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| 2002年01月21日(月) ■ |
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| やっぱり、鍋 |
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阪神・星野監督は、選手の食事を「鍋料理」に切り替えるという。 チームワーク強化には鍋が一番、と多くのスポーツの監督・コーチが認める。 もちろん、じっくり煮込んだ栄養分という観点から考えても・・。 しかし、何はさておいても「同じ釜の飯」と同じく「同じ鍋」をみんなでつつく。 早く食べ始めることも出来なければ、早く食べ終わることも出来ない。 食べながら交わされる会話こそ、上達の秘訣が隠されているというわけだ。 来シーズンの阪神は、強敵になるかもしれない(笑) さて、私たち、職場・家庭に視点を移してみよう。 職場のチームワーク、家族のつながりに、ちょっとでも不安を抱いたら フランス料理の会食より、みんなで囲む鍋料理をお勧めする。 鍋料理もいろいろあるが、どの鍋も最後の調味料は、 「笑顔と会話」であることを覚えておいて欲しい。 食べ終わる頃には、きっとホカホカの身体と、 笑い過ぎて鍛えられた腹筋、しわになってしまうほどの目じりが 心を温かくしてくれるに違いない。
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| 2002年01月20日(日) ■ |
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| 感性と計算のバランスが「開運なんでも鑑定団」にはある |
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昨日の「中嶋誠之助」さんの講演から、第二弾。 話のつかみは、彼が出演しているテレビ番組「開運なんでも鑑定団」だった。 もう400回以上も続いている、その秘訣を 「感性の石坂と計算の伸助」と分析していた。 一つの骨董品を見て「好き・嫌いという見方をする石坂浩二さん」 「高い・安いという見方をする島田伸助さん」 このバランスがとてもいい、そういうことである。 おまけに、吉田という、やる気のない子にも人格を与える司会構成を 企画した「テレビ東京」にも感心していた(笑)。 何かを続けようとするとき、 その両面を意識すると長続きするというヒントなのだろう。 生活でも仕事でも人間関係でも、うまく続けていきたいと望んだ時、 この「感性と計算のバランス」を意識していたいものである。
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| 2002年01月19日(土) ■ |
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| おまえは、捨て目が利かない |
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開運なんでも鑑定団レギュラー「中嶋誠之助」さんの 講演を聴くチャンスに恵まれた。 彼は声に張りがあり、あっという間の1時間半であった。 もちろん数多くのヒントをいただいたのであるが、 特に「捨て〜」の必要性を教えていただいた。 「捨て〜」というと「捨て駒」という印象が強く、あまり良いイメージはない。 しかし、大成するには必ず必要な要素のように感じられた。 骨董の修行時代、師匠に「おまえは、捨て目が利かない」と怒られたという。 しかし、後になって自分ばかりでなく 弟子・修行・新人時代に「捨て〜がない」と怒らた人を知って驚いたらしい。 女優・岸恵子さんは映画「雪国」の撮影で監督に 「おまえは、捨てカットがない」と言われ 歌舞伎・市川春猿さんは、猿之助さんに 「おまえは、捨て耳が利かない」と言われたという。 さて「捨て〜」とは何か?それは、心のゆとり、自然体であると結論付けた。 うまくやろう、評価されようとする気持ちが先走り、一つのことに夢中になる。 すると周りが見れない、周りの雰囲気を感じ取れなくなるのだろう。 いつもの自然体、心のゆとりがなかったことに気付いた彼らは、 みんな、その意味を知り、それをきっかけに成長したという。 私にとっての「捨て〜」はなんだろう、と考えながら帰路についた。
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| 2002年01月18日(金) ■ |
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| ワイルドな男、マイルドな男、どっちが好き? |
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ことば遊びではないけれど、私のシステム手帳の片隅にかかれていたメモ。 語呂が面白くて書いたんだろうと思う。 今の女性、どっちが好きなんだろう? そんな思いで、メモしたのだろうな、きっと。 ちなみに、ワイルドは「野生であるさま。未開であるさま」 「荒々しいさま。野性的」 一方、マイルドは 「飲食物などの味が)やわらかいさま。 口あたりのよいさま。刺激の少ないさま」⇔ストロング ここまで書いてきて、ワイルドとマイルドが反対語ではないことに気付いた。 こういう思い込みって、知らず知らずのうちにしてしまう。 その反省も含めて、今日の一言。m(_ _)m
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| 2002年01月17日(木) ■ |
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| しかし、神様は「生真面目」という罰を与えた |
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お酒、タバコはやらない、ギャンブルもしない。 求めるものは、強靭な肉体。さぞかしモテルだろうな、と 「ケイン・コスギ」をテレビで見ていた私は思った。 しかし、一緒に出演していたさんまは「神は二物も三物も彼に与えた」と 前置きしながら、こう呟いた。(笑) 「生きてるだけで丸儲け」を身上としている彼らしい発言だった。 一度きりの人生、どう生きたっていい。 生真面目という生き方もOK。私のようにふざけて生きるのもOK。 でも、せっかくだからもっと遊んだらいかが?という 彼なりのジョークが、私のアンテナに引っかかった。 何をやってもかなわない人って必ず自分の周りにいる。 そんな時「挫折という感情を味わえない罰」を神から与えられた、 可哀相な人と思えばいい。(笑) 考え方次第で、世の中もっと楽しくなることを知った。
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| 2002年01月16日(水) ■ |
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| アメリカには成人式も映画のパンフレットもない |
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私のホームページへ書き込みしてくれた人(海外居住者)の一言がヒント。 この時期、日本では成人式ネタで盛りあがっているのに、 なぜか海外居住者は、信じられない様子。 そう、行政が主催する成人式すら存在していないらしい。 それすら、私たちは知らなかった。 また、映画の話題になったところ、今度はパンフレットなんてない、と言う。 求める人がいないということなのか、唖然とした。 やはり、知らなかった。あるものだとばかり考えていた。 いかに、いつも自分の生活を中心に考えていたかを 多くの人達に露呈する形になってしまったが、それも嬉しかった。 今、知ったことになるから・・・。 せっかくいただいたヒント。 今年は、ちょっと世界の成人式、調べてみようかな? そんな気にさせてくれた、掲示板の書き込みであった。
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| 2002年01月15日(火) ■ |
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| 日本では本当のエリートはつくりにくい |
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なんとサッカー日本代表、トルシェの言葉である。 エリートを集めることまでは出来ても、 エリートを競わせることが出来ないということなのだろうか? 確かに、ワールドカップ以下の大会では、好成績をあげる日本。 しかし、ワールドカップでは格下扱いが現状。 その原因は、エリート同士の競争が少ないことかもしれない。 サッカーだけでなく、いろいろな場面で同じことが言える。 職場でも、せっかく仕事の出来る人間を集めたのであれば その中で競わせて、さらにレベルアップを図るべきであろう。 仕事は和、チームワークも大切であるが、 その前に、もっと個人のレベルアップが必要であることを、 彼は言いたかったのかも知れない。 厳しいフレーズであった。
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| 2002年01月14日(月) ■ |
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| 成人式は、起承転結「承のはじまり」 |
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人生80年と考えると、起承転結。20年ずつ4節となる。 もちろん、漢詩の句の並べ方だけれど、 文章の構成や物事の順序でもある。 起句でうたい起こし、承句でこれを承(う)け、 転句で趣(おもむき)を転じ、結句で結ぶという形式。 成人式は「起の終わり」ではなく「承のはじまり」であると思う。 成人式から、成人になる準備をするのではなく、 成人になったから、成人式で祝うのである。 人生の目標を決めるべき「起」が終わらないのに、 何を目指して「承」を展開していくのだろうか? あっ、そう言えば私なんて「転」に入っている・・(笑) この20年は「結」に繋ぐ大切な時期なんだと知った。
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| 2002年01月13日(日) ■ |
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| 私にまかせてください |
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御存知、NHK大河ドラマ「利家とまつ」から。 まつは、今日からわしの妻になった、宜しく頼むでぇ・・と利家。 その彼を横に、妻・まつは、こう叫んだ。 なんだか、その爽やかさが私のアンテナに引っ掛かった。 素敵な言葉は、いくつもあったが、なぜこの台詞なのか? 最近、男性でも女性でも、こうはっきり言いきる人が少なくなった。 そう感じていたからかもしれない。 自信がある、ないの問題ではなく、言い切るところに惹かれた。 こんなことを言って実現できなかったら、どう思われるだろう? そんな不安は微塵も感じられなかった。 たぶん、何年かしてこの台詞を見ただけで、 この気持ちが蘇ってくることだろう。 私もいつか「私にまかせてください」と言い切れるといいな。
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| 2002年01月12日(土) ■ |
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| 漢字を忘れた時、中国人はどうするんですか? |
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珈琲の香りに包まれながら、毎月恒例の講演会に参加した。 そう、わが町の講演会はボランティアの人による珈琲サービス付き。 今回は「中国の若者たち」と題した内容は、いろいろな発見があった。 中国では「手紙はトイレットペーパーのこと」と知っただけでも、儲けもの。(笑) 約一時間半の時間は、あっという間に過ぎた。 最後に、質疑応答タイム。そこで今日の一言。 日本なら漢字を忘れたら、ひらがなとかカタカナで書いておくけれど、 漢字のみの中国はどうするんだろう。 講師を困らせるための質問ではないけれど、 この疑問は、講師も予想してなかったかもしれない。 日本と中国の違いは、こういった部分から理解しなければならないな、と 思わず苦笑いをしてしまった。 それにしても、どうするんだろう・・。当て字は意味が違くなってしまうし。 中国人に聞いてみるしかないのだろうか。
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