≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2005年12月20日(火) ■
パワーポイントのコツは、出し惜しみ

年末、やっと来年度予算のヒアリングも終わり、
やっとやれやれ・・と思っていたところ、
人事担当からお願いをされた研修が待っていた。
「プレゼンテーション能力向上講座」
「パワーポイント」を駆使してプレゼンをする研修である。
プレゼンテーションなら、自己流だけれど・・と前置きをして
中学生にも教えているのに・・という不満もあったが、
私の「アナログ式プレゼン」ではなく、
PCソフト「パワーポイント」を使った「デジタル式プレゼン」。
2泊3日の研修で、私は「目から鱗」状態の気付きを得た。
内容は、また少しずつ御紹介するとして・・
デジタル式のプレゼンテーションを一言で表現すると、
板書と違い、クリック一つで「文字が飛び出してくる」わけだ。
だから、聴いている人に興味をひかせるためのコツがある。
それが、講師の方が何度も口にしていた台詞。
「なるほどなぁ〜」、やっぱり「間」が大切なんだ、と理解した。



2005年12月19日(月) ■
不動産に「掘り出し物」なし

横浜焼き肉忘年会で聞いた話だった。(笑)
知り合いが、いま話題のマンションを買おうと思ったけれど
駅から近いのに、あまりに安すぎたのでやめた、という話。
「安いなら安いなりの理由がある」、そういうことなのだろう。
食べ物だって、衣服だって、車だって、
時々「掘り出し物」と呼ばれるものがあるけれど、
不動産だけは「掘り出し物」はない、と言い切った。
確かに安いということは、なにかある、と疑った方がよい。
昔から「うまい話には気をつけよう」と言われているのに、
その時になると「早い者勝ち」「先着順」のフレーズに騙され
少しでも早く申し込みをしてしまうのは、人間の弱さかもしれない。
今回の事件から得た「教訓」にもなると思ったので、メモをした。
あれ?、学生のアパート程度だと「掘り出し物物件」あるなぁ。
不動産とは呼ばないのかも・・賃貸借だし。



2005年12月18日(日) ■
三島駅で高校生が・・「面白いっすか?」

本当に面識もない高校生が、私に話し掛けてきた。
三島駅南口、時間があったのでバスで帰ろうと、
ターミナルで時間調整していた時のことである。
たしか、伊坂幸太郎のハードカバーを読んでいたと思う。
「うん、面白いよ」と、とっさに返答したけれど、
実は今でも、その意味がわからず悩んでいた。
大勢の高校生でつるんで、おやじ狩りみたいな雰囲気でもない。
丸刈り頭の普通の高校生だったけれど、
本の内容が面白いのか、って聞いたとは思えない。
とすると、中年のおじさんが三島駅のバスターミナルで
夢中になって本を読んでいる姿が滑稽に映ったのだろうか?
何度考えても、やっぱりわからない。
それでも、突然私の顔を見て「面白いっすか?」という台詞、
耳に残っている不思議な体験であった。



2005年12月17日(土) ■
先に決めないかんやろ

清原選手を熱心に関西へ誘ってくれていた仰木氏の死を悼み、
阪神・岡田監督彼に喝を入れた・・・とサンケイスポーツの見出し。
名球会への参加でハワイ入りしていた清原選手に向けて発した
岡田監督らしいメッセージだった。
「清原?いつ入団するんや。ハワイに来てるんやろ。
先に(オリックス入りを)決めないかんやろ!」
この一言で、私は阪神の岡田監督が好きになった。
いくら言葉で「尊敬してます」「感謝しています」と
美辞麗句を並べたところで、行動が伴っていないのは清原選手。
物事には優先順位があるはずだ。
全体を眺めることができるはずの選手だからこそ、
先に決めなければならないことがあるだろう・・と苦言を呈した。
この叱咤、簡単そうであるが、なかなかできることではない。
年下とはいえ、相手が大物であればあるほど、言いにくいのに、
清原ファンの私が感じていたことを代弁してもらったようだ。
来年の活躍こそが、仰木氏への恩返だよ、清原選手。

PS.
今晩は、ジャイアンツ狂が集まっての今シーズン総決算忘年会。
あっ、来シーズン清原のユニフォーム、着れなくなっちゃったぁ。
宴会に持っていこうっと・・



2005年12月16日(金) ■
私なら、2005年は「愛」より「女」

変なタイトル・・と思うかもしれないけれど。
先日、発表された今年の漢字に違和感があったので・・。
自分の1年は12月07日(水)に書いたように「術」がピッタリ。
しかし、本家本元の「愛」は、
2005年を代表する漢字としては、インパクトが弱すぎた。
確かに、悲惨な事件や暗いニュースより、明るい話題が欲しい。
希望も含めた意味で「愛」が選ばれたらしいのだが。
そこで、私なりの漢字一字を考えてみた。
「尼崎の脱線事故」や「耐震問題」「アスベスト問題」
など悲しい・暗い話題はなるべく外して考えてみることにした。
この1年を振り返ると、
スポーツ界では、藍ちゃんに代表される「女」性の活躍や
政治の世界で刺客と呼ばれた「女」(マドンナ)たち、
さらに、天皇に絡んだ「女」帝問題。
そして、小さい「女」の子が標的になっている事件。。
やはり、今年は「女」を抜きには語れない1年のような気がする。
「愛」は、来年優勝する(予定)の「ジャイアンツ愛」のために、
とっておきたかったなぁ。



2005年12月15日(木) ■
私は「インターネット」に育てていただいた

いつだったか、ゴルフのタイガーウッズ選手が、
「私は、このコースに育てていただいた」というコメントを残した。
自分が成長できたのは、自分を支えてくれた人々はもちろん、
多くの方の応援があったから・・という発言とともに、
自分の活躍の場である「ゴルフコース」に対し、御礼を述べた。
当時は、その意味が分からないままメモをしたけれど、
今は、そのフレーズの意味がよくわかる。
私が、こうやって長い間、書き続けることができたのも、
「インターネット」という媒体があったからだと思うから。
親友とのメール交換から始まった「近況報告」が、
いつしか「ホームページでの公開」「メルマガでの配信」へと
形を変えていくことにより、書くことが楽しくなっていった。
毎日、書かなくてはいけない、という使命感ではなく、
「この一言、みんなにもおすそわけ」という気持ちだったから
続けてこれたともいえる。
そして、その気持ちを実現してくれたのが「インターネット」だった。
だから「インターネット」に御礼がいいたくなったのである。
もちろんこれからも書いていく。
ただ、自分の文章力を試してみたい、と思いはじめたのも事実。
そんな訳で、来年からは、本当の「メモ」になるかもしれない。
それでもよろしければ、これからもご愛読よろしく。 (=^_^=)



2005年12月14日(水) ■
年男・48歳からの生きた証づくりに、乞うご期待!!

私が36歳の年、今から12年前。
公務員生活にどっぷり浸かっていた頃である。
平々凡々で刺激のない生活への不安と、
自分が生きている意味を見つけたくて、365日毎日書き続けた。
そして、1年間頑張り続けた自分へのご褒美に、出版。
題して「公務員パパの生活コラム150」。(新風舎刊)
それからというもの、試行錯誤を繰り返しながらも書いてきた。
勿論、読者の応援がなによりの励ましであったと感じている。
しかし、来年は定年まであと12年を残すこととなる48歳。
もう一回、自分はなにをしたいのか、真剣に考えた時、
このままでは自己満足で終わってしまう・・と思ったのである。
そこで、なにか新しいことにチャレンジしていきたい。
「好奇心さえあれば、技術はあとからついてくる」
そんなフレーズを思い出しながら、自分に期待している私がいる。



2005年12月13日(火) ■
ボンクラはみんな生きている

少しずつ掃除をはじめようと、本の整理をしていたら、
「通販生活」のあるページにこのフレーズを見つけた。
今までにも何度かあった、誰かに話さなければ、
忘れることができない言葉の一つになってしまった。
たぶん「手のひらを太陽に」を耳にする度に思い出すだろう。
その他にも「一泊ふつつかの旅」とか「カルガモの財布」など
インパクトの強い言葉がメモされた。
こんな言葉遊びをしはじめてから、12年が経ったけれど、
尽きることがない。
けれど、来年から少し方向転換をしようかな、と思案中。
36歳・年男ではじめた「気になる一言」、
溜まった「メモ」をまた違った分野で活かしたいと思う。
48歳・年男の1年間、いろいろなことを試してみたいから、
「気になる一言」も、毎日ではなくなるかも・・。



2005年12月12日(月) ■
「領収書、多めに書いといてよ」「それはできません!」

酔っ払いは、やっぱり面白いことを言う。
飲み屋さんなら、馴染みのお客がそんな会話をするから、
笑いながら聞いているけれど。
店側も、よくある会話だから
「こっちが捕まっちゃいますよ」とさらっと流している。
しかし今回は、代行運転の人に絡んだから笑えた。
あんまり、そんな会話をしないのだろうか、
まじめな顔をして、きっぱり「それはできません!」と
強い口調で言い返したから、ますます可笑しかった。
酔っぱらいながらも「冗談だよ〜」と言い、
「ケチだなぁ〜」とまだ絡んでいる。
「運転手さん、気にしないでください、
この人たち、ただの酔っ払いですから・・」と私。
こういう人に限って、翌日、何も覚えてないんだよなぁ。
得な性格だよな〜、っていつも思う。(笑)



2005年12月11日(日) ■
今の日本には「当番」が薄れている

私の住む地区では、ビン・缶の分別作業を当番制でやっている。
月に一度、日曜日の朝に実施しているのだが、珍しがられた。
「えっ、役員さんが1年間やるんじゃないの?」
「そんなの行政の仕事でしょ?税金払っているんだから」
こんな会話を耳にしたから、ちょっと呟きたくなった。
日本は、昔から「当番制」が慣習となっていたと思う。
たしか時代劇に出てくる「北町奉行所と南町奉行所」も
江戸という町を、北と南に分けて取り締まっていたわけではない。
場所も「大手町・有楽町」と近いから、当番制だと推測できる。
「年番、月番、日番・・」と当番制で仕切っていたのだろう。
今、リサイクル・環境問題を考える中で、
「江戸の循環システム」が注目を浴びているが、
私はこの「当番制」にも目を向けてみたら?と思う。
学校では「学級当番、給食当番」とか、いたのになぁ。
「分別当番」がいてもおかしくないのに・・。