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しもさんの「気になる一言」
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2004年03月10日(水) ■
ごみ箱に、1300もファイルがありましたよ

仕事中、隣のデスクから悲鳴が聞こえた。
「また、落ちちゃった、最近、よくあるんですよ」
原因を調べてみたら、なんとハード容量のオーバー。
その一端が「ごみ箱を空にする」を知らなかったこと。
点検していたシステム管理者が呟いた台詞が、気になる一言。
今回、それを笑い話にするつもりはない。
右クリックで「削除」すれば、
全て削除されるものだと思っていた、という感覚は理解できる。
特に「ごみ箱」のアイコンが膨らまないウィンドウズでは、
考えられるミスでもある。
(書類が棄てられている雰囲気はあるけれど・・)
マックは、可愛く膨らみ、空にすると蓋までしてくれる。
マックユーザーの私は、当然、職場のウィンドウズPCでも、
わざわざデスクトップの右下にごみ箱を配置して、
右クリックで削除せず、ごみ箱にズルズル〜と棄てる。
その癖は今も直らず、効率が悪いと怒られながらも続けている。
さて、今回のトラブルで得た教訓。
ワードやエクセルの技術講習もいいけれど、
ファイル管理、文書管理などの講習も必要、であった。
相手のPC機種お構いなしに、ワード文書を添付してはいけない、
こればかりは、教えて欲しいなぁ・・。
検索しやすい文書名のつけ方なんかも、役に立つと思うんだけど。
マックユーザーの、ひらがな入力。
時代に乗り遅れているけれど、私には、これしかないかなぁ。




2004年03月09日(火) ■
人間は、摩擦に出会って、いろいろなことを覚えていく

愛読書の一冊である「クロワッサン」で、
作家の佐藤愛子さんが語っていたフレーズ。
摩擦を避けて通っていると、
自分だけが正しいと思ってしまう。
もまれない為に、人間として成長できず、
自分だけが正しいと押し通す。
己をわきまえることなく、言い放ってしまう。
そんな内容だったと思う。
今、世間を騒がしている事件の大半は、自分だけが正しいと
思って起きている事件ではなかろうか。
ストーカーも、セクハラも、痴漢行為も、飲酒運転も、
じっくり考えれば、自分が正しくないことが判るはずなのに
なぜか減ることがない。
いや、増えているのが現状であるようだ。
それは、小さい頃から人間との「摩擦」を避けてきたから。
そう思えたから、気になる一言としてメモをした。
もちろん、摩擦には痛みがつきものであるが、
それもまた、人間として生きることの醍醐味だとも思える。
摩擦が起きると、エネルギーが発生する。
そのエネルギーにより、心が揺れて、喜怒哀楽を感じる。
そんな過程を踏みながら、人間は成長していくのだと思う。



2004年03月08日(月) ■
「ビフォー・アフター・アフター」が見てみたい

今、どの分野でも流行の「ビフォー・アフター」。
しかし妻の関心は「アフターのアフター」であるらしい。
昨日録画したテレビを観ていて、ボソッと呟いた。
いくら一流建築士に素敵な家を考えてもらっても、
そこに生活が始まると、またもとの狭さに逆戻り。
そんなケースが絶対にあるはずだから。
ダイエットも、整形も、リフォームも、一時的には
大きな変化を見せる。それが「ビフォー・アフター」。
こんなに変われるのなら・・と私たちの美に対する欲求が
大金を投資して、憧れに近づこうとしてしまう。
けれど暫くすると、以前のほうが良かったね、となる。
これが人間だ、と言えばそうなんだけれど・・。
是非、アフターの追跡調査をして「アフターのアフター」を
特集して欲しい。
私たちをホッとさせてくれるシーンが浮かんでくるから。
それだけ、変わった自分を維持させていくのは難しいということ。
成功例ばかり見せられると、少しだけ意地悪になりたくなる私。
皆さんも見たくないですか?「ビフォー・アフター・アフター」



2004年03月07日(日) ■
くだらないものを取っておくんじゃない

黒船を見に行った時、浜で拾ったワインのコルク、
ある意味で、お守りのように大切にしていたのに、
そんな近藤勇を、佐久間象山は怒鳴りつけた。
温厚なイメージがあった佐久間の怒りが印象的であったから
気になる一言としてとり上げた。
有名な「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」というフレーズは
「東西の文化の融合により、最終的には民衆・人類の幸福になる」
として後世にかたり継がれているから、今回は外した。
人間は、何かの思い出つくりに、捨てられないものが増えてくる。
しかし、それを「くだらないもの」と決めつけ叱咤するシーン、
ちょっと意外だったけれど、なるほどなぁ、とメモした。
人間、思い出を大切にしすぎると、
何か大きなことを仕掛けようとする時、行動が鈍る。
いつまでも、そんなくだらないものを取っておくんじゃない、
なかなか部屋が片付かない私には、グサリと響いた台詞となった。
この台詞、きっとあとになって意味をもってくるに違いない。
また、自分の子どもにいとおしくて頬ずりする近藤の顔と、
講武所で取り押さえられて、石の上に顔を押し付けられる近藤の顔。
赤ちゃんの温かさ、置き石の冷たさが感じられる画面に
今回は「触覚」が隠れたテーマかな、と一人で喜んで観ていた。
それにしても、気になる「フワフワたまご」料理。
たしかレシビは「新選組!」のHPに載っていたから、
一度、つくってみようかな、と思案中である。
おまけに最後まで残った台詞を一つ。
長倉新八が隠れて働いていたシーン、
「人にはそれぞれ他人にはいえない一面があるんだ」と呟く。
このシーンが今後、どんな意味を持ってくるのか、楽しみである。



2004年03月06日(土) ■
私って「聞き役」意外と好きかも・・

とてもパワフルな人たちと出逢い、意気投合し夜の街へ、
気が付くと、午前3時を回っていた。
(当然、この「気になる一言」も翌朝書いている・・)
ここ数年、翌日のことを考えたり、自分が眠くなったりで
午前様を過ぎる飲み会がめっきり減ったのは事実。
しかし、昨晩はなぜか、あっという間だった。
お店が閉店でなければ、朝までいたかもしれない。
いつもは、喋り続けるタイプの私が、なぜか聞き役。
しかし、それがなぜか心地よいことに気が付いた。
エネルギッシュな人たちが、私に一所懸命話しかけてくる。
その「熱」みたいなものを受けながら、
グラスを傾けていると、私にもそのパワーがみなぎってくる。
それがハッキリわかったから、たぶん眠たくならなかったし、
もっと話を聞いていたい、と思ったに違いない。
「一所懸命話しかけてくれる顔が好き」
私のメモ帳には、そう記されていた。
タイミングよく突っ込みを入れながらの聞き役。
もしかしたら、私にはこの役の方がお似合いかもしれない。



2004年03月05日(金) ■
ちゃぶ台・昔のテレビも文化財

この見出しを新聞で見た時、なせが嬉しかった。
以前、愛知県師勝町へ、文化財の視察へ出かけた事が
昨日のことのように思い出されたからである。
視察後、昭和初期の生活道具を企画して展示してもらった。
なかなか好評だったと、記憶している。
どの町も郷土資料館と名がつくと、土器とか農機具とか、
私たちの生活にはあまり縁のない文化財が並んでいる。
それが悪いということではないが、
大量生産されてきた時代の電化製品は、
文化財として扱われることがあまりなかったと思う。
だから、大量生産されたものは大量に消費され、
最後には急速に姿が消えていくことに寂しさを覚えていた。
そんなことを感じていたら、政府が登録文化財の対象を
拡大する文化財保護法の改正案が、取りまとめられ、
ちゃぶ台、洗濯板、昭和初期の扇風機など、
昭和初期の暮らしぶりが登録されることになった。
今のおじいちゃん、おばあちゃんの青春時代が蘇る。
大切なことは、自分たちの過ごした時代を、
孫達に自慢げに説明する「臨時説明員」が誕生するという事。
これって、文字や写真で説明するよりも効果は大きい。
その前に、たぶん「なつかし〜い」と大声を上げ、
昔にタイムスリップすることになると思うけれど。
こんな時代が来ることを待ち望んでいた一人である。



2004年03月04日(木) ■
ひとりぼっちは孤独じゃない

歌手・加藤登紀子さんがラジオで話していた台詞。
はじめ意味が分からなかった。
しかしその答えを、中谷彰宏さんの著作の中で見つけた。
「孤独というのは、ひとりぼっちでいることではない。
みんなといるのに、だれともつながっていないことだ」と。
以前、いじめられる子が一番恐れているのは
「無視されること」という話を聞いたことがある。
孤独とは、大勢の人がいる中で感じるものなのかもしれないな、
と思ったことがある。
特に、ネットでホームページを開設していると、
アクセス数やメルマガ配信数で、人の気配は感じることが出来る。
しかし、その繋がりがあるからこそ、
毎日ワクワクしながらメールチェックをするのだが、
広告メールばかりの日が数日続くと、なぜか空しくなって、
こんな私でさえ「孤独」を感じる時がある。
逆に、あまり友達もいなく、いつもひとりで行動しているのに、
「孤独」を感じたことがない、という人もいる。
音楽や書籍がある限り、誰とも話さなくても寂しくない、と言う。
まさしく「ひとりぼっちは、孤独じゃない」である。
まわりから見れば楽しそうな大家族の家庭も、一つ屋根の下で、
まったく会話がなければ「孤独」を味わうのだろう。
「無視される」ほど、寂しいことはない。
いじめを理解するキーワードになるような気がする。



2004年03月03日(水) ■
ちゃんと夢は見ているから大丈夫ですよ

先日、検査入院した結果を聞きに、病院を訪れた。
軽度の睡眠時無呼吸症候群と診断されたが、
本格的な治療は見送り。
寝方を変えたり、ダイエットすることで様子をみることに。
「先生・・、すみません。つまらないことお尋ねしますが」
と前置きし「実は、夢ってのを見たことないんですが・・」と
恐る恐る聞いてみたら(非常に恥ずかしかったけれど)
冒頭の回答。
「ただ、覚えてないだけですね」とあっさりと説明してくれた。
提示されたデータには、たしかに睡眠時にREM状態が何度かある。
嬉しいような、損したような、変な気分だった。
以前、娘に「夢を見ないなんて、人生の半分を損している」と
言われ、私なりに落ち込んだものである。
ただ、さすがに「どうしたら、夢を覚えておくことが出来ますか?」
とは聞けなかった。(45歳・男性の質問としては・・)
そのうちに、見ることが出来るだろう・・と思い直して、
病院をあとにした。
読者にとっては大した台詞ではないけれど、
私にとっては、とても「気になる一言」である。
記録として残しておきたいので、どうか御勘弁を。



2004年03月02日(火) ■
女っぽさは、身体を閉じる仕草から

いつものように、居酒屋でビールを飲みながら、
なぜかアメリカの「同性愛の結婚」の話になった。
そんな時、同席の女性が
「あの人、体格はいいけれど、気持ちは女だよ」って
体育会系のスポーツマンタイプを指して、こう呟いた。
「えっ?どうしてわかるの?」という私の問いに
「いつも、手の指がくっついているでしょ?(閉じているでしょ?)、
あの仕草は男性にはないものね」と。
以前にも、同じようなことを聞いたことがある。
女性は、上から下まで、無意識に閉じていることが多い。
特に手と足の指は、その傾向があるらしい。
指輪をキレイに見せるには、指は閉じているほうがいいし、
内股なども、閉じたことになるのかもしれない。
外反拇趾などの障害があるにもかかわらず、
わざわざ窮屈そうな先の尖った靴をみると、なるほどなぁと思う。
男には、わかりにくい感覚かもしれない。
ゆったりと着ることが多い男のファッションには、
ウェストを締めたりする女性のファッションが、理解できない。
女性っぽい、ということは、いろいろな部分を閉じるということ。
そんな意味を込めて、気になる一言にしてみた。



2004年03月01日(月) ■
開発は、先の見えない夜行列車

NHK「プロジェクトX」でメモしておいたフレーズ。
たしか「トヨタ」が危機に面した時の話だったが、
自分の仕事や生活に活かすことがなさそうな台詞だったから
このままお蔵入りかな、と思っていた。
ところが、最近、一度きりの長い人生を考えながら
「あまり前例がない」ことを探している自分に気が付いた。
長い年月でノウハウを積み重ねてきた人たちに、
45歳の手習いが追い付く訳がないことは、何度も経験して
知恵として知っているつもりだし、
趣味人口が少なければ少ないほど、
まだまだ開発の余地があることも、理解している。
だからへそ曲がりの私は、あまり人のやってない分野に関心がある。
もちろん、上達のノウハウはないから、努力は人一倍必要だけれど、
ネットを通じて、調べたりしている。
まだまだ、これというものは見つからないが
もし見つかった時の心構えは「気になる一言」がヒントとなる。
その答えは「度胸を持って走り続けるしかない」。
どんな障害が目の前にあらわれるか、わからないけれど、
自分が決めた道だとしたら、乗り切るのは「度胸」なんだと思う。
仕事でも、全国で例がない新しい事を始めようとしたら、
成功するか、失敗するか、そのキーワードは「度胸」であろう。
先の見えない夜行列車に乗る度胸と、結果が出るまで続ける持続力。
是非、手に入れたいと思う。
生活の環境って、自分でつくるものだと知っているから。