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しもさんの「気になる一言」
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2008年05月18日(日) ■
花よりも紅葉よりも素晴らしい

書籍「日本の歳時記」で見つけた「若葉」のことである。
実は私は「桜」や「紅葉」より、いまの季節が好きだったので、
とても嬉しくてメモをしてしまった。
正確な情報源は、兼好法師の「徒然草」(第139段)
「卯月ばかりの若楓、
すべて万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり。」
同じ若葉でも、若葉の輝き、若葉が踊る、など表現も違う。
この初夏、とりどりの若葉の緑があるのもまた嬉しい。
そういえば、映画「小さな恋のメロディ」のサントラ版(Bee Gees)で、
私が一番好きな曲も「First Of May」(若葉の頃)。
楓は「初夏の若葉」と「秋の紅葉」、二度の見どころがあるから、
大きな庭があれば、桜を植えるより、楓を植えた方がいいなぁ、と思う。
また、若葉なら、名所でなくても、どこでも鑑賞できる。
これがまた、私の好きな理由の一つである。
もうしばらく、この「若葉の輝き」を楽しもうっと。



2008年05月17日(土) ■
「弔電披露」「供花の名札」は不必要では?

2日間で、なんと3人の告別式に参列した。
宗派や葬儀会場、亡くなった方の年齢により、
多少の違いはあったが、ほぼ同じ流れで式は行われた。
今回の一言は、久しぶりに私の「葬式」に関する意見である。
(今回だけでなく、ずっと感じていたことを文字に残すことにした)
告別式で、故人に話しかける形で行われる「弔辞」、
これはどんなに長くても、故人の生前の人柄を知ることができ、
葬式では、私の一番好きなセレモニーである。
「弔辞」を読みたい人が多くて式が長くなっても私は気にならない。
しかし、それに続く「弔電披露」だけは、勘弁願いたい。
なぜか・・それは、わざわざ葬儀会場に来ている人の前で、
会場に来ていない人の名前を、延々と司会者が読み上げる。
名前から役職まで、ご丁寧に披露するが、その意味がわからない。
特に、政治家や市町の首長名がずら〜っと・・。
(気に障った方、ごめんなさい、一般論の話ですから・・)
売名行為とまでは言わないけれど、ちょっと度が過ぎると思う。
また業界にもよるが、北から南まで「○○支店」「○○営業所」は、
もう会社の宣伝としか感じられない。(誰もメモをしていないのに(笑))
さらに、祭壇の横に飾られる花に付けられる「名札」だっていらない。
主役は故人なのに、妙に「他人の名前や会社」が目立ってしまう。
送り主の名札がないスッキリした祭壇を、私は見てみたい。
お葬式こそ、形式化されず、いろいろな形があってもいいと思う。
生きてきた証だから・・その人らしいお葬式を。



2008年05月16日(金) ■
拡めることが私の修行だから

こうたて続けに、お通夜・告別式が続くと、
どうしても、人生や生き方について書きたくなるのだが・・。
今回は、映画「少林少女」(本広克行監督)から。
以前、日本の道場で「少林拳」を修業し、
その後さらに中国へ行き、厳しい修行を積んで帰国すると、
あれほど熱心に修行していた人たちが、主人公の彼女(柴咲コウ)に向かって
「少林拳なんてやって、なんになる?」みたいな言葉を浴びせる。
けっこう攻撃的なきつい言葉だなぁ・・と感じながら、
こういう言葉で、やる気のある人たちが意気消沈するんだなぁと思われた。
しかし彼女は、諦めずに、1人でコツコツと「少林拳」を拡めようとする。
その時の台詞が、かっこよかったからメモをした。
「拡めることが私の修行だから」
これって、ストーリーの中ではさらっと言いのけたけれど、奥が深い。
意外と、自分が信じたものを続ける理由になると思うから。
ひとりでも多くの人に、私のこの考え・この企画を拡げたい。
そう思ったら最初うまくいかなくても「修行」と思えばいい。
そうすれば、簡単に拡がらなくても、じっと我慢できるはずだから。
よし、このフレーズを支えにして、私も拡げよう。
ちょっと、拡げたいことがあるんだ、実は・・。(まだ内緒だけど)



2008年05月15日(木) ■
他人に喜びを与えたか?

映画「最高の人生の見つけ方」(ロブ・ライナー監督)から。
この1週間、信じられないくらい「訃報」が続いている。
亡くなり方は違うけれど、職場の先輩の義父、父親代わりだった伯父、
親友の父親、そして、同級生の御両親・・。
実は先週末、この映画を観て、自分の人生や生き方を振り返った。
自分も、棺おけに入る前にやっておきたいことを書き出した、
“棺おけリスト(バケット・リスト)”を書いてみようかな?、
いやいや、その前に、生きるってどういうこと?を考えなくては・・と
久しぶりに、寝付かれない夜を過ごした。
映画のメモを、何度も何度も読み直し、後悔しない生き方を探った。
そして、私が選んだ台詞は
なんと「自分の人生に喜びを見つけたか?」ではなく、
「他人に喜びを与えたか?」だった。
ストーリーの中では「そんなことは相手に聞いてくれ」とふざけたが、
自分の喜びではなく、他人(家族も含む)に喜びを与える生き方って、
私の目指す生き方に近い気がしたから・・。
なかなか難しいけれどね、本音は。でも、努力したいと思っている。

PS.
今週亡くなった方々に、心を込めて・・・合掌。



2008年05月14日(水) ■
湯〜らんバス

山陰・米子あたりを走っている「遊覧バス」。
愛称なのか、そこまで調べなかったけれど、
なんとなく気持ちよさそう・・と思ってメモをした。
温泉を観光の売り物にする伊豆としては、
こんな名称も参考にしたらどうだろう。
単なる「当て字だろう」で軽く考える事なかれ。
「遊覧バス」と「湯〜らんバス」
どちらが、乗ってみたい・・と思うだろうか。
以前紹介した「ON泉・OFF呂」も同じ。
「温泉・お風呂」より、イメージが伝わってくる。
ロゴとか、キャッチコピーって、とても大切であり、
人間の欲求に、フィットした時、その威力は倍増する。
暇があると、本屋で、観光ガイドをペラペラめくってみると、
面白い言葉に出逢うことがある。
言葉って力があるなぁ、と思う瞬間である。



2008年05月13日(火) ■
ほかの誰がやるの? 冒険は始まっているわ

映画「ライラの冒険 黄金の羅針盤」(クリス・ワイツ監督)から。
「ライラの冒険」3部作の最初の作品らしい。(笑)
実は「ハリー・ポッター」のように、子供向けの映画かな、と
思いながらも、「予告」につられて鑑賞したのだが、
予想以上に、大人でも楽しめる内容だった。
大前提の「人々が皆、守護精霊(ダイモン)を連れている世界」
を、文字では説明しにくく、(何度も書き直したが)
こればかりは、観てもらうしかないな、と表現を諦めた。
さて、物語のラストシーン。このフレーズが私の記憶に残った。
3部作らしい終わり方、といえばそれまでだが、
このフレーズは、生活・仕事でも使えそうだと思ったから。
「どうするの?」「やるの?やらないの?」と迷っている人に、
背中を押すようにこの一言、
「ほかの誰がやるの? 冒険は始まっているわ」。
誰かが始めるのをまっているつもり?あなたがやるしかないでしょ?
そう言われているような気がした。
やっぱり、俺がやるのが一番なんだよなぁ・・・と思いながら
メモしたのは、言うまでもない。



2008年05月12日(月) ■
人間は自分の顔をみないで死んでいく

あれ?誰の言葉だろう。メモし忘れた。(汗)
だけど、妙に引っかかるフレーズである。
まぁ、人間だけではないだろうけれど、
自分の顔を気にするのは、人間だけだろうから。
鏡などを通して、自分の顔を見ることはあっても、
自分の目で自分の顔を見ることはできない。
鏡に映っている自分の顔は、本当の意味では
自分の顔ではないかもしれない、ということだ。(笑)
そんなことを考えたら、自分で見ることができない
自分の顔を気にしても、仕方がないと思えた。
そんな事言ったって・・と女性陣は言うかもしれないが、
もっとお金と時間を、顔以外に使うといいのに・・。
いつから、女性がメイクにこだわるようになったのだろう。
それが豊かさの象徴なのだろうか。
顔が大きくたって、目が小さくたって、それが私。
そんな私が好き・・ってならないんだろうなぁ。



2008年05月11日(日) ■
先生は「先生」という職業しか知らない

働く女性の会(ATG)4月例会の講師は
「子どもたちのキャリア教育プロジェクト」を演題とした
(株)フジコムインターナショナル 代表取締役・安藤肇氏であった。
そもそも「キャリア教育って何?」から「今後のキャリア教育」まで、
とてもわかりやすい内容で、メモも増えた。
その中でも、特に彼が何度か繰り返したフレーズを選んでみた。
「働くことの意味」を、小中高校生に伝える「キャリア教育」、
このカリキュラムを組むのが、学校の「先生」だとしたら、
それはなかなか難しい、という視点には、私も大賛成。
その理由が「先生は『先生』という職業しか知らない」からである。
子どもたちに多くの職業意識を植え付けるには、
多くの働く人たちの生の声が欲しいからだ。
ただ「どんな職業に就きたいか」「将来、何になりたいか」ではなく、
「この職業を選んだ理由、きっかけ」「今でも続けている理由」を、
子どもたちは知りたがっているに違いない。
あんな真面目だった人が、どうしてこんな職業を選んだのか、逆に、
あんなに悪い人だったのに、どうしてこんな真面目な仕事をしいるのか、
子どもたちの関心は、そこにある気がする。
こればかりは、さすがに先生たちには答えられないだろう。
10人10色、100人100色、1000人1000色の回答があるから。
こんなきっかけで、今の仕事を選んだのかを教えること、
それが「キャリア教育」だと思う。もちろん職業に優劣はない。
そういう意味で、今仕事に就いている人は、みな講師になれるはず。



2008年05月10日(土) ■
実感・鬼(おに)の霍乱(かくらん)

昨日の午後、突然体調不良になり、何年ぶりに「病気」で早退した。
自分自身でも、休むのは心身リフレッシュを目的にした
「ゴルフ」「野球観戦」「映画」くらいしか思い浮かばないのに。
朝から、ちょっと胃がむかついたが、
「前夜飲み過ぎの二日酔いと寝不足」程度の認識で仕事をしていた。
しかし、だんだん体がだるくなり、寒気がし、発熱も・・。
帰宅途中、何人かの知人に会い「どうしたの?、お休み?」と聞かれ、
とっさに「鬼の霍乱ですよ」と答えたが、その意味が気になった。
(さすがに昨日は、調べる状態になかったけれど・・)
朝起きてから調べてみたら
「ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることのたとえ。」
(おっ、その通り、使い方間違ってなかったな、と喜んだ)
しかし「霍乱」は「日射病・暑気あたりの意」を見つけ、
さらに調べたら漢方で、日射病をさした語。夏の季語。
また夏に起きやすい、激しい吐き気・下痢などを伴う急性の病気。
夏に起こる、激しい下痢や嘔吐を伴う病気の古称。
(あれ?症状が違う。38.5度まで上がった熱も一晩で平熱へ。
朝食もしっかり食べられたし、夜も出かけたし、もうすっかり回復)
昨日は親父の命日だったから、天国から休みを与えてくれたのかな?
「休むのも仕事のうち」(笑)、8時間だけの「鬼の霍乱」だった。



2008年05月09日(金) ■
今の子どもは、役割を知って生まれてきたんだよ

多動性の子ども達について、話していたら、
こんな発想で答えてくれた女性がいた。
平成になった頃から、増えてきた多動性の子ども達。
私たちの子どもの頃には考えられない・・と思っていたから、
この話で理解でできた。
昔の子どもは、生まれてきた役割がわからないから、
「国語・算数・理科・社会・音楽・体育・・」と
いろいろなものを試して、自分の好きなもの、
興味のあるものを見つける作業をすることになる。
しかし、今の子どもたちは、自分の役割を知っているから、
わざわざ、いろいろなものを試さなくてもいい。
だから、他の教科には興味がない。
ゆえに、動き回ってしまう・・となるようだ。
そういえば、成績も平均されていないらしい。
「5」があったり「2」があったり、でこぼこなのは、
自分のやりたいことには、夢中になってやる証拠か。
この視点で子ども達を眺めると、世の中が変わって見える。
是非、一度、お試しあれ。