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しもさんの「気になる一言」
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2007年12月20日(木) ■
立派すぎることは、長続きしない

あれ、情報源が書いてない。(すみません)
でも、なるほどなぁ、と思ってメモしたのは確か。
続けることに関しては、立派すぎない方がいい。
日記でも、立派な日記帳を買う人に限って続かない。
この「気になる一言」も、
立派なことばかり書いていては続かなかっただろう。
(しもさんには「シモネタ」も恥ずかしいけれど・・)
「清廉潔癖」や「完璧」を求めるのもいいけれど、
やっぱり「立派」な人間を演じるのは続かないと思う。
逆に、皮肉を込めて「立派!、立派!」というケースが多いし、
「立派」と言われて喜んでいる人を、あまり知らない。
だから「立派」って、褒め言葉じゃない気がしている。
最初から「立派」と評価されることなんてないし、
続けてきた実績を見て、誰かが「立派」って言うんじゃないかな。
確かに、私の「気になる一言」も、内容とは関係なく、
長続きしているだけで「立派」って言われる。(笑)
まぁ「誰もができることを、誰もが出来ないくらい続ける」が、
この日記のコンセプトみたいなものだから、まあ、いいか。



2007年12月19日(水) ■
山本五十六・上杉鷹山・山本勘助・武田信玄

ある人に「してみせて」か「やってみせ」か、問われた。
人を動かすことの基本とされる
山本五十六語録のひとつである。
調べた結果「やってみせ 言って聞かせて させて見せ
ほめてやらねば人は動かじ」が正しいようだ。
しかし山本五十六は、米沢藩藩主、上杉鷹山の
「してみせて 言って聞かせて させてみる」から
影響を受けている。
さらにその「上杉鷹山」は、風林火山で有名な
武田信玄の「成せば成る、成さねば成らぬ。
成る業を成らぬと捨つる人のはかなさ」から
影響を受けている。
山本五十六は「武田家軍師・山本勘助の子孫と伝えられる
山本家の養子」だから、山本五十六から武田信玄まで
ひとつの言葉でつながったことになる。
言葉の力を伝えてきた私にとって、とっても嬉しい発見。
「五十六」は、生まれたときの父の年齢、なんて雑学より、
自慢できそうな雑学である。



2007年12月18日(火) ■
無理をしてでも来いよ

いくつもある職場の忘年会のひとつに誘われたが、
現場責任者として頑張ってきた女性が、
持病の腰痛か、腰を押さえてあまりに痛そうだったので、
「無理しなくてもいいよ」と声をかけたら、ずっこけられた。
えっ?どうして・・と訳がわからずにいたら、
こういう時は「無理してでも来いよ」って言われた方が
当事者としては、嬉しいらしい。(汗)
まだまだ仕事はスタートしたばかりだし、先は長いのだから、
「健康第一」と思ったが、そうでもないようだ。
まったく、女心がわからないだから・・と冷やかされながらも、
確かに「押しの弱さ」を再認識した。
パワハラ・・なんて言葉も頭をよぎったので、
つい弱気になっちゃったんだな、と反省しながらも、
部下の気持ちを察して声をかけることの大切さを学んだ。
「悪いけど、今日だけは無理してくれ」か・・
う〜ん、でもやっぱり、まだ違和感がある。(笑)



2007年12月17日(月) ■
ママは「ごめんなさい」しない子は嫌いだからね

先日、わが町の子育て総合支援センター・交流広場で起きた
微笑ましい出来事をご紹介。
たぶん、自分の子どもがよその子に悪いことをしたのに、
謝らないので、ママが必死に教えようとしている。
本当に「必死」という言葉が相応しかった。
広い交流広場に響き渡るくらい大きな声で、
何度も何度も繰り返した。
「ママは『ごめんなさい』しない子は嫌いだからね」
当然、子どもは大泣き。それでも彼女はやめなかった。
周りの人も、誰ひとり、子どもを慰めようとしない。
周りの目も気にせず、一所懸命、躾けているママを
応援しているかのように、じっと見守っている。
以前なら「人前で、そんなに怒らなくても・・」となる場面、
私も心の中で「ママ、頑張れ」と思った。
「悪いことをしたら、ごめんなさいでしょ」を、
なりふり構わず教えている若いママに拍手を送った。
育児は、育自。育児には、意気地がいる。



2007年12月16日(日) ■
「ビューロー」とは「引き出し付きの大机」

観光立国を目指す日本にとって、
全国各地で「コンベンション・ビューロー」が設立される。
「Convention Bureau」とは、集会、大会の事務局、
政党や社会の集会の担当幹事局と訳される。
「コンベンション」が、集会・代表者会議。慣習・伝統。
「ビューロー」が、事務局、編集局、案内所、と訳されるから。
しかし、もっと調べてみると、
「ビューロー」に「引き出し付きの大机、鏡付きのタンス」
の意味を見つけた。
実際、待っていても大きな会議やイベントはやってこない。
どれだけのネットワークを使うかが、誘致のカギとなる。
そのためには「引き出し」をいっぱい持っている方がいい。
「選択肢が多い」ということは「豊か」ということだから。
乱立した時、その引き出しの多さ・質が格差となってくる。
どこが残るか、楽しみである。



2007年12月15日(土) ■
「寅さん1枚」「はい『男はつらいよ』ですね」

地元大型ショッピングセンター内に、もうすぐ、
シネコン(県下最大級12スクリーン)がグランドオープン。
その前に宣伝も兼ねて、15-18日にプレオープンした。
上映作品「タイタニック/マトリックス1/たそがれ清兵衛/
スパイダーマン1/男はつらいよ「奮闘編」/ピンポン/
私の頭の中の消しゴム」の7作品がワンコイン500円で観られる。
ミーハーの私は、プレオープンの初日、一番早く上映する作品で、
誰よりも一番早く入りたい、と思って調べたら、
なんと「男はつらいよ」だったから、チケット売り場で、
思わず「寅さん1枚」と500円玉を出したら、
売り場の女性に「はい『男はつらいよ』ですね」と聞き返された。
そうか、作品名は「男はつらいよ」だった、と苦笑。
実はこの作品、寅さんと今回のマドンナ「榊原ルミ」さんが
出逢う場所が、沼津駅前なのである。
懐かしい駅舎、西武デパート、駅前交番が当時の映像で残されている。
(ロケ風景が浮かんでくるから、これまた嬉しい)
全作品48話の「男はつらいよ」シリーズで、
この「第7話」をピックアップした、映画館の遊び心に感謝したい。
どこにも書いていないけれど、わかる人にはわかる。
これが、映画の面白さなんだろうなぁ、きっと。
「気になる一言」も映画ネタが増える気がする。
その分、帰宅が遅くなりそうな予感もするが・・(笑)。



2007年12月14日(金) ■
この役は、誰にも渡したくないね

ある劇団の人たちの台詞と思いきや、なんと私の呟きである。
今週は幼稚園などに頼まれて、何度かサンタさん役を経験。
今までにも、サンタのコスチュームは、
イルミネーション・イベントの時などでも着ていたし、
特に、感激はないと思っていた。
しかし、しかしである。
本当にサンタの存在を信じいている子どもたちの前では、
いい加減な気持ちではいけない、と肌で感じることができた。
疑いのない、つぶらな瞳で見つめられたら、
なんだか、こちらがドキドキしてしまったから不思議。
しもサンタと写真を撮ったり、握手するだけで大騒ぎ。
この役は、地域の人にやってもらったら?とも思うが、
一度、やったらやめたくない快感が伴なってしまった。
もっともっと練習して、本物のサンタさんを目指そうっと。
(って、本当にいると思っているの?(汗))
でももっと小さい子には、怖がられますので、ご注意を。
やっぱり、この役は誰にも渡したくないなぁ・・楽しいから。



2007年12月13日(木) ■
「偽」より「為人」(ひととなり)

今年の世相を表す漢字一字は、予想通り「偽」だった。
では「偽」には、本来、どんな意味があるのだろうか、と
好奇心旺盛の私は、電子手帳の「漢字源」で調べてみた。
「いつわり・うわべだけのみせかけ・うそ」など意味が並び、
やや残念であったが、金八先生だったら、
この「偽」をどう説明するだろうか?と考えてみた。
まさか「人の為」と書いて「偽り」とは教えないだろう。
そこでさらに「為」を調べてみると「為」の原字は「手+象の形」で、
象に手を加えて手なずけ、調教するさま。
人手を加えて、うまくしあげるの意、である。
だから本来は「悪い意味」ではなかったのではなかろうか。
それがいつしか「荀子」の性悪説などの「人之性悪、其善者偽也」
(人の性は悪なり、その善なる者偽也)という解釈等が広まり、
「偽」は、あまりよくない意味に使われたかもしれない。
蛇足であるが、難読語とされる「為人」(ひととなり)とは、
人であるそのあり方、つまり人柄のことを指す。
「人為」は「偽り」で、「為人」は「人柄」とは皮肉なものである。
今年の漢字一字は「偽」であったが、
いつの世でも、大切なことは「為人」(ひととなり)であると信じたい。



2007年12月12日(水) ■
フィリピンパブには、教え子はいないからね

情報源は、教えるわけにいきませんが・・
先日、友達同士で飲んでいた時の会話。
「どうして、先生はフィリピンパブが好きなんだろうね」
となって大笑いした。
そういえば、働いている市内・町内では飲まない、という
暗黙のルールが、先生方にはあるようだ。
もちろん、どこかに保護者がいるかもしれないから、
飲みながら、やたらなことは話せない・・が理由だろうが。
それと同様に「フィリピンパブ」にも理由があった。
長年、教師をやっていると、
当然のように、教え子がいろいろな職業に就くことになる。
キャバクラや風俗関係にも、教え子がいる可能性もあるから、
なかなか、おんなのこのいる店に行けない、というわけだ。
間違って横に座った女性が教え子だったら、
「あっ、先生。こんなところにも来るんだぁ」となって大変。
そこで、この発想が浮かぶことになったのだろう。
「どうして、先生はフィリピンパブが好きなんですか」
「フィリピンパブには、教え子はいないからね」
なるほど・・(汗)



2007年12月11日(火) ■
快感が伴うものは、必ず中毒になる

オタク・フェチと呼ばれる人たちは、
私たちがわからない部分で「快感」があるに違いない。
競輪・競馬・競艇・パチンコ・マージャン等のギャンブルも、
勝った時の「快感」があるから、やめられない。
アルコールや煙草も「中毒」になる要素がある。
でも、そんな人たちではなくても、
テレビや携帯メール、テレビゲームなども、
「快感」が伴うから、子どもも大人も「中毒」になっている。
そんな気がしてならない。
特に「テレビ」は(意識している人が少ないが)
朝から晩まで、テレビばかり見ている人も少なくない。
気が付いたら、今日は誰とも話していない・・なんて
こともあるらしい。これはまさしく「テレビ中毒」。
マイナス情報ばかり眺めていると、心が病気になると思う。
テレビをあまり見なくなってから、私は体調がすこぶる良い。