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しもさんの「気になる一言」
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2008年04月08日(火) ■
死神は「死に値する生き方をしたか」を判断するだけ

職場の現役保育士が、病により他界した。
老若男女を問わず、驚くほど多くの弔問客が訪れるのを目にしながら、
思い出したのは、映画「死神の精度」(筧昌也監督)のワンシーン。
さすが、伊坂幸太郎原作の映画化だ、と納得しながら、
映画館を後にしたのは、つい最近のこと。
物語の冒頭「おじさんは死神でしょ?殺しに来たの?」と
少女に訊かれ「死神は誰も殺さないよ」に続けて応えた台詞。
「死に値する生き方をしたか(生きる目的を果たしたか)を
判断するだけ」と言い切るシーンがある。
「それは、命の長さに関係ない」とも・・。
「死に様は、生き様」、この台詞の意味がわかった気がする。
亡くなった彼女は、42年間を一所懸命生きてきたし、
病に冒されてからの1年間は苦痛に耐えながらも、本当に頑張ったことが、
ご主人の挨拶からも知ることができた。(涙腺がまた緩んだ・・)
大切なことは「彼女の分まで・・」と通夜のその場で感じた気持ちを、
明日からも持ち続けることではないだろうか。
「死に値する生き方が出来るかどうか」、死神に試されている。



2008年04月07日(月) ■
距離を置くことで丁寧になる

毎朝、とりあえず勉強している英語番組から。
「Will you 〜?」より「Would you 〜?」の方が、
丁寧な表現になることは、知識として知っていた。
しかし、どうして「過去形にすると丁寧なのか?」の疑問は
払拭できないでいた。
しかし、イメージ・感覚を重視すると、理解しやすい。
「過去形の感覚は、距離を置くこと」
ネイティブの感覚では、現在形や、進行形、未来形よりも
距離を置いているイメージがあるらしい。
たしかに、昔のことを思い出す時って、少し「間」を取り、
じっくり遡っていく感覚がある。
だから「過去形は丁寧」と感じられるのかもしれない。
ろくに話すことができないから、
最初から「Would you 〜?」を覚えておこうっと。
丁寧に話されて、怒る人はいないだろうから。



2008年04月06日(日) ■
気持ちを伝えたい人、待っている人が必ずいる

映画「ポストマン」(長嶋一茂監督)から。
いつも、天然ボケ役か、長嶋監督の息子・・のイメージが
付いて回っていた彼にこんな才能があったのか?と
感心させられた作品である。
彼は主演も演じているが、物語のほとんど大部分で、
鍛えた身体を活かしながら(たぶん、代役はなしで・・)
郵便局のバタンコと呼ばれる自転車をこぎ続けた。
そんな彼が、この映画で伝えたかったことは・・と
溢れたメモを眺めてみたら、この台詞が浮かび上がった。
民営化されたが、私にとっては郵便局は郵便局。(笑)
メール全盛のこんな時代だからこそ、
私も(手書きの)手紙の素晴らしさを伝えたいと思う。
メールでは伝わらない想いも、手紙なら伝わる。
そう信じているからか、この台詞が心に残った。
最近、美術館から「絵はがき」を書くことに凝っている。
彼と想いは同じであった。
「気持ちを伝えたい人、待っている人が必ずいる」

PS.
自転車屋役に木梨憲武さん(実家の家業)が登場して驚いた。



2008年04月05日(土) ■
天下の奇祭「大瀬まつり」、毎年4月4日の理由

私の生まれた静岡県沼津市西浦江梨のすぐそばに、
大瀬崎という場所があり、毎年4月4日に
天下の奇祭と呼ばれる「大瀬まつり」が行われる。
この祭り「河湾の漁民の信仰を一心に集める大瀬神社の例大祭。
大漁旗で飾られた漁船で、女装した青年たちが踊る
『勇み踊り』が見もの」であるが、
この中途半端な日付が気になって仕方がなかった。
生まれた地の祭りであるから、顔を出したいと思うのであるが、
なんせ、曜日に関係なく「毎年4月4日」なのである。
年度初めの大切な時期に・・とボヤキながら、
もうだいぶ、ご無沙汰をしている。
ところで、先日飲みながら、
3月3日は、桃の節句・雛祭り(女の子の節句)、
5月5日は、端午の節句(男の子の節句)から考えると、
4月4日は、オカマの日、なんて話を聞いたから、
ふと、気がついたことがある。
「女装した青年たちが踊る祭り」だから、4月4日。
関係ないだろうか?(汗)、気になって仕方がない。
日にちを変えないということは、その日に意味があるはず。



2008年04月04日(金) ■
あれが最後だったのに、俺は怒鳴ってしまった

映画「再会の街で」(マイク・バインダー監督)から。
主人公の1人は、
アメリカ同時多発テロ「9.11の被害者」の家族。
今でも、精神的な苦痛が彼らを襲っていることを知った。
その代表的な想いが、この台詞。
事故の前、台所のリフォームのことで相談されていたのに、
「たかが台所」のことと、俺は怒鳴ってしまった、と。
もっと、優しくしてあげればよかった、と後悔は残った。
実はこのシーンを観て、思い出した詩がある。
「最後だとわかっていたなら」と題する詩。
(是非、一度、インターネットで検索して読んで欲しい。
涙が止まらなくなっても、私は、責任がとれませんが・・)
この詩には、思いやりや優しさが人間に残っていることを
教えてくれる。
私は、紙にプリントして持ち歩いている。
時々、顔を出す、私の心の中のイライラのために。



2008年04月03日(木) ■
おはながたくさんあるおはなやさん

仕事柄、幼稚園や保育所に出かけることがある。
たいていリズム室などの大きな部屋に、
年長さんたちが書いた「ぼくのゆめ、わたしのゆめ」が
もちろん、彼らの絵付きで所狭しと貼ってある。
時々、この夢は面白いな、と思うとメモをしているが、
だいぶたまったので、ご紹介。
すてきなくにのおひめさま (うん、可愛い)
ホームランをうつやきゅうのせんしゅ (ヒットじゃだめかな?)
ぼくのいえをつくるだいくさん (それだけじゃ・・(笑))
おはながたくさんあるおはなやさん (う〜ん、当然といえば当然)
やきゅうのせんしゅ(おとうさんのチーム) (草野球チーム?)
みんなにやさしいかんごし (優しくない看護士さんもいるんだな)
最近のこどもの夢は、妙に具体的だなぁ、と苦笑いした。
でも、こどもの夢って、いつ聞いても楽しいな。



2008年04月02日(水) ■
はい マルチーズ

映画「犬と私の10の約束」(本木克英監督)から。
犬好きにはたまらない映画である。
犬の可愛さ満載でもあるが、犬との別れが辛くもなる。
でも、そんなもの全部ひっくるめても、観て欲しい。
「10の約束」をひとつずつ紹介するわけにもいかないし、
またどれをとっても中途半端な気がするので、
今回は、犬好きの人たちらしい、写真の撮り方を。
これまでに何度も「シャッターを押す掛け声」について
書いてきたが、それは「お国柄」であった気がする。
携帯電話の待ち受け画面に、愛犬を設定している人が多いが、
家族となっている彼らを抱えている姿の撮影を頼まれたら、
是非、この台詞を使って欲しい。
「はい、マルチーズ」(ダックスフンドでも、チワワでも・・)
飼い主の飛びっきりの笑顔が撮れるはずだから。
さて、猫好きの人は、なにか素敵な台詞があるのかなぁ。
負けじと、ご紹介ください。「はい、チンチラ」(汗)



2008年04月01日(火) ■
花見は、目開き(めあき)だけのもんじゃねぇだす

花見のシーズンだからこそ、
映画「ふみ子の海」(近藤明男監督)から。
戦前、貧しさ故に永遠に光を奪われた、全盲の主人公「ふみ子」。
小さい頃から、あんまの師匠・笹山タカ(高橋恵子さん)に弟子入りし、
「おしん」を思い出させる厳しい修行を受けるが、
多くの温かい人々に支えられながら、彼女は成長していく。
そんな心温まる物語であるが、
その根底に、なにくそ・・という彼女の負けん気がある。
それを感じさせてくれた台詞が、
「花見は、目開きだけのもんじゃねぇだす」だった。
健常者の男に「めくらでも花見が出来るのか?」とからかわれ、
どうするのかな?と思っていたら、この言葉を返した。
さらに「私は舌で花見するんだ」と言って、桜を食べてみせる。
その気持ちの強さに、私は感動した。
健常者以上に、人間らしい感覚を持ち合わせていた。
映画のサブタイトルにもこう書いてある。
「ほんとうに大切なものは目に見えない」
う〜ん「星の王子様」と同じフレーズだぁ。(汗)



2008年03月31日(月) ■
フランスに占領されてたら、日本は違った

日曜朝のテレビ番組「ボクらの時代」から。
今回のメンバーは、ニュースキャスター・鳥越俊太郎さん、
女優&作家・岸恵子さん、そして数学者・藤原正彦さん。
国際経験豊かな彼らの話は、あっという間の30分だった。
溢れたメモの中で、私がなるほどなぁ〜と思った視点、
そんなこと、考えたことなかった・・という考え方である。
当然のことだけど、
アメリカに占領されたからアメリカの影響を受けた。
伝統とか文化よりも、
フランク・カジュアルに重きを置いた国の影響を。
(というより、アメリカに伝統と文化はなかった?)
だから「フランスに占領されてたら、日本は違った」となった。
また、もう一度初等教育で「国語」に力を入れるべきだと、
3人は強調していた。
「小学生に必要なのは、英語より国語」
多くの人が声を出しているのに、なぜか変わらない。
文部科学省には、この声、届いているのだろうか。



2008年03月30日(日) ■
大阪府・京都府・岐府(笑)

最近、気になり続けている、テレビで大騒ぎしている
情けない大人たち。
ここまで来たか・・というのが正直な感想である。
そんな迷・珍回答に、賞金何十万円も出す番組も番組。
常識ある大人たちのテレビ離れが進んでいることに、
マスコミ全体で気付くべきだ。
私の話のネタにはいいのかもしれないが、
物事にはバランスがあり、毎日、珍回答を見ていると、
こちらまで、おかしくなりそうで、最近はテレビを観ない。
「日本は○道、○都、○府、○県ですか?」の問いに、
堂々と「1道1都3府・・」と答えた女性タレントがいた。
県の数はわからなくても・・と思う私と同じ考えだったのか、
司会者が「3府ってどこですか?」と聞き返した。
その答えが「おおさかふ・きょうとふ・ぎふ」。
本当に彼女たちは知らないのか?演技なのか知らないが、
この程度の知識をネタに、番組が作られていることに呆れた。
「まぁ、京都府がわかっただけでも良しとしよう」と
片付ける問題ではない。
日本はどうなってしまうのだろうか?