欲しかったな。
結果は、満塁サヨナラホームランで負け。
管理職の仕事を考えるいい機会になった気がする。



2001年07月06日(金)
久しぶりに「場違い会議」

午後から埋蔵文化財の担当者会議に参加した。
しかし、話す内容はチンプンカンプン。
なんだか周りを見まわしても、いつもと雰囲気が違う。
彼らは発掘に生き甲斐を感じているようだ。
知識があり、関心のある職員が携われば簡単な作業も、
知識もなく突然担当になった私には苦痛に近い。
予定した終了時間になっても、嬉しそうに質問をしまくる彼らを見て、
場違いな会議に参加してしまったと実感した。
もっとやりたいこと、たくさんあるのに・・・。
今回ばかりは、人事担当を恨みたくなる会議であった。



2001年07月05日(木)
「ドリカムプラン」は試行錯誤が基本

自分の夢は何なのか、大学進学前に真剣に考える教育がある。
何度も何度も、本当の自分の夢を探して、ドリカムノートに書き綴る。
そして試してみる。でもなんだか違う気がする。
また自分の夢探しをする。そして試してみる。
この繰り返しにより本当に自分の夢を見つける。
というより自分で学ぶ力をつけるのだという。
「自己信頼」この聞き慣れない単語が夢を叶えるキーワードなのだろう。



2001年07月04日(水)
較べれば、秀英

何気なしに信号待ちで車窓から外を眺めていたら、
この台詞が目に留まった。
あれ?比べれば秀英じゃないの?と思いながらメモを取った。
当然、好奇心旺盛の私、さっそく調べたが、
なかなか違いがわからなかった。
■[くらべる]の大辞林第二版からの検索結果 
【比べる・較べる・競べる】
あ〜、どうやって使い分けているのか?
進学塾の秀英のキャッチコピーだからこそ、気になるフレーズだった。
答えは私が学生時代に使っていた古い旺文社の国語辞典に載っていた。
「比」はあれこれとてらしあわせる、
「較」は優劣をくらべる、
「競」はきそいあう、とあった。
「辞書は一国の文化を左右するものである」で始まる
「刊行にあたり」のメッセージが私の胸を熱くさせた。



2001年07月03日(火)
革命は必ず犠牲者が出る

IT関連の講演会「e−Japan構想の光と影」の講師が言った。
今、世の中「IT革命」で騒いでいるが、
犠牲になる産業があることを知っておいて欲しい、
と言いたかったのだろう。
言い換えれば、IT革命によりリストラされる人々が増える、
と言い切った。
改善でも、改革でもない。
「革命」という単語を使うには、
それだけの覚悟が出来ていることを意味する。
本当に必要なのは「意識啓発」でも「意識改革」でもなく、
犠牲者を出しても断行する「日本人の意識革命」なのだと思う。



2001年07月02日(月)
ここは学校じゃないから落ちこぼれ教育はしない

テレビ「明日があるさ」の最終回。
リストラを断行する前に社員に訓示するシーン。
民間企業の厳しさを表す言葉だった気がする。
そんなの当たり前だ、というお叱りを覚悟で気になる一言で取りあげた。
行政は以外と落ちこぼれ教育までしているのではないかと不安になった。
パソコンにしても基礎の基礎から教えてくれる。
だから自分で本を買って勉強するという姿勢がなくなるのだと思う。
反省しなくちゃ・・・。



2001年07月01日(日)
国旗にアイロンがかかっていなかった

WBAライト級タイトルマッチでチャンピオン畑山は判定で敗れた。
判定が微妙だったので、オリンピックの時と同じように
審判に抗議とか脅迫のメールが届くのではないかと心配している。
ところで試合前、両国の国歌斉唱で気になったことがある。
テレビ画面一杯に映し出された国旗が、真新しいのか、
真ん中に折りしわが残ったままだった。
できれば、もう少しだけ気を使って欲しかった。
(変なところに気付いてしまう私が変なのか)
試合が始まる前、なんだか不吉な予感がしたのは私だけだったかな?
とほほ。



2001年06月30日(土)
肯定されても否定されても腹が立つのが「思春期」

ねじめ正一が深夜番組で言っていた。
なるほど・・と娘の行動を思い出しながらひとりで納得してしまった。
私のHP掲示板。「あなたは肯定派?否定派?」は思春期の子ども達には無理と言うことか(^^;;。
自分もそうだったな、と昔を振り返りながら、しばらくはそっとしておこうと感じている父親の私である。

*今回の捨てるにはもったいない言葉たち*
結婚とは美しい嘘をつくこと
お父さん、お母さん、先立つ・・・ものをお渡し下さい
痴漢にあったら「どっか行く?」と声をかける華原朋美
ニニロッソはコルネット奏者
か行は一度、喉を閉じてから、た行は一度、歯の裏につけてから、ま行は一度、口を結んでから。
偽りに生きているものに言い残すことはない
ふたりは恋という奇跡を避けているような気がする
大人達が迷っているから子ども達が迷う
今さら人に聴けない〜は、コミュニティ不足
タンクトップのビキニを「タンキニ」という
ネガティヴ情報を積極的に出していこう
人間、逆境は共有できるけれど,成功・幸せは共有できない



2001年06月29日(金)
ReReReのRe

どっかのホームページに書かれていたネチケット。いわゆる「インターネットのエチケット」。
同じ内容ならば、タイトルはReで返信するべきだという人と、
いやタイトルをReで返すのは失礼だとする人がいた。
私は、後者かな・・・。
言葉に力があることを、私は知っている。
特にメールのタイトル、掲示板のタイトルは一番気を使っているつもりである。
どちらがネチケット違反なのか。
一度、考えてみたい課題である。



2001年06月28日(木)
努力によって人生で何が可能になるか、を教えてきた

メリルストリープ主演「ミュージック・オブ・ハート」の映画(ビデオ)を観た。
ハーレムに住む子ども達にヴァイオリンを通じて、自信を与え、
最後にはカーネギーホールで演奏会を開催してしまう。
ストーリー的には、ちょっと物足りない感じがしたが、監督は何を伝えたかったのか、
もう一度見直してみたら、この台詞が浮かびうがってきた。
10年の歳月をかけて、彼女がこども達に伝えたかったことは、この考え方だった気がする。