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しもさんの「気になる一言」
しもさん
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2001年12月11日(火) ■
芸術家の多くは、はめがない

N響アワーで聴いたのを、その時は「なるぼと」と思いメモをした。
ところで「はめを外す」ってなんだろうと、素朴な疑問。
そこで意味を調べた。
調子にのって度をすごす。「つい飲みすぎて―・す」
〔「はめ」は「はみ(馬銜)」の転で、
「はみ」を外して馬を自由にする意からとも〕
芸術家は、最初からはめを嫌う。既成概念とか枠という「はみ」。
秋野不矩さんの「不矩」と同じだと、一人で考えていた。
しかし、そうしなければ芸術家ではないのか?とつい反論したくなる。
与えられたステージで花開いている芸術家も、たくさん知っている。
いやいや、芸術家は「はめを外す」という言葉すら知らないのだろう。
やっぱり私は、芸術家になれないな・・とはめの中でコラムを書く。





2001年12月10日(月) ■
人はいずれ死ぬから、わざわざ殺す必要はない

昨日のNHK大河ドラマ「北条時宗」の最終回。
時宗が、息子たちに伝える遺言である。
この台詞の前に「人を殺すな、誰も殺すな」と前置きをしている。
この言葉は重い。
世界の各地で戦争が起きているのを始め、生活レベルでも殺人事件が相次ぐ。
そんな世相に対して、作者の苦痛の叫びとも受け取れた。
「褒美もいらぬ、休みもいらぬ、生きとうござる」と
兄・時輔にすがりつく姿は、見ている私の胸を熱くした。
34歳という若さで他界した北条時宗のドラマ。
数々の「気になる一言」を私に残してくれたな、と感謝しながら、
最後の台詞を、システム手帳に記録した。




2001年12月09日(日) ■
東海道500年祭に向けて

宿駅制度制定から400年の今年、江戸から京まで、関連する都府県は
ウォーキングを中心に、数々のイベントを繰り返し、
毎日のように、新聞紙上を賑わしてきた。
大切なのは今年を契機に、日本の歴史・文化財に関心をもたせる、
そんな仕組み、雰囲気づくりだと思っていたが、
きっと来年はサッカーのワールドカップへと、
国民、県民、町民の話題が移っていくんだろうな、と諦めていた。
ところが、今日のイベントで
「400年祭は終わっても、100年後には500年祭があるわけで」
とウィットに飛んだ挨拶があった。
嬉しかったのは言うまでもないが、
来年は「東海道401年祭」を規模を縮小しても続けていこうと思う。



2001年12月08日(土) ■
厳重警備より、恨まれないことが大切

「核とテロリズム」という講演を聴いた。
いろいろな角度で、このタイムリーな話題をわかりやすく説明してくれた。
彼の講演を聴いて思ったこと。
今、世界で起きている事件。ほとんどが「恨み」から起きている。
その根本を解決せずに、警備体制を強化しても意味が無い、ということ。
テロから恨まれない行動こそが、一番大切であることを知った。
どんな攻撃をされるか想定して、いろいろな守備を固めるよりも、
攻撃されない関係を築いたほうが、得策である。
これは国際関係だけではない、私たちの人間関係でも同じことが言える。
心がけたい、と思う。



2001年12月07日(金) ■
ねぇ、知ってる?

最近、いろいろな人からメールをいただくが、
こう問い掛けてくる人が増えた。(笑)なぜか、とても嬉しい。
こんな事、聞いたけど、誰かに話したくて・・・
しもさん、聞いてくれる?というメッセージである。
「おわだまさこ・かわしまきこ、縦に書いてジグザグに読んでも同じ」とか
「Q33NY(アメリカテロの飛行機)」を wingdings という書体に
すると、大変な文字が現れる・・なんてね。
「いつか、これがコラムになることを夢見て・・」なんてメッセージ付き。
私を喜ばすコツを知っている人達が増えた(笑)。
泊まりで出掛けると、メールが気になってしまう今日この頃である。



2001年12月06日(木) ■
生まれつきの障害者は障害者と呼ばない

とても厳しい言葉であった。
生まれつきの障害者は、自分が障害者と認知していない。
言い換えれば、本人は比較する対象がない。
だから、周りの人が「障害者」と決め付けていることになるという。
たしかに、そういうケースは多い。
本人は、あまり意識していないことを、周りが決めつけてしまう。
まわりの「小さな親切が大きなお世話になる」ことを、
あらためて知った気がする。
バリアフリーとか、ユニバーサルデザインという言葉に踊らされ、
そっとしておいてあげたい人まで、
太陽の下へ引っ張り出すことがないよう気をつけていきたい、と思う。



2001年12月05日(水) ■
人生の乗り換え切符は簡単には手に入らない

テレビ「ガチンコ」から。
不良たちが大学受験をするという特集。
説明もろくに聞けない彼らに対して、大和はこう言い放った。
昔、暴走族をしてました、番長やってました、という人達がテレビでも活躍し、
簡単に社会でも受け入れられると勘違いしているケースが多い。
しかし、社会はそんなに甘くない。
人とぶつかることが身体に染み付いた人達が、社会になじむためには
それなりの努力がいる。
彼は、そういいたかったのかもしれない。
久しぶりに、特徴のある字体が、私のシステム手帳に書き込まれた。



2001年12月04日(火) ■
この世に不必要な生き物はいない

診察待ちの漫画「東京ラブストーリー」から。
今度は、リカが単純な仕事に飽き「うじむしみたいな仕事」と呟く。
その時、上司がサラット言う。
「うじむしは成長してハエになる。そのハエを鳥たちが食べる・・。
そうやって、うじむしだって役に立っている」
そして「この世に不必要な生き物や意味のない仕事もない」とまとめた。
自然は、うまく循環するようになっている。そして、進化してきた。
組織で動く仕事だって同じ。
お茶出しやコピー作業がつまらない、と愚痴をこぼす新人が多いが、
それすら意味のある仕事なんだ、と考えて欲しい。
逆に、その分、頑張らなくてはならないのが、
私たち管理職のような気がする。役割をしっかり果たしたい。



2001年12月03日(月) ■
男にとって言葉は、力を誇示するための道具

「だからいちいち言葉を定義したがる・・」と続く。
あの「話を聞かない男、地図が読めない女」の教訓集から抜粋。
読んでいて、あいたたた・・って感じ。痛い所をつかれた。
そういえば「テーマ日記」は、まず定義から入る(笑)。
与えられるテーマについて、感覚的に理解できないからだろう。
逆に定義さえ出来れば、あとはスラスラと文が浮かびあがってくる。
今まで、その意味がわからなかったから、
ス〜っと書きたいことに入る女性が羨ましかった。
ちょっと自分の男の部分に触れた気がした。
そんな気はないんだけどなぁ、と思いながらも、
だから「詩」がかけないんだ、と納得してしまう私がいる。




2001年12月02日(日) ■
「女児出産」と「女子出産」

雅子さま、出産の様子がマスコミを通じて、全世界に流された。
しかし、某地方紙の号外を手にしながら、一つ疑問に感じたことがある。
それは「雅子さま、女子出産」と大きく報道されたからだ。
どうやら全国紙をはじめ多くは「女児出産」である。一面を飾るトップ記事。
言葉の使い方が大きな問題を引き起こすことになりかねないから、注意を望む。
じょじ ぢよ― 【女児】 おんなの子。女子。⇔男児
めなご 【女児・女子】〔「めのこ」の転〕女の子。娘
昨日の見出しで「じょじ」と読んだ国民が何人いただろうか?
不思議な国民である気がしてならない。
せっかく長い歴史を持って出来上がった言葉だからこそ、使い方を間違えてはいけない、と。