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しもさんの「気になる一言」
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2010年07月17日(土) ■
本当に今の自分に必要なのか?

書籍「断捨離のすすめ」(川畑のぶこ著・同文館出版刊・157頁)から。
聞き慣れない「断捨離」とは
「不安・普遍・不快なモノを断ち、捨て、離れること。
その過程の中で『モノと自分との関係を問い直すこと』、
もう少し簡単に言えば『今、自分の手元、周囲にあるものは、
本当に今の自分に必要なのか?』と考え、行動することです」
と、著者は書いている。
片付け下手の私にとって、大きな気付きとなったフレーズである。
今まで「捨てる、捨てない」の基準は「使えるか、使えないか」だったが、
この本を読んで「使っているか、使っていないか」に変えてみたい。
「もったいない」という感覚も
「モノを大事に使うことの大切さ」を伝える言葉だと感じていたが、
実は「ムダなモノを取り入れないために使う」言葉と理解できた。
読後に、部屋を眺めたら、使っていないものばかり。(笑)
「『使い切れずにごめんね』と言って、手放しました」という著者を見習い、
私も、思い切って「今の私に必要のないものは捨てよう」と思う。
判断基準に迷いがあるから、なかなか進まなかった「片付け」。
実行してみて、その成果を読者に報告したい。



2010年07月16日(金) ■
バランスをとろうとしたのでは?

先日、参議院選挙を終えてから、サッカーW杯同様に、
にわか政治評論家が増え、いまだに結果を分析している。
5日ほど経過し、多くの方のコメントを聞きメモしたけれど、
私の一押しは、自民党・片山さつきさんの
選挙当日の夜「当選確実」が出てすぐ答えたインタビュー。
正確には
「あまりに振り子が左に偏っていたので、
バランスをとろうとしたのでは?」である。
ある選挙で、どちらかが大勝すると、
なぜか国民は不安になり、次の選挙では大敗させる。
その日本国民らしい傾向を
「バランス」という言葉でうまく表現したと思う。
結局は、偏った意見、偏った組織体制に慣れていない。
自分たちが投票した結果が、この結果を招いたのに、
面白い国民だなぁ・・とちょっと客観的に眺めていた。
平均が好きな国民性、「上・中・下」の「中」にも、
「中の上」「中の下」などの表現をしたがる国民だからこそ、
どちらかに、極端に偏るのを嫌うのかもしれない。



2010年07月15日(木) ■
子どもにまで「いじられキャラ」

今日から、町内3小学校の子どもたち95人が、
地域交流センターに2泊寝泊まりし、
お互いの交流を深める「通学合宿」がはじまった。
明日の学校は、地域交流センターから登校する。
そんな中、私もボランティアで参加しながら、
ある女の子のグループ6人とテーブルを囲み、
一緒に話しながら、夕食をともにした。
おかずの一品、茄子が食べれない子が多かったけれど、
「好き嫌いをしないで、食べてみようね」と声を掛けた。
どうしても食べれない子は、残しても良かったようだが、
もったいなかったので、少しならおじさんが食べるよ、と
仏心を出したのがいけなかった。(笑)
ご飯のおかわりのために席を立ち、戻ってみたら、
私の皿には、茄子が山盛り、いや、てんこ盛り。
みんなの皿からは、ほとんど茄子が消えていた。(汗)
そこで私の脳裏に浮かんだフレーズが
「子どもにまで『いじられキャラ』」
今日は、子どもたちと一緒に、地域交流センター泊。
まだまだ、ハプニングは続きそうだが、それも思い出。
アクシデントさえなければ、それでいいと思う。
たぶん「いじられキャラ」は、明日も続く予感がする。



2010年07月14日(水) ■
福祉は、普段の暮らしを幸せにする

何を今さら・・と、思うかもしれないが、
ある本で見つけた、福祉の定義である。
(ふ)だんの
(く)らしを
(し)あわせにする
昨年まで配属されていた「福祉課」は、
暮らしの最前線で、地域福祉を旗頭に、高齢者福祉、
障害者福祉、児童福祉・・と生活弱者に対する施策を
主に支えてきた気がするのだが・・。
本来なら、福祉とは、生活弱者だけでなく、
「町民の普段の暮らしを幸せにする」ことだと知って、
なんだか、胸のつかえがとれたようだ。
語呂もいい。勿論、私好み。
今度、福祉課の職員と飲む機会があれば、教えてやろう。
(本当は、飲まなくても、教えられるんだけど・・)
今年は「しょうがいがくしゅう」か、定義が難しい。(汗)



2010年07月13日(火) ■
いつか きっと

絵本「ちいさなあなたへ」(主婦の友社刊)から。
(文)アリスン・マギー (絵)ピーター・レイノルズ 
(訳)なかがわちひろ
自分の子どもが生まれた時から「ちいさなあなたへ」と
温かいメッセージを与え続けるストーリー。
母親が、愛しいこの子にも「いつか きっと」
こんな日が来るだろう・・と楽しみながら書いている。
これは、母親しか味わえない感情なのかもしれないが、
私は、何度も読み直して、この「いつか きっと」を
ピックアップしてみた。
この子には、こんな人生を歩んで欲しい、
こんな子どもに、こんな母親になって欲しい、という願いが
なぜか伝わってきた。
こんな人生を歩みなさい、という親からの命令ではなく、
優しい気持ちを持った子どもに育って欲しい、
そんな、アバウトな夢といった方が正しいのかもしれない。
絵も外国の人らしい、ホンワカした絵で、私を癒してくれた。



2010年07月12日(月) ■
龍馬はこの時から、あの「坂本龍馬」になっていったぜよ

NHK大河ドラマ「龍馬伝」から。
参議院選挙開票速報のために、放送時間がズレて、
見損なった人がいると思うが、
今回だけは、再放送でもいいから、観て欲しい。
それくらい、出演者全員の迫真の演技で、
ドラマだとわかっていながら、目頭が熱くなった。
参議院選挙とのタイミングよく
「この国を洗濯することぜよ」の台詞も飛び出し、
「坂本龍馬が、どうやって日本を変えるか、楽しみ」である。
さて、気になる一言は、
ドラマ最後に、ナレーターの岩崎弥太郎が呟くフレーズ。
「龍馬はこの時から、あの「坂本龍馬」になっていったぜよ」
今回の事件がきっかけで、普通の「龍馬」から、
皆が知っている、時代を変えた『あの』「坂本龍馬」になっていく、
そんな「日本の転機」となった内容だったからこそ、
神戸海軍操練所の同士に「わしらが真っ白にする」と
叫んだ台詞が、輝いていたのかもしれない。
参議院選挙の結果と比較して、考えてみるのも面白い。
さて、与党・野党の過半数などを気にせず、
日本を変えてみせるという政治家は、出てきただろうか?(汗)



2010年07月11日(日) ■
お盆の花火、それは大きな迎え火です

映画「その日のまえに」(大林宣彦監督)から。
ストーリー的にも、そんな目新しいものはなく、
自分の推測したとおりに物語が展開され、
今までいろいろ観てきた「死」をテーマにした作品と比べると
やや、見劣りした感じは払拭できないが、
主役の永作博美さんが好きだから、許しちゃおうって感じ。
気になる一言は、俳優の台詞ではなく、
ある商店街のイベント(花火大会)のキャッチコピーである。
「お盆の花火、それは大きな迎え火です」
「花火がお盆の迎え火になる」という発想は、共感できた。
各地で行われるお盆の時期の「大文字焼き」が、
「お盆の送り火」の役を担っている話は耳にしたが、
花火まで、そういう視点で考えることは面白かった。
先月、義母が他界し、今年の夏は新盆となるが、
夏に各地で賑わう花火大会が、迎え火となるのなら、
どんどん、花火大会に足を運ぼうと思う。
重松清さんの原作、図書館で借りて、読んでみようかなぁ。

PS.
2月に他界した義母の新盆で、妻の実家を訪れた。
昨年の今頃は、みんなの大好きな「うなぎ」を食べ、
義母のうなぎの半分以上は私が平らげていたっけ。
今年からは、一人前しか食べられないんだなぁ。(涙)



2010年07月10日(土) ■
えっ「つるびん」じゃないの?

先月の合唱練習で、同級生の彼女は、大きな声で驚いた。
「えっ『つるびん』じゃないの?」
なんと「笑福亭鶴瓶(しょうふくていつるべ)」師匠を
他の同級生に指摘されるまで「つるびん」と読むと
思っていたらしい。(笑)
「つるべだよ」と教えても、納得できない様子だったので、
帰宅後、調べてみたら、やはり「つるべ」であったが、
「つるべぇ」と誤読していた私たちと大して差はない気がする。
所ジョージさんは、以前、「しょうふくていつるびんさん」と、
親しみを込め、冗談混じりで呼んでいたことがあるらしいから、
一概に、間違いとは言いがたい。(汗)
しかし、もっと驚いたことは、兄弟子でもある笑福亭鶴光師匠も
しばしば「つるこう」と誤読されるが正しくは「つるこ」、の説明。
「嘘でしょ?『つるこう』じゃないの?」と私が叫んでしまった。
私こそ、これを調べるまで「つるこう」だと思っていたので、
とんだ恥をかくところだった。
読者にも「つるべえ」「つるこう」と口にしていた人は多いはず。
飲み会のネタには、使えるな、この話題。

PS.
今月は、仕事で合唱練習をお休みしました。
月に1度だから、休むと辛いんだよなぁ・・仕方ないけど。(汗)



2010年07月09日(金) ■
自民前向き、みんな反対

地元紙の1面トップ記事「年金制度協議7党賛成」の
大見出しを受けて、書かれていた中見出しである。
「自民前向き、みんな反対」
共同通信社が実施した「9党政策アンケート」結果。
確かに、前後の関係から「みんなの党」って判るけれど、
見出しだけ読んだら、
「自民党の前向き姿勢を、みんなが反対している」と
解釈されても、仕方がない。
新聞の見出しは、短い言葉で、読者にインパクトを与え、
本文をじっくり読んでもらうためのもの。
特に「みんなの党」を「みんな」と略すと、可笑しくなる。
「みんなが言ってたよ」「みんながそう思ってる・・」
私たちがよく口にする「みんな」(皆)と、使い分けないと
誤解を招くことになる。
そんな視点で読んでいるのは、しもさんだけだよ・・と
笑われたが、これって大事なことだと思って、
気になる一言にしてみた。
見出しだからって、短くすればいいってもんじゃない・・
敢えて、声を大にして訴えたい。言葉の力を知っているから。



2010年07月08日(木) ■
遺伝子が騒ぐ、サッカーW杯

どうして、こんな単純なスポーツが、世界中で広まり、
寝る時間を惜しんで、夢中になるのだろうか、
そんな疑問を解決してくれたのが、メル友のブログ。
(抜粋で申し訳ない)
「国ごとのチーム、つまり、遺伝子が近い民族ごとのチーム。
人間に限らず、生物は恐らく、遺伝子を後世に残すことが目的であり、
ゆえに遺伝子に操られている。 自分に近い遺伝子が勝ち残ること。
それを応援する者が大勢居ることを、世界中の他人に見せ付けること。
つまり、いざって時は自分らは結束するんだと喧伝することで、
自分に勇気を、他人に怖れを抱かせること。
日本を徹夜で応援し、朝まで騒いで勝利を祝う若者たちや、
公平でなければならないメディアが、こぞって韓国の勝利を喜び、
負けを悲しみ、そして敗北した北朝鮮に同情した・・・・。」
血が騒ぐのと違うのか?と訊ねたら「血が騒ぐのは、本能の仕業。
遺伝子が騒ぐのは、遠い祖先の記憶。」と回答があった。
アジア勢敗退に伴い、サッカーW杯熱も冷めてきた感がある。
「自分に近い遺伝子が勝ち残らなかったから」
妙に説得力がある「遺伝子論」でなかろうか。
あとは、スペインとオランダの遺伝子の戦いとなる。
ヨーロッパ同士の遺伝子、アジアには関係なさそうだな。(笑)