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| 2003年04月16日(水) ■ |
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| ハート型のレフ板使用で、目の中にハートを |
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深夜「デジタルカメラの撮り方」をテレビで放映していて 見始めたら、寝られなくなってしまった。 (笑) 今回は、その中からメモしたテクニックをご紹介。 (特に、デジカメに限ったテクニックではないけれど・・) 昔から、マンガの世界だけだと思っていた、目の中のキラキラ☆。 少女漫画には、必ず目の中に☆があった。 (=^_^=) ダンボールをハート型に切り、しわくちゃのアルミホイールを被せる。 簡易なレフ板(露出不足や、被写体に光を集めたい時に使う板)の できあがり。(映画などでは必ず使われているでしょ) それを顔の下のあたりで固定し、撮影すると、なんと目の中に☆が。 実際試してみて欲しい。きっと、楽しい写真が取れる筈である。 ところで、これからが本音。 文の書き方でも、カメラの撮影テクニックでも、 講演などで同じようなことを何度も何度も耳にする。 しかし、それを実際試そうとする人がいない、と ある作家が笑いながら話していたのを思い出した。 (先日読んだ本にも、同じようなことが書いてあったから確かだろう) 面白いと思ったことを、実際試してみるか、どうか。 人生を楽しめる分かれ目のような気がする。
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| 2003年04月15日(火) ■ |
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| 話し合い・議論・ディスカッション |
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新聞で見つけた同意語?三種類。 大和ことば・漢語・外来語なのだが、ほとんど同じ意味である。 最近の傾向で、外来語が頻繁に使われるが・・・と 大和ことばを見直そう、と記事を読んで感じた。 今、私達は「日本語ブーム」で振り回されているけれど、 本当は「大和ことばブーム」なのかな?とメモをした。 「思いつき・着想・アイディア」 どれも同じような意味なのに、大和ことばは、 なんだかいい加減、なんだか曖昧、そしてなんだか頼りない。 理路整然としたイメージの外来語に圧倒され、 日本独特のファジー感覚が、どこかにはじかれている気がする。 これを機会に、ちょっと「大和ことば」を調べてみようと思っている。 何でもかんでも外来語にすれば、カッコいいと思っているが、 日本の長い歴史に育まれながら伝えてきた言葉を、大切にした方が 私はカッコいい、いや、センスがいい、と感じている。 溢れいる外来語を、出来るだけ「漢語」に、 いやできるだけ「大和ことば」に変えていきたいと思う私は、 時代の流れに逆行した、古い人間なのだろうか? (笑) こだわることに、私の存在価値を見出していきたいと考えている。
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| 2003年04月14日(月) ■ |
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| 自分のための一生懸命は美しくない |
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ごめんなさい、情報源が見つからない。 (笑) たぶん、テレビを見ながらのメモだった気がするけれど。 けっこうドキッとする台詞だった。 一生懸命やっている姿っていいなぁ・・と感覚的に思っていたから どうして?と耳を疑った。 答えは簡単「周りが迷惑するだけ」と台詞が続いてきた。 誰だって、自分のために一生懸命になるのに・・と思いながら 客観的に私を観察してみると、 確かに、周りの多くの方に迷惑を掛けている事に気付く。 それは「自分なりに」一生懸命だということを知り、愕然とする。 では、どうしたらいいのか? 例えば、こんなフレーズが浮かんでくる。 「他人の幸せのために一生懸命になるから、美しい」 なるほどなぁ・・と思い、メモを上書きした。 (笑) でも、待てよ。 自分のために一生懸命になれない人が、 他人のために一生懸命になれるのだろうか、という疑問が 私の心の中で浮かんできた。 とりあえず、もう一度、自分が夢中になれるものを整理たい。 そろそろ「広く浅く」から「狭く、深く」へ趣味をシフトしようと 模索中である私がいる。 やっぱり、書くことが残るのかなぁ・・ _¢(0-0ヘ)メモメモ
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| 2003年04月13日(日) ■ |
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| 携帯があれば、待ち時間は苦にならない |
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昼に美味しいラーメン食べに行こうか?と誘われ、 前日、宿泊させていただいた横浜の友達の家族と出掛けた。 テレビなどでも紹介され、知る人ぞ知る行列ができるラーメン店。 必ず一時間以上は待たされるという有名な、麺処「中村屋」。 私が食べたのは「真空平打ち面、特中村屋スペシャル」と 「ネギチャーシュー飯」。 美味しさを文字に出来ないので、ごめんなさい、紹介だけ。(笑) それよりも、私の関心は、長時間平気で待っている人たちだった。 よく見ると、ほとんどの人が携帯を眺めている。 知人にメールをしたり、着メロを聞いていたり、 カメラ付き携帯で写真を撮ったり、ゲームや占いで遊んだり・・ あっという間に、一時間が過ぎた、というのが正直な感想である。 今までは退屈だった待ち時間が、嘘のようである。 携帯のカメラがもっと精密になると、デジカメすらなくなる気配。 そういう私も、今までなら手帳を出してメモしていたこんな光景を、 携帯のメモに書き込んでいたから、おもわず微笑んでしまった。 携帯なんて、話せるだけでいい・・・なんて主張していた私は、 意見撤回を決めた。(^^;; 持ち物が減り、手ぶらで歩けるのも私には魅力的である。
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| 2003年04月12日(土) ■ |
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| まったくもう・・しっかりしなさいよ |
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また行ったの?と言われそうだが・・ はい、行ってきました、東京ドーム、阪神戦。 メタくそに負けて、いいとこなしで終わった感じの試合だった。 私は年に何回も東京ドームに行っているから、 たまにはこんな試合もいいけれど、 私の後ろに座っていた女性は、初めてだったのかもしれない。 せっかく楽しみにしてきたのに、1イニングに8失点。 打撃力の弱いはずのピッチャーにも2本もヒットを打たれ、 とうとう我慢できなかったのだろう。 グランドでおちつきのない選手に向かってこう呟いた。 私の気持ちも代弁していたので、思わず頷いてメモをした。 最近、仕事でも家庭でも「しっかりしなさい」という叱り方をせず、 具体的に指示することが多いが、 久しぶりに聴いた「しっかりしなさい」は、新鮮な響きがあった。 「しっかり」の意味はいろいろあるだろうけれど 「動作・行為を着実・真剣に行うさま」が該当しそうだ。 と、いうことは、プレー(仕事)が着実でなかったから怒られたのか、 それとも真剣にプレー(仕事)しなかったから、怒られたのか、 もう一度「しっかりする」の意味を、考えてみる必要がある。 短い言葉だけれど、叱咤激励するには相応しいな、と感じたから、 これからもどんどん機会を見つけて使っていきたいと思う 「しっかりしなさい」というフレーズであった。 (まずは自分が言われないようにしなくては・・)
PS.清原のそっくりさん「リトル清原」が 私達の4列前で応援してました。本当にそっくりで驚きでした。
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| 2003年04月11日(金) ■ |
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| 物にも、持ち主の感情や記憶がある |
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まだはまって読み続けている宮部みゆき作品。 今回は「龍は眠る」 人の感情を読むことが出来る少年が、ボソッと呟いた台詞。 (彼は、それを「スキャン」と呼んでいたが・・) 私が文章を書き始めた頃、 自分が物になりきり、物の感情とか記憶を綴った経験があったから とても不思議な気持ちでメモをした。 「私は靴である」とか「私はシステム手帳である」という視点で 書き始めるのだが、どれも同じような感情でつまらなかった。 なんと、ご主人の私に大切にされていない不満であったから。 買ってくれた時は、とても大切にしてくれるけれど、 気に入ると自分ばかり使ってくれて疲れる。休ませてもくれない。 そのくせ、新しいものを買うと、自分には見向きもしてくれない。 新し物好きで、好奇心旺盛だよねぇ、が私の所有物から見た 共通した感情だった気がする。 (笑) (今は、歳を重ねて変わったと本人は思っておりますが・・) 若い頃書いた作品を読むと、ハッとさせられるが、 この視点でエッセイを書くと、自分が見えてくるから面白い。 一度、騙されたと思って書いてみて欲しい。 「私は○○である。楽しい思い出は? 悲しい出来事は?・・・」 楽しい自分発見の旅となるはずである。
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| 2003年04月10日(木) ■ |
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| 言葉ではなく、目で見るものを信じよう |
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映画「ニューシネマパラダイス」をビデオで観た。 約3時間(175分)に及ぶ作品なので、なかなかチャンスがなかった。 一日のうちで、誰にも邪魔されずに 3時間という長さをフリーにする難しさを知った。 (笑) もちろん素敵な台詞は場面場面で溢れていたが、 3時間という長さを感じさせないほど、 全体的な流れに惹かれてしまった私である。 さて話を映画に戻す。(内容は観てのお楽しみ) 主人公トトに、師とも言える映画技師アルフリードが呟く。 「自分のすることを愛せ、子どもの時、映写室を愛したように」と。 そんなシーンもお気に入りであったが、今回はこの台詞を選んでみた。 {言葉の力}を信じ、長年書き続けてきた私にとっては やや辛いフレーズであるが、あえてメモをし取り上げることにした。 何が正しくて、何が間違っているのか、 その判断は、他人から与えられる情報ではなく、 自分自身が五感をフル活用して、判断しなさい、という意味に 解釈してたからである。 特に人物評価は、これに尽きるだろう。 巷はこれから選挙、選挙(占拠 (笑))で騒がしくなるが、 自分の持っている情報で判断する癖を、身に付けておきたいと思う。
PS.作品鑑賞後、たまらなくキスをしたくなったのは私だけだろうか。 すみません、観た人しかわからない独り言で・・ (#^_^#)ぽっ
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| 2003年04月09日(水) ■ |
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| 人前で手帳を出すのは、素人 |
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TVでお馴染みの、鳥越俊太郎さんのコメント。 記者経験時代の秘話であった。 人前で堂々とシステム手帳を広げ、メモを取る私にとっては ちょっぴりショックなことであった。 (笑) 何気ない話をしている時にこそ、特ダネが転がっている。 しかし、手帳やテープレコーダーなどを広げると 相手も構えてしまって、本音の話が聴けない。 だから、ポケットの中で短い鉛筆を使い、コチョコチョと書く。 (あとで読めない時もあるらしいけれど・・) 何事もない顔をして、大切なことをメモするテクニック、 是非、学びたいな、と思った。 長い鉛筆より、短い鉛筆を持っている記者の方が 仕事が出来るのかもしれない、そんなことを思った。 ポケットの中に、いつもメモ帳を・・ これって、気になる一言をメモしている私にとっては 大切な心構えなのかもしれない。 いつも手帳を持ち歩いているわけじゃないのだから・・。 「携帯電話のメモ機能もあるよ」と誰かが言った。 そうか、時代は進化している。 (笑)
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| 2003年04月08日(火) ■ |
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| 自分の炊いた豆だから・・ |
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いつかどこかで使おうとメモしておいた言葉遊び。 確か、所ジョージが司会をしていたテレビで聴いたフレーズだった。 もちろん、正しいのは 「自分で蒔いた種だから・・」なんだけれど (笑)。 なにか自分で仕掛けて失敗したとき、よく使う言葉。 「仕方ないだろう、自分で蒔いた種なんだから」という具合に。 だけど、手垢の付いた言い回しより、 この一言のほうがインパクトがあるし面白いと思う。 「仕方ないだろう、自分で炊いた豆だから」とサラッと言えば 気が付かない言い回しかもしれない。 美味しいと思っていっぱい炊いた豆。だけど誰も食べようとしない。 「どうすんだよ、こんなに残って・・」と文句を言われるより 「自分で食べろよ、自分で炊いた豆なんだから」と使ってみる。 このフレーズを使うTPOさえ間違わなければ、 応用として、生活のいろいろな場面で使えるはずである。 「おやじギャグ」と言う前に、是非、一度使ってみて欲しい。 言葉遊びって、こんなところから始まるものだから。 (本当に使ったら、結果報告してくださいね (笑))
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| 2003年04月07日(月) ■ |
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| ひらがなが多くて、漢字が少なかったよ |
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芥川賞受賞作「しょっぱいドライブ」(大道珠貴著)の 読後感想を聞かれて、私の口から出た一言だった。 読み易い、と表現すればよかったのだが、 最近、宮部ワールドにはまり、ルビの振ってある漢字を 読み続けたせいか、今回はあっという間に読み終えてしまった。 今風といえば今風。あまりに身近すぎたのか、感想が出てこない。 小説というより、書くのが大好きな女性の日記を 読んでいる感じがした。 インターネットの世界では、もっともっとワクワクする作品を 書き続けている人たちを知っている。 (この表現、どちらかに失礼になるだろうか?・・) 結局、作者はこの作品を通じて、私達に何を伝えたかったのか、 それすらわからない状態でいる。 書籍の帯には「候補作中、人間と人間関係を描ききったのは この一作だけだと言ってもいい。 主人公と九十九(つくも)さんという年配の男との関わりに、 さみしいユーモアが漂うあたり、並々ならぬ力を感じる」と 芥川賞選評より、高樹のぶ子氏のコメントが添えられている。 そう、読み込むのか・・と思いながら、上記の感想と メモが取れなかった自分が恥ずかしかった。
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