≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2010年05月08日(土) ■
この場面、拍手のしどきですよ

第254回泉のまち音楽会「日本の歌と世界の歌」
オペラがこんなに楽しいなんて知らなかった。
出演者は、村上達哉さん(テノール)、
有賀美聡さん(ソプラノ)、和佐祐子さん(ピアノ)。
このコンサートの面白さは、出演者のトーク。
「普段は、何をしているんですか?」「小学校の先生です」
「途中で、イタリア語と英語を間違えちゃいました。
わからなかったでしょ?これが外国語で歌ういいところです」
歌が上手い人は多いけれど、トークも上手い人は少ない。
第二部のオペラ「ラ・ボエーム」より第一幕。二重唱。
(冷たい手〜私の名はミミ〜なんと優しい娘)
イタリア語で歌う前に、彼がストーリーだけでなく、
オペラの見方、拍手のタイミング、声のかけ方などを
ユーモアたっぷりに解説してくれたおかげで、
本当に楽しく観賞できた。
そのひとつが「この場面、拍手のしどきですよ」。
次から、オペラ観賞が楽しみになってきた。
「ブラボー」「ブラバー」「ブラビー」の違いもわかったし。



2010年05月07日(金) ■
拍手は、節と節を合わせない

情報源は、たしか、飲んだ時の先輩のウンチク。(笑)
妙に関心して、メモをしてしまった。
拍手の仕方、そんな話で盛り上がっていたら、
「拍手は、節と節を合わせてはいけない。
節合わせ(不幸せ)にならないために・・」みたいな話。
それからというもの、私は拍手をする時は、
手のひらを少しずらし、指の節が合わないように、意識している。
仕事をしていると、意外と「拍手」する機会が多く、
こんなに「拍手」ってするものなのか?って、驚いたのも事実。
「お礼」の意味や「賞賛」「祝福」の意味も含め、本当に多い。
なぜか、歓送迎会などの乾杯のあとにまで、拍手。
不思議な習慣だなぁ、と思いながらも、なぜか嬉しい。
ただし、手のひらをずらし過ぎて、
1番目の節と2番目の節が、合わないようにしたい。
意味を知っていながら「不幸せ」になりたくないから。



2010年05月06日(木) ■
応援してきてくれた人たちを裏切りたくない

書籍「プレジデント」で見つけた、上戸彩さんのコメント。
9月で25歳になるという彼女も、いろいろな壁にぶつかりながら、
「女優」という職業を、精一杯こなしている、と言うのが私の印象だ。
ただ、他の女優さんらと違って、当たり役のような作品が少ない分、
途中で挫けそうになるのかもしれない。
それを支えているのが、
「応援してきてくれた人たちを裏切りたくない」という思いらしい。
わかる、わかる・・その気持ち、とメモをした。
本当は、自分なりに頑張ればいいのかもしれないが、
ここまでたどり着いた過程で、多くの人たちが応援してくれた。
だから、その期待に応える働きをしたい、と思うのだろう。
こんな私でも、そう思うことがしばしばある。
そんな見えないプレッシャーと戦いながら、日々を過ごしていると、
本当に、今日の仕事は、ここまででいいのだろうか、
もっと勉強しなくちゃいけないんじゃないだろうか・・と
不安に押し潰されそうになるのだが、それを支えてくれるのは
「応援してきてくれた人たちを裏切りたくない」という思いである。
51歳で知った思いを、彼女は24歳で味わっている。
ますます、彼女を応援したくなってしまった記事であった。



2010年05月05日(水) ■
「忍耐」を祈れば、神は「忍耐」をくれるか?

映画「エバン・オールマイティ」(トム・シャドヤック監督)から。
神が主人公・エバン(アメリカの下院議員)の前に現われ、
ノアのごとく箱船を作るよう告げられる。
ストーリーとは直接関係ないが、「ノアの箱船」について
こういう定義があり、メモをした。
「ノアの箱舟、神の怒りと勘違いしている。愛の物語だと思う。
信じあう心だ。動物はカップルで現れて、互いに助け合う。
ノアと家族もだ。皆が寄り添って箱舟に乗る。」と。
さらに、夫婦関係に悩んでいた妻に、
神がこうアドバイスするシーンがあり、慌ててメモをした。
「『忍耐』を祈れば、神は『忍耐』をくれるか?
それとも『忍耐』を手に入れるチャンスをくれるか?
『勇気』を祈れば、神は『勇気』をくれるか?
それとも『勇気』を手に入れるチャンスをくれるか?
『家族の絆』を祈れば、神は『あったかい温もり』をくれるか?
それとも『愛し合う』チャンスをくれるか?」と。
これって、とてもシンプルな考え方だけど、わかりやすい。
手に入れる方法は、そのチャンスをいかすかどうか。
もう一度しっかり「愛し合う」ことが出来れば、
家族の絆に包まれた、あったかい温もりが手に入るということ。
う〜ん、さすが神様のアドバイス、奥が深い。



2010年05月04日(火) ■
「自主上映会」を支援する町もいいな

先日、メーデーに働くことの意義を考える映画、
「明日へ紡ぎつづけて」を観賞して感じた。
ある意味では、偏った意見・主張に流されやすいが、
それを差し引いても、観る価値のある作品は多い。
地球の環境破壊を問題提起した
「地球交響曲」ガイアシンフォニー(Gaia Symphony)や
障害者をテーマにした「1/4の奇跡」など、
私も、何度か自主映画に足を運んだからわかる。
商業施設の映画館で上映される映画のような
派手さはないが、観てみるとわかりやすく、幅広い層に
共感がじわじわと広がっていく自主制作の映画は、
本を読むことをやめ、考えることを忘れた人間にとって
とても刺激的な「視聴覚教育」になるに違いない。
上映会を企画している人たちは、常に場所を探している。
何年か先の「映画監督」を育てるくらいのつもりで、
「自主上映会」を支えていけたらいいな。
「人を育てる」とは、そういうことなのだろうと思う。
有名人の裏話的な講演会より、ずっといい気がする。
言いすぎだろうか?(汗)
全国自治体の手本となるお金の使い方をしてみたい。



2010年05月03日(月) ■
なんでおめぇ、ああいう奴とつきあわねぇんだ

NHK大河ドラマ「龍馬伝」から。
坂本龍馬が勝海舟に、海軍の仲間の考え方がおかしいけど、
どうしたら、その考え方を変えられるか、と相談したら、
他人の忠告などで、変わるものではない、
「人は、肌で感じて変わっていく」ものだと諭される。
なるほど・・とメモしたが、今回は、ちょっと違う視点で選択。
開国派・勝海舟を切ってこい、と、攘夷派・武市半平太に頼られ、
勝の屋敷に乗り込んだものの、眼前に突きつけられた「地球儀」から、
世界の大きさ、日本の小ささを知り、素直に驚いた岡田以蔵は、
勝海舟に気にいられ、坂本龍馬とともに、飲みに行く。
そして、冒頭の話を耳にする。
勝の回答に納得して、勢い良く部屋を飛び出していった坂本龍馬を
慌てて追う以蔵に向かって、勝海舟が呟く。
「(なぁ、以蔵。)なんでおめぇ、ああいう奴とつきあわねぇんだ」
勿論、私はメモ帳に、平仮名ばかりの横殴りの文字で書き取った。
こういう台詞をいつの日か、誰かに言ってみたい。
「なんでおめぇ、ああいう奴とつきあわねぇんだ」
勝海舟・人材育成のヒントを、このフレーズで見つけた気がする。
参考にさせてもらおうっと。



2010年05月02日(日) ■
洗車とメイクは、どこか似ている

久しぶりに私の雑感である。
朝から天気がよかったので、愛車の洗車に踏み切った。
水洗いから始まって、最後にタイヤワックスをかけるまで、
およそ1時間、ふだん磨くことが出来ない部分まで手をかけて
汗びっしょりとなって終えた。
特に、油で汚れていたホイールを丁寧に拭き取り、
仕上げにタイヤワックスで真っ黒に仕上げ、横から眺めたら
見違えるくらいキレイになった気がした。
そんな時、なぜか、女性の化粧が頭に浮かんだから不思議。(笑)
洗顔から始まって、いろいろメイクを施し、
ある程度(汗)、キレイになったところで、最後に唇に口紅を塗る。
(ルージュをひく・・の方が、現代風の表現かもしれないが)
口紅を塗り終えた直後、顔がキリっとしまる感覚が、先ほど私が、
タイヤワックスを塗り終えた時に感じた感覚と似ていた。
洗車や化粧を終えたという、ケジメみたいなもの。
さて、今日も張り切って出かけるか、という最後の気合い。
う〜ん、うまく表現が出来ていないかもしれないけど、
でも感じたんだよ。「洗車とメイクは、どこか似ている」ってね。



2010年05月01日(土) ■
書くということは、自分を見つめること

映画「明日へ紡ぎつづけて」(山本洋子監督)から。
自主上映作品「あの熱き青春の日々・
10万の少女たちが残したものは」の副題が示すように
繊維工場労働者の戦いを描いたドキュメンタリー映画。
1950年代版の「女工哀史」という感じで観終えた。
(「女工哀史」は、細井和喜蔵著・大正期の悲惨な女工の
労働状態を生々しく伝える貴重な資料。)
このような映画が、どうして出来たかと考えたとき、
苦しいことを「苦しい」と書かず、どのように苦しいかを
具体的に書いて残したからだと思う。
それが、彼女たちの残した日記や写真、文集づくり。
書きながら、自分の内面を見つめ、
それが深く記憶の底に刻まれ、今、鮮明に思い出された。
「生き証人」としてのコメントは、非常に重たい。
だからこそ、私は「書く」ということをみんなに勧める。
彼女たちが当時を振り返って、何度も口にした
「書くということは、自分を見つめること」を
今回の「気になる一言」とした。
これが「自分史」の基本であり、郷土資料にもなる。



2010年04月30日(金) ■
壁に「救命」の文字(習字)

映画「ショートバス」(ジョン・キャメロン・ミッチェル監督)から。
たしかに「愛」と「セックス」をテーマに描いた人間ドラマだが、
とにかく驚いた。アダルトビデオより凄い内容だったから。(汗)
今まで観た映画の中では、私の枠をはみ出していたとも言える。
作品中「ショートバス」は「はみ出しものが集まるサロンよ」と
説明しているが、それでもわからなかった。
さらに予告編では
「そこは、愛が優しく交わる場所」というフレーズがある。
タイトルの「ショートバス」だけど
「短い大型の乗り合い自動車」の意味はなく、たぶん
「電気回路の電位差のある端子を、
故意または過失で接触させること。短絡。」と言う意味の「ショート」
「コンピューターで、各内部装置を結ぶ信号路」という意味の「バス」
ではなかろうか。
さて、今回の一言は、人に言えない悩みを抱えるカップルカウンセラー
(恋愛カウンセラー?セックスセラピスト?)の部屋に飾ってあった
「救命」の文字(習字)の額。実はこれに反応した。
カウンセラーやセラピストって、たしかに「救命」だから。
う〜ん、でもこの映画だけは、あまりお薦めしません。
アブノーマルを自認しているなら、興味本位でどうぞ。



2010年04月29日(木) ■
(私でよければ)押しましょうか?

観光地を始め、私の住む町でも、多くの場所で
デジカメのタイマーをセットしている人や、
交代で写真を撮り合っている人たちを見かけるが、
そんな人たちの傍を通るとき、
「(私でよければ)押しましょうか?」の台詞が
最近、すっと出るようになった。
以前は、そんなことが何も気にならなかったが、
朝、柿田川公園の中を通って通勤しているせいか、
気持ちが、ゆったりしてきたのかもしれない。
せっかくの記念写真撮影なら・・と思う。
恋人同士なら、2人が一緒に写っていた方がいいし、
グループなら、全員が入っていた方がいいに決まっている。
そんな時「お手伝いしましょうか精神」が芽生え、
全然知らない人にも、声を掛けることに抵抗がなくなった。
というより、50歳を過ぎ、何かギラギラにしたものがなくなり、
相手も不安を感じなくなったのかもしれないな。
撮り終えたあとに「感謝」されることが快感になっている。