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しもさんの「気になる一言」
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2007年06月13日(水)
形が変われば、意味も変わる

最近、早朝のNHK番組で「英語」の勉強をはじめた。
今回の一言は「能動態と受動態」(新感覚、わかる使える英文法)から。
確かに、受動態は「Be+過去分詞」だったけれど、
私の遠い記憶では、試験に「意味が変わらないように、
能動態を受動態に変えなさい」みたいな問題が出たと思う。
(「する・される」の違いで、主体を変えるだけ?)
だから何十年ぶりに理解しようとした英文法で、
「形が変われば、意味も変わる」と言われてもなぁ。
学生時代に教わり、一所懸命覚えた知識が役に立たないとわかったから、
あの問題はなんだったの?と疑問が残ってしまった。
恥ずかしい話、例文を思い出せないが、
「へぇ、そうなんだぁ」とメモしたのは、この台詞だけ。
生活の中では「Be+過去分詞」なんて意識したことはないから、
妙に新鮮な響きがあった。
最近、妙に勉強したい意欲が湧いてきたのはどうしてか?
不思議だよなぁ、この感覚。



2007年06月12日(火)
記憶を捏造するのは、本人である

書籍名が不明だが、吉本ばななさんが書いた本の一節。
今年のはじめ、脳ドックの検査結果を聞いてきたばかりの私は、
確かになぁ・・と頷くばかりであった。(笑)
いい話も、悪い話も、面白い話も、悲しい話も、
自分の人生を語る時、その記憶は本人が一番詳しいが
逆に、本人だからこそ怪しいともいえる。
大恋愛をしてさ・・バブルで大もうけしてさ・・
海外に留学してね・・宝くじが当たってさ・・
自慢話の多くは、本人の記憶の捏造によるところがある。
そう考えると、大量のアルコールを飲んだ翌日、
「2次会から、まったく覚えてない」等の台詞は、
この記憶の捏造に違いない、と苦笑いをした私。
体験から推測しても、全然覚えていない、というのは
どうみても考えられないからだ。
記憶がない、覚えていない、は、思い出したくないこと、
だから、本人が記憶の捏造をしているんだと思う。
いつも口癖のあの人に尋ねてみようかな?(笑)
と思ったが、私の回り、該当者が多すぎる・・困った。



2007年06月11日(月)
「悲しみ」は人生の隠し味

知人の蕎麦屋さん「蕎勝人」の壁にかけられていた色紙。
誰か台詞なのかしらないが、
味が勝負の蕎麦屋さんらしい、いいフレーズだ、と思って、
さっそくメモをした。
もちろん「できることなら悲しみはないほうがいいよ」
という意見もあるが、やはり人間らしさは
「喜怒哀楽」がなければ培われないだろう。
しかし、ここで疑問に思ったのは、なぜ「悲しみ」なのか。
「喜び」「怒り」「楽しさ」ではなく、
「哀(悲)しみ」であるということ。
人生を振り返ると、楽しかったことばかりが思い出されるけれど、
本当の意味で「人生」という料理を美味くするには、
「楽しさ」という味を表に出しながら「悲しみ」という隠し味が、
その人の人生という料理の、
コクやまろやかさを出すということなのだろうか。
そういえば、悲しみで涙が枯れた後の人生は、
ひとまわり成長している気がする。



2007年06月10日(日)
「それがし」って、面白い言葉だなぁ

巷で流行りの「漢字検定」で好成績はあげられないけれど、
言葉には、どんな場面でも敏感に反応してしまう。
先日紹介した、NHK大河ドラマ「風林火山」では、
「それがし」の単語が、頻繁に使われるので気になっていたが、
私の関心事は、どういう漢字を書くのだろう、だった。
当然、文脈から「わたくし」という意味の漢字なんだろうな、
と予測しながら、調べてみたら、なんと「某」。
意味は「名のはっきりしない人物をさす代名詞」「わたくし」。
二つ意味があり、それも逆だったから余計に面白かった。
(たぶん、使い方で、判断するのだろうが・・)
私の中では「某所、某会社・・」というように、
名前を隠す時に使う「某」という単語であるから、
「某」と「私」という漢字がどうしてもつながらなかった。
今年は、NHK大河ドラマの話題が多いけれど、
ストーリーというよりも、言葉に引っかかってしまっている。
この展開、しばらく続きそうだな。



2007年06月09日(土)
休符を大事に歌いましょう

月に一度の同級生混成合唱団の練習も、やっと慣れてきた。
約1時間半、声を出すって、けっこうお腹が空く。
さて、今回の気になる一言は、もちろん同級生のアドバイス。
以前、息継ぎ(ブレス)を注意されたと思ったが、今回は休符。
8分休符、4分休符・・とか、音楽素人の私たちには「うん」で
お馴染みの「休み」の部分のことなのだが、
休符だからって、勝手に息継ぎをしないってことらしい。(笑)
いいじゃん、どうせ休みなんだから・・と思いきや、
この休符をどう歌うかが、上手い・下手に聞こえる分かれ目らしい。
休符は、口に出さず、心の中で歌うってことなのかな。
だら〜っと歌うと、なんだかメリハリのない歌に聞こえてしまう。
だら〜っと過ごすと、「ON」「OFF」の切り替えが出来ない。
そういえば、休日の過ごし方が平日の仕事に影響する、
なんて言い続けてきた私のこだわりと同じ意味じゃないか。
休符って、大切なんだなぁ・・とメモして練習を終えた。
「年金の給付」とは、えらい違いだなぁ。



2007年06月08日(金)
「挨拶」は、どちらも手偏

「男の器量・女の器量」榎さんの魅力人生爽快学
(TBSパーソナリティ榎本勝起著・大和出版・251頁)から。
このフレーズだけでは、気にならなかったけれど、
「挨拶するときは、お互いの心に近づき、手をかけ、誓い、
お互いの心を見せあいましょう。」の解説が私を動かした。
メールで、挨拶したつもりになっているのは、間違い。
やっぱり、握手したり、肩に手をかけたりしながら、
触れ合うことの大切さを、現しているのだと思う。
日本のお辞儀とは違い、握手することが「挨拶」(汗)。
なるほどなぁ、と思える漢字ネタであった。
これからは出来るだけ、相手に近づいて握手しよう。
ちょっと、国際人になったようで嬉しいな。
でも・・・外人を目の前にするとできないんだよなぁ、これが。



2007年06月07日(木)
尋ねられると嬉しくなる質問ですね

Why do you do that?.
「どうしてそんなことするの?」と訳される英文である。
NHK番組「栗原はるみの挑戦、こころを伝える英語」を
早朝から見ていたら、こんなフレーズが出てきた。
日本語にすると、ちょっと抵抗があるような質問も、
外国ではも興味を持ってもらえた、と解釈するようだ。
だから、どんどん質問して下さい、と画面の中の先生は言う。
質問をするということは、興味を持っているということ。
この発想って、日本人にはなかなか生まれてこないと思う。
こんなこと聞いては失礼だよなぁ、と思い質問しないことも。
だから「Why do you do that?.」は、
「尋ねられると嬉しくなる質問ですね」ということ。
喜んでもらえるなら、どんどん質問してみようっと。
まずは、そんな質問が出来る人間関係が必要だけどね。



2007年06月06日(水)
「気になる一言」と「 気に障る一言」

私の日記「気になる一言」も長く書いている分、
いろいろな人が、いろいろな理由で訪れてくれるが、
面白い検索だなと思うキーワードがあった。
「気に障る一言」・・・う〜ん、紙一重。(汗)
自分では「気になる一言」でも、
他人には「気に障る一言」になっているかも・・。
基本は、私が気になったフレーズをメモして、
どうして気になったのか、解説しているようなもの。
情報源は、できるだけ正確に・・・をモットーにして、
あとで、データとしても役に立つように記述している。
しかし、私にとって「気になる一言」も、
読者の生活環境、教育環境、家族環境などによって、
「気に障る一言」になっていることもあるんだ、と
念頭において、書き続けていきたいな、と思う。
時には、タイミングで、カチンとくる内容もあると思うが、
決して誰かを責めているわけではないので、ご勘弁を。



2007年06月05日(火)
某(それがし)にとって、国とは人でござりまする

先週は、話題満載のNHK大河ドラマ「風林火山」だった。
「国とは人。人とは国」という台詞は、
現代の自治体首長に受け継がれ「まちづくりは人づくり」
というフレーズで口にされるようになった。
しかし「人材発掘」「人材育成」には、
容易い(たやすい)ことではなく、時間がかかる。
ある人物が無名の時は、その力を認めず、支援もせず、
有名になった時、はじめて「おらがまちの出身者」と名を挙げ、
まちづくりに利用するパターンの多いことか。(汗)
「某にとって、国とは人でござりまする」
山本勘助は、武田家譜代の重臣・板垣に言い切った。
「私にとって、国とは、そこに住んでいる人であります」。
「その地域には、大切な人、愛する人、尊敬する人達が住んでいる。
だから、私はこの国が好きなんです。」
彼は、そう言いたかったに違いない。
我々は、手垢のついた「まちづくりは人づくり」というフレーズの
使い方を間違えていないだろうか。
もう一度、その意味をじっくり考えたいと思う。



2007年06月04日(月)
49歳の四字熟語は、限りなく「自己満足」

50の手習いではないが、49歳の誕生日を迎えるにあたり、
無性に勉強がしたくなった。
同年代である東国原知事の著作を何冊か読み終えたためか、
彼に刺激されたのかもしれない。
そこで、心の底からせっかく湧き出てきた学習欲だからと、
学生時代、一番苦手で嫌いだった英語という言語を、
「英会話」という形に変えて学ぼうと思い、先週末から
三島駅前の英会話教室へ通い始めたが、私の気持ちに変化がおこった。
もちろん今でも、苦手ということでは変わりないが、
あれほど嫌いだったはずの英語が楽しいのである。
金曜日の夜、テキストをバックに詰めて、
ひとりで会場へ向かう自分がなぜかウキウキしているのがわかる。
今までなら、華の金曜日とばかり、繁華街に飲みにいくか、
最近、夢中になっているゴルフの練習にいくか、であったのだが。
不思議なことに、社会人になって自由になる時間が少なくなってからの方が、
学びたいという意識が強くなってきた気がするのは、
その裏に「自己満足」という喜びがあるからかもしれない。
よく否定的な場面で使われる「自己満足」という言葉。
実は、他人に迷惑がかからなければ、最高の行動欲につながるようだ。
一年後の自分が楽しみである。

PS.それにしても・・
誕生日の夜に、議会の答弁調整で、ひとり残業なんて寂しすぎる。(汗)