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しもさんの「気になる一言」
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2003年10月13日(月)
お手元の傘を横にして下さい

午後から、三島文化センターで催される
チェロとバイオリンのコンサートへ足を運んだ。
最近、写真を撮る関係で、落ち着いてゆっくり座って聴くことが
なかったので、今回は久しぶりに楽器の音色を楽しむことができた。
開演前に、携帯電話の電源や時計のアラームについて注意があり、
みな再度確認をしている姿を見ながら、
そのうち、そんな注意を促す放送がなくなるといいな、と思った。
しかし、電子音ではない意外な音がコンサート中にしたので驚いた。
なんと立てかけてあった傘が、シートから倒れた音である。
確かに、来場前に雨が降ったり止んだりで、ホール内に持ち込み
自分の手もとや、シートに立てかけている人が多かった。
傘立てに立てるほどでなかったので・・が、本音である。
私もその一人であったが、
まさかコンサート中に大きな音を立てる原因になるとは、
考えてもいなかったから、音を立ててしまった人も、
さぞ驚いたに違いない。
もちろん、傘を持ち込んでしまったことに言い訳はできないが、
今回の「意外な音」を教訓にして、天候によって付け加えたい台詞を
気になる一言にしてみた。
そこまで気が付かなかった音だからこそ、
観客にとって、ありがたいアドバイスであると思うのだが・・。



2003年10月12日(日)
ちょっとポッチャリのベトナム女性

恒例となった、ベトナム・チャリティコンサート。
「枯れ葉剤被害児童リハビリ施設建設プロジェクト」として
毎年、ベトナムの音楽、踊りを中心にコンサートを開催している。
主催が、わが町のNPO団体ということもあって、
売り上げに協力とばかり、楽しみにしているイベントである。
私がベトナムに行ったのは平成8年、それから7年。
身体にすっとしみ込んでくる音楽は、あの時のままだった。
懐かし〜い、また行きたくなっちゃった、
とベトナムのコーヒーを飲み干した。
(当時、現地でタイガービールばかり飲んでいた記憶が蘇る・・)
驚くべき発展を遂げたベトナムであるが、その人なつっこい笑顔と
素朴な雰囲気は、そのままであった。
思い出にふけっていた私がベトナムの発展を感じたのは、
アオザイに身を包んだ、ポッチャリした女性の姿であった。
(もちろん、イヤラシイことは考えてませんよ)
7年前は、そんな体型の女性がいなかった。
(いたかもしれないけれど見なかった、というのが正しいかも・・)
日焼けとバイクの排ガスを避けるために、
白い手袋と白い布を身につけ、アオザイに包まれた身体で、
ホンダのバイクに乗る容姿は、もっとスレンダーだった気がする。
こんなところに7年の歴史と、ベトナムの発展を感じながら、
久しぶりに、当時の写真を引っ張り出して、
ニヤニヤ眺めている私がいる。シクロ、乗りてぇ・・



2003年10月11日(土)
事を起こす時、ミッション、パッション、ファッションが要る

「地域メディア研究会」の議事録・報告書を読みながら、
ある方が発言した台詞をメモした。
ミッションは、使命。パッションは、やる気。
ファッションは、プレゼン能力・説明能力。
こんな説明だったと思う。
確かに、一つずつの要素も大事だけれど、
もっと大切なことは、その3つのバランス。
どれかが突出していても、事はうまく立ち上がらない。
そんな意味を含んでいるのではないだろうか。
自分の仕事、生活を振り返ってみよう。
「ミッション、パッション、ファッション」はどうか?
そして、そのバランスは?
仕事に対しての「使命感」や「やる気」を持っている人は多いが
それを、多くの人に説明する能力が欠けている人も多いと思う。
私は、技術系だから、理科系だから・・を理由に、
人前で話すことを避けている人はいないだろうか?
そういう私も、話すことが苦手だから書いているんです・・と
言い訳をしていたなぁ、と反省。
今は、バランスを考えて、人前で話すことを訓練中。
「ファッション・センス」ないからなぁ・・もう少し頑張ろうっと。





2003年10月10日(金)
ゆれ動くことで人は優しくなれる。

雑誌クロワッサンで見つけた、
作家・下重暁子さんが紹介している、岩手県の山の中で、
ひとり木馬を作っている土屋拓三さんの台詞。
「ゆれ動くことで人は優しくなれる。
ゆりかご、ブランコ、シーソー、
もしかしておかあさんのお腹にいた時も、
だれもがゆれていたでしょう」
なるほどなぁ・・とメモをした。
もしかしたら、もしかしたら、人間の心も・・と考えたら
ますますこの台詞が、私の心から離れなくなった。
好きになったり、嫌いになったり、
逢いたくなったり、離れたくなったり、そんな心のゆれがあるから
歳を重ねると、だんだん優しくなってくるのだろうか。
犯罪は、ゆれることを恐がった人たちの結果、
そんな考え方も出来るかもしれない。
いつだったか、シーソーはゆれるから楽しいんですよ、
という言葉を知人からいただいたことがある。
ゆれるから楽しい、ゆれるから優しくなれる、と思えたら、
なんだか、毎日が楽しくなってきた。



2003年10月09日(木)
98パーセント、野球の話してましたよ

仕事で・・本当に仕事で・・東京へ。
女優・冨士眞奈美さんの自宅へ足を踏み入れてしまった。
彼女が、わが町の出身(6歳から18歳の12年間)だったので、
当時の思い出と柿田川について、コメントをいただきたくて、
プロデューサー兼カメラマン兼音声さん、一人3役をこなす
メディアのプロに同行させてもらった。
行政の担当として、丁寧に御挨拶をし、今回の主旨を説明し、
撮影中は邪魔にならない程度に、話に参加して・・という
私なりの心構えはあったのですが、もろくも崩れてしまった。
理由は、彼女と私が「野球大好き」で意気投合し、
初対面にも関わらず、ジャイアンツの話で盛り上がり、
夕方5時からの撮影が、予想以上に和やかになり、
終始にこやかに終了してしまったことにある。
(もちろん、彼女が全体の雰囲気を作ってくれたのですが・・)
そこで、帰路につきながら、同行のプロデューサーに、
今回の取材の感想を聞いた答えが、気になる一言。
何も仕事をしなかったと言うことではなく、
それくらいいい雰囲気でした、という意味ですよ・・と言われ、
私の野球ネタが、こんなところで役に立った、と大喜びした。
帰り際に長嶋茂雄さんのパネルの前で、一緒にパチリ。
冨士眞奈美さんの魅力は、ここでは書ききれないけれど、
散らかっててゴメンね、と通された、本だらけの部屋に、
彼女の勉強熱心が伝わってきたことだけは、みなさんに御報告。



2003年10月08日(水)
まさか病院で「人間ドッグ」と言っているとはね

「人間ドッグ、じゃないだろう、人間ドックだよ」、
口うるさい、といわれるのを覚悟で、
職場の玄関に立てかけてあった看板の文字を注意した。
だって、全然意味が違くなるから・・と思ったから・・。
しかしその後、気になったので、インターネットで調べてみたら、
なんと病院のホームページでも、
数多く「人間ドッグ」という言葉を使っていたから、
驚きながらも、ちょっぴり不安になった。
もちろん、個人では数え切れないくらい「人間ドッグ」はヒットした。
そういう私も、以前、口にしていた記憶がある。
(修理専門の)格納庫という意味を持つ、dock.
人間ドックは a thorough medical examination. と言うらしい。
逆に「dog」を調べてみると、もちろん「犬」という意味があるけれど、
その他にもいろいろ意味がある。
a dog's life みじめな生活.
throw [give] … to the dogs …を捨てる; …を自分の犠牲にする.
treat … like a dog 〔話〕 人を粗末に扱う.
なんて使い方をする単語なんだから、笑ってしまった。
そもそも「人間ドック」自体が造語だから仕方ないか・・。
ただ、ちょっと強い口調で言い過ぎたかな・・と思い、
担当している部署を覗きに行ったら、
「ありがとうございました、さっそく直しておきました」と感謝され、
すぐに対応してくれた看板を見て、ちょっぴり嬉しくなった。



2003年10月07日(火)
「イケメン」って、何の略?

百貨店のプランタン銀座が、女性服売り場の接客を
「イケメン」に任せて、売り上げを伸ばしている話を聞いた。
私の興味は「イケメン」という単語。
「イケてるメン(Men)」の略なのか「イケてる面」の略なのか、
誰もその意味を知らないで使っている気がするから。
「イケてる面」だったら、「丸側童顔ぽっちゃり」の私には
権利がないけれど、「イケてるメン(Men)」だったら、
これからの努力次第で、まだまだ可能性が残されているしね。
ただ、私のもうひとつの疑問。
本当に、彼氏でもないイケメンのアドバイスで、
洋服を買う女性がいるのだろうか?ということ。
女心をくすぐるはずのこの戦略は、なかなかむずかしいと思う。
ホストクラブではないんだから、男性の性をこんなところで
使わないでよ・・と私が感じているからだろうか?
女性が、ある消費者金融のCMにクレームをつける気持ちが
はじめて、こういうことだったのか・・と理解できた気もする。
あまり気分よくないもの、イケメンでない男性にとっては・・。
あっ・・ところで「イケメン」って、何の略だったっけ?
まだまだ私にも、ちょっとだけでも可能性がある
「イケてるメン(Men)」であって欲しい。



2003年10月06日(月)
絵本って、ページをめくる瞬間が楽しい

わが町出身の絵本作家、宮西達也さんのお話から・・。
彼は、絵本の魅力について、
母校の中学生600人位を前にしてこう語った。
「絵本ってね、めくる動作は数秒だけれど、
ストーリーとしては、一瞬であったり、何十年であったりするんだ」
そんなような話をしてくれた。
(写真を撮りながらのメモだったので、細部は私の脚色ですが・・)
確かに「が、その瞬間・・」「それから10年が経ちました・・」と
前ページの余韻を残しながらページをめくり、
次ページの展開にワクワクできる本、それが絵本だと思う。
(そういった意味では、紙芝居と似ているかもしれないな)
次のページが出てくるまでの「間」、
ここに絵本の隠れた魅力がある気がしてならない。
「ワクワク感、ドキドキ感」が手軽に味わえる絵本のページめくり、
その面白さを、気になる一言として、私なりに表現してみた。
「めくる瞬間」って、ページのめくり方で、
もっともっと細かく時間を表現できることに気付いたのは、
彼を囲んでの懇親会の帰り道、ほろ酔い気分の時だった。
スピードと緊張感を与えるために、サッとめくることも、
ゆったりのんびり感を与えるために、時間をかけることもできる。
そして、次ページを見た瞬間、はじめて前ページの役目が終わる。
同じストーリーなのに、読む年齢によって感じ方が違う絵本。
帰りに、図書館で絵本コーナーを覗いてみようかな。
絵本は、子供たちだけの楽しみではないはずだから・・。



2003年10月05日(日)
「心のユニバーサルデザイン」が一番大切

私のホームページを訪れてくれる方の日記に書いてあったフレーズ。
読んでいるだけで嬉しくなって、思わずメモをした。
姪にあたる小学校6年生の作文だという。
彼女の言う「心のユニバーサルデザイン」とは、
「互いを大切にし、助け合う心のこと」。
いくら、物が便利になってもそれを使う人の心が
ユニバーサルデザインでなければ何にもならないと主張している。
「ユニバーサルデザイン」とは、
年齢、性別、身体、言語など、人々が持つ様々な特性や違いを超えて、
はじめから、できるだけ全ての人が利用しやすい、
全ての人に配慮した環境、建物、製品等のデザインのこと。
たとえば、電卓や携帯電話の真ん中の数字「5」だけ、
小さな凸があり、誰でもその凸が「5」だとわかるようにした
工夫などが、いつも例示として使われる。
しかし彼女の作文には、そんなちょっとした改善ではなく
もっと根本的な、人間の弱い部分が触れられている気がする。
どうして電話と電卓は、真ん中の「5」をはさんで、
数字の並びが上下逆なんだろう。統一できないだろうか?
本当に助け合うことを考えているのなら、
儲かる、儲からないより先に、人間としてすることがある。
そんなことを言われているような気がした。
「全ての人に配慮した環境」って、
それを使う人間の思いやりによって支えられているに違いない。
「心のユニバーサルデザイン」
とても素敵な発想に驚き、それを気付かせてくれた彼女に
心から感謝したい。



2003年10月04日(土)
雲は、自由に描いていいんじゃぁ

静岡県三島市にある佐野美術館で、
夕ばえの洋画家・曽宮一念(1893〜1994)の作品が展示されている。
101歳で生涯を閉じた彼は、自然に対する独自の視点をが優れ、
噴煙を揚げる火山や雲の作品は、私の心を揺さぶった。
特に、雲なんて、ぱっと見ると、子供でも描けるような絵なのに、
近づいてじっと見ると、その躍動感が伝わってくるから不思議である。
そんな作品について彼は、雲は、想像画のようなものだから・・と
前置きをしながらも、雲について語ったのが、気になる一言。
出来たと思えば消え、消えたと思えばできている雲。
その魅力に惹かれ、一日じゅう雲を眺めていたという体験から
はっと気が付いた台詞なのではないだろうか。
風景を描いていて、何か足りないなぁと思ったら、雲を描く。
逆に、邪魔だなぁと思ったら消せばいいのも、雲。
雲は、どうやって描かなければいけないというルールもない。
そんな彼の言葉を覚えていようと、何度も何度も、
自分の中で繰り返し呟いていたら、私も気付いたことがある。
そう・・「文は、自由に書いていいんじゃぁ」ということ。
無理矢理、まとめよう、まとめようとしていた自分に
彼が与えてくれたヒントのような気がして、
ふっと楽になった瞬間であった。