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| 2003年07月25日(金) ■ |
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| 子どもを育てるなら、群馬県 |
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知らないうちに、私の携帯メモに書き込まれていた。 本人もあまり記憶ないので、たぶんテレビで見た群馬県の CMに使われていたキャッチコピーだろう。 今、あらためて読み直してみると、インパクトは強い。 先日の「あの島より、福島」とか「宇宙戦艦トヤマ」に負けない センスだと思う。 なんとなく、群馬県なら子どもを育てる環境が整っている、 そんなイメージが伝わってくる。 何年か前に「〜なら○○だよね」と言われるような人間になりたい、 そんなことを書いた記憶がある。 さて、それから数年後、どうなんだろう?と振り返ってみたが、 なかなか自分では思いつかない。 どんな分野でもいいから「〜ならしもさんだよ」と言われるものを・・。 40代後半に突入し、あんまり物欲がなくなってきた現在、 ここはじっくり腰を据えて考えてみようかな、と思う。 ひとりで旅をしながら・・なんてのもいいかも知れない。 最近、一人旅なんてしていないから・・。 自分探しの一人旅、憧れるね。携帯も全て電源オフにして・・。 行き先?、もちろん「奈良」ですよ。
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| 2003年07月24日(木) ■ |
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| 夢の爆弾を不発弾にしないために・・ |
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脚本家・内館牧子さんは東北大学大学院文研究科を受験し 合格、現在、仙台に住んでいる。 「ひらり」「毛利元就」などを書いた脚本家、 また横綱審議委員も務めている彼女が、 どうして一番輝いている今、大学院なのか・・私は知りたかった。 人間科学専攻、宗教学専攻分野に所属。 宗教学を専攻する理由については、神事の一環として相撲をとらえ、 相撲に見られるものを通 して日本の文化を見るため、としているが・・ どうもピンとこなかった。 そんな時、この台詞と出逢った。 「自分の抱えている夢の爆弾を 確実に爆発させたい、不発弾にしたくない」 彼女がある方に呟いた台詞だと聴いたが・・わかる気がする。 一つ一つを確実に爆発させていくことは、とても大切だから。 不発弾として残すと、誰かがそれを拾って悪用するかもしれない。 社会に迷惑をかけることになるかもしれない。 だから、自分の目で爆発することを確認する作業は、 とても大切な生き方の一つであると思う。 爆発を確認した時点で、次の夢の爆弾を、自分の心の中に装填する。 だから彼女は、新しい夢の爆弾を見つけに大学院に通っているのだろう。 いろいろなドラマを確実に、爆発させていったから。
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| 2003年07月23日(水) ■ |
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| ふみ月ふみの日 |
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今日は、なんの記念日かなぁ・・なんてぶらっと開いた暦。 思わず、笑ってしまったので、今日の一言。 活字、手紙大好きの私が、久しぶりに、本当に久しぶりに アクセスしたサイトで、一番最初に目に入った台詞がこれ。 なんとなく、誰かに手紙を書きたくなる日となった。 「文雄、文子」なんて名前を見ると、 あっ!この人7月生まれだな、なんて考えた頃が懐かしい。 「ふむふむ」と「ふみふみ」は関係があるのかな?等 「ふみ」に関していろいろな事が、頭に浮かんできた。 そういえば、以前は、バースディカードもメールなんて味気ない、 なんて思っていたけれど、今年の誕生日に届いた多くのメールが とても嬉しかったことを思い出した。 「ふみ」イコール「手書き文字」ではない。 「ふみ」イコール「相手への想い」と理解できれば、 電子メールでも充分相手に想いが伝わってくる。 多くのカードから選ぶ作業。 そして、相手を想いながら打つメッセージ。 これは、手書きで書く作業と変わらないし、もしかしたら 手書き以上に手間暇を掛けて送っているかもしれない。 さて、今日は誰にメッセージカードを送ろうかな?と悩む、 そんな一日になりそうである。
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| 2003年07月22日(火) ■ |
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| 「嗚呼」は「鳥」(トリ)ではなく「烏」(カラス) |
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今回は、ラジオから流れてきた雑学。 「嗚呼」は「鳴く」という字に「呼ぶ」だと思っていた。 漢字でも「ああ」と打って「変換キー」だから、気にしたことがない。 しかし、ラジオから流れてきたおしゃべりは、こう説明してくれた。 烏(カラス)が呼ぶから「ああ」なのだと。(かぁ〜って事かな?) イメージとして「鳥」では「ああ」という音と合わないのかもしれない。 私は今まで「口に烏」と書く字があるのさえ知らなかったのだから。 思い込みって凄いな、と思う。45年間、間違って覚えていたもの。 ところが、この「嗚呼」という単語。 意外と生活の中で、多く使われているからもっと驚きであった。 今回、この雑学を知ったあなたは、きっと「嗚呼」の単語を見つけた時、 近寄って「鳥」か「烏」かを確かめるはず。 そして「あっ、ほんとだ・・」と呟くことが想像できるから、面白い。 私が、ここ数日繰り返してきたことと同じように。 そして、また誰かに伝えたくなるはずである。 「ねぇ、知ってる?」という短い疑問文の後に・・
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| 2003年07月21日(月) ■ |
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| 人間は「跳躍」する前に、必ずしゃがむだろう? |
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就職したくないフリーターが増えて、社会問題になっているのかと思えば、 働きたいけれど、自分が何に向いているのかさえわからず、悩んでいる若者がいた。 そんなフリーターの現状と、彼等の就職をサΓテートするNPO活動をテレビで見た。 今回の一言は「横浜ヤング・ジョブ・スΓテット」という団体が、 必死に就職を探しているフリーター相手に企画した、企業戦士からのメッセージ。 今、就職に対して、必死にもがいている時期。そんな経験も、大切なことだ、 と言いたかったのかな・・とメモをした。 大きくジャンプしようとしたら、現状の体制・姿勢からでは期待できない。 一度、身体を沈める、そう、しゃがんで力を貯めて、ジャンプする。 だから、焦ることはない、しゃがむことは悪いことではないのだから・・、 そんなメッセージが隠されているのかな?と拡大解釈をしてみた。 誰に教わった訳でもないのに、私たちは「跳躍」する前に、必ずしゃがむ。 大きく羽ばたきたかったら、いつもより深くしゃがむ。 生き方も同じ。あまりしゃがむことのない平和な暮らしがいいとも限らない。 深く沈んで、高くジャンプする。波瀾万丈の人生とは、そういうこと。 どちらの生き方が、正解と言うことはない。自分の考え方次第である。
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| 2003年07月20日(日) ■ |
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| 昭和初期の学校教育「歩行訓練」 |
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一晩中歩く訓練・・そんなことがあったよ、と 昔を思い出しながら、私に話しかけてくれた人がいた。 「へぇ、何のためにするんですか?」という私の問いに 「健康な身体を鍛えるだけでなく、精神面の粘り強さを養成するためだよ」と 答えが返ってきた。 そんな教育を受けた人たちが、今日本の平均寿命を延ばしている、とふっと思った。 痛くても他人の前では、痛い顔は見せない、 そんな我慢強さを持ち合わせている世代なのだと思う。 しかし、もう暫くすると、そんな教育を受けたことがない人たちが高齢者になる。 そう、精神面で弱い世代の人たちが高齢者になった時、 私は世界一の平均寿命が短くなってくる気がしている。 医療技術が進み、なんとか生かされている人が増えて、 その結果、寿命が延びただけであって、 人間として心から「生きたい」という欲望にかけるからである。
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| 2003年07月19日(土) ■ |
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| 一回完結講座 |
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社会教育に長年携わってきたから、気になる「講座」であった。 何回コースではないので、時間が合わない、という悩みを持つ 主婦やOLに受けている、と新聞で紹介されていた。 なんでも、限られた時間で達成感を得られる、と評判のようだ。 でも、ちょっと待って欲しい。 いろいろなことを我慢して、自分のために時間をつくり学ぶから その成果が輝いてくるのに、たった一回受講して得られる成果に 達成感なんて得られるのだろうか?不思議である。 初回には出来なかったことが、最終回には出来るようになっている。 知らない間に、同好の友達も出来た。だから、達成感を感じる。 「継続は力なり」という言葉は、決して死語にはならないと、私は思う。 もし、どうしても・・というのであれば「一回体験講座」。 学ぼうと思う講座のエキスを体験し、興味が湧いたら 何回かのコースを真剣に、そして自分のために時間とお金を投資する。 そんな前提があれば、いいと思うのだが・・。 (それとも、ネーミングをいただいて「一回簡潔講座」でもいい) 実は、最近巷で騒いでいる事件の大半が、我慢が出来ず 犯行におよんだものが多い気がしていたので、 これは社会教育の出番だ、と張りきっていたのだが・・。 こんなところまで、我慢が出来ない人種向けのプログラムが 進んでいることに驚いた。 我慢をして、我慢をして・・我慢だらけだったから、 その後に楽しみがあったのに、と思う。 我慢しないで得られた達成感なんて、何の意味も持たない。 私はそう思うのだが・・
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| 2003年07月18日(金) ■ |
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| 鴻池発言への支持、約85% |
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例えが悪かったけれど「加害者の親の責任」、私も支持である。 大臣のホームページへ、賛否両論のメールが届いているという。 今回は、その発言に対するメールの割合を、気になる一言とした。 一部の人が大騒ぎし、いかにも問題発言のように取り上げられたが、 国民の多くは「よく言った」が本音なのかもしれない。 私も、誰か責任能力のある人が、被害者に対して、そして社会に対して、 「申し訳ありませんでした」と陳謝すべきだと思う。 小さい頃から「悪いことをしたら、まず、あやまりなさい」と 教育を受けてきた。それは、今も変わっていないはず。 だから誰も謝ることなく、少年法等に話題が移る事は、理解できない。 例えば、浜岡原発は東海地震でも耐えられる、と言い切る人がいる。 地震学者でも想定できない地震の大きさを、誰が被害想定を考え、 もしもの時、誰が責任を取るのか、ハッキリしていない。 すみません・・ではすまされない大規模の事故が起きた時、 言い切った人間は、どう責任をとるのだろうか? その責任の重さに比例して、給料が支払われているはずだから。 家族でも同じことが言えるかもしれない。 親は家庭内での発言力が強い分、責任も重くなる。 だから、親子関係が成り立つといってもいい。 時々、今の若い親ときたら・・という高齢者もいるが、 その若い親を育てた親は、自分たちであることを忘れては困る。 責任の取り方、今は学校でも社会でも教えてくれないけれど、 もっと身近な事で、責任の取り方を教えたらどうだろうか。 交通事故を起こしたら、その運転手が習った教習所を公表する。 そうすれば、もっと真剣に交通ルール、運転マナーを教えるかもしれない。 家庭も含めた教育現場から変えていく、そして社会が変わっていく。 そんな気がする。 (鴻池大臣、また問題発言をしたらしい・・ふぅ、目が離せない)
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| 2003年07月17日(木) ■ |
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| シンクロの顔の表情って採点になるの? |
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水泳の世界選手権、シンクロソロをテレビで観ていた私の疑問。 だって、解説者はワンパターンのように「顔の表情がいいですよ」 「高いですね」「きれいなスピンです」くらいしか言わないから・・。 以前にも、このシンクロやスケート等の芸術点に疑問を投げかけたが 今回は、特に強く思ったから、再度のぼやき。 優勝したフランスのデデューは、鼻栓(ノーズクリップ)なしで演技。 その他の選手は、鼻栓をしたまま演技。 これって、どう考えてもおかしい、と私は思う。フェアではない。 誰が見たって、鼻栓をしている顔としていない顔では雲泥の差がある。 あまり関係ない、とコメントするのであれば、自分の顔に鼻栓をして 鏡を覗いてみればいい。思わず笑ってしまうから・・。 もし演技の規定がないのであれば、日本の選手も 脚技などのテクニックにこだわる前に、ノーズクリップなしで演技、 これに対抗する策を考慮しなければ、勝ち目はない。 顔の表情が、表現力として採点対象になるのであれば、 今後、プチ整形をしたりする選手が現れるかもしれない。 どんどん、スポーツとはかけ離れた部分で、 熾烈な戦いが繰り広げられる気がしてならない。 シンクロの顔も採点対象なんだろうな、 それでなければ、わざわざメイクして水の中で演技する必要ないもの。 やっぱり良く解らない、水泳種目である。
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| 2003年07月16日(水) ■ |
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| どんなに負けまくっても、ご飯を食べて、眠る。 |
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娘が、亡き義父(彼女にとっては祖父)に宛てた手紙の一節である。 「そして、何回もそれを繰り返して、生きていくよ」と続けてあった。 (こればかりは、紹介しようかどうか随分迷ったけれど、 私の今日の記憶にとどめたかったから取り上げることにした。 娘には、後で怒られることを覚悟の上で・・) 彼女にしか書けない弔辞である。しかも、誰にも聴かれることのない この文面は、封筒に入れられ、棺の中に納められた。 前後の文が紹介出来ず残念であるが、御勘弁願いたい。 「どんなに負けまくっても・・」 この言い回しは、彼女の今の心境を語っていた。 「昨年、美大の受験に失敗し、今年こそというプレッシャーと もしかしたら、今年もという不安があるけれど、 じいじ、私は負けないよ、私は私なりに生きていく」 そんな想いが込められているのではないだろうか? 両親にも話さない心の内を、 彼女は可愛がっていただいた亡き祖父に向けて発していた。 心の底から湧いてきた感情を文字にした弔辞。全文を読み終えて、 娘が優しい気持ちを持った人間に育ってくれたことを喜び、 そしてなぜか涙があふれて止まらなかった。 まだまだ子供だとばかり思っていた娘の成長を気付かせてくれた 亡き義父に対して、感謝の意も含めて、冥福を祈りたい。
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