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| 2003年05月26日(月) ■ |
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| 自分の活躍できる場所は、川か海か |
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1998年、40歳にしてプロ・デビューした ジャズシンガー・綾戸智絵さん。現在、45歳。 波乱万丈な人生を送ってきた彼女が、自分の人生を振り返り 呟いた台詞が、気になる一言。 低音のハスキーボイス、彼女は普通の音楽の世界では輝かなかった。 しかし、ジャズと言う自由な音楽のジャンルで、ブレイクした。 そんな状況を、彼女は、この一言で片付けた。説得力があった。 たぶん、私の解釈も付け加えると、こうなる。 淡水魚なのに、海で泳ごうとしている魚。 逆に海水魚なのに、一所懸命、川で暮らそうとしている魚。 同じ「魚」という分類であるが、本当は全然違う生き物である。 人間はそれに気付かず、アップアップしているのではないか。 自分は、どちらのタイプの魚なのか、しっかり知る必要がある。 身体も心も苦しくない、安心して生きることが出来る環境を 自分なりに確保してから、じっくり生きていけばいい。 だからこそ、彼女は、 ジャズ=薄暗い閉鎖的なジャズ・クラブの音楽というイメージを、 底抜けに明るく楽しい音楽に塗り替えることができた、と思う。 まずは、自分の活躍の場探し。これから始めたい。
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| 2003年05月25日(日) ■ |
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| 俺、この時間帯、好きだなぁ・・ |
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私に野球観戦の魅力を教えてくれた友人の呟きが、今日の一言。 試合のある日は、午後6時試合開始にも関わらず、 4時頃には球場に入る。(外で安いお弁当を買って・・) 特に、ジャイアンツがビジターとなる 「横浜スタジアム」は、清原や江藤などの打撃練習がみられる。 (東京ドームでは、ホームチームなので練習が終わっている) 時には、主力選手のスタンドに打ち込まれる打球に気を付けながら、 そして、時には、外野でストレッチなどをしている選手を見ながら、 買ってきたばかりの弁当を、一気に食べる。 そんなわずかな?時間であるが、試合とは違った雰囲気を醸し出す、 私も好きな時間帯である。 その後、応援ユニフォームに着替えたり、トイレを済ませたり、 慌ただしい時間帯が待っているのも事実。 だからこそ、この時間帯が輝いてみえるのかもしれない。 それは、別に遊びでなくてもいい。 仕事でも、家庭でも、どんな場面でも 自分の好きな時間帯がある人は、誇りを持って欲しい。 まったりした時間、ドキドキする時間、人によって違う好きな時間帯。 昼食後の、縁側でうたた寝するあの瞬間。いや、あの時間帯。 もう一つの私の好きな時間帯である。
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| 2003年05月24日(土) ■ |
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| 清原さんですよね、サインいただけますか? |
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うっ・・マジな顔して声を掛けられてしまった。 中国からの留学生なのだろう、真剣なまなざしで・・・。 場所は、横浜スタジアム近くの「月」という飲み屋。 私は、勝った勢いで、いつものように「KIYOHARA」の文字が 背中に入ったユニフォームを着たまま、祝杯をあげるため 横浜・関内の街に繰り出した。 (ちなみに友人は「TAKAHASHI」である) 私達の格好を見て「今日、ジャイアンツは勝ちました?」と 気軽に声を掛けてくる若者たちがいて、ちょっぴり嬉しかった。 返事は「もちろん、勝ったよ」だったから。 ところが、冒頭の彼女は、私の応援用のユニフォームを見て 本物の清原選手が、ユニフォームを着たまま、飲みに来たのだと 勘違いしたのだろう・・紙と鉛筆を私に差し出した。 そのまま、冗句で片付けようと思ったけれど、 あまりに信じ込んでいる様子なので、事情を説明して誤った。 「ごめんね、本物の清原じゃないんだ・・、 これを着て、清原選手を応援しているんだよ」と。 本当に、がっかりした顔をしたので、私のほうが辛くなって・・ 手首にしていた清原背番号5のリストバンドを彼女にプレゼントした。 その間、一緒に行った友達夫婦は大笑い。(勿論、私も照れ笑い) こんな、フェミニンな清原選手じゃ申し訳ないものね、ははは。 そういえば、その友達が帰りがけに面白いことを言った。 「清原は、ユニフォームを着たまま、飲みには行きません」。 笑えるけれど、楽しい体験だった気がする。
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| 2003年05月23日(金) ■ |
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| 公共広場の花だから、誰がもっていってもいいでしょ |
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全国のあちこちで「花泥棒が相次いでいる」。 静岡県は特に「花博覧会」を来年に控え、 県民総出で花壇作りに力を注いでいるが やはり常識はずれの人たちが存在する。 わざわざ持参したハサミでチューリップを切って持ち帰る。 そんな女性に注意したら、 反論された台詞が新聞に掲載されていので、取り上げた。 昔から「花を愛する人に悪い人はいない」と教わってきたし 私も教えてきた。 しかし、こんな光景を見て、こんな台詞を言い返す人がいるとしたら もうその台詞は、使わないほうがいい。 真剣にそう思う。 盗んでいった花を、どんな気持ちで植えるのか、 そして、本当に「公共のものだから・・」と考えているのか、 知りたくなった。 まさか花壇の中に「花を持って行かないで下さい」という看板を 立てるわけにも行かないだろう。(見たことはあるけれど) 「公共のものだから、大切に育てないとね」 視点は、間違いなくこちらだと思うのであるが・・
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| 2003年05月22日(木) ■ |
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| 玉手箱を開けなかったら・・と考えてみる |
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イラクの男性が、フセイン政権に追われ、 自宅の穴蔵に21年間隠れていた、という記事を見て 21年ぶりに見た世界は、どう映ったのだろうか?と気になった。 その間、本当に現実を見たいと思わなかったのか、 太陽が、そして愛する人々が待っている世界に戻りたくなかったのか、 私の想像では追いつかない、疑問が残っている。 彼の人生だから、私がどうこう言う権利はないけれど、 48歳になった彼が、これからイラクの社会で生きていくのは、 とても大変なことのように思う。 そんなことを思いながら、私の頭に浮かんだのは、浦島太郎だった。 彼は母恋しさに、楽しかった竜宮城から、現実の世界に戻ったが、 周りに知っている人はいない、自分の墓などを見つけた、 そんな現実をまのあたりにして絶望する。 そして「困ったとき以外は、開けてはいけません」と渡された 玉手箱を開けて、たちまち300歳になってしまう浦島太郎。 本当に「玉手箱を開ける必要があったのか」と考えたこともあった。 (開けてはいけません、と渡す乙姫様も乙姫様だけど・・) もし、玉手箱を開けなかったら、 彼の人生はどうなっているのだろう・・と考えてみるとおもしろい。 イラクの彼が、これからどんな人生を送っていくのか、 私の関心ごとのひとつとなった。
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| 2003年05月21日(水) ■ |
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| どうしたら、感動してもらえるか |
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サービスの原点は「相手の立場に立つこと」。 よく企業の社訓などにも見られる言葉である。 私たち行政がが良く使うフレーズは「生活者の視点で考える」。 どちらも、あまりに当たり前のことなのに、誰も疑問を持たない。 それは、原点であり、それ以上のサービスがあるはずだから・・。 それでは「最高のサービス」とは何か?を知りたくなったので、 いろいろ読み漁ったが、なかなかピンと来る言葉が見つからなかった。 今現在、私なりの考えは 「感動」してもらえる場面を提供していくこと、かな?と感じている。 そのためには、より積極的に、相手のことを知り、 どんなことに相手が感動するのか、を考えて行動するしかない。 その心遣い・思いやりに、相手は感動するはずだから。 こんなことまで、私のことを考えていてくれたのか・・という 気持ちが、ちっちゃな「感動」に繋がっていく、と私は思う。 この「感動」の繰り返し、積み重ねが、大きな感動に膨らんでいく。 最初から、大きな感動は与えられないけれど、 ほんの小さな感動なら、与えられるかもしれない。 相手の喜ぶ顔を想像すればいいのだから・・。
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| 2003年05月20日(火) ■ |
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| 手紙と便紙、国による意味の違い。 |
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最近、一度早く寝て、深夜に起きるパターンが続いている。 そんな深夜番組で見た話題である。 今、SARSで揺れている中国では、 レターのことを「便紙」、トイレットペーパーを「手紙」というらしい。 寝ぼけまなこで見ていたから、うる覚えだけれど、 確かにそんなことを言い、私は携帯のメモ機能に打ち込んだ。 日本と逆? (トイレットペーパーのことを「ちり紙」とは言ったけれど) まさかね・・思いながら、訳の面白さに触れた気がする。 そういえば、朝のラジオで、 日本人が英語をなかなか話せない理由として 外国語は通訳を通して理解する、といった時代が長く続いたから、 と、説明していた。 要は外国語に対して「他人任せ」が身についていると言うのだ。 どこでどう間違って、誰の訳で 「手紙が便紙」「便紙が手紙」と訳されたのだろうか。 くだらないけれど、私にとっては、とても興味深い。 映画のタイトル訳なども、同じことがいえそうだから、 日本語訳と原作タイトルを比べてみると面白いに違いない。 これからも、この話題、ホント?と思いたくなるようなことも、 時々取り上げたい、と思う。 飲んだ時のひとつの話題として、記憶に留めて置いて欲しい。 「手紙・トイレットペーパー・中国」などのキーワードが 会話に出てきたら、このネタを使うチャンスである。 まぁ、私の場合、わざわざその話題に持っていくでしょ! と言われそうだけれど・・。 言葉の楽しさを味わって欲しいと思う。
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| 2003年05月19日(月) ■ |
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| 頑張るのは素人、プロは出来て当たり前 |
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情報源はテレビドラマ。 しかし、偶然回したチャンネルだったので、それ以外わからない。 この言葉だけが印象に残り、慌ててメモした。 今まで、何度となく、いろいろな人の考え方・生き方で励まされ、 仕事に対して「よ〜し、頑張るぞ〜」と思ったことか。 それを全面的に否定された台詞だから、余計にインパクトがあった。 仕事を与えられ、金銭と言う対価をいただき、頑張ろう、というのは 失礼なことなのかもしれない。 頑張るのは当然であり、公務員のプロとしては、そんな泣き言を言わず 黙って出来るよう努力する。 そして、いかにも出来るのが当然、何でも聞いてください、 という態度で住民に接するのが、プロの公務員なのだろう。 現実は、突然の異動で、今までの経験がまったく活かされない課へ 配属されることもあり、簡単にはいかないけれど、 出来るだけ早く「新人なので・・」「今年、異動してきたので・・」を 言い訳にしない公務員になりたいと思う。 (思うだけなら、サルでも出来る・・・なんて苛めないで下さいね) 仕事だけではなく、その道のプロ、と言うのは「出来て当たり前」。 覚えておきたいフレーズである。
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| 2003年05月18日(日) ■ |
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| みなさんは、右から・・ |
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6月29日、あのNHKのラジオ体操が、わが町にやってくる。 そのため、今から「ラジオ体操指導者」の育成が必要となった。 そこで、今日は一日かけて、特訓である。(私は取材だけど・・) 当日、指導者は参加者の前に立ち、お手本を示すことになる。 と、言うことは、今まで私たちが覚えていた動きと逆。 ところが人間の面白いところが顔を出した。 何年もやってないラジオ体操なのに、自然と左から・・ 身体が動いてしまう、とほほ。 そこで、講師の先生が一言。なるほどと思ったから、メモをした。 なにも考えず、音楽に合わせると左から始めてしまう。 だから「右から」「右から」と意識する。 この「意識すること」がとても大切であるような気がしてきた。 今まで通り・・が一番楽だし、誰も不思議に思わない。 しかし、何も疑問を持たずに生活していることを洗い出してみよう。 例えば、性別。こんなことは誰も疑問に持たないけれど、 「俺は男」「私は女」と意識して生活してみるといい。 きっと、新しい発見があるはずだから。 私も「父親」「夫」「息子」そんな役割も意識してみたい。
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| 2003年05月17日(土) ■ |
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| 老若男女のあったかコンサート、私から拍手。 |
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3歳の幼児から80代の男性まで、 自分のレベルで精一杯演奏した約80人の演奏会が わが町の公民館で開催された。 約5時間に及ぶ、俗に言うマラソンコンサート。 プロ級の腕前から、片手で鍵盤を叩く人まで、 ピアノ演奏から、ギター、フルート、オカリナ、横笛まで、 そしてGパン姿から、タキシードの男性、ロングドレスの女性まで、 それぞれの想いで、演奏された。 特筆すべきは、最後まで観客が多かったことであろう。 演奏者でも、その身内でもない人たちが、素人の演奏に 拍手で応援している姿は、私の胸を熱くした。 通常、こういった演奏会は、自分の演奏が終われば帰ってしまう。 だから、観客はほとんどいない、という光景を見かけるのだが、 わが町のコンサートは違った。嬉しかった。 親子のほのぼの連弾に拍手、友達同士のリコーダー合奏に拍手。 楽譜を忘れてしまった高齢者には、頑張れ〜の拍手。 とっても温かい拍手に包まれたコンサートだった。 スポーツとは違う、記録・勝敗にこだわらない音楽の分野。 記憶に留めたかったので、私の感想が、今日の気になる一言。 来年は、ちょっとだけ、頑張れ〜の拍手を受けたくなった。
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