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しもさんの「気になる一言」
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2003年06月24日(火) ■
北海道の利尻と礼文、ウニの味

私のお気に入りのお店のひとつに「北海道料理・中むら」がある。
奥さんの実家が北海道ということもあり、新鮮な北海道の味覚が
静岡にいて楽しめる場所として、時々利用させていただいている。
歳を重ねてきたきた為か、最近「量より質」を求めるようになった。
その点でも、私のお奨め料理店である。
(大のジャイアンツファン、という点も私の評価が高いのであるが・・)
「私、ホワイトアスパラだけは嫌いなんです、
あの缶詰のグシャとした感覚が気持ち悪くて・・」と言えば
「本物のホワイトアスパラを食べたことがないからだよ」と
出してくれる。(本当に、信じられないくらい美味しかった)
「ウニ」が食べたいと言えば「利尻産と礼文産があってね
ウニが食べている海藻によって味が違うんだよ」とそっと教えてくれる。
同じ北海道のウニなのに・・と思うが、食べ比べたら確かに違った。
「今年は、中国と北朝鮮の松茸が入らないから、韓国と国産松茸は高いよ」
なんて情報を聴きながらも、手に入ったら是非連絡してね、と会話が弾む。
「食」は、人を良くする、と書くが、本当だなぁ、と実感できる。
さらに地酒や焼酎も豊富だし、飲兵衛には応えられない。
休みになると全国の蔵巡りをしている店主に頼んだアルコールは
「麻生富士子 25度 麦 大分」と書かれた珍しい焼酎。
「経営者の名前なんですよ、実は・・この焼酎にはこれが合うんです」
と出された「北海道の塩辛」、これまた美味かった。
今日の一言を聴くだけで、何年経っても、またウニが食べたくなる。
それが、今日の一言の魅力だし、言葉の力である気がしてならない。



2003年06月23日(月) ■
「公金」なのに、なぜ「公的資金」というのだろうか?

運転中、ラジオから流れてきた,永六輔さんのつぶやきだった。
「〜的」という表現の使い方は
「〜じゃないけれど」という意味があるはずだと。
我々の税金を使うのに、なぜ「公金じゃないけれど」という意味の
「公的資金」という単語を使うのかと・・。
気になって、帰宅後、辞書を調べてみたら
てき【的】 (接尾)
(1)名詞およびそれに準ずる語に付いて、形容動詞の語幹をつくる。
(ア)主に物や人を表す名詞に付いて、それそのものではないが、
それに似た性質をもっていることを表す。…のよう。…ふう。
「百科事典―な知識」「スーパーマン―な働き」「母親―な存在」
とあった。
確かに「〜的」という使い方であると、ニュアンスが違う。
だが、政府も新聞・テレビ・ラジオといったマスコミも、
「りそなに、公的資金投入」等の表現をするところを見ると、
また違った使い方があるのだろうか?
まさか国を挙げて「間違った日本語の使い方」をしているはずはない。
本当に、そう考えていいのだろうか?
私の疑問は、どんどん大きくなっている。しかし、答えが見つからない。
誰か教えて・・。



2003年06月22日(日) ■
「ややこしい」とは、赤ちゃんっぽいこと

「やや」とは赤ちゃんのこと。
ダダをこねて親を困らせている様子を「ややこしい」という。
転じて「複雑で面倒くさい」「込み入ってわかりにくい」。
反対語は「おとなしい(大人しい)」(落ち着いてもの静か) 。
IMacを手に入れてから2日。感想は「ややこしくない」。
マウスのボタンも一つだし、何も見なくても簡単に接続できたし、
ますますマックが好きになった。
さて、道具は揃った。あとは、少しずつ勉強して
1年に何人かのCM(プロモーションビデオ)を作りたい。
それが最近の私の夢である。
「生きた証なんてないよ」と嘆く人にも、きっと素敵な部分がある。
そんなところにスポットを当てて、
お気に入りの曲(思い出の曲でも可)をBGMにキャッチコピーをつけて、
短い作品を作りたい。
そのためには、IMacがどうしても必要だったと理由を付けた。
根底に流れるキーワードは「ややこしくない」。
その人らしい作品づくりには、
今まで貯めてきた「気になる一言」がきっと役に立つはずだ。
端的にその人を表現できる言葉を探して、今日もメモを取り続ける。
(人間関係もややこしくない方がいいでしょ?)



2003年06月21日(土) ■
外野だけは、ツアー客を入れないで・・

注目の巨人・阪神戦。東京ドームで見てきました。
八回の阪神怒濤の攻撃。手が付けられなかった。
負けた原因はいろいろ考えられるけれど、
私は、外野に陣取る応援団の熱意の差だったと思う。
敵ながら、阪神側のレフトスタンドは、一糸乱れず
全員が声を出し、メガホンを叩き、素晴らしかった。
それにひきかえ、ジャイアンツ側ライトスタンドは、
大量失点に自分の感情を抑えきれずに
メガホン・ビールなどをグランドに投げ入れた奴がいたり、
警備員といざこざがあったり・・と応援に集中できないことばかり。
さらに試合中にのんびり、お弁当をひろげピクニック気分。
これでは、今年の阪神に勝てっこないな、そう思った。
その原因は、今年から外野の自由席がなくなり
全て指定席となったからではないか、と思う。
どうしても外野で声を枯らして応援したい、という阪神ファンに対して
旅行会社のツアーでなんとなく外野から見てみようか・・程度の
意識で訪れた、なんとなくジャイアンツファンの人たちでは、
その盛り上がりに雲泥の差が出てしまう。
試合は、スタンドの応援でつくる、と何かの本で読んだことがある。
(たぶん、サッカー関連の本だったと思うけれど・・)
まさしく、その通りだと実感した。
阪神が死のロードと呼ばれる夏に弱いのは、熱狂的なファンの声援が
なくなるからだ、といった人がいたが、なるほどである。
今年は、ビジターの球場へ行っても、阪神ファンが詰めかけている。
だから、負けないのではないか。そんな気がする。
読売巨人軍関係者様。
どうぞ、外野応援席だけは、ツアー団体客を入れないで下さい。
遅れてきて、早い時間に帰る観戦ツアーのために、
バス一台分、そこだけポッカリ穴があいた外野席は寂しいものだから。





2003年06月20日(金) ■
群馬県太田市の清水市長・静岡県の石川県知事

う〜ん・・なんだかややこしくなって来てしまった。
実は、太田市のいろいろな取り組みが面白くて、
行政発行のメルマガを読んでいる。一昨日届いた第96号。
その中で、トップ項目が「清水市長メッセージ」だった。
あれ?4月から静岡市と合併して、清水市長はありえないのに・・と
目から飛び込んできた「文字情報」に簡単に反応してしまった。
清水市長のメッセージが「6月議会が始まった・・」と
書き出していたので、余計疑う余地がなかった。
どちらかに統一して欲しいなぁ・・と苦笑いしてメモをした。
そういえば、我ら静岡県知事は、石川嘉延。まさしく「石川県知事」。
静岡県知事?石川県知事?呼び方にルールがあるのだろうか。
ふと、そんなこと考えた。
役職を使う呼び方は、なかなか難しいなぁ・・とまたまた苦笑い。
全国知事会議なんかは、たぶん「静岡県知事」なんだろうな。
「石川県知事」では、二人が返事をしてしまう可能性があるから。
今は、余裕がないけれど、いつか調べてみたいな、と思う
とってもくだらない雑学である。
本人にインタビューしてみたいな。
「静岡県知事」と「石川県知事」。どちらがいいですか?ってね。



2003年06月19日(木) ■
「ヤンマー・ム〜ニ〜マン」と「ポルシェ・クレパス」

NHKの深夜番組「オンエアバトル」(若手芸人の登竜門?)で
『ふたり合わせてヤンマーだぁ〜』と『ム〜ニ〜マン!』を
はっきり歌った、と最近お気に入りのホームページに書いてあった。
「企業名、商品名、CMじゃん」のコメント付き。
私たち二人の共通した疑問は「本当に許可出たのか?」である。
かつて、山口百恵は『真っ赤なポルシェ』という固有名詞が駄目で
「真っ赤なくるま」と変えさせられた。
かぐや姫は「神田川」という歌で「24色のクレパス」を
「24色のクレヨン」にして欲しいと言われ、紅白をボイコットした。
勿論、国民からの苦情・要望は数多く届いたはずである。
それでも、NHKは「企業名・商品名」を断固として受け付けなかった。
大相撲で土俵を掃除している人の背中に書かれている「紀文」の文字が
見えそうになると、ぐ〜っとカメラを引いたりして、
私たちに「国営放送」の奥ゆかしさを伝えてくれていた、一応。
だけど、企業戦士のドキュメント番組「プロジェクトX」は、
見方を変えれば、一企業のCMにもなりかねないし・・
「民放ではできない番組作り」が売り物のNHKにしては、
どうも最近、視聴者・視聴率を意識した番組構成が多い気がする。
それとも若い製作スタッフに、国営放送とは何ぞや?という教育を
していないのかもしれないな、とふと思った地方公務員である。
さて、自分の仕事を見直してみようっと。



2003年06月18日(水) ■
気分転換したいから、短くして・・

ノー残業デーの水曜日、急に髪の毛を切りたくなった。
週末、髪を切りに行く暇もないくらい忙しかったから・・。
渓流釣りや、東京ドーム通いで、お金がなかったから・・。
髪を切ると、てっぺんから薄くなってきたのがバレルから・・。
長い髪の方が、朝起きたとき手入れが楽だったから・・。
通称「フェミニン」のイメージを崩したくなかったから・・。
う〜ん、伸ばし放題の言い訳をいろいろ考えたが、どれも今ひとつ。
単純に、切る必要性を感じてなかったからだろう。
しかし最近、仕事でも、家庭でも、(ジャイアンツの試合でも)
なんだか、スッキリしない時間が流れていたので、
出来ることなら、リフレッシュしたかった。
ただ、女性じゃないから、今まで髪の毛を切って、
「気分転換」をしたことは一度もなかったし、まさか、
本当に髪を切るくらいで「気分転換」ができると信じていなかった。
それが今日は「気分転換したいから、短くして」とハッキリ言った。
自分でも不思議なくらい、目的を持って、髪の毛を切った。
(さすがに、丸刈りには出来なかったけれど・・)
結果、本当に「気分転換」が出来たから、本人は大満足である。
周りの人の反応も気になるけれど、今は頭と心でモヤモヤしていた
何かがなくなっただけで、嬉しい。
女性が髪の毛を切ってくると、手垢の付いた表現で
「失恋でもしたの?」と尋ねる、我ら中年男性であるが、
思いっきり気分転換したい時、髪の毛を切ってみる、という事が
少しだけわかった一日であった。



2003年06月17日(火) ■
ナースキャップを外します

静岡のある病院で、看護婦(看護士っていうんだっけ?)が
かぶっているナースキャップをやめた、という話を聴いた。
ふと看護学校の卒業式には、欠かせない戴帽式が思い浮かんだ。
あのキャップを先輩に付けていただくことで、
「あ〜、これで私も看護婦なんだ」と実感した話をよく耳にしたから。
しかし、あえてこのナースキャップの必要性を問い、
今まで患者や医療器具に引っ掛かって困ったことを検討し、
外しても困らないことを、みんなで確認したという。
「当たり前を見直そう」。
この言葉は、簡単そうで難しい。
「必要性は感じないけれど、あっても困らないからそのまま」
これが私たち生活者の感覚である。
それを一歩踏み込んで「なくても困らないからやめる」となれば
私たちの日常生活も大きく変わることはわかっているのだが・・。
なかなか片づかない私の部屋と同じだな、と苦笑いしながらも
なかなか変わらない「行政改革」の大切な視点でもあることに気付き
システム手帳にメモをした。



2003年06月16日(月) ■
人口が減って、発展した国は今までにない

(そろそろ書いてもいいかな?私の私見だから・・)
先日、通勤中に聴いていたラジオから流れてきたフレーズ。
ラジオでは、出生率低下、少子化問題について、熱く語っていたが、
私は、ちょっと違う視点で気になったので、思わずメモをした。
今、全国的な話題として「市町村合併」が、
ほとんど毎日新聞紙上を賑わせているし、
地方議会でも、ほとんどの市町村で、検討されている。
人口何十万人規模の都市をつくろう、と必死であるかのように。
今まで数万人の都市が、いくつかの合併により、数十万人の都市になる。
いかにも、大きな都市・中核になる都市の出現のように見えるが、
合併後、実は人口が減っていく。
そんな視点を見逃してはいないだろうか?
合併した時点が、人口統計では最高値。あとは、減少の一途を辿る。
そんな地域が、全国には多くあるはずだから・・。
人口の減少をどう防ぐか、
どう少子化対策をするかなどの政策が見えないまま、
ただ合併すれば、人口が増えるという発想は、
合併の一面しか見てない気がする。
歴史は語っている。だから、冒頭のフレーズが気になった。
これは学者の戯言ではなく、人類が誕生してから今までの現実だという。
国ではなく、市町村のレベルに置き換えても同じことが言えるだろう。
永遠の右肩上がりはありえない事は、知っているけれど、
あえて「人口が減って、発展した都市は今までにない」と言いたい。
「合併とは、都市として大きくなることではなく、大人になること」
私の根底には、この考え方が根付いている。
ところで・・・「発展」ってなんだろう? 
そんなことを考え、まとまらなくなってきた、私の独り言である。



2003年06月15日(日) ■
10万円、5万円、3万円、運命の分かれ道

何十年も前「ガッチリ買いましょう」という番組があった。
(これを知ってる人は、そうとう古いよ・・そこのあなた・・)
なぜか、デパートで買い物をしていて、このフレーズが
頭の中をよぎったので、今日の一言。
父の日だから、家族連れでごったがえしているのはわかる。
日ごろの感謝の気持ちを、些細なプレゼント、という形で・・
しかし、何を贈っていいのか悩む人たちをターゲットに
1000円、3000円、5000円コースと
詰め合わせになっていて、見るだけでも楽しかった。
(だから、額は違うけれど、この一言が懐かしかったのかも・・)
小さな子どもが母親に相談しながら、1000円コースを
選んでいる光景は、微笑ましかった。
学生は、誕生日やクリスマス、お年玉期待の3000円コース。
社会人は、日頃の御無沙汰のお詫びも兼ねて5000円コース。
そんなコース分けを考えてみたが、いかがだろう。
私たちが小さかった頃の肩叩き券、お手伝い券などは、
今の世の中、皆無なのだろうが、それでも少ないお小遣いから
十円玉、いっぱいかき集めて買ってくれたハンカチを、
お父さんは大切にするはずである。
家族が健康なら、それだけで「父」は嬉しいのだが、
こんな気持ちは、たぶん父親になってみなければわからない。
母親の家族愛とは、ちょっと違う気がするから。
我が家は、プレゼントいらないから、肖像画を描いてくれ、と
頼んであるが、いつになる事やら・・。
(娘は美大浪人生、あてにしないで待ってみることにしよう)