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しもさんの「気になる一言」
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2010年02月27日(土) ■
読書して疲れるようではまだ本当でない。

今回の気になる一言は、私の愛読しているメルマガ
「安岡正篤一日一言 〜心に響く366の寸言〜」から。
2月8日の一言【本当の読書】
「読書して疲れるようではまだ本当でない。
疲れた時、読書して、救われるようにならねばならぬ。」
う〜ん、奥が深いなぁ。
小市民の私たちは、疲れた時に「読書」なんてしないもの。
読んでも、新聞か、漫画。(汗)
でも疲れた時、本を読んで、心が救われるような感覚を持てたら、
どんなにいいだろうか、と思う。
勿論、体力的な疲れではなく、脳が疲れている時であるが、
そんな本をいつも持ち歩いていれば、素晴らしい。
愛読書というより「座右の本」って感じかな。
読書は、時間つぶしや知識習得のためではなく、
疲れを取るためにするなんて言えたら、格好いいなぁ。
この境地になるまで、読書を続けてみようっと。



2010年02月26日(金) ■
「人生」という文字から、4つの言葉を連想する

書籍「野村ノート」(野村克也著・小学館刊・218頁)から。
さすが、野村ノート、と唸るばかりだった。
メモは、当然のごとく溢れ、仕事にもプライベートでも
役に立つことばかり。
これからも何度か「気になる一言」に登場するだろう。
今回、選んだのは、冒頭に書かれている。
「人生」という文字から、私は4つの言葉を連想する。
「人として生まれる」(運命)
「人として生きる」(責任と使命)
「人を生かす」(仕事・チーム力)
「人を生む」(繁栄・育成・継続)
読む人の「立場」や「環境」などで、意味が違う「人生」、
彼らしい定義だと思ってメモをした。
改めて、辞書を引くと【人生/人世】
1 人がこの世で生きていくこと。また、その生活。
「第二の―を送る」「―を左右する出来事」「―経験」
2 人の、この世に生きている間。人の一生。生涯。
「芸術は長く―は短い」
[類語] (1)生(せい)・生活・日常・現世・生き方/
(2)生涯・一生・一代・終生・畢生(ひっせい)・ライフ
さて、あなたは「人生」をどう連想するだろうか。



2010年02月25日(木) ■
自分の心を乱さずに対応する力

平成22年2月22日「踏んだり蹴ったりだな」そう思った。
けれど、今は違う。これは「贈り物」だと思えてきた。
私に足りない「自分の心を乱さずに対応する力」を。
自分の日記で「試練」を検索してみると、2件がヒットした。
http://www4.diary.ne.jp/user/446618/
1997/12/30 神様は越えられない試練は与えない
2004/10/20 神様が日本に試練を与えているみたいだね
どちらも、同じようなことを言っている。
言葉として、なるほどなと感じ、一般論としてメモしたのだが、
それを一度、自分の心に入れ、咀嚼し、さらに体験により実感し、
自分の言葉として語るには、時間がかかったということだろう。
今後、どんな辛いことが重なっても、乗り越えられる気がするし、
他人に、自分の言葉として語れる気がしている。
我が家の床の間に飾られている「不動心」と書かれた掛け軸。
約25年前から、そこに掛けられているはずなのに、無関心だった。
しかし、今朝は妙に輝いて見える。
たぶん、表向きはなんら変わらないのだろうけれど、
何かわからないものが、51歳の私の心にストンと、落ちた気がする。
「神に、仏に、義母に、加害者に、そして仕事に」感謝したい。



2010年02月24日(水) ■
過失割合ゼロの事故こそ、保険屋さんが必要

義母が亡くなる12時間前、平成22年2月22日午前6時半頃。
容態が安定したと判断して、3日前に急遽駆けつけていた娘を
東京での仕事に戻すため、三島駅まで送る途中、
信号待ちで停車していたところを、猛スピードで追突された。
その衝撃は、ここでは表現できないくらいである。
ただし事故の詳細を書くつもりはない。
気になっているのは、加入している保険屋さんの役割である。
私の認識では、保険屋さんの仕事は、
「事故を起こした場合(巻き込まれた場合)の一切の交渉」。
しかし、現実は違う。
完全な被害者(停車中の場合など)、こちらの過失割合がゼロは、
交渉する必要がないため、仕事の範囲ではないようだ。
確かに、理屈はわかる。自分の支払いを少なくする交渉は
何度かお世話になってきたから。
だが、敢えて言うならば、過失割合ゼロのようなケースでも
保険屋さんは交渉をして欲しいと願う。
こちらは一方的に被害を受け、忙しい合間をぬって病院に通い、
心身ともにボロボロの状態なのだから。
逆に、過失割合ゼロの事故こそ、加入者の手間を一切煩わせない
完全な手続きや交渉が望まれる。
今回は、私の誤った認識を記録に残し、今後の糧としたい。
「過失割合ゼロの事故こそ、保険屋さんが必要」



2010年02月23日(火) ■
娘婿の私は、とてもお気に入りでしたよ

昨年11月から入院し、1度も退院する事なく、
忘れることのない、平成22年2月22日の夜、他界してしまった義母。
最後まで、意識はしっかりしていて、私が手を握ると
力を入れ返して、元気なところをみせようとした姿が懐かしい。
平日のほとんど毎日、私の昼休みの日課となっていた「病院通い」も
もうできなくなってしまったのか、と思うと、ちょっと淋しい。
寒い気温の中を自転車で通いながらも、もう少し温かくなってきたら、
ジョギングでもしながら、病院通いをしよう、と決めていたのに。
この日がいつかは来ることを恐れながらも、
妻と娘、そして実母の献身的な態度に、皆が社会人になり、
どうしても離れ離れになりやすい家族というものを
「義母の看病」を通して、気持ちが繋がったような気がする。
そう言う意味では、命をかけて「家族の大切さ」を気付かせてくれた。
口の中に酸素吸入の管が入りっぱなしで、さぞ辛かったに違いない。
しかし、私が「調子はどう?」と顔を覗くと、何事もなかったように
手を握り、満面の笑顔で迎えてくれた。(涙)
やはり、最後は「ありがとうございました」しか浮かばない。
大好きだった「ジャイアンツと大相撲とマラソン」を肴に、
ほとんど義母の分も私が食べてしまう「うな重」を出前してもらい、
「アイスクリーム」と「三ツ矢サイダー」でお口直しをし、
帰宅する時に、必ず頂くおみやげの「ヤクルト2本」のパターンを、
娘婿の私は、とてもお気に入りでしたよ、おかあさん。



2010年02月22日(月) ■
平成22年2月22日

朝から、ラジオやテレビで耳にした「2」が並ぶ珍しい日。
明日になれば、みんな忘れるんだろうけれど、
私にとっては、忘れることのできない日となった。
朝から深夜まで、いろいろなことがあり過ぎで
何から書けばいいのか、まとまりそうもない。
「平成22年2月22日」これも、私にとっては「気になる一言」。
ごめんなさい、今日は「ヤクルト」飲んで寝ます。



2010年02月21日(日) ■
それ(フリース)、どこで買ったんですか?

地元の大型ショッピングセンター内を歩いていたら
突然、若い男性に声を掛けられた。
「それ(フリース)、どこで買ったんですか?」
「えっ?」と振り返ると、
私が冬愛用のお気に入りフリースを指差している。
胸には「WHISTLER CANADA」と刺繍があり、
今回の冬季オリンピック限定グッズと勘違いしたようだ。
確かに、2007年夏、カナダへ行った時に、
英語を一所懸命、勉強した自分へのご褒美として、
今、オリンピック真っ最中の「WHISTLER(ウィスラー)」で、
ゴンドラに乗る前に、現地のショップで購入した。
寒い国の製品だからだろうか、軽いわりに予想外に暖かく、
翌年から、しつこいくらいに着ている一着である。
(日本とカナダでは、体のサイズが違うのだろう、
[Lサイズ」が、ちょっと大きいのが気になるが・・)
「すみません、現地で買ったものなので」と言いつつ、
ちょっぴり自慢の私がいた。ごめんなさい。(汗)
旬が過ぎたら、そろそろ春だし、部屋着に格下げかな。



2010年02月20日(土) ■
イギリスはコンシードですね

バンクーバー冬季五輪カーリング女子、日本代表が、英国と対戦し、
第9エンドに勝負を決めた瞬間、握手する両チームを見て
解説者が「イギリスはコンシードですね」と専門用語(笑)を口にした。
あまり耳にしない単語だったので、さっそく調べてみたが、
「concede」の意味は
〜を(真実・正当であると)認める, (〜であると)容認[是認]する
〈相手の勝利・自分の負けなどを〉(公式に確認される前に)認める。
なんと、ゴルフ用語として紹介されていた。
相手の次のストロークを免除すること。俗にいうOKボールのこと。
マッチプレーでは、ホールごとの勝敗を決めるだけだから、
相手のボールが明らかに次のストロークでホールインすると考えた場合、
「コンシード」することが認められている、とルールブックにある。
日本ではコンシードするときに「OK」と声をかけるので
「OKパット」などと呼ばれることが多い。
逆に明らかにストロークで相手を上回れないと分かった時点で
そのホールはギブアップとすることも出来る。
そういう意味では「イギリスはギブアップですね」の方が近い気がする。
ただ、コンシードは、相手に敬意を表す意味もあるらしい。
そういう意味では「イギリスはコンシードですね」なのかな。



2010年02月19日(金) ■
「雨水(うすい)」の前日は「大雪」だった

今日は、二十四節気の1つ「雨水(うすい)」。(冬至から60日?)
この日から「啓蟄」までの期間をさすという考えもあるらしい。
空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ。
それゆえ、この時節から寒さも峠を越え、衰退し始めると言われ、
昔から農耕の準備を始める目安とされてきた。
そんな「雨水」の前日は「雪」だった。それも原因は「暖冬」だとか。
三寒四温を繰り返し、ひと雨ごとに温かくなるはずなのに、
朝起きたら、久しぶりの「積雪」、
テレビでは雪景色の「バンクーバー・オリンピック」。(笑)
何年経っても思い出せるように、気になる一言。
「『雨水(うすい)』の前日は『大雪』だった」としてみた。
でも、七十二候では「土脉潤起」(つちのしょううるおいおこる)
「土が潤い起る」(雨が降って土が湿り気を含む)という意味がある。
文字を見るだけで、暖かくなってくるのは私だけだろうか。
七十二候は、2/24霞始めてたなびく(かすみはじめてたなびく)
3/01草木萌え動く(そうもく もえうごく)と続く。
なんだか春めいてきて、とても楽しみである。



2010年02月18日(木) ■
青年の身体が信念でよくならずに、どうするんだ

俳優・藤田まことさんが他界したニュースを受けた。
思い出したのは、2008.03.16に鑑賞した映画「明日への遺言」。
当時の気になる一言には
「『報復』ではありません。『処罰』であります」という
フレーズを紹介した。
今回は、当時のメモを引っ張りだし、彼の演技を思い出しながら、
「青年の身体が信念でよくならずに、どうするんだ」を選んだ。
どんな場面だったか、誰が口にした台詞だったか、
残念ながら思い出せないが、言葉としてインパクトがあった。
今で言えば、青年の身体は、
安全な食品をバランスよく30品食べることで良くなるのではない。
若者だからこそ「信念」で身体を良くしてみろ、というような台詞、
なるほどなぁ・・と思いながら、このフレーズを読み返した。
この言葉が使われた物語の舞台は、規律の厳しい終戦の頃だけど、
「現代」の私たちにも使えそうな台詞だし、
青年に限らず、壮年の私たちにも使える、とも感じていた。
いつの世でも「信念」をもって生きる事の大切さを教えていただいた。

PS.
「愛する人へ遺したいものがある」とサブタイトルのついた
藤田さん主演の映画「 明日への遺言」、是非、観て欲しい。
藤田まことさんのご冥福を祈ります。合掌。