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しもさんの「気になる一言」
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2011年04月23日(土) ■
今一番大切なのは、国民への道徳・人権教育

「福島ナンバー拒否、教室で陰口・・風評被害に苦悩」の記事を、
とても憤りを感じて読み終えた。
首都圏民の電力をカバーしてきてくれた福島県民に対して、
そんな対応はないだろう、と思うことばかり。
世界で繰り広げられている地域間の争いって、
こんな些細なことから起こるんだろうな、と理解できた。
「恩を仇で返す」という意味を知っているだろうか。
「受けた恩に感謝するどころか、かえってひどい仕打ちをすること」
それでいて「そんなに言われるなら、わかりました。
それでは、首都圏の電力は東電の供給地域でお願いします」と
提案されれば、また不貞腐れるに違いない。
リズムの良い「頑張ろう、にっぽん」を口にしながら、
それをなにか流行・ブームのように勘違いしている気さえする。
今一番大切なのは、国民への道徳・人権教育。
間違っても「恩を仇で返す」「目には目を」の諺を教えないで・・。
相手の気持ちを踏みにじったり、郷土の誇りを傷つけられた時、
人は、相手構わず反撃に出ることも・・・。
「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」状態まで、被災者を追いつめないで欲しい。



2011年04月22日(金) ■
スーちゃんは、ローマ字では「SUE」と綴る

キャンディーズ、田中好子さんが他界した。
なにを隠そう、私は「キャンディーズ」の大ファンであり、
もう2度と再結成されることがなくなった、と思うと、
ありきたりの言葉だが、非常に残念だし、辛い。
後輩たちの「そんなに好きだったんですか?」の問いには、
ちょっとマニアックな(オタクっぽい)話題で、証明したい。
今、こうして日記を書きながら眺めているのは、
昭和53年3月25日発行、発行・発売「バンダイ出版事業部」
編集「石原企画」定価580円の「ジョイナス・マガジン」
タイトルは「LOVE CANDIES 思い出愛蔵版」(汗)
「スーちゃん」愛称の意味は、調べればわかるが、
ローマ字にすると「SUE」、誕生した時間は「午後8時」などは、
さすがに、インターネットでは出てこない。
引退に向けて、彼女が残したメッセージの一部に
「早く、素晴らしい男性をみつけて、結婚もしたいな、
将来はすてきなブティクもやってみたいし。
それより、まず、クルマの免許をとらなくゃ」と残している。
その後、女優業に専念し、平成元年公開の映画「黒い雨」では、
原爆の悲劇に見舞われたヒロインを務め、
日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など多くの賞に輝いた。
彼女の死は、脱・原子力へのメッセージかもしれないな。
(SUEちゃん、お疲れ様。私の青春でした、ありがとう。合掌)



2011年04月21日(木) ■
極めて低いレベルの・・

新聞で見つけた、風刺漫画だったかなぁ。
吹き出しの台詞が
「極めて低いレベルの『1日も早く・全力を挙げて』」
今年の流行語大賞にノミネートしてもおかしくない
「極めて低いレベルの・・」というフレーズ。
今回は、東電社長が繰り返した謝罪の内容が、事務的で、
心がこもっていないと感じたのだろう、
その謝り方が「極めて低いレベル」と判断したことを
原発事故以来、私たちが何度も耳にした言葉で皮肉ったけれど、
この「極めて低いレベルの・・」は、意外と応用が効く。
どんなことでも、つまんないなぁ、と感じたら、
「極めて低いレベルの、挨拶」とか、
「極めて低いレベルの、飲み方」など、
「接頭語」のように使うと、面白いのかもしれない。
何度も何度も繰り返されてきた、このフレーズ。
被災者を始め、日本国民はもう聞き飽きた。
心のこもった「極めて高いレベルの謝罪」をしてから、
辞任してもらいたい、と思うのは私だけではないだろう。



2011年04月20日(水) ■
1度、国内の原発を全部止めてみればいい

誰もが「危険」だと気付いているのに、
それでも「原発」は必要だし、安全なんだ・・と言い切る、
専門家と言われる人たちの、その根拠が知りたい。
そもそも原発の専門家は、原発の研究をするのに、
原発のお世話になっているケースが多いはず。
だから、原発推進派の人たちが、何度もテレビ画面に登場し、
机上の空論となりつつある「原発は安全」を訴えている。
私には、そうとしか映らない。
今後も計画停電のシュミレーションをするのなら、
東電の原発を全部を止めたら、これだけの電力が不足します、
という情報があってもおかしくない、と思う。
そこで私の呟きを、気になる一言にしてみた。
(東電と言わず)「1度、国内の原発を全部止めてみればいい」
首都圏から遠く離れた地域から、送電線を通じて送られてくる
電力のロスだって、相当なものだと予測される。
本当に原発が安全なら、首都圏の電力をまかなう為に、
東京湾に原発を建設すればいい。
関東ローム層には原発は無理、と言わずに、
電力の自給自足(地産地消)も考えてみてはいかがか。



2011年04月19日(火) ■
慰労の送別会、結束の歓迎会

昨晩は、職場の人事異動に伴う「歓迎会」だった。
先月「送別会」をしたが、手間はかかっても
(私の祝儀が増えても)別々の方がいいな、と感じた。
慰労の意味と、結束の意味、とでも言おうか、
送別会と歓迎会は、目的が違うから、
一緒に行うのは、やっぱり、不自然である。
今回も、管理職として、メンバーの動きを眺めていたが、
それぞれの雰囲気が明らかに違う。
送別会は、1年間、ともに苦労してきた仲間との別れに対して、
打ち上げの意味で、大騒ぎをして送り出す。
歓迎会は、このメンバーで、多くの懸案問題を解決しながら、
1年間を乗り切っていく、という意味で、
その結束力を高めていく儀式として捉えている。
どちらも、幹事にお願いして、(職権乱用?)、生ビール厳禁。
男性も女性も、管理職も新人も、瓶ビール片手に、
お互い挨拶している光景は、私の大好きなシーンとなった。
今年も、このメンバーで頑張れそうだ。
厳しい中にも楽しい課の運営をしていきたい。



2011年04月18日(月) ■
心配が、いちばん毒ですから

映画「ディア・ドクター」(西川美和監督)から。
「僻地医療を題材に描いたヒューマンドラマ」という紹介に
ちょっと疑問符をつけたいが、なかなか考えさせられる作品だった。
医師の資格を持たない主人公、伊野(鶴瓶さん)が、
多くの村人たちの診断をしていたが、その中のアドバイス。
「心配が、いちばん毒ですから」
この一言だけで、多くの人の心配を安心に変える力があるようだ。
さっきまで元気のない村民が、ちょっぴり元気になって帰っていく。
信頼されればされるほど、医師免許の持たない伊野は、
いつばれるか、と心配が募っているようだった。
もしかしたら、村民に掛けていた「心配が、いちばん毒ですから」は、
自分自身に向けて発していた台詞だったのかもしれない。
資格を持たないからこそ、本物の医師以上に勉強したりもする。
あの屈託のない笑顔の影に、大きな悩みが見え隠れするからこそ、
それを見破っている数少ない人たちが、彼を支えていた。
さて、どれくらいの人たちが、知っていたのだろうか、
と観なおしたが、村人はみんな知っていたようにも感じるし、
おかしいなぁ、と疑ってはいたが、みんな信じていたとも思えるし・・。
とにかく、ラストシーンでホッとさせられた。
笑福亭鶴瓶さん主役作品の中で、私はこれが一番好きかもしれない。



2011年04月17日(日) ■
人間の最大の武器は習慣と信頼だ

映画「ゴールデン・スランバー」(中村義洋監督)から。
物語前半に交わされる会話。
「人間の最大の武器はなんだかわかるか?」
「さぁ・・」「習慣と信頼だ」
その意味が、話が進むにつれて、わかってくる。
そしてまた、途中で
「俺に残された武器は、人を信頼することだから」。
原作者の作家、伊坂幸太郎は何を言いたかったのか。
「信頼」していると思っている人に、どんどん裏切られ、
「信頼」というものを肌で実感して掴んでいく。
また、本人は意識していないからわからないが、
何十年も変わらない「食べ方」や「ボタンの押し方」。
これも、人間の大きな武器として、登場させている。
私の「読解力」では理解されない部分が、
もっともっと作品の中に、隠されているに違いない。
「黄金のまどろみ」と訳された「ゴールデン・スランバー」。
ビートルズの曲として紹介された、そのタイトルの意味もまた、
私にとっては、まだ読みきれていない。



2011年04月16日(土) ■
このコンサートに向けて練習していた帰りに・・

わが町自慢の「泉のまち音楽会」。今回は、チャリティコンサート。
「第266回、ピアノ・トリオコンサート」(ピアノ・明和史佳さん、
(ヴァイオリン・竹添みどりさん、村原実穂子さん)
東京音大卒業の3人の美女が、ステージに登場すると、
淡い色(クリーム、ビンク、ブルー)のドレスが、
会場全体に、暖かい春を運んで来てくれた気がした。
演奏者の語る「3.11」に対する想いは、やはり胸が締め付けられる。
「このコンサートに向けて練習していた帰りに、地震にあいまして」
と、約1ヶ月前を振り返りながら、静かに話し始め、
「こんなことをしていていいのだろうか、と悩みながらも、
自分たちに出来ることを・・と考えて、今日の日を迎えました」
と話す彼女たちは、とても輝いていた。
アンコール曲の「アヴェマリア(カッチーニ)」に、なぜか心が震えた。
実は「アヴェマリア」、ラテン語で直訳すると、
「こんにちは、マリア」や「おめでとう、マリア」を意味する言葉なのに、
どうして、こんなに悲しいんだろう、と私はいつも思う。
(本田美奈子。さんの透きとおった声とダブルからなんだろうな、きっと)
前後に開催された「復興支援チャリティコンサート」も含め、
多くの演奏者の方々が、演奏前に語る「被災地・被災者」への想いが、
いろいろ音となって表現されているな、と感じた。
私に出来ることは、こうして支援している人たちを紹介することかな。



2011年04月15日(金) ■
トランプでもジョーカーがいるから面白い

映画「交渉人 THE MOVIE タイムリミット 
高度10000mの頭脳戦」(松田秀知監督)から。
突っ込みどころ満載の作品だった。(笑)
まさか、素人・女性・腕に怪我・心臓の病を持った条件で
旅客機の着陸が出来るなんて考えてなかったから。
ストーリーとしては、予想外の展開に驚くシーンが続く。
場面設定をメモし忘れたが「えっ、どうして私の存在を?」と
呟く主人公に対して、ハイジャックの犯人がさらっと答える。
「トランプでもジョーカーがいるから面白い」
台詞と言うより、その発想が面白くメモをした。
正直なところ、今まで、トランプのジョーカーの役割なんて、
考えたことがなかったが、このフレーズで気付かされた気がする。
確かに、ジョーカーがないトランプゲームは、つまらない。
勝敗や結果が読めてしまうし、大ドンデン返しも期待できない。
手品のような時は、カード1枚としての役割しかもたないが、
ゲームとなると、ジョーカーが入るだけで、面白さが倍加する。
言い換えれば、平凡の中にも、
ちょっと刺激が必要ということか。
でも・・「ジョーカーは1枚でいい、何枚もいらない」
これが私の本音でもある。



2011年04月14日(木) ■
子供パワーを感じてから対処する

ある先生と、子供たちを「叱る」話になった。
同じ悪戯でも、子供たちの性格によって、
叱り方(強い口調だったり、諭したり)を変えるのかと思った。
ところが、私の意に反して、答えはタイミングらしい。
同じ子供でも、気持ちにムラがある。
だから、その時の子供パワーを感じてから対処するという。
パワーを感じない、元気のない時に、叱ると凹むだけ。
だから、今は叱っても平気だな、と子供のパワーを感じた時に、
タイミングよく叱ることが効果的と理解した。
これは、子供ばかりではない。
うちの職場でも同じことが言えそうだ。
悪いことをしたら、その場で叱らなければ意味がない、と
思っていた私にとって、ちょっと反省すべきことである。