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しもさんの「気になる一言」
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2011年05月13日(金) ■
礼儀は「体で表わす言葉」

(最近、情報源不明が多く、すみません(汗))
たしか「立派な日本人とは」というタイトルで
書かれていた文の一部である。
「基本は礼儀と親孝行の実践。礼儀は「体で表わす言葉」。
親孝行を通じて「感謝の心」を学ぶ。
人の為・世の為に尽くし、立派な人間になろうと常に努力し
挑戦し続けることである」と私の汚いメモが残っていた。
どんな美しい言葉を口にしたり、立派な文が書けたとしても、
その人の生活態度から、滲み出ている「礼儀」にはかなわない。
最近、そんな気がしていたので、私のアンテナに引っ掛かった。
「礼儀」とは、人間関係や社会生活の秩序を維持するために
人が守るべき行動様式。特に、敬意を表す作法。
「―にかなう」「―正しい人」「親しき中にも―あり」「―作法」
また、違う辞書には、
「礼儀」は対人関係での気配りや敬意、慎しみの気持ちにもとづく
行動の規範である、とある。
最近、「礼儀」を教わる・教える機会が減ったけれど、
本当は、他のことを教えなくても、礼儀だけは教える、
そんな仕組みを作らなければいけないんだろうなぁ。



2011年05月12日(木) ■
日本のトイレは、お尻を洗うのか?

映画「トイレット」(荻上直子監督)から。
実際は、私の読みが甘いのだろうけれど・・(汗)
どうして「トイレット」というタイトルなのか、
また、監督は何を伝えたかったのか、わからなかった。
作品中には、トイレに関する会話は少ない。
「トイレには、それぞれの国の文化が反映されているんだ」
「日本に行ったマドンナがこう言った。
日本の温かい便座が懐かしい」
「ただのトイレじゃない、日本の偉大なテクノロジーだ」
「つまり、日本のトイレは、お尻を洗うのか?」
「1度洗うと、誰もが病み付きになる」・・・
日本の洋式トイレの快適さは、私も愛用者として実感している。
(特に、痔の人には、効果があるらしい・・(笑))
だからこそ、これをどう作品として、料理するのか、
大変、楽しみだったが、結局、私の場合、消化不良で終えた。
なぜ、母は亡くなる直前に、祖母を日本から呼び寄せたのか、
それがわかれば、もう少し、理解できたのかもしれないな。



2011年05月11日(水) ■
羆(ひぐま)の晩酌

北海道料理の店「中むら」で見つけた、赤ワインである。
横には「富良野ツバイゲルトレーベ」の文字。
なんと言っても、ネーミングに惹かれた。
「羆(ひぐま)の晩酌」
こんなインパクトのあるフレーズは、
そう簡単には、忘れることが出来ないだろう。
まず、想像ができない、羆の晩酌。(笑)
誰が、どんな目的で命名したのか、その方が気になる。
それも「赤ワインで晩酌」とは、お洒落というべきなのか。
そう言えば、飲み屋でも、面白メニューを探しメモする癖、
町を歩いていても、面白看板、面白標語に反応してしまう癖、
ますますエスカレートしている気がする。
みんなは不思議がるが、日記のネタには困らない。
けれど、メモが多過ぎて、1つに選ぶことに困ってしまう。
「羆(ひぐま)の晩酌」・・メモしたのは、もう随分前のこと。
やっと「気になる一言」に登場です。(笑)



2011年05月10日(火) ■
戦争を知らない子どもが66歳になりました

「今年って、戦後、何年?」と訊かれて、
すぐ、答えることが出来なかったけれど、
このフレーズを覚えてから、すっきり出来るようになった。
テレビ番組のキャッチコピーだったと思う。
「戦争を知らない子どもが66歳になりました」
実は、私たちの青春時代に「戦争を知らない子どもたち」という
フォークソングが流行った。
不思議なことに、今でも歌える。(汗)
当時は「戦争を知らない子どもたち」は、少なかったのに、
今では、66歳以下の国民が「戦争を知らない」。
いや、終戦から66年なのだから、戦争の記憶が残っている国民は、
もっともっと少なくなっている。
この事実を、私たち、国民はどう考え、どう教わり、
どう伝えていくかが、これからの大きな課題と言えそうだ。
目先のことにとらわれず、100年先の日本を考えられる人物が、
今の世の中には、必要なんだろうなぁ。



2011年05月09日(月) ■
「アタッシェケース」と「パーティション」

タイトルを読んで、すぐさま
「アタッシュケース」と「パーテーション」の間違い、と
決めつけないで欲しい。
何十年も、私も間違えて覚えていた「カタカナ」言葉である。
「アタッシェケース」は、テレビのショッピング番組。
アタッシェ(フランス語で大使館に派遣される専門職の人)が、
好んで使っていたことから、こう呼ばれていたらしい。
「パーティション」は、仕切りのこと。スペルは【partition】
確かに、英単語としては「パーテーション」はおかしい。
しかし「この部分を仕切るから、パーテーション持ってきて」等の
使い方をしているのも事実であり、念のため、
事務機屋さんのカタログで確認したら「パーティション」だった。
どちらも仕事上では、意味が通じるからいいよ、となるのだが、
語源をしっかり知った上で、使っているなら良いが、
最初から間違えて覚えるのは、ワケが違う。
こんな些細なことから、みなに伝えていきたいと思っている。
それが、私の役目のような気がしているから。



2011年05月08日(日) ■
「果物」は快癒に向かう人への激励にふさわしい

病院などに入院している人に対して、果物を持参する人を目にするが、
病院で出される食事もあって、なかなか食べられないだろうし、
お花と違って、部屋に飾って置くわけにもいかないのにどうして?
という疑問を、以前から抱いていた。
その疑問を解決してくれたのは、果物のイラスト付き「お見舞い袋」。
同封されていた説明書に、こう書かれていた。
「果物は、からだにやさしいというイメージがあるだけでなく、
『実がなる』ということが、
比喩的に『成果』や『達成』をあらわすため、
快癒に向かう人への激励にふさわしい贈り物とされてきました。
1日も早く元気になってください、の意味を込めたお見舞い袋です。」
恥ずかしい話、患者さんが、毎日出される病院食では物足りなく、
ちょっと甘味が欲しい時に、チョコレートなどのお菓子よりも、
水分も含んだ「果物」の方が最適なのかな?程度の認識だった私。(汗)
今度、お見舞いの機会があったら、花か果物を持っていこうっと。
お見舞い袋も、果物のイラスト付きを探して。



2011年05月07日(土) ■
「ふるさと納税」って、まだ有効だよね

最近では、イベントで義援金を募っても、
なかなか集まらないのが現状である。
思うように、被災地へ届けられないことへの不満と
義援金をやり過ぎで、自分の懐が淋しくなってきた、
というのが、多くの人たちの理由だろう。
では、どうすれば被災地の復興支援に役立つお金を
今後も、集める事が出来るだろうか、と考えていたところ、
ネットで囁かれている、あるヒントをみつけた。
それが「『ふるさと納税』って、まだ有効だよね」
私は、思わず「これだ・・」って、メモをした。
なぜ気がつかなかったんだろう、という思いさえする。
被災地の市町村に「ふるさと納税」をする、ってことは、
直接(例えば、大学時代の友人が住む福島県双葉町)にお金が届くし、
ふるさと納税した人には、税の控除があるので、一挙両得。
たしか「そのまちに、住んだことがある」などの条件もなく、
ふるさと納税者には、そのまちから復興状況が逐次届くと思われる。
これからは、個人レベルの「ふるさと納税」が主流となり、
義援金に変わる役割を果たしていくものと考えられる。
「善意」を「税額控除」につなげるなんて・・と言うべからず。
これからも、長期間の復興支援が予想される中、
「ふるさと納税」は、大きなキーワードとなる気がしている。
政府は「復興支援の『ふるさと納税』は無効です」と言うだろうか。



2011年05月06日(金) ■
巨人の小笠原選手は愛妻家である

昨日、2,000本安打を達成した、巨人の小笠原道大選手。
久しぶりの野球ネタで喜んでいたら、
ネットの見出しは「巨人の小笠原選手は恐妻家である」(笑)
原因は、ウィキペディアの「人物」の項目に
「恐妻家である」との記述があることらしい。(笑)
そこで「恐妻家」を調べてみた。
「恐妻」とは、夫が妻に対して頭の上がらないこと。
「恐妻家」とは、妻に頭の上がらない、妻を恐れる夫の事。
しかしもっと調べてみると、
「恐怖以外の理由(例えば純粋な愛情)によって
妻に尽くすタイプの夫も「恐妻家」と呼ばれるケースがある。
また、愛妻家の男性が卑下や照れ隠しの意図で
自らを恐妻家と呼ぶ場合も日本では多い」という説明を発見。
と言うことは「恐妻家」イコール「愛妻家」とも言えそうだ。
数億の年収を夫人に一括管理されているだけで
「恐妻家」の表現をされているが、結果を残した彼にとっては
どちらでもいいはず。
奥さんだけが真実を知っていると思うから。
せっかくの記録が、こんな話題で打ち消されるのが嫌だから
ファンの1人として、ネットに書き記したい。
「巨人の小笠原選手は愛妻家である」(私も?)



2011年05月05日(木) ■
子どもが傍にいると、エネルギーがどんどん湧いてくる

「こどもの日」だから・・と言う訳ではないけれど・・。
歌手、シルビー・バルダンのインタビュー記事だったかな。
彼女は、わざわざ、小さな子どもを里子にとして育ている。
そして、大きくなったら、自由に生きさせる。
どうして?って思っていたら、この台詞が目に付いた。
「子どもが傍にいると、エネルギーがどんどん湧いてくる」
子どもの持つ神秘的なパワーを常に感じて、傍にいるだけで、
自分のエネルギーが湧いてくるのがわかるということだろう。
なんだかわかる気がするな・・とメモをした。
疲れた時、小さな子どもの傍にいるだけで、元気になってくる。
これは、私も実感できた。
子育てをしながら、働いている母親をみると、
帰宅して、子どもにパワーをもらっているから、頑張れるんだ、
と思えるようになった。
育児をしながら、働くことの大変さを知っているので、
その仕組みが理解できたようで嬉しかった。
子どもって、小さい時に「親孝行」しているんだよね、きっと。



2011年05月04日(水) ■
惚れ込んだ服じゃないと、買っても着ないものよ

映画「しあわせの隠れ場所」(ジョン・リー・ハンコック監督)から。
作品紹介には、過酷な少年時代を過ごしながらも、
ある家族との出会いによって自らの才能を開花させ、
NFLデビューを飾ったマイケル・オアー選手の
感動の実話、とある。
しかし、私のメモ帳は、主人公の台詞ではなく、
裕福な白人家庭の母親リー・アンの台詞で溢れた。
その中でも、彼の洋服を買いに入った店内でアドバイスした会話。
「惚れ込んだ服じゃないと、買っても着ないものよ。
覚えておきなさい。着ている自分を想像するのよ。 
これ僕っぽいって。(Is this me?)」
なるほどなぁ・・と自分の洋服選びを反省した。
そして、自分らしい服装かどうか、を想像するなんて、
今まで考えたこともなかった。
ストーリーと関係ないところでも、気になる一言はあるもの。
私は、やっぱりメモ帳が手放せないな。