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しもさんの「気になる一言」
しもさん
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2003年05月25日(日) ■
俺、この時間帯、好きだなぁ・・

私に野球観戦の魅力を教えてくれた友人の呟きが、今日の一言。
試合のある日は、午後6時試合開始にも関わらず、
4時頃には球場に入る。(外で安いお弁当を買って・・)
特に、ジャイアンツがビジターとなる
「横浜スタジアム」は、清原や江藤などの打撃練習がみられる。
(東京ドームでは、ホームチームなので練習が終わっている)
時には、主力選手のスタンドに打ち込まれる打球に気を付けながら、
そして、時には、外野でストレッチなどをしている選手を見ながら、
買ってきたばかりの弁当を、一気に食べる。
そんなわずかな?時間であるが、試合とは違った雰囲気を醸し出す、
私も好きな時間帯である。
その後、応援ユニフォームに着替えたり、トイレを済ませたり、
慌ただしい時間帯が待っているのも事実。
だからこそ、この時間帯が輝いてみえるのかもしれない。
それは、別に遊びでなくてもいい。
仕事でも、家庭でも、どんな場面でも
自分の好きな時間帯がある人は、誇りを持って欲しい。
まったりした時間、ドキドキする時間、人によって違う好きな時間帯。
昼食後の、縁側でうたた寝するあの瞬間。いや、あの時間帯。
もう一つの私の好きな時間帯である。



2003年05月24日(土) ■
清原さんですよね、サインいただけますか?

うっ・・マジな顔して声を掛けられてしまった。
中国からの留学生なのだろう、真剣なまなざしで・・・。
場所は、横浜スタジアム近くの「月」という飲み屋。
私は、勝った勢いで、いつものように「KIYOHARA」の文字が
背中に入ったユニフォームを着たまま、祝杯をあげるため
横浜・関内の街に繰り出した。
(ちなみに友人は「TAKAHASHI」である)
私達の格好を見て「今日、ジャイアンツは勝ちました?」と
気軽に声を掛けてくる若者たちがいて、ちょっぴり嬉しかった。
返事は「もちろん、勝ったよ」だったから。
ところが、冒頭の彼女は、私の応援用のユニフォームを見て
本物の清原選手が、ユニフォームを着たまま、飲みに来たのだと
勘違いしたのだろう・・紙と鉛筆を私に差し出した。
そのまま、冗句で片付けようと思ったけれど、
あまりに信じ込んでいる様子なので、事情を説明して誤った。
「ごめんね、本物の清原じゃないんだ・・、
これを着て、清原選手を応援しているんだよ」と。
本当に、がっかりした顔をしたので、私のほうが辛くなって・・
手首にしていた清原背番号5のリストバンドを彼女にプレゼントした。
その間、一緒に行った友達夫婦は大笑い。(勿論、私も照れ笑い)
こんな、フェミニンな清原選手じゃ申し訳ないものね、ははは。
そういえば、その友達が帰りがけに面白いことを言った。
「清原は、ユニフォームを着たまま、飲みには行きません」。
笑えるけれど、楽しい体験だった気がする。



2003年05月23日(金) ■
公共広場の花だから、誰がもっていってもいいでしょ

全国のあちこちで「花泥棒が相次いでいる」。
静岡県は特に「花博覧会」を来年に控え、
県民総出で花壇作りに力を注いでいるが
やはり常識はずれの人たちが存在する。
わざわざ持参したハサミでチューリップを切って持ち帰る。
そんな女性に注意したら、
反論された台詞が新聞に掲載されていので、取り上げた。
昔から「花を愛する人に悪い人はいない」と教わってきたし
私も教えてきた。
しかし、こんな光景を見て、こんな台詞を言い返す人がいるとしたら
もうその台詞は、使わないほうがいい。
真剣にそう思う。
盗んでいった花を、どんな気持ちで植えるのか、
そして、本当に「公共のものだから・・」と考えているのか、
知りたくなった。
まさか花壇の中に「花を持って行かないで下さい」という看板を
立てるわけにも行かないだろう。(見たことはあるけれど)
「公共のものだから、大切に育てないとね」
視点は、間違いなくこちらだと思うのであるが・・



2003年05月22日(木) ■
玉手箱を開けなかったら・・と考えてみる

イラクの男性が、フセイン政権に追われ、
自宅の穴蔵に21年間隠れていた、という記事を見て
21年ぶりに見た世界は、どう映ったのだろうか?と気になった。
その間、本当に現実を見たいと思わなかったのか、
太陽が、そして愛する人々が待っている世界に戻りたくなかったのか、
私の想像では追いつかない、疑問が残っている。
彼の人生だから、私がどうこう言う権利はないけれど、
48歳になった彼が、これからイラクの社会で生きていくのは、
とても大変なことのように思う。
そんなことを思いながら、私の頭に浮かんだのは、浦島太郎だった。
彼は母恋しさに、楽しかった竜宮城から、現実の世界に戻ったが、
周りに知っている人はいない、自分の墓などを見つけた、
そんな現実をまのあたりにして絶望する。
そして「困ったとき以外は、開けてはいけません」と渡された
玉手箱を開けて、たちまち300歳になってしまう浦島太郎。
本当に「玉手箱を開ける必要があったのか」と考えたこともあった。
(開けてはいけません、と渡す乙姫様も乙姫様だけど・・)
もし、玉手箱を開けなかったら、
彼の人生はどうなっているのだろう・・と考えてみるとおもしろい。
イラクの彼が、これからどんな人生を送っていくのか、
私の関心ごとのひとつとなった。



2003年05月21日(水) ■
どうしたら、感動してもらえるか

サービスの原点は「相手の立場に立つこと」。
よく企業の社訓などにも見られる言葉である。
私たち行政がが良く使うフレーズは「生活者の視点で考える」。
どちらも、あまりに当たり前のことなのに、誰も疑問を持たない。
それは、原点であり、それ以上のサービスがあるはずだから・・。
それでは「最高のサービス」とは何か?を知りたくなったので、
いろいろ読み漁ったが、なかなかピンと来る言葉が見つからなかった。
今現在、私なりの考えは
「感動」してもらえる場面を提供していくこと、かな?と感じている。
そのためには、より積極的に、相手のことを知り、
どんなことに相手が感動するのか、を考えて行動するしかない。
その心遣い・思いやりに、相手は感動するはずだから。
こんなことまで、私のことを考えていてくれたのか・・という
気持ちが、ちっちゃな「感動」に繋がっていく、と私は思う。
この「感動」の繰り返し、積み重ねが、大きな感動に膨らんでいく。
最初から、大きな感動は与えられないけれど、
ほんの小さな感動なら、与えられるかもしれない。
相手の喜ぶ顔を想像すればいいのだから・・。



2003年05月20日(火) ■
手紙と便紙、国による意味の違い。

最近、一度早く寝て、深夜に起きるパターンが続いている。
そんな深夜番組で見た話題である。
今、SARSで揺れている中国では、
レターのことを「便紙」、トイレットペーパーを「手紙」というらしい。
寝ぼけまなこで見ていたから、うる覚えだけれど、
確かにそんなことを言い、私は携帯のメモ機能に打ち込んだ。
日本と逆?
(トイレットペーパーのことを「ちり紙」とは言ったけれど)
まさかね・・思いながら、訳の面白さに触れた気がする。
そういえば、朝のラジオで、
日本人が英語をなかなか話せない理由として
外国語は通訳を通して理解する、といった時代が長く続いたから、
と、説明していた。
要は外国語に対して「他人任せ」が身についていると言うのだ。
どこでどう間違って、誰の訳で
「手紙が便紙」「便紙が手紙」と訳されたのだろうか。
くだらないけれど、私にとっては、とても興味深い。
映画のタイトル訳なども、同じことがいえそうだから、
日本語訳と原作タイトルを比べてみると面白いに違いない。
これからも、この話題、ホント?と思いたくなるようなことも、
時々取り上げたい、と思う。
飲んだ時のひとつの話題として、記憶に留めて置いて欲しい。
「手紙・トイレットペーパー・中国」などのキーワードが
会話に出てきたら、このネタを使うチャンスである。
まぁ、私の場合、わざわざその話題に持っていくでしょ!
と言われそうだけれど・・。
言葉の楽しさを味わって欲しいと思う。



2003年05月19日(月) ■
頑張るのは素人、プロは出来て当たり前

情報源はテレビドラマ。
しかし、偶然回したチャンネルだったので、それ以外わからない。
この言葉だけが印象に残り、慌ててメモした。
今まで、何度となく、いろいろな人の考え方・生き方で励まされ、
仕事に対して「よ〜し、頑張るぞ〜」と思ったことか。
それを全面的に否定された台詞だから、余計にインパクトがあった。
仕事を与えられ、金銭と言う対価をいただき、頑張ろう、というのは
失礼なことなのかもしれない。
頑張るのは当然であり、公務員のプロとしては、そんな泣き言を言わず
黙って出来るよう努力する。
そして、いかにも出来るのが当然、何でも聞いてください、
という態度で住民に接するのが、プロの公務員なのだろう。
現実は、突然の異動で、今までの経験がまったく活かされない課へ
配属されることもあり、簡単にはいかないけれど、
出来るだけ早く「新人なので・・」「今年、異動してきたので・・」を
言い訳にしない公務員になりたいと思う。
(思うだけなら、サルでも出来る・・・なんて苛めないで下さいね)
仕事だけではなく、その道のプロ、と言うのは「出来て当たり前」。
覚えておきたいフレーズである。



2003年05月18日(日) ■
みなさんは、右から・・

6月29日、あのNHKのラジオ体操が、わが町にやってくる。
そのため、今から「ラジオ体操指導者」の育成が必要となった。
そこで、今日は一日かけて、特訓である。(私は取材だけど・・)
当日、指導者は参加者の前に立ち、お手本を示すことになる。
と、言うことは、今まで私たちが覚えていた動きと逆。
ところが人間の面白いところが顔を出した。
何年もやってないラジオ体操なのに、自然と左から・・
身体が動いてしまう、とほほ。
そこで、講師の先生が一言。なるほどと思ったから、メモをした。
なにも考えず、音楽に合わせると左から始めてしまう。
だから「右から」「右から」と意識する。
この「意識すること」がとても大切であるような気がしてきた。
今まで通り・・が一番楽だし、誰も不思議に思わない。
しかし、何も疑問を持たずに生活していることを洗い出してみよう。
例えば、性別。こんなことは誰も疑問に持たないけれど、
「俺は男」「私は女」と意識して生活してみるといい。
きっと、新しい発見があるはずだから。
私も「父親」「夫」「息子」そんな役割も意識してみたい。



2003年05月17日(土) ■
老若男女のあったかコンサート、私から拍手。

3歳の幼児から80代の男性まで、
自分のレベルで精一杯演奏した約80人の演奏会が
わが町の公民館で開催された。
約5時間に及ぶ、俗に言うマラソンコンサート。
プロ級の腕前から、片手で鍵盤を叩く人まで、
ピアノ演奏から、ギター、フルート、オカリナ、横笛まで、
そしてGパン姿から、タキシードの男性、ロングドレスの女性まで、
それぞれの想いで、演奏された。
特筆すべきは、最後まで観客が多かったことであろう。
演奏者でも、その身内でもない人たちが、素人の演奏に
拍手で応援している姿は、私の胸を熱くした。
通常、こういった演奏会は、自分の演奏が終われば帰ってしまう。
だから、観客はほとんどいない、という光景を見かけるのだが、
わが町のコンサートは違った。嬉しかった。
親子のほのぼの連弾に拍手、友達同士のリコーダー合奏に拍手。
楽譜を忘れてしまった高齢者には、頑張れ〜の拍手。
とっても温かい拍手に包まれたコンサートだった。
スポーツとは違う、記録・勝敗にこだわらない音楽の分野。
記憶に留めたかったので、私の感想が、今日の気になる一言。
来年は、ちょっとだけ、頑張れ〜の拍手を受けたくなった。



2003年05月16日(金) ■
選手は将棋の駒じゃない

なぜ河原投手を使うのか?の問いに、答えた原監督のコメント。
よく監督は、選手と言う駒をどう動かすか・・という表現をするが
それは違う、と彼は以前から話していた。
確かに将棋の駒は、その駒に与えられた力を確実に発揮する。
だから、与えられた戦力でどう戦うのか・・将棋に例えられる。
しかし、選手は人間だから、実力より力が出ない時もあるし、
実力以上の力を発揮することもある。
監督の仕事は、その選手の実力以上の力を出せるような環境作り、
と彼は考えているに違いない、と感じさせてくれる試合が多い。
それでなければ、何度も何度も救援に失敗し、
ファンにも頼りにされず、本人もベンチで悔し涙を流す河原投手を
今度こそ・・とマウンドに送り続けることは出来ないからだ。
さらに、主力選手を欠いたとき、
将棋で言えば「歩」や「香」「桂馬」のような選手を「ト金」に
する術も、心得ている。
そして、彼らは実力以上の力を発揮して、勝利を手にしている。
ははは・・そう考えたら、しっかり将棋の駒として采配している。
言い換えるなら「選手はチェスの駒じゃない」が正しかったかな?
そういえば、今年は、監督采配がとても気になる試合が多い。
私なら、こうするな・・と試合を眺めながら、
全体の流れの中で、試合を観戦できるようになった気がする。