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しもさんの「気になる一言」
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2008年11月04日(火) ■
映画なら、とっくに変身してるのに

午後からの会議、突然、悪寒が襲い、ブルブル震え出した。
あっという間に熱が出て、お腹が痛い。
どうしても我慢できずに、早退して帰宅。
布団とトイレを行ったり来たり、どれくらい続いただろうか。
熱は38.5度、ずっと下痢状態。
汗は溢れ、もう出るものがないだろうと思うくらい出した。(汗)
翌日起きたら、まだ下痢が続いている。
トイレにしゃがみ込んで、私の独り言。
「映画なら、とっくに変身してるのに」
朝起きたら、透明人間になっていた、女になっていた。
朝起きたら、未来が見えるようになった、空を飛べるようになったなど、
映画の世界では、今の私が持っていない何かが手に入るはずだった。(笑)
しかし現実は厳しい。もちろん何もかわってはいない。
今から、また病院へ・・。下痢は診察まで我慢してくれるだろうか?



2008年11月03日(月) ■
世界遺産である前に、日本のふるさとです

新聞で見つけた「奈良」のキャッチコピーである。
この視点って、とても大切だと思う。
いくら「世界遺産」に登録されたとしても、
昔からそこに住む人たちが、誇りを持って
私たちの「ふるさと」です、と言えないようでは、
世界遺産の登録も、なにも意味をもたなくなる。
「京都」や「奈良」は、歴史を大切にし、
日本全体で「心のふるさと」として、位置づけてきた。
では「富士山」は?となる。
今、世界遺産に登録しようと、関係者は必至であるが、
その前に「ふるさと」としての位置づけができているだろうか。
これだけ訴えかけても、登山者のゴミさえ減らない。
そんな国民意識で「世界遺産」に登録されたところで、
「世界遺産だから、ゴミを捨てないでください」の看板が
増えるだけではないだろうか。
今一度、富士山が「自然遺産」では登録できない意味を、
真剣に考えた方がいいと私は思う。
これ、私の独り言です。(汗)



2008年11月02日(日) ■
人間って傲慢だな。誰かと共にいる喜びに気付かない

映画「P.S.アイラヴユー」(リチャード・ラグラヴェネーズ監督)から。
生きている間は、人間誰でも傲慢になる。
傲慢とは「おごり高ぶって人をあなどること、
見くだして礼を欠くこと」だけど、
知らず知らずのうちに、傲慢になっていることは認めようとしない。
本人はそんなつもりではなくても、人を傷つけたり、
喧嘩の種になるようなことを言葉で発していることにも気付かない。
それは、全て相手がいなくなるなんて考えていないから。
だからこそ、大切な人を失い、ひとりぽっちになると、
あんなことで責めなければ良かった、と後悔するのだろう。(汗)
汚いメモを整理し、書き直してみると、単なるラブストーリーではなく、
私たち全ての人間に宛てたメッセージともとれる。
「今、この瞬間、誰かと共にいる喜びに気付きなさい」と。
そして、気付いたら喜びを口にする。(これが、一番難しいけれど・・)
これまた、いい映画を観た、では終わらせたくない。

PS.
なぜか洋画のエンドクレジットに、徳永英明さんが歌う「小さな祈り」。
しびれました。



2008年11月01日(土) ■
メンバーに恵まれて・・

このフレーズ、一日の間に、2ケ所で耳にした。
1回目は、職場の仲間で行ったゴルフコンペ、
優勝者のコメントは「メンバーに恵まれて・・」。
お決まりかもしれないけれど、優勝は自分の力だけではない、
一緒に回ってくれたあと3人のメンバーによるところが大きい。
この優勝は、みなさんのお陰です、が心に引っかかった。
ありふれたフレーズかもしれないけれど、私はこのスピーチが好きだ。
2回目は、子育て総合支援センター1周年記念の打ち上げ。
中心になって動いてくれた職員のコメント。
やはり「メンバーに恵まれて・・」を一番先に口にした。
私一人で、1年間、無事にやって来れたわけじゃない、
多くの方の協力を得て、今、私はここにいる・・そんな気持ちが伝わった。
人事的にいえば、メンバーに関係なく仕事を着実にこなすべきだ、
なのかもしれないが、やはり、一緒に働くメンバーは大きな要素。
誰でもいいというわけではない。
ゴルフでも、仕事でも、一定期間、同じ時間を共有するわけだから、
気のあったメンバーとひとつの事に取組みたい。
そんなところから、新しいヒントが生まれてくるに違いない。
単独行動ではなく、チームワークの仕事は、
まずは「メンバーを揃えるとこと」、これが大きく左右する気がする。
さて・・・いろいろな分野でこのフレーズを(笑)。



2008年10月31日(金) ■
人材発見会社

インターネットを眺めていたら見つけた熟語。
あれっ「人材発掘」じゃないの?と、ちょっと違和感を覚えた。
当然、気になって調べてみたら、
「発掘」は「scout for・dig up」
「人に知られていないすぐれたものや人を探し出すこと」
「発見」は「Discover・find」
「まだ知られていなかったものを、はじめて見つけ出すこと」
確かに、ちょっと違う。(笑)
人材は「発掘」するもので「発見」するものではないのか?
新たな疑問が生まれた。
個人の持っている、ある才能を「発見」し、
その才能を持っている人を「発掘」した、という表現なら、
わかるような気がする。
使い方は、これでいいのだろうか?



2008年10月30日(木) ■
「気になる子ども」の背景には「気になる親」がいる

教育現場の声らしい、視点である。
モンスター・ペアレントと称する「親」の子どもは、
やっぱり「気になる子ども」なのであろう。
「うちの子に限って・・」という真面目な親の台詞は、
最近では、なかなか耳にしない。
そう、ほとんどが親が認識しているのに、手を打っていない。
だから「やっぱり・・」という捨て台詞が出てくる。
それは、親としての役割を放棄していることになると思う。
「気になる子ども」を見つけたら、一応「親」も要注意。
「躾が出来ない親」は、やっぱり「気になる」。
では「気になる親」のその「親」は?
たぶん・・(汗) 同じなんだろうなぁ・・
簡単には、その家の教育方針は変わらないものだから。
気をつけて対処していきたい。
「気になる子ども」の背景には「気になる親」がいる。



2008年10月29日(水) ■
ただ、ひたすら最善手

放送日を忘れたが、テレビ番組「プロフェッショナル」から。 
遅咲きの名人、森田俊之棋士のコメント。
将棋の名人戦、対戦相手の羽生棋士は
「このチャンスを生かしたい」とメッセージを残した。
しかし、森田棋士は、
「自分のポジションで勝負する」とコメント。
相手のポジションで勝負しては、勝ち目がないことを知っている。
若い頃からスポットライトを浴び続けた、羽生棋士。
逆に、羽生棋士の影であまり目立たなかった、森田棋士。
この2人の対比が、妙に面白かった。
彼は「勝ち負けにこだわる将棋は意味がない」と悟り、
「自分の生涯を通して将棋を極めること」を目的とした。
その為には「ただ、ひたすら最善手」だという。
この言葉、短いけれど、重いフレーズである。
「メンタルの部分は、年齢を重ねることで磨かれる」ことに
気付いた彼は、これからもっともっと強くなる予感がした。



2008年10月28日(火) ■
公務員らしくないって誉めていたよ

最近、同じような台詞で会話をした。
それが「公務員らしくないって誉めていたよ」。
「あっ、そうですか、どうも・・」と返答はしたが、
ちょっと待ってよ、それって誉め言葉?と疑問を持った。
公務員が「公務員らしくない」って言われて、
喜ぶべきなのか、悩むべきなのか。(笑)
もし、それが誉め言葉で、喜ぶべきならば、
「公務員らしい」というのは、イメージが悪いということか。
では、その公務員を仕事としている私は・・・。
考えれば考えるほど、わからなくなってしまった。
出来ることならば「公務員らしいって、誉めていたよ」と
言われるように、イメージアップを図りたい。
それが、自分のイメージアップに繋がることを信じて。



2008年10月27日(月) ■
信じて、育てて、導いてやるだけ

アニメ映画「カンフー・パンダ」
(マーク・オズボーン/ジョン・スティーブンソン監督)から。
なんと1日で、カンフー映画を続けて2本観てしまった。(笑)
(もう1本は「ドラゴン・キングダム」だけど・・)
修行中に「誰にも相応しい場所がある」とか、
「『これまで』と『これから』にとらわれ過ぎ、 
『今日』は、天からのプレゼント」などなど・・メモは溢れた。
さて今回は、パンダのポーの師匠シーフーが、
そのまた亀の師匠に、彼をどうすればいいのか、訊ねるシーン。
悟っているからか、ゆっくりした声で呟く。
「信じて、育てて、導いてやるだけ」と。
「信じること、それだけでいい」と言いきってその場から去る。
さすが、カンフー映画、アニメまで、悟っている。
なかなか、見ごたえがある映画だったなぁ。
子供向けアニメ映画だったけど、恐るべし「カンフー」



2008年10月26日(日) ■
今の日本を支えてきたのは、私たち高齢者

最近、このフレーズをよく耳にする。
「今の日本を支えてきたのは、私たち高齢者」
たしかに、一面では、そうだ、と頷けると思うが、
今の日本が腐敗してきた原因も、高齢者と言えないだろうか。
現在の教育の乱れも、今に始まったことではなく、
戦後の教育方針のブレから、起きているとも言えるのだから、
そんなに声高に主張しなくても、いいのでは?と思ってしまう。
逆に「今の日本を支えてきたのは、実は今の若者たち」と
表現でもすれば、高齢者の評価はうなぎのぼりなのに・・。
自分たちの利用した医療費を払うのは嫌だ、と声高に、
「後期高齢者医療制度」に反対ばかりしていると、
高齢者を評価していた人や尊敬していた人からも、見放される。
是非、自分の損得を抜きに、大所高所から今の日本を眺めて欲しい。
批判を受けるのを覚悟の上で、政府・与党が行使した制度だからこそ、
その裏に隠されている意味を理解しなければならない。
「75歳以上を救うための制度」という表現も嘘ではないのかも。
これ、単なる私の独り言です。(汗)