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しもさんの「気になる一言」
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2003年06月05日(木)
日記は、人生の通帳記入

私のホームページに訪れてくれた女性の一言。
彼女の作品集「TOMARIGI」(文芸社刊)から。
その中の「日記」と付けられたメッセージ。
>「なぜ日記をつけているの?」と尋ねられた
>「わたしにとっては
>『人生の通帳記入』をしているそんな感じなのよ」って答えた
(本当は改行、文字間、余白に彼女の想いがあるけれど、
文字の関係で詰めてしまいました、ゴメンね)
私も何度か同じ質問をされたことがあるけれど、
そのたびに的確な答えができなかったから、
このフレーズは、私のシステム手帳にメモされた。
毎日書いた日記が、どんどん溜まっていき、
時どき目次を一覧にすると、その数に自分でも驚きながらも
嬉しくてつい微笑んでしまうことがある。そんな例えにも使える。
また、いいことがあった日は入金、失敗したり嫌な日は出金。
そう考えると、入れたり出したりしながら、
少しずつであるが溜まっていく幸せを、
ほのかな楽しみにしている自分の人生そのものだ、
そんな例えも出来そうだ。
つまらないのは、思い出の入金・出金がないこと。
波乱万丈でなくてもいいから、山あり谷ありの人生のほうが
私は素敵だと思う。



2003年06月04日(水)
もしもし・・・あっ、おめでとうございます。

自分の誕生日、何か記念に残る言葉を・・と翌日、
二日酔いの身体を、熱いシャワーでシャキッとさせて書いている。
(単に飲み過ぎて、昨日書けなかっただけであるが・・)
本当に多くの方からの電話やメール、
バースディカードをいただいた。(さすがに花束はなかったなぁ)
45歳の誕生日が、こんなに嬉しいのは私だけかも知れない。
一人ひとりのメッセージが暖かかったから、
何度も何度も読み直して「気になる一言」を選ぶ作業が難しかった。
そこで、まだズキズキする頭をフル回転させて、
一日を振り返ってみたら、この会話が蘇ってきた。
昨日も多くの方に電話する機会があった。
こちらが「もしもし・・」と言うと、
不思議と「あっ、誕生日おめでとうございます」のフレーズが
会話の接頭語のように私の耳に飛び込んできた。
「えっ?私の誕生日、覚えていてくれたんだぁ」という嬉しさで
用件を忘れてしまった事もある、てへっ。
多くの方のメッセージを代表して、この会話を取りあげた。
本当に大勢の方に、祝福されたことを忘れないために。



2003年06月03日(火)
また、地上から星が消えた

東京池袋のサンシャインプラネタリウムが、
25年の歴史に幕を閉じたことをニュースの特集で知った。
そして、番組の最後に流されたフレーズが、
私の脳裏から離れなかったので、気になる一言とした。
星好きの私も、何度か足を運んだ思い出がある施設だから
寂しさはひとしおである。
巷では、中島みゆきさんの「地上の星」が、
連続100週ランクインとかで話題になっていたのに・・と思いながら
久しぶりに歌詞をじっくり眺めてみた。
そこには「すばる」「銀河」「ペガサス」「ヴィーナス」
「ジュピター」「シリウス」等、天体の固有名詞が、
インパクトのある響きを持って配置されていたが、
こんな素敵な単語も忘れられてしまうのだろうかと不安になった。
私は、ストレスが溜まりやすいこんな時代だからこそ
もっともっと宇宙に関心を示して欲しいと願う一人であるし、
大人から子どもまで、自然の大きさを実感できる宇宙を
これからの教育の基礎としたらどうだろうか、と考えていたから
余計に淋しくなった。
「しし座流星群」で、多くの人が空を眺めることを覚え、
NHKの朝の連続番組でも「宇宙飛行士」について取り上げた。
今回は、国や東京都で補助金を出してでも、支援して欲しかった。
(りそな銀行に公的資金を当てるくらいなら・・・)
それくらいプラネタリウムは、必要な施設であると今でも思っている。



2003年06月02日(月)
一所懸命やったから、悔し〜い

何気なく見ていた、TV番組の中から・・(再放送かも)
小さい幼児が、初めてのお買いものに行く企画番組。
いつもあの思いがけない行動に、目を細めながら見ていたが、
今回の女の子は、しっかりしていた。
頼まれたものをしっかり買い、その帰り道、荷物を落としてしまい
玉子がいくつか割れた・・普通は「あ〜あ」で終わるシーン。
4歳の彼女は、せっかくパパに頼まれた買い物を
完璧にできなかったことを嘆き「くやし〜い」と泣いた。
私は、最近泣きたくなるほど「悔しい」と思ったことが浮かばない。
それはたぶん、自分で自分に言い訳をし、こんなものだな・・と
諦めたり、中途半端な結果で満足しているからだろう。
彼女の一所懸命さが、私の胸を強く打った。
今まで「生き方に完璧を求めることは良くない」と自分で理解し
「時には、自動車のハンドルのように『あそび』が必要だ」と
人生をわかったような顔をしていた気がする。
もう一度、何かに「一所懸命」打ち込み、
うまくいかない時「悔し〜い」という気持ちを味わいたいな、と
思った番組であった。



2003年06月01日(日)
「ファン」はいいけれど「アンチ」はダメ

地元FMラジオで、ゲスト持参のCD曲を流してくれる。
今日は、私がゲスト。(あはは)
風の「お前だけが」と、読売巨人軍球団歌「闘魂こめて」。
(この2曲のギャップが、なんともなぁ・・)
ただ、リスナーに伝えたいことがあったから、この曲を選んだ。
確かに昨晩の9回の大量得点は、凄かった。
ジャイアンツファンとしては残念であるが、
レフトスタンドの阪神ファン、応援もまとまっていたし
そのパワーに選手達が後押しされた形になったと思う。
敵チームとしても、天晴れ(あっぱれ)・脱帽である。
しかし、帰りの新幹線の中で、アルコールの勢いもあってか、
「俺は阪神ファンじゃなくて、アンチ巨人なんだ」と大声を出し
「阪神の勝利より巨人の負け」を喜んでいた人を見つけた。
辞書で調べると、アンチ 【anti】
(接頭)名詞に付いて「反対の」「…でない」「…に対する」
などの意味を表す。反。
しかし「彼はアンチジャイアンツだ」を英訳すると
He hates the Giants.
【hate】は、憎む, ひどくきらう、の意。
自分の好きなチームを思いっきり応援するのではなく
憎むチームが負けるのを喜ぶなんて、ちょっと淋しくないですか?
というメッセージも込めたつもりである。
だからこそ、あえて「私は大のジャイアンツファンです」と伝え、
「闘魂こめて」を選曲した。
「アンチ」という言葉、広まって欲しくない単語である。
(アンチという事は、関心がある・・という意味でもあるけどね)



2003年05月31日(土)
素人は仕事が汚いよねぇ・・

なんとかコストダウンしたいから・・と新築中の家の壁を
自分たちで塗った人たちの話をテレビで見た。
塗れた壁も、その周りも、予想以上に汚れていた。
そんな様子を見て、施主本人が呟いた一言。
確かに、プロの職人はその仕事だけでなく、道具の手入れ、
まわりの片付けなどもしっかり整理され、きれいである。
さて、私たちはどうだろう?
脱げば脱ぎっぱなしのパジャマから始まり、
昼間は書類が所狭しと散らかっている机の上。
職人じゃないから・・を言い訳にして、やりたい放題である。
しかし、本当のプロはやりっ放しをしない・・
そんなことを感じながら、メモをした。
書き始めてやめた小説や、論文・エッセイの数々。
削除できずに、パソコンの中に溜まっている画像。
ハードディスクの中も、整理されていない。
毎日使い、生活とは切り離せなくなったパソコン(道具)も、
手入れなんてほとんどしていない。
明日は、時間をかけてパソコンを掃除しようかな・・と思う。
パソコンの素人、と呼ばれないためにも。



2003年05月30日(金)
クレヨン新茶

レイアウトを教えるには、実際に体験させたほうがいい、
そう思って「クレヨンしんちゃん」を題材に選び、
全体のバランスの話などをまじえて、切り貼り作業をさせた。
同じタイトルを、彼ら彼女なりの感性で割り付けた作品は
自分の頭の固さを実感させるものとなった。
今日の話題はその後。
授業を終え、ホッとしたところへ一人の生徒がやって来て
「先生・・『クレヨンしんちゃん』の文字を切っていたらね。
『ん』を無くしたら、お茶の名前になったよ」と言った。
わざわざ教えに来てくれただけでも、嬉しかったが、
その発想に大笑いした。
「ホントだぁ・・凄いことに気がついたなぁ」と褒めながら。
子ども向きのお茶があったら、
ネーミングは「クレヨンしんちゃ(新茶)」に決まりだな、
と、微笑みながらメモをした。
私の頭の中では、CMが構成され・・
あの独特の口調で「いい味出してるねぇ、みさえ」という台詞まで
浮かんできたから、
ひとつのことをきっかけに、作品はどんどん膨らんでいくことを
ただ今、実感中。



2003年05月29日(木)
「説明してから資料」より「資料を渡してから説明」

先日に続き、地元の中学一年生に
「新聞の書き方」のヒントを、教壇に立ち話すことになった。
今日は、朝から4クラス続けて・・という私にとっては
未知の体験、離れ業である。
そんな私の「中学校教諭もどき体験」を教室の中で見ていただき、
授業後、感想を求めたら「早口だったね」と指摘された。
「うん、自分でも感じていたけれど・・あれも教えたい、
これも伝えたい、と思うと、つい早口になってしまって・・」と
初体験の言い訳をしてしまった、とほほ。
「どうしたら、早口にならなくてすむのかなぁ」と聞き返すと
「何でもかんでも教えようとしないことだよ」と教えてくれたし、
「子ども達に、考える時間を与える余裕が欲しいね」と
アドバイスをもらった。
「新聞というのは、こういうレイアウトが基本です」と説明し、
それから子ども達に資料を渡していたけれど、
資料を渡して、子ども達に一度考えさせる。
それから、おもむろに説明するパターンの方が、いいらしい。
そうとは知らず、教えたいことを機関銃のように話してしまい、
子ども達はさぞかし、面食らったことだと思う。
板書の下手な字を眺めては凹み、
用意した資料はほとんど役に立たず落ち込み、
クラスごとに違う生徒達の反応に一喜一憂しながら、
私の「中学校教諭もどき体験」は終わった。
「話すのが苦手だから、文章を書いているんだ」という言い訳は
二度と使わないようにしたいな、と今回の体験で思った。
月並みな言葉だけれど、この機会を与えてくれた方々に感謝したい。




2003年05月28日(水)
情報が多いから、歴史が小さくしか動かない

ラジオから流れてきたコメントであった。
昔は、もちろんインターネットなんてなかったから、
情報はとても貴重で手に入りにくかった。
だからこそ、歴史は大きく動くことができた、とも言える。
しかし、今は世界の情報も、瞬時にわかってしまう。
(そのデータが、正確かどうかは別として・・)
その分、大きな動きになる前に、対応策が考えられてしまう。
すなわち、歴史の教科書に載るような事件は起きにくい。
なるほど・・と感じメモをした。
1192年−鎌倉幕府、1467年−応仁の乱・・・
こんな時代が大きく変わることは、今の日本にはあり得ない。
首都圏移転などの問題も、情報が多すぎてなかなか決まらない、
そんな気がしてならない。
判断材料が多ければ多いほど、迷ってしまうから。
結婚しない男女が増えている、就職しない若者が増えている・・、
これって、結婚や就職に関する情報が溢れているから、と
考えられないだろうか?



2003年05月27日(火)
時間を意識した話し方を覚えたい。

今、地元の中学一年生に「新聞の作り方」という内容で
50分授業を任されて、教壇に立っている。
嬉しさと緊張で、昨晩は珍しく熟睡できなかった。
自分の中では、あれもこれも教えたい・・と欲張り、
なんだか、まとまりのないプログラムになってしまった。
簡単なことを難しく説明するのは、割りあい容易だけれど、
難しいことを簡単に説明するのは、容易ではないことも、
教壇にたって、初めてわかった。
板書も自信があったのに、実際は字が躍っているし、
予定していたプログラムも、2/3程度しか進まなかった。
だから、正直けっこう凹んだ、とほほ。
ただ、本当にいい経験をさせていただいている、と思う。
小さい頃の憧れの職業だった先生、という仕事。
たった50分の授業×5クラスだけど、その大変さを体験できた。
まだまだ話したりないのに、非情にも鳴る、終礼のチャイム。
うまく伝わっただろうか? そんなことを思いながら、
次回は・・・と心に秘めた私の想いを、気になる一言にしてみた。
先生って仕事、
楽しいけれど大変ではなく、大変だけれど楽しい。
これが、私の素直な気持ちかな。