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| 2003年06月25日(水) ■ |
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| 人間が動くことを「働く」という |
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ラジオから流れてきたメッセージたった。 夏目漱石は「草枕」の一節で「智に働けば角が立つ」と書いた。 あれは単純に「智で動けば角が立つ」の間違いかも・・ もしかしたら、漱石は意識的に 「動く」と書かずに「働く」と書いていたかもしれない。 そんな会話をしていた気がする。 それは、人間が動くことは、単なる「動く」ではない。 それには必ず目的があるから「働く」になるのではないか、と 私なりに解釈を加えてみた。 しかし「働く」ほど、いろいろな意味がある単語も珍しい。 いい意味でも、悪い意味でも使われてる。 「このプロジェクトの中心になって働く」「遠心力が働く」 「制御装置が働く」「盗みを働く」「不正を働く」等。 逆に、働くという行為は、その人の心がけ次第で よい結果も生むし、悪い結果も生むと言うことであろう。 フリーターでも、公務員でも「働く」という行為には変わりがない。 出来ることなら、よい意味での「働く」を使いたいものである。
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| 2003年06月24日(火) ■ |
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| 北海道の利尻と礼文、ウニの味 |
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私のお気に入りのお店のひとつに「北海道料理・中むら」がある。 奥さんの実家が北海道ということもあり、新鮮な北海道の味覚が 静岡にいて楽しめる場所として、時々利用させていただいている。 歳を重ねてきたきた為か、最近「量より質」を求めるようになった。 その点でも、私のお奨め料理店である。 (大のジャイアンツファン、という点も私の評価が高いのであるが・・) 「私、ホワイトアスパラだけは嫌いなんです、 あの缶詰のグシャとした感覚が気持ち悪くて・・」と言えば 「本物のホワイトアスパラを食べたことがないからだよ」と 出してくれる。(本当に、信じられないくらい美味しかった) 「ウニ」が食べたいと言えば「利尻産と礼文産があってね ウニが食べている海藻によって味が違うんだよ」とそっと教えてくれる。 同じ北海道のウニなのに・・と思うが、食べ比べたら確かに違った。 「今年は、中国と北朝鮮の松茸が入らないから、韓国と国産松茸は高いよ」 なんて情報を聴きながらも、手に入ったら是非連絡してね、と会話が弾む。 「食」は、人を良くする、と書くが、本当だなぁ、と実感できる。 さらに地酒や焼酎も豊富だし、飲兵衛には応えられない。 休みになると全国の蔵巡りをしている店主に頼んだアルコールは 「麻生富士子 25度 麦 大分」と書かれた珍しい焼酎。 「経営者の名前なんですよ、実は・・この焼酎にはこれが合うんです」 と出された「北海道の塩辛」、これまた美味かった。 今日の一言を聴くだけで、何年経っても、またウニが食べたくなる。 それが、今日の一言の魅力だし、言葉の力である気がしてならない。
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| 2003年06月23日(月) ■ |
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| 「公金」なのに、なぜ「公的資金」というのだろうか? |
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運転中、ラジオから流れてきた,永六輔さんのつぶやきだった。 「〜的」という表現の使い方は 「〜じゃないけれど」という意味があるはずだと。 我々の税金を使うのに、なぜ「公金じゃないけれど」という意味の 「公的資金」という単語を使うのかと・・。 気になって、帰宅後、辞書を調べてみたら てき【的】 (接尾) (1)名詞およびそれに準ずる語に付いて、形容動詞の語幹をつくる。 (ア)主に物や人を表す名詞に付いて、それそのものではないが、 それに似た性質をもっていることを表す。…のよう。…ふう。 「百科事典―な知識」「スーパーマン―な働き」「母親―な存在」 とあった。 確かに「〜的」という使い方であると、ニュアンスが違う。 だが、政府も新聞・テレビ・ラジオといったマスコミも、 「りそなに、公的資金投入」等の表現をするところを見ると、 また違った使い方があるのだろうか? まさか国を挙げて「間違った日本語の使い方」をしているはずはない。 本当に、そう考えていいのだろうか? 私の疑問は、どんどん大きくなっている。しかし、答えが見つからない。 誰か教えて・・。
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| 2003年06月22日(日) ■ |
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| 「ややこしい」とは、赤ちゃんっぽいこと |
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「やや」とは赤ちゃんのこと。 ダダをこねて親を困らせている様子を「ややこしい」という。 転じて「複雑で面倒くさい」「込み入ってわかりにくい」。 反対語は「おとなしい(大人しい)」(落ち着いてもの静か) 。 IMacを手に入れてから2日。感想は「ややこしくない」。 マウスのボタンも一つだし、何も見なくても簡単に接続できたし、 ますますマックが好きになった。 さて、道具は揃った。あとは、少しずつ勉強して 1年に何人かのCM(プロモーションビデオ)を作りたい。 それが最近の私の夢である。 「生きた証なんてないよ」と嘆く人にも、きっと素敵な部分がある。 そんなところにスポットを当てて、 お気に入りの曲(思い出の曲でも可)をBGMにキャッチコピーをつけて、 短い作品を作りたい。 そのためには、IMacがどうしても必要だったと理由を付けた。 根底に流れるキーワードは「ややこしくない」。 その人らしい作品づくりには、 今まで貯めてきた「気になる一言」がきっと役に立つはずだ。 端的にその人を表現できる言葉を探して、今日もメモを取り続ける。 (人間関係もややこしくない方がいいでしょ?)
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| 2003年06月21日(土) ■ |
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| 外野だけは、ツアー客を入れないで・・ |
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注目の巨人・阪神戦。東京ドームで見てきました。 八回の阪神怒濤の攻撃。手が付けられなかった。 負けた原因はいろいろ考えられるけれど、 私は、外野に陣取る応援団の熱意の差だったと思う。 敵ながら、阪神側のレフトスタンドは、一糸乱れず 全員が声を出し、メガホンを叩き、素晴らしかった。 それにひきかえ、ジャイアンツ側ライトスタンドは、 大量失点に自分の感情を抑えきれずに メガホン・ビールなどをグランドに投げ入れた奴がいたり、 警備員といざこざがあったり・・と応援に集中できないことばかり。 さらに試合中にのんびり、お弁当をひろげピクニック気分。 これでは、今年の阪神に勝てっこないな、そう思った。 その原因は、今年から外野の自由席がなくなり 全て指定席となったからではないか、と思う。 どうしても外野で声を枯らして応援したい、という阪神ファンに対して 旅行会社のツアーでなんとなく外野から見てみようか・・程度の 意識で訪れた、なんとなくジャイアンツファンの人たちでは、 その盛り上がりに雲泥の差が出てしまう。 試合は、スタンドの応援でつくる、と何かの本で読んだことがある。 (たぶん、サッカー関連の本だったと思うけれど・・) まさしく、その通りだと実感した。 阪神が死のロードと呼ばれる夏に弱いのは、熱狂的なファンの声援が なくなるからだ、といった人がいたが、なるほどである。 今年は、ビジターの球場へ行っても、阪神ファンが詰めかけている。 だから、負けないのではないか。そんな気がする。 読売巨人軍関係者様。 どうぞ、外野応援席だけは、ツアー団体客を入れないで下さい。 遅れてきて、早い時間に帰る観戦ツアーのために、 バス一台分、そこだけポッカリ穴があいた外野席は寂しいものだから。
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| 2003年06月20日(金) ■ |
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| 群馬県太田市の清水市長・静岡県の石川県知事 |
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う〜ん・・なんだかややこしくなって来てしまった。 実は、太田市のいろいろな取り組みが面白くて、 行政発行のメルマガを読んでいる。一昨日届いた第96号。 その中で、トップ項目が「清水市長メッセージ」だった。 あれ?4月から静岡市と合併して、清水市長はありえないのに・・と 目から飛び込んできた「文字情報」に簡単に反応してしまった。 清水市長のメッセージが「6月議会が始まった・・」と 書き出していたので、余計疑う余地がなかった。 どちらかに統一して欲しいなぁ・・と苦笑いしてメモをした。 そういえば、我ら静岡県知事は、石川嘉延。まさしく「石川県知事」。 静岡県知事?石川県知事?呼び方にルールがあるのだろうか。 ふと、そんなこと考えた。 役職を使う呼び方は、なかなか難しいなぁ・・とまたまた苦笑い。 全国知事会議なんかは、たぶん「静岡県知事」なんだろうな。 「石川県知事」では、二人が返事をしてしまう可能性があるから。 今は、余裕がないけれど、いつか調べてみたいな、と思う とってもくだらない雑学である。 本人にインタビューしてみたいな。 「静岡県知事」と「石川県知事」。どちらがいいですか?ってね。
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| 2003年06月19日(木) ■ |
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| 「ヤンマー・ム〜ニ〜マン」と「ポルシェ・クレパス」 |
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NHKの深夜番組「オンエアバトル」(若手芸人の登竜門?)で 『ふたり合わせてヤンマーだぁ〜』と『ム〜ニ〜マン!』を はっきり歌った、と最近お気に入りのホームページに書いてあった。 「企業名、商品名、CMじゃん」のコメント付き。 私たち二人の共通した疑問は「本当に許可出たのか?」である。 かつて、山口百恵は『真っ赤なポルシェ』という固有名詞が駄目で 「真っ赤なくるま」と変えさせられた。 かぐや姫は「神田川」という歌で「24色のクレパス」を 「24色のクレヨン」にして欲しいと言われ、紅白をボイコットした。 勿論、国民からの苦情・要望は数多く届いたはずである。 それでも、NHKは「企業名・商品名」を断固として受け付けなかった。 大相撲で土俵を掃除している人の背中に書かれている「紀文」の文字が 見えそうになると、ぐ〜っとカメラを引いたりして、 私たちに「国営放送」の奥ゆかしさを伝えてくれていた、一応。 だけど、企業戦士のドキュメント番組「プロジェクトX」は、 見方を変えれば、一企業のCMにもなりかねないし・・ 「民放ではできない番組作り」が売り物のNHKにしては、 どうも最近、視聴者・視聴率を意識した番組構成が多い気がする。 それとも若い製作スタッフに、国営放送とは何ぞや?という教育を していないのかもしれないな、とふと思った地方公務員である。 さて、自分の仕事を見直してみようっと。
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| 2003年06月18日(水) ■ |
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| 気分転換したいから、短くして・・ |
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ノー残業デーの水曜日、急に髪の毛を切りたくなった。 週末、髪を切りに行く暇もないくらい忙しかったから・・。 渓流釣りや、東京ドーム通いで、お金がなかったから・・。 髪を切ると、てっぺんから薄くなってきたのがバレルから・・。 長い髪の方が、朝起きたとき手入れが楽だったから・・。 通称「フェミニン」のイメージを崩したくなかったから・・。 う〜ん、伸ばし放題の言い訳をいろいろ考えたが、どれも今ひとつ。 単純に、切る必要性を感じてなかったからだろう。 しかし最近、仕事でも、家庭でも、(ジャイアンツの試合でも) なんだか、スッキリしない時間が流れていたので、 出来ることなら、リフレッシュしたかった。 ただ、女性じゃないから、今まで髪の毛を切って、 「気分転換」をしたことは一度もなかったし、まさか、 本当に髪を切るくらいで「気分転換」ができると信じていなかった。 それが今日は「気分転換したいから、短くして」とハッキリ言った。 自分でも不思議なくらい、目的を持って、髪の毛を切った。 (さすがに、丸刈りには出来なかったけれど・・) 結果、本当に「気分転換」が出来たから、本人は大満足である。 周りの人の反応も気になるけれど、今は頭と心でモヤモヤしていた 何かがなくなっただけで、嬉しい。 女性が髪の毛を切ってくると、手垢の付いた表現で 「失恋でもしたの?」と尋ねる、我ら中年男性であるが、 思いっきり気分転換したい時、髪の毛を切ってみる、という事が 少しだけわかった一日であった。
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| 2003年06月17日(火) ■ |
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| ナースキャップを外します |
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静岡のある病院で、看護婦(看護士っていうんだっけ?)が かぶっているナースキャップをやめた、という話を聴いた。 ふと看護学校の卒業式には、欠かせない戴帽式が思い浮かんだ。 あのキャップを先輩に付けていただくことで、 「あ〜、これで私も看護婦なんだ」と実感した話をよく耳にしたから。 しかし、あえてこのナースキャップの必要性を問い、 今まで患者や医療器具に引っ掛かって困ったことを検討し、 外しても困らないことを、みんなで確認したという。 「当たり前を見直そう」。 この言葉は、簡単そうで難しい。 「必要性は感じないけれど、あっても困らないからそのまま」 これが私たち生活者の感覚である。 それを一歩踏み込んで「なくても困らないからやめる」となれば 私たちの日常生活も大きく変わることはわかっているのだが・・。 なかなか片づかない私の部屋と同じだな、と苦笑いしながらも なかなか変わらない「行政改革」の大切な視点でもあることに気付き システム手帳にメモをした。
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| 2003年06月16日(月) ■ |
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| 人口が減って、発展した国は今までにない |
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(そろそろ書いてもいいかな?私の私見だから・・) 先日、通勤中に聴いていたラジオから流れてきたフレーズ。 ラジオでは、出生率低下、少子化問題について、熱く語っていたが、 私は、ちょっと違う視点で気になったので、思わずメモをした。 今、全国的な話題として「市町村合併」が、 ほとんど毎日新聞紙上を賑わせているし、 地方議会でも、ほとんどの市町村で、検討されている。 人口何十万人規模の都市をつくろう、と必死であるかのように。 今まで数万人の都市が、いくつかの合併により、数十万人の都市になる。 いかにも、大きな都市・中核になる都市の出現のように見えるが、 合併後、実は人口が減っていく。 そんな視点を見逃してはいないだろうか? 合併した時点が、人口統計では最高値。あとは、減少の一途を辿る。 そんな地域が、全国には多くあるはずだから・・。 人口の減少をどう防ぐか、 どう少子化対策をするかなどの政策が見えないまま、 ただ合併すれば、人口が増えるという発想は、 合併の一面しか見てない気がする。 歴史は語っている。だから、冒頭のフレーズが気になった。 これは学者の戯言ではなく、人類が誕生してから今までの現実だという。 国ではなく、市町村のレベルに置き換えても同じことが言えるだろう。 永遠の右肩上がりはありえない事は、知っているけれど、 あえて「人口が減って、発展した都市は今までにない」と言いたい。 「合併とは、都市として大きくなることではなく、大人になること」 私の根底には、この考え方が根付いている。 ところで・・・「発展」ってなんだろう? そんなことを考え、まとまらなくなってきた、私の独り言である。
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