≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2005年12月10日(土) ■
全ての色は赤と青と黄、だから信号は守れ

お気に入り、伊坂幸太郎の著書「ラッシュ・ライフ」から。
実は、原文はもう少し長い。
「全ての色ってのは、赤と青と黄から作られているんだ、
だから信号は守れよ」
この視点、とっても好きだったのでメモをした。
「交通ルールだから、信号は守りましょう」は、
手垢の付いた表現なのか、誰も耳を貸さないけれど、
今、私たちが見えているは、赤・青・黄なんだ。
この三色がなければ、色は生まれないんだ・・という
色の三原色を説明したあとに、信号の色と関連付ける。
意外な視点からのフレーズは、インパクトがあるから、
もう忘れない。
それからというもの、私は信号を見るたびに思い出す。
さて、光の三原色は違うよ、誰か言い出すかな?(笑)



2005年12月09日(金) ■
男は最初にこだわり、女は最後にこだわる

飲みながら「男と女のこだわりについて」話していたら
こんな結論に達したので、とりあえずメモして、気になる一言。
男の方が、初恋の話・童貞を捨てた時の話・・など、
自分の一番最初の体験にこだわりを持ち覚えている。
その点、女は処女を捨てた時よりも、今の相手にこだわっている。
始めた動機が大切な男、なによりも結果が大切な女。
簡単にいえば、そんな理屈である。
(すみません、飲んだときの勢いなので、お許しを)
以前書いた「男のロマンは女の不満」と同じ感覚なんだと思う。
どうしても、こだわっているものが違うから、
いろいろな部分で、摩擦が起きているのだと言えるかもしれない。
中性の立場で客観的に考えると「やっぱり、違う生物だ」と思う。
確かに、どちらの言い分もあっている。
ただ、こだわっているものが違うんだ・・と感じるケースが多い。
この「こだわりの差」さえ理解できれば、もっと分かりあえるのに。
そんなことを感じている、おじおばさんの私がいる。



2005年12月08日(木) ■
三本締めは、問屋さん、小売りさん、お客さまの意味

儀式や宴会などで、必ずのようにやる「手締め」。
「チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャ、チャッ」
これを三回繰り返して打つ手締めを「三本締め」、
一回しかやらないのを「一本締め」、
「よぉ〜、パン」と一回だけ打つのは「一丁締め」とか
「関東一本締め」などというように記憶しているが・・。
その意味は、あまり考えたことがなかった。
ところがある方が、突然宴の締めを頼まれ酔っぱらいながらも、
説明してくれたフレーズが記憶に残った。
本来、手締めは、物事の決着や成就を祝って、
関係者がそろって拍子を合わせて手を打つこと、というのは
私でも知っていたし、
毎年、年末になると、証券取引所が三本締めをするシーンを
目にしていたので、なんとなく手締めのイメージは掴めていたが、
まさか、そんな意味があるなんて・・とメモをした。
「問屋、小売、客」の三者が納得した商いだから、手締め。
そう考えると、とてもわかりやすい気がする。
えっ、だとしたら「よぉ〜、パン」の手締めは、意味がない?(笑)



2005年12月07日(水) ■
2005年、漢字一字は「術」

もうすぐ年末恒例の、世相を表した漢字一字が発表される。
「漢字の日」(12月12日=いい字一字)にあわせて
「日本漢字能力検定協会」が主催する年中行事であり、
すっかり冬の風物詩となっている気がする。
昨年は「災」、その前は「虎」「帰」「戦」「金」
「末」「毒」「倒」「食」「震」と1995年まで遡る。
個人的には2002年「届」・2003年「?」・2004年「欺」、
その年々の想いが蘇ってくる。
さて、2005年、私の漢字一字は「術」。
なんといっても、身体の手術に明け暮れた。
昨年末の「痔の手『術』」から始まって、
ゴールデンウィークの「胆嚢摘出手『術』」、
46年間入院すらしたこともなかったのに、突然2回も手術した年。
痛さをこらえ、自分を「欺」きながら生きてきた生活に別れを告げた。
だから「術」は、私の2005年を代表する漢字に相応しいと思う。
また、生きる『術(すべ)』についても、 真剣に考えた年であった。
生きた証が欲しくて、モノを書きはじめた36歳から12年。
2006年「年男」48歳となる。
いろいろなものが見えてきた2005年を振り返り、
2006年は、宇宙の流れに身を任せる一年にしたい。



2005年12月06日(火) ■
来てると思ったぁ〜

先週土曜日の静岡県市町村対抗駅伝、
以前は広報担当として、堂々と競技場に入って
写真を撮ったり、取材していた。
昨年は、観光担当として競技場外の物産展に参加した。
今回は「単なる応援」で陸上競技場へ足を運んだけれど、
やはり広報や農政担当として一緒に仕事をした
他市町村の担当者が気にかかる。
「おっ、今年もカメラ片手に頑張ってるな」とか
「姿がみえない所を見ると、異動しちゃったのかな」など、
知らず知らずのうちに、彼らを探している私がいた。
もちろん、広報時代に知り合った新聞記者さんたちも・・。
仕事としてではないのに、競技場にいた私たちを見つけ、
隣町の広報担当が、こう呟いた。
「ははは、昼真っからのビールを飲みに来たんだ」と照れたが
けっこう嬉しい台詞であったのでメモをした。
普通、人事異動すれば、付き合いが疎遠になるのに、
彼らはいつまでたっても仲間だな、と感じる一言である。
仕事って、けっこう楽しいな・・と思える瞬間であった。



2005年12月05日(月) ■
いろいろあるんですよ・・

職場での会話だったかな。
「いついつまでに、この仕事頼みますよ」・・なんて言うと、
ちょっと期限内にはできないかもしれません」なんて返される。
しつこく「どうして?、やる前からそんなこというのはおかしい」と
突っ込みをいれると、ほとんど「いろいろあるんですよ」と
頭をポリポリかきながら、わかってくださいよ・・という意味が
含まれているかのように口を動かして笑う。
この「いろいろあるんですよ」って言葉が面白くメモをした。
もちろん、そのフレーズ、頂くよ・・と言いながら。
日本語を習っている外人は、
「どうも」と同じように、いろいろな場面で利用できるから、
是非、このフレーズを覚えておいて欲しい。
たぶん、使い方は日本語の辞書には載ってないけれど、
英語の「e.t.c」とはちょっと違う気がする。
まぁ、困った時に使うケースが多いけれどね。(笑)
使い方によって意味が違う「いろいろあるんですよ」、
曖昧な表現が日本語らしい・・。



2005年12月04日(日) ■
スタイリストは勇気を与える仕事

女優・観月ありささんが「君が思い出になるまで」という
ドラマで、スタイリストの役をやっていた時のメモ。
ずいぶん前だなぁ、と思って捨てようと思っていたのに、
なんとなく引っかかって、捨てられなくなってしまった。
自分の仕事が誰かの役に立っている・・
そう思えるのは、素敵なことだし羨ましい。
さて、公務員は・・と定義すると、なかなか見つからない。
ずっと昔「公務員は、夢を壊す天才だ」と言われたけれど、
そんな定義はやだなぁ、と思っていた。
公務員は、町民に何かを与える仕事でありたい。
そして、その何かが私の中でハッキリした時、
また一皮剥けた公務員になるんだ、と自分に期待したい。



2005年12月03日(土) ■
あなたが畑を作ってくれたから

残念ながら、健闘むなしく入賞を逃してしまった
静岡県市町村対抗駅伝大会の帰り、
沼津で下車して、ある写真展に足を運んだ。
私が社会教育課・生涯学習を担当した時に始めた、
写真講座の修了生が中心になって作ったフォトサークルで
毎年・毎回案内をいただく作品展である。
またその充実ぶりには、年々驚くばかりであるのだが、
講師の先生が近寄ってきて、この台詞をいただいた。
「会員が増えてきたのも、技術があがってきたのも、
7年前には形もなかったものを作ってくれたから・・」と。
「いやいや、私は何もしてませんよ、本当に。
みなさんの努力ですよ、ここまで立派な写真が撮れるのは」と
言い返そうとした時に、この台詞が飛び出した。
素直に「嬉しかった・・」と書き記しておきたい。
種を蒔く前の、その土地をしっかり耕してくれたから・・
美味しい実がなったんですよ、そんな意味に解釈したい。
「籠に乗る人、担ぐ人、そのまたわらじを作る人」
そんなフレーズを思い出し、本当に涙が出そうになった。



2005年12月02日(金) ■
踵(きびす)を返す

もちろん、踵は「かかと」の意。
だから「引き返した」という意味なんだけれど、
お気に入りの作家、伊坂幸太郎氏は、
この「踵を返す」という表現を、どの作品にも登場させる。
読書通?の同僚に聴いたら「宮部みゆき」もよく使うらしい。
単に「引き返す」でもいいのに・・と思う場面でも使う。
簡単に「振り向いた」でもいいかもしれない。
彼の作品を何作も読み込むことで、その想いは強くなる一方。
とうとう「気になる一言」に選ばれることになってしまった。
実は、何度も使う、その理由が知りたい。
ただ単に、彼が気に入っている表現なのだろうか?
作家らしく、簡単な表現ではなく、やや文学的な表現をしたのか、
やっぱり気にかかる。
わざわざ簡単な表現を使う癖がついている私には、
真似のできないテクニックなのだろうが・・



2005年12月01日(木) ■
優しいって字は「人の憂いがわかる」って意味なんだよ

最近読んだ本の中では、気になる一言が溢れていた書籍、
「ラッシュライフ」(伊坂幸太郎著・新潮文庫・469頁)の一節。
「憂い」とは「悲しみ・心配」の意味だから、
人の悲しみとか心配がわかる人こそ、優しい人なんだと理解した。
「優しい」は「素直で思いやりがある」という意味があるけれど、
なんだかピンとこない定義だったけれど、今回ハッキリした。
女性たちが良く口にする「優しい人が好き」は、
「何でも私の言うことをきいてくれる人が優しい」とか
「自分にだけ思いやりがある人が好き」というような意味で
使っていると私なりの解釈をしていたけれど、
実は、しっかり「憂い」の意味を理解していて
「私の悲しみや心配を、親身になって聴いてくれる人」
という意味で使っているとしたら、私の勘違いだなぁ。(笑)
さて、あなたの「優しい人」の定義は?