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| 2004年09月27日(月) ■ |
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| 雨を喜び、風を楽しむ |
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「長嶋茂雄 人生哲学94の言葉」のサブタイトルで表現された 内容であり、随所に私のアンテナに引っかかった。 先日、読みはじめた「長嶋イズム」(マガジンハウ・253頁 スポーツキャスター深澤弘編著)の冒頭部分。 「長嶋が残した最初の言葉 中学卒業時の寄せ書き」を紹介し 宮沢賢治の「雨ニモマケズ。風ニモマケズ」をパロディとし 全て前向きに考える人間・長嶋茂雄の出発点としていた。 最初のフレーズだから印象に残ったのではなく、 全て読み切っても、この台詞が一番だったので取りあげた。 アメリカ・ベロビーチのキャンプで「ここは外車が多いね」 「アメリカの子供は英語がうまい」といった話ばかりが、 長嶋語録として紹介されるが、それは大間違い。 「セオリーは時代とともに変わる。新しいセオリーがあるべき」 とし、今までにない攻撃のパターンを作り上げたり、 「アブノーマルじゃないと力は出せない、 異常なまでの闘争心、異常なまでの練習、異常なまでの工夫、 常識と既成概念を打ち破ってこそ道が開ける」とも語っている。 「ストレスなんて感じるな、プレッシャーを感じろ」 ストレスはマイナスのエネルギー、プレッシャーはブラス。 そんな長嶋茂雄という人間の考え方、ますます好きになった。 「雨ニモマケズ。風ニモマケズ」より「雨を喜び、風を楽しむ」 ねっ、いいでしょ。
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| 2004年09月26日(日) ■ |
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| 一切例外を認めないと言うことだ |
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久しぶりに、NHK大河ドラマ「新選組!」から。 いつもは月曜日以降に取り上げるケースが多いので、 私にとっても、読者にとっても日曜日は久しぶりであろう。(笑) 組織というものを動かしている以上、 規約、ルール、会則に似た仲間うちの決めごとがあるのは当然。 しかし、ほとんどは例外をつくり、抜け道が用意されている。 ルールは破る為にある、と主張する人達さえいる昨今、 真犯人もわかっている、誰もが死なせたくない想いがある中で、 隊則だからと、ある隊士が切腹させられる話だった。 土方歳三は呟く。「山南(敬助)を死なせたと言うことは、 一切例外を認めないと言うことだ」と。 ここで例外を認めてしまったら、山南の死は無駄になってしまう。 それだけ、辛い想いをして俺たちはルールを守ってきている。 どうしてそれをわかってもらえないんだ・・と悩む 彼の嘆きが聴こえてきそうであった。 どうして、まわりに嫌われる悪役に徹しているのか、 それは、秩序が乱れてからでは、取り返しがつかないことを 彼は本能的にわかっているのではないだろうか、と感じた。 今の世の中、あまりに例外が認められ過ぎている。 だから私は、例外を認めようとしない土方歳三の生き方が 眩しくて仕方がないのかもしれない。 「大切なのは、鉄の結束と人を思う心だ」と、前回の終了間際、 近藤勇は、次回に続くかのように呟いた。 それがどんな意味を持つのか、残念ながら私にはわからなかった。 「人を思う心」は「鉄の結束」を弱めることにはならないのか。 その答えが欲しくて今回見入ったが、やっぱりわからなかった。 消化不良の1話だった気がする。
PS.三谷さんへ。最後の飛脚シーンは必要ないと思います。(笑)
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| 2004年09月25日(土) ■ |
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| 「癒される人」から「励まされる人」へ |
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ここ数年、自分の生き方として「癒せる人」を目指していた。 もちろん、今でもそんな人間になれました、とは言えないけれど 最近ちょっと方向転換しようかな、と思っている。 「ホッとする」「なんだか安心」などの台詞は「癒し系」。 もちろん、言われて嬉しいフレーズには違いないけれど、 人間が人間を癒すには限界があるし(不可能だと思う) そんな私自身、とても心が狭いことに気が付いたから。 一度「癒し系」と言われるとそのイメージを必死に守ろうとして 自分の生き方が狭くなってしまうことも、実感していた。 だから、そんな表現をされること自体が 苦痛になってきたのかもしれないな、と、振り返っている。 だからといって「攻撃的な人」へと変われるはずもなく、 なにか私らしい生き方を模索していたところ、 見つけた台詞が「励まされる人」であった。 「励ます人」ではなく「励まされる人」。 私から、落ち込んでいる人・頑張っている誰かを励ますのではなく、 私の凸凹の生き方が、誰かの励みになればいいな、という視点。 例えば、ゴルフを行く為に練習してぎっくり腰、 当日は、布団の中で「痛〜い」って唸っている生き方。 さらにその為に、楽しみにしていた週末の東京ドームへも行けない。 端から見ると呆れる生き方だけど、それでも楽しそうに生きている。 そう、誰かが「しもさんってどんな人?」と尋ねられた時、 「励まされる人」と言われるような人間になりたいと思い始めた。 これは、とても難しい生き方だということも、理解している。 だけど今後、何度も変えられる「自分の生き方」ではないから、 そろそろ「最終目標」となる「人間像」かな、とも思う。 本人は、けっこう真面目に生きているけれど、 なぜかどこか抜けていて、漫才のネタになるようなことばかり。 誰かの役に立ちたい、そんな想いが強くなってきているが、 なかなか思うようにいかないのも人間でして・・はい。
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| 2004年09月24日(金) ■ |
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| 妻のパンツを穿かせてもらってます |
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近々ゴルフに行くので練習、と出かけた打ちっぱなしで ボールを打ち過ぎたのか、腰を痛めてしまった。 結局、絶好のゴルフ日和の当日、寝返りをうつのも辛く、 布団の中でおとなしくするしかなかった。 多くの方から「大丈夫?」のメールをいただいたもの PCの前に座るのさえ長時間は出来ず、気になる一言を 書いてメルマガで配信するのが精一杯だった。 だから、ほとんどは携帯のメールで経過報告をした。 「ぎっくり腰って大変なんだってね?」の問いに その痛さを表現するために、ひとりでは何も出来ないよ、 と言う意味で「妻にパンツを穿かせてもらってます」と 送ったつもりでいたら、またまた返信が届いた。 「妻に・・じゃないの?」と書かれていたので、 送ったメールを確認したら「妻の・・」になっていた。 一字で意味が違うので、再度大慌てで返信したのだが・・。 「夫婦、仲いいんだね」という文面を期待していたら 「そんな趣味があったのか」と先を越された。(笑) これからは落ち着いて、日本語は正しく使いたい。 あっ、思い出した。一字違いの傑作。 「つまづいたっていいじゃないか、人間だもの」(みつを) 「つまがいたっていいじゃないか、人間だもの」(作者不詳)
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| 2004年09月23日(木) ■ |
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| 「過剰な演出は邪魔」に気付いて欲しい |
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ぎっくり腰で全然動けないから、お友達はずっとテレビ(笑)。 だから、ここ数日の雑感が、気になる一言。 先日の夜は「第一回ウォーターボーイズ選手権」を観た。 簡単にいえば、男子高校生のシンクロ大会。 意外と面白かったけれど、決勝戦を夜にした為か、 演技をじっくり見たかったのに、 ハデハデなネオン、スポットライトがプールの水面に反射し、 とても見にくくなり残念だった。 もう少し、シンプルに「見せる」ことだけに集中して欲しかった。 今日は横浜球場でデイゲームのテレビ中継。巨人VS横浜。 なんとそこには、ウルトラマンの着ぐるみを着た人達が20人。 番組の宣伝らしいのだが、やはり私には納得がいかない。 スタンドで、はしゃいでいるウルトラマンは見たくなかった。 ウルトラマンは、巨大な身体で地球を守るために、 悪の怪獣と戦ってくれるヒーローである。 「種田選手」のバッティングフォームを真似して、 来場者のウケを狙ってはいけないのでは・・と思った。 番組には必ず、プロデューサーがいるはずだから、 イメージを大切にして欲しいものである。 寝てばかりいたから、ちょっと厳しいかな。 本人は、いつもと違う視点でテレビ鑑賞が出来て満足だった。
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| 2004年09月22日(水) ■ |
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| 感想です・・ |
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「気になる一言」をネットで書き続けていて嬉しいこと、 それは「感想です・・」のタイトルがついた メールが届くことである。 もちろん読者の反応。「叱咤」であれ「激励」であれ。 「勝負に負けた勝負パンツの行方は?」と問いかければ 「次回にチャレンジ」と答えが返ってくる。 よくお菓子についているシールタイプのくじも、 めくって外れてると、だいたいそう書いてあるでしょ? とのこと。職場の先輩のコメントらしい。 「3年間一緒に働いた学校の先生の奥さん」の表現、 あんまり私との関係を説明するとよけい長くなるかな・・ と形容詞を極力我慢して短くしたフレーズ、 「日本語って,難しいですね」と前置きのあと、 「3年間一緒に働いた」のが、普通には、 すぐ後の「学校の先生」に修飾節としてかかっていくのが 常識でしょう。けれどもこの書き方では 「3年間…」と「学校の…」の両方を、 あとの「奥さん」の修飾節だと読んでしまうことも 間違いではなくなってしまうのではないでしょうか。 ちょっと迷いました」と感想をいただいた。 とても、丁寧に読んでいただいている証拠、感謝である。 さらに「質問、17日のメルマガ配信忘れてませんか?」 こんなメールも届くことがある。 私の作業ミスをしっかり読者がフォローしてくれて、 これまた感謝感激のメールである。 良いにつけ、悪いにつけ、反応があるのはとても嬉しい。 こんな読者がいるから、毎日続けられる。これは事実。 「メルマガ」を始めようと思うのですが・・と相談された時、 自信を持って「続けるコツは素敵な読者を持つことですよ」と アドバイスしたけれど、当たっていると思う。 一時は「叱咤・叱咤・叱咤・激励」をお願いしたけれど、 最近では「叱咤・叱咤・激励」くらいがいいな。 いや「叱咤激励」半分半分が今の私には、ちょうど心地よい。
みなさん、これからも適度な感想、おまちしています。
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| 2004年09月21日(火) ■ |
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| 難しい話をまとめるのは面白いのぉ〜 |
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突然のぎっくり腰で、1日中ビデオを観て過ごした。 そんなわけで、久しぶりにNHK大河ドラマ「新選組!」から。 幕末、時代が動く契機となった歴史的な出来事、 「薩長同盟締結!」の場面では、どんな台詞が・・と メモを片手に、テレビの前に陣取った。正式には横になっていた。 もちろん、薩摩藩と長州藩の間に入り、 敵対していた西郷隆盛と桂小五郎の手を結ばせたのは 土佐藩の坂本竜馬。 歴史を動かすことになる一仕事終えた時、彼は背伸びして 空に向かって叫んだ。 「これで一件落着」と前置きをしてから、気になる一言。 番組の中では、とても簡単に表現されていた締結までの苦労。 並大抵ではないことは誰でも理解できる。 だからこそ、やり遂げた時の達成感を、彼はこう表現したのだろう。 巷では、全国の市町村合併が話題となっているが、 どこも歴史的背景をもとに、簡単に合併にはいたらない。 ただ、難しい交渉をいかにも大変だった、と表現するより、 「面白い」と表現できる器の大きさ、羨ましいと思った。 そんな人間がいないと、なかなかまとまらないのかな、合併って。 (それにしても、腰、痛ぇ〜)
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| 2004年09月20日(月) ■ |
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| エラーするのが選手、それを許すのがファン |
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プロ野球界初のスト、土・日のマスコミはこぞって この話題を取り上げていた。 そんな中で、選手とファンの関係をうまく表現していたのは 産經新聞だったかな。私の考えに似ていたのでメモをした。 このストは、もしかしたら選手にとって「エラー」かもしれない。 しかし、そんなエラーもファンは「ドンマイ」と許してあげたい。 いつも、一所懸命のプレーを見せてもらっているのだから。 「ファンあっての選手ということを忘れないで欲しい」 そんな手垢のついたフレーズを、新聞・雑誌・テレビで見つけると そういうあなたは、何回、球場まで足を運び、 彼らのブレーを声援しましたか?と問いかけたくなる。 球団経営が苦しい、に端を発した合併問題だけれど、 前述のコメントをする人達にかぎって、一度も行ってない・・ なんて、よくある話である。 そんな人達が年に数回、球場に足を運ぶだけでも利益は上がるのに、 と私は思う。 「楽天」でも「ライブドア」でも、新規参入は良いけれど、 出来れば、企業の利益優先ではなく、 オーナーが、野球大好きであって欲しい、と願うばかりである。 その気持ちが、私たち野球ファンに伝わるのだから・・。 それにしても・・・今日の試合すら満員になっていない。(汗)
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| 2004年09月19日(日) ■ |
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| せっかくの(スポット)ライトがあるのにもったいないですよ |
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元宝塚歌劇団・月組トップスターの古城都さんと、 飛翔ひかるさんが、隣町のコミュニティセンターで 「宝塚のエッセンスをあなたに・・」と題して、 特別講座を開催するというので、好奇心旺盛の私は、 観客は女性ばかりかなと思ったけれど、足を運んでみた。 その中で観客を舞台に上げて一緒に踊るという 楽しいプログラムがあったのだが、なかなか参加者がいない。 時間がもったいない、とばかり観客を舞台に上げるための台詞が、 なかなか面白かったので、暗闇の中、手探りでメモをした。 「前に出ないと人生損するよ。これは変われるチャンスだから」 「1回だけ殻を破れば、もう楽になるのに・・」 子供たちには「おにいさんは怖くないよ、出ておいで」と、 すっかり男役になりきっていることで笑いを取ってくれた。 そして、宝塚のトップスターだった頃を思い出してか、 彼女らしい視点だなと感じたフレーズが、今回の気になる一言。 「スポットライトを浴びると元気になる」 以前、誰かに聴いた台詞を思い出した。 彼女たちは「楽しい人生を送る為のアドバイス」を 参加した私たち全員に、老若男女平等に与え続けてくれた。 さて、そのアドバイスを実行してみるのは私たち。 スポットライトの当たる場所を選んで出ていこう、 ぼたもちの落ちそうな棚の下を陣取ってみよう、と心に決めた。 それにしても、間近に見た彼女たちの付けマツゲ凄かったぁ、 マイク片手に真横に来た時、私は絶句だった(驚)。
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| 2004年09月18日(土) ■ |
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| 妻と同じ「洗濯の仕方、洗濯の干し方、洗濯のたたみ方」 |
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以前、3年間一緒に働いた学校の先生の奥さんが病に倒れ、 1年数カ月の闘病生活を経て42歳で他界した。 通夜、告別式と足を運び、いろいろな光景を目にし、 私なりに考えさせられた2日間であった気がする。 特に、芯の強い先生と思っていた彼から出た言葉と涙が 私の胸を強く打った。 あまりにも若すぎる奥さんの死に、覚悟は出来ていたが まだ心の整理が出来ていない様子の彼は、声を詰まらせた。 奥さんは、いつしか2人の幼い娘さんに対して、 これからの生活に欠かすことが出来ない事を、 自分の病の辛さに耐えながらも教えていたようだ。 また子供たちも、それを一所懸命覚えて、 いまでは、すっかり奥さんと同じように出来るようになった。 それを代表するような行為が「洗濯」であったのだろう。 この気になる一言に選んだフレーズを彼が話している時、 私も我慢しきれず、涙が止まらなくなってしまった。 今は全自動だから、洗うだけなら私でも出来る。 しかし、ほとんどしたことのない干し方、たたみ方は、 40半ばを過ぎても、いまだまともに出来ない。 だからこそ、彼はそんな妻を讃えて「母は強い」と表現した。 自分のことだけでなく、残すことになる子供たちに 出来る限り「生きる力」を教えたことを、目の当たりにし、 参列者へのお礼というより、亡き奥さんへの感謝の気持ち、 そう思える、温かい挨拶であった。 今回のお通夜、告別式について、書こうかどうか真剣に迷った。 しかし、これ以上の台詞が見つからなかったから、 私の心の記録として選ばせていただいた。 彼の奥様の冥福と、残された遺族の幸せを祈りながら、合掌。
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