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しもさんの「気になる一言」
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2010年01月18日(月) ■
風邪と下痢は体の大掃除

書籍「いまを生きるちから」(五木寛之著・角川文庫・227頁)から。
作品中に紹介されていた
「風邪と下痢は体の大掃除」というフレーズか気に入った。
日本の東洋医学を代表する野口晴哉さんの言葉だと言う。
「体がアンバランスになっている時に、
風邪や下痢はバランスを戻すために大事なこと。
風邪をひけないようなコチコチの体ではしょうがない、
風邪をひけば早く寝るし、下痢をすれば食事を制限します。
頭痛がひどい時は、じっと静かにしている。
どれだけ大きな危機を回避できているかわかりません」
ものすごく説得力のある考え方だと思う。
さらに「不安も同じ、人間が持っている防衛能力」。
不安になると、心(気持ち)が萎(な)える。
「萎える」は、心がしなっている状態のことだから、
しなうことによって、曲がることによって、屈することによって
重い荷物をするっと滑り落して、またもとの状態に戻れる訳だ。
「不安」になることを勧めているわけではないが、
不安になることは、悪いことではない、と理解できた。
「不安」を感じないまま突き進む方が、私は心配だなぁ。



2010年01月17日(日) ■
「あなたっていい人ね」「それが僕の弱点さ」

映画「ホリデイ」(ナンシー・メイヤーズ監督)から。
私の好きな「ロマンティック・コメディ」だからか、
観終わった後、スッキリした。(笑)
さて、物語としては、
お互いの家や車を交換して休暇を過ごす
“ホーム・エクスチェンジ”をすることによって、
人生の新たな一歩を踏み出していくのであるが、
「長電話ランチ」とか「久しぶりの初デート」
「1978年以来ずっと暇だよ」など、
面白い台詞も満載であった。
その中で選んだのは、最近の「草食男子」を
言い当てている会話。
「あなたっていい人ね」「それが僕の弱点さ」
思わず、うんうん・・と頷いてしまった。
「いい人」で終わってしまう男性が増え、
「男はみんなオオカミよ」は、死語になったのか、
「あなたっていい人ね」は、誉め言葉ではなく、
「(勇気がなく)弱気なのね」と同意義のようだ。
でも、このフレーズ、覚えておこう。
いろいろな場面で使えるような気がするから。



2010年01月16日(土) ■
葬式らしい葬式だったね

久しぶりに、お寺での告別式に参列した。
(まぁ、お寺関係者だから仕方ないけれど)
お通夜は、1月の寒さに震え、ストープを囲み、
告別式は、お寺の庭に咲く梅の蕾を眺めたり、
厚いコートを、お焼香直前まで、着ていたり・・。
ほんの少し前までは、こんな葬式の光景だったのに、
いつしか、葬祭会館が主流になり、
季節を問わず、冷暖房の行き届いた施設の中で、
お通夜、告別式が執り行われている。
今回の告別式の帰り、知人が私に向かって呟いた。
「葬式らしい葬式だったね」
言葉として、正しいかどうかはわからないけれど、
「そうですね、私もそんなこと感じてました」と返した。
自宅でのお通夜、お寺での告別式。
故人の知らない一面を知る機会だったのかもしれない。
「あの日はものすごく暑い日だった」とか
「お通夜は雨が降ったよね」という記憶もなくなる。
現在のお葬式を否定しているわけではないが、
なんだか懐かしく感じたお葬式を、
「葬式らしい葬式だったね」という言葉で残したい。



2010年01月15日(金) ■
美人ビジネス、花盛り

いつだったか、巷の話題は「美人」という話を耳にした。
それも、整形等で作られた「美人」ではなく、
素人の「美人」が、受けているということだ。
「美人時計」「美人暦」、はたまた「美人鍋」
なんでも「美人」を冠に付ければビジネスに繋がる。
そんな特集のとりあげ方だった気がする。
この先にあるものは、なんだろうか。
私には、まったく予想がつかない。
「イケメン」の単語が流行った時にも、同じことを感じた。
子どもたちには「優しい心が大切」と教えておきながら、
大人たちは「美人」に夢中になっている日本、
やはり、どこか違う気がする。
ところで「美人」の定義ってあるのだろうか。
「(誰がみても)美人」という定義なのだろうが、
それさえ怪しい。
その時代背景や、国々によって「美人」の定義は違うし、
「美しい」という言葉は、それぞれの感性なので、
人によって、違うことは、説明する必要もない。
日本って国は「美人」という言葉に弱いことだけは
この現象で、ハッキリした気がする。



2010年01月14日(木) ■
太陽系における一個の彗星たり

書籍「坂本龍馬に学ぶ」(新人物文庫・堂門冬二・287頁)から。
以前から、堂門冬二さんの歴史人物作品が好きで
機会あるごとに、彼の作品は読んでいたが、
今回は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」にあわせて、
この作品を読んでみた。
龍馬を、ワンフレーズで表現したい、と考えていた私には
「坂本龍馬は、太陽系における一個の彗星たり」が心に残った。
「維新土佐勤王史」に書かれている、
龍馬と武市半平太との関係らしい。
「坂本龍馬は、太陽系における一個の彗星たり。
故に必ずしも瑞山(武市半平太)を中心とする軌道を
回転するものにあらずして、時には遠ざかり、時には近づく。
又この彗星に吸引される一、二の遊星をも有せり。」
この彗星の動きは、龍馬像として、捉えることもできる。
彼の元に、多くの人が集まったのは、
彼がアウトサイダーであっても、反社会的ではないという
信頼感があったのではないか、と堂門氏はいう。
なるほど、彗星も太陽系を外れるわけではない。
私も、こんな生き方をしたいなぁ。



2010年01月13日(水) ■
その道の一流の表と裏を知ること

映画「プライド」(金子修二監督)から。
原作は、漫画家、一条ゆかりさんの同名コミックを映画化。
さて物語の序章、レコード会社副社長役の及川光博さんが
「成功の秘密」を教えてあげようか、と主人公の1人に近寄る。
ひとつは「どんなにみっともなくても、
与えられたチャンスに食いつくこと」
もうひとつが「その道の一流の表と裏を知ること」
私は特に、2つ目のフレーズに引っかかった。
与えられたチャンスは逃すな・・は、表現は違えど、
何度か耳にした発想であったが、
「その道の一流の表と裏を知ること」という視点は
なかなか面白いと思った。
「一流になりたかったら、超一流を経験しなさい」、
そう教えられたことがあり、以後、心に刻んでいたが、
今回のフレーズは、また違った心構えとなった。
どの世界にも、必ず「表」と「裏」が存在する。
「表」だけを知っていても、「裏」だけを知っていても、
それは「成功」には、ほど遠い。
だからこそ、その道で成功したければ、
「裏と表」を知るべきである、とは、妙に説得力がある。
どうせ少女漫画のコミック化、とあまり期待してなかったが、
どうしてどうして、51歳・男性でも意外に楽しめた作品である。



2010年01月12日(火) ■
雨が降り 嵐が来ても 最後は晴れる

ネットで見つけた「座右の銘メーカー(うそこメーカー)」から。
http://usokomaker.com/zayu/
自分の名前だけ入力すれば、それだけで
その人の「座右の銘」が、表示されてくる。(笑)
私の場合は「雨が降り 嵐が来ても 最後は晴れる」。
これって、本当に「座右の銘」にしたくなるほどだ。
しかしながら、こんなことは稀で、ほとんどがジョーク。
「ベッドの上では 乱れりゃいい」
「朝やって 昼もやって 夜もやる」
こんなシモネタも表示されるから、またまた面白い。
「雨が降り 嵐が来ても 最後は晴れる」で、
インターネット検索したら、とても多くの人が
「座右の銘メーカー」で、私と同じ
「雨が降り 嵐が来ても 最後は晴れる」をゲットしていた。
まぁ、使えそうだから、そのうち「名刺」にでも書こうかなぁ。



2010年01月11日(月) ■
イチローの4割と、白鵬の70連勝

これからのスポーツ界で楽しみにしている記録、
そんなことをテレビ画面の中で、
漫画家、やくみつるさんがコメントしていた。
スポーツ大好きの私としては、 なるほどなぁ、
と思える数字であったからメモをした。
どちらも、完全に無理な数字ではない。
気力が充実している彼らには、その可能性がある。
特に、昭和の名横綱、双葉山の持つ69連勝を抜く、
白鵬の70連勝は、見てみたい気がする。
私の好きなフレーズの1つである
「いまだ 木鶏に及ばず 双葉山」は、
今は亡き、安岡正篤先生から、
双葉山が 「王者」とはどういうものかを教えてもらい、
それを目指して頑張ったのに69連勝でストップした時、
安岡先生にあてた電報として、有名であるが、
その「王者」の風格を「白鵬」にみせてもらいたい。
相手を圧倒するような闘志溢れる気迫ではでなく、
「泰然自若」、言い換えれば、ゆったりと落ち着いて
平常と変わらないさまでいながら、勝負には負けない。
そんな相撲を、是非、期待したい。



2010年01月10日(日) ■
読み聞かせは、誰でも出来るボランティア

快晴・無風の成人式、連休とあって多くのイベントが重なり、
新聞記者は、大忙しの日に違いない。
我が町も、また新しいイベントがスタートした。
こども交流館で、今日から始めた、素人による「読み聞かせ」。
読み聞かせは、そういったサークルに入っていなくても、
子どもたちのために、心を込めて読むことが出来れば、
それだけでいい、と私は思っている。
上手い、下手は、大人たちが勝手につける基準であり、
真剣に耳を傾けている子どもたちには、関係なさそうだ。
今日は、直前まで「成人式」に参加していた「新成人2人」が
真新しいスーツや振り袖姿で、子どもたち相手に、
お気に入りの絵本を片手に「読み聞かせ」をしてくれた。
忙しいところを参加してくれて、こちらがお礼を言うべきなのに、
新成人に「ありがとうございました」とお礼を言われ、
「いい経験をさせていただきました」の気持ちが伝わってきた。
成人式を終えて、最初の社会貢献が「読み聞かせ」。
彼らの好意に報いるよう、これからも長く続けていこうと
心新たに、このイベントを見守った。
いつの日か「読み聞かせのまち」と言われるよう、
大切に育てていきたいと思う。
2人の新鮮な読み聞かせを、このフレーズに託したい。
「読み聞かせは、誰でも出来るボランティア」

PS.
賛同者、随時募集中。経験・性別・年齢・住所等、一切問いません。
総理大臣が参加したいと言っても、先着順。(汗)



2010年01月09日(土) ■
どうして、メクソは目頭から出るのか

今年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」から。
やっぱり、1回目を思い出すには、この台詞。
(2回目の前に、アップしなくちゃ・・(汗))
今回の坂本龍馬は、妙に庶民っぽいぞ・・と
感じるには、申し分ないフレーズであった。
「クソは、尻から出るもの」と言いつつ、
「どうして、メクソは目尻からではなく、
目頭から出るのか」と悩むシーンは、そのひとつ。
しかし、親を目の前で殺された子どもたちには
「辛くとも負けたいかんぜ」と励まし、
階級の上の者に逆らって、殺されそうになった者には
「上士と喧嘩したって何も変わらん、
詰まらんことで、命を捨てるな」と叱咤。
ある時は「憎しみからは、何も生まれん」と諭し、
最後は「海に比べたら、土佐はこんまい」と口にする。
そんな彼が「どうして、メクソは目頭から出るのか」。
織田信長や篤姫の夫、徳川家定のように、
ウツケのふりをしているのか、私にはわからない。
ただ、次回も観てみよう・・と思わせる魅力はあった。