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しもさんの「気になる一言」
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2011年10月20日(木) ■
シャッター押して下さいますか? (スマホの・・)

久しぶりの休みで、御殿場アウトレットへ。
妻と娘は、自分たちのお目当てのお店へ行ったので、
私は私なりのお気に入り、gentenやNIKON、NIKE等、
時間を待ち合わせて、1人でぶらぶらと歩いていたら、
若いお嬢さんたちが数人で私に近づいてきて・・一言。
「シャッター押して下さいますか?」
もちろん「いいですよ」と受け取ったけど、なんとスマホ。
スマートフォンは、知っているけど使ったことがなく、
大きなパンプキンの前で、ピースのポーズをとっている彼女たちに
「ごめん・・どこを押すの?」と訊いてしまった。(汗)
デジカメや携帯電話のカメラ機能ならなんとかわかるけれど、
スマートフォンは、シャッターらしきものもない。
携帯電話と同じように撮ろうとしたら「逆で〜す」と一言。(笑)
「はい、笑って・・」という台詞を言う余裕もなく、とりあえず、
指示どおりに数枚シャッターを切って、お礼を言われた。
こんな恥ずかしい想いは久しぶりだから、記録として残したい。
「シャッター押して下さいますか? (スマホの・・)」
きっと「あのおじさん、スマホ、持ってないんだねぇ」って
笑い話にされているんだろうなぁ。
自分は持っていなくても、使い方は知らないとまずい、と
気付かせてくれた出来事である。
これからは、むやみに「シャッター押しましょうか?」なんて
声をかけられないかもしれない。勉強しようっと。



2011年10月19日(水) ■
家庭とは、ビフィズス菌みたいなもの

書籍「夫婦口論」(二人で「老い」を生きる知恵)
三浦朱門&曽野綾子著・扶桑社新書(育鵬社刊・229頁)から。
58年、夫婦という関係を続けている2人らしい対談だった。
2人とも作家だからか、ボキャブラリーが豊富なうえ、
物事に対する考え方がいろいろな角度から指摘されていて、
あっと言う間に読み終えた感じがする。
今回は、夫婦・結婚・家庭・・の考え方が気に入った。
「お互いに、ご飯さえ一緒に食べればいい、と思っているところがある。
家庭とは、外界から入ってくるものに対する人生の一種の消化器官。
そのままだと、下痢してしまうんだけど、ビフィズス菌みたいなのが
家庭の中にいて、しゃべっているうちに、
それがいい具合に栄養にしてくれる。
それが、結婚の機能だという気がする」
言い換えれば、1人だと、食事中も会話がないわけだから、
ストレスが消化されず毒素として身体に残る、そんなことだろうか。
いくらご飯を一緒に食べても、会話をしなくては意味がないことを、
2人は教えてくれた気がする。
毎度のごとく、メモは溢れたので、これから何度となく
この「気になる一言」に登場するので、乞うご期待。(汗)



2011年10月18日(火) ■
モテないだろうな、こいつ

以前mixiのトピックスでみつけた、怒りを抑える魔法の言葉。
とっさの怒りを鎮めて冷静さを取り戻す即効性のある技として、
心の中で「魔法の言葉」を唱える、という方法がある。
いくつか紹介されていたが、私が気に入ったのは
「モテないだろうな、こいつ」。
心の中で他愛ない毒を吐くことで、怒りがおさまるようだ。
さっそく試してみたが、確かに即効性がある。(笑)
そんなフレーズを知っていると、今まで興奮していたのに、
自然と冷静になれるから不思議だ。
男でも女でも関係なく、こちらのアドバイスを素直に聞かず、
自己流で失敗する人たちを見ていると、こう思うことにした。
「モテないだろうな、こいつ」。
裏を返せば、アドバイスを「素直」に聴くことができれば、
きっと魅力ある、もてる人間になるのに残念だなぁ、という想いが、
ちょっぴりあることを付け加えておきたい。



2011年10月17日(月) ■
カインは去ってエデンの東、ノドの地に住めり

映画「エデンの東」(エリア・カザン監督)から。
名作と言われつつ、あまり覚えていない作品だったので、
再度、メモを片手にゆっくり見直してみた。
今回は「どうして『エデンの東』というタイトルなのか」が
気になって仕方がなかったので・・・。
映画のタイトルこそ、私の一番の気になるフレーズである。
ネットで調べると「旧約聖書のカインとアベルの物語を
下敷きにしたジョン・スタインベックの同名小説を
映画化した青春ドラマ」とある。これでもわからない。
「カインは立ってアベルを殺し、カインは去ってエデンの東、
ノドの地に住めり」という台詞が、映画の中に登場する。
だから「お前も去れ」という前振りのようなフレーズで・・。
「エデンの東」という単語は、その部分しかでてこない。
それが、名作といわれる「映画のタイトル」であるから、
私の驚きは隠せなかった。
しかしながら「音楽」だけで、作品を思い出せるのは
名作の条件なのだろう。
台詞から1つ選ぶとしたら、
「何かを求めてあげれば、彼はあなたの愛を悟ります」かな。



2011年10月16日(日) ■
この取組みは、誇れますよ

2ヶ月前、突然の話が舞い込んできた、映画上映会。
東日本大震災の被災地である「宮城県石巻市」をメインロケ地として
撮影された映画「エクレール・お菓子放浪記」の自主上映会である。
自主上映会は、たぶん、どこの自治体でもできるだろうが、
何か付加価値をつけよう・・が私の仕事の姿勢だから、
まわりの人たちは、多くの手間をかけることになることばかり。(汗)
今回も、聴覚障害者や、音声が聞き取りにくい高齢者のために、
邦画(日本映画)なのに「字幕入り」の回を用意したのをはじめ、
被災地・仙台の「河北新聞」の一部をパネルにした展示や、
町内の障害者(作業所)によるコーヒー販売に合わせて、
特別注文の「エクレール(エクレア)」販売、手づくり品バザー、
さらに、岩手県及び宮城県石巻市の特産品を取り寄せ、即売会をし、
それを、中学生たちがボランティア活動としてお手伝い。
義援金についても、東日本大震災の被災地だけでなく、
震災当初、日本のために、義捐金を送っていただいた「タイ」が、
今、洪水被害で大変なことになっていることを知り、
急遽「タイ」への義援金募集なども、企画に組み込んだ。
こんな取組みをみて、関係者の1人が呟いた。
「この取組みは、誇れますよ」
(普通の自治体では、こんなことまでしませんから)
この台詞だけで、朝から夜まで立ちっぱなしの疲れがとれた気がする。
静岡県内の小さな町の取組みだけれど、フットワークの良いスタッフと
今回のイベントに関われたことを、感謝したい。
そして、この仲間たちこそ、私の自慢である。



2011年10月15日(土) ■
カレーが食べたくなったね

第271回・泉のまち音楽会、今回は「インド舞踊」
出演(久保田幸代さん・田村美和子さん・小柳恵子さん)から。
271回を数えるコンサートでも、初めての演目であり、
ヨーロッパとは違う、アジア独特の音色・雰囲気が会場を包んだ。
インド舞踊の発祥は、紀元前後。文献には紀元200年からあるらしい。
女性が結婚をせず、神に捧げるための踊りだったのか、
今でも、男性も女性も同じ振り付けをする、という。
鑑賞の難しさは、拍手のタイミング。
素晴らしい踊りには、曲の途中でも拍手していいのか、
リズムに合わせて、手拍子をしていいのか、それさえわからない。
ただ「インド」という国に、ちょっぴり興味が沸いた。
彼女たちの息のあった踊りと、その音楽を耳にしただけで、
「カレーが食べたくなったね」と呟いた観客がいた。
私も同感であり、わが課のスタッフとも同じ会話をした。
音楽と食事が結びついているのは、たぶん「インド」をはじめ、
アジアの国々が多いと思う。
では「日本」は?・・と考えたが、何も浮かばなかった。
日本は欧米の影響を受けて「アジア」じゃないのかも。(笑)



2011年10月14日(金) ■
「お熱いのがお好き」でね

映画「オールウェイズ」(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
「森林火災消火隊」なるものが存在するなんて、アメリカらしい。
日本では耳にしたことがないから。
さて、気になる一言は、主人公・ピートが、山火事消化に燃え(笑)
恋人・ドリンダの「無茶しないで」と心配する気持ちに答えた台詞。
「『お熱いのがお好き』でね」
マリリン・モンロー主演の50年以上前映画『お熱いのがお好き』
(英題名:Some Like It Hot)がさらっと会話に出てくるところがいい。
消火活動中、飛行機の中は、もの凄い熱さだろう。
それを、さらっと切り返すところは、アメリカ人にとって、
映画は生活の一部として、会話にも多用される文化を持っているな、と
羨ましくもあった。
年老いてはいたが、オードリー・ヘプバーンの魅力は健在だったし、
アメリカで有名なお笑い番組は「料理研究家ジュリア・チャイルド」の
料理番組って再確認もした。
映画の中に、他の映画作品が出てくるのも洒落てるなぁ。



2011年10月13日(木) ■
たくさんの人数で暮らすということ

書籍「非常識力」(中村文昭著・PHP研究所・223頁)から。
今、日本は核家族化が進み、高齢者を中心に「孤独死」なる単語も、
新聞紙上を賑わせるようになってしまった。
今更、家長を中心とした2世代、3世代同居を提唱しても、
そんな時代へは戻れない、という意見もあるだろうが、
家族に限らず「たくさんの人数で暮らす」ことは、可能であろう。
だから、どの世代も、少なくとも2人以上で暮らして欲しい。
私がそう考えるのは、本書にも、同じようなことが書かれていたから。
「たくさんの人数で暮らすということは、
自分のわがままは通らないということの生きた教育のよう」と。
人が複数で生活するとなると、当然「我慢」「耐える」を覚える。
そして「譲り合い」「助け合い」を経験しながら、
自分の思うようにはならないことを知る。
そして最後は「人の死」というものにも関わることとなっていく。
生活しながら、いろいろなことを学び、考える機会が増え、
コミュニケーション能力を身につけながら、人間として成長していく。
だから、私は敢えて「たくさんの人数で暮らすということ」を
日本の将来のために、勧めていきたい、と思う。



2011年10月12日(水) ■
パチンコは「アミューズメントセンター」ではない。

書籍「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」
(若宮健著・祥伝社刊・215頁)から。
著者は、日雇い労働者、その日暮らしの自営業者、世間知らずの主婦、
無力な老人といった社会の弱者がターゲットと言い切る。
ギャンブル産業は、市民の糧を餌にして成長しているので、
韓国政府は、国民の幸せのために、禁止すべきものは禁止した、と。
日本には、そんな動きがないことに、大変ご立腹の様子である。
私は、日本と韓国の政府や国民の違いよりも、
著書の中に書かれていた、フレーズが気になった。
「パチンコは『アミューズメントセンター』ではない。」
さらに「恐ろしいバクチ場なのである。」と続いている。
そこでネットで調べてみると「アミューズメント」とは、娯楽。楽しみ。
英単語としての「amusement」は(〜を)楽しんでいる状態、おもしろさ、
楽しみごと、気ばらし、娯楽・・と意味は続いた。類語では「慰安」。
どんなにお金を使おうと、パチンコ依存症になって破産しようと、
当の本人が「ストレス発散や娯楽として楽しんでいる」と言うなら、
『アミューズメントセンター』(娯楽場)は間違っていない。
しかしながら、平日の昼間から、若い人たちや主婦が、
パチンコ屋に入り浸っている光景は、世界では異常である、と言う
意見には少なからず賛同できる。
「給食費が払えない。殺人。児童虐待。自殺」などの理由が、
パチンコ・・と決めつけるのは、ちょっと無理がある気もする。
だから韓国が正しい、日本は間違っている、という断定は引っ掛かった。
「パチンコの儲けで家を建てた」って話は耳にしないから、
日本人は、ほどほどにパチンコを楽しんでいる気がする。
それにしても、書籍のタイトルは刺激的だったなぁ。



2011年10月11日(火) ■
「一時しのぎ」なことしやがって

何となく眺めていたTV番組なので、
ちょっと情報源が不明です、ごめんなさい。
間違って使われやすい言葉の説明だった気がする。
「姑息なことしやがって」の「姑息」の使い方、
「卑怯」「いい加減」など、そんな意味を想像していたら
「一時しのぎ」という意味だと知って、メモをした。
辞書によると「姑」はしばらく「息」は休むの意味から、
一時の間に合わせにすること。一時のがれ。その場しのぎ。
多くの日本人が解釈を間違っているようだ。
ただし、もっと気になることがある。
今回、私がこの意味を知って、正式な意味で叱ったとしよう。
「一時しのぎ」「その場しのぎ」な仕事ぶりを
「姑息な仕事ぶりではダメだぞ」と。
その注意を受ける側が、この意味を理解していないで、
「卑怯な・正々堂々としていない」と理解していたとしたら、
「私はそんな仕事の仕方はしていません」と反論されそうだ。
こういう、多くの日本人が使い方を間違えている言葉は、
発する側と受ける側の共通理解がないとトラブルのもとだな、と
メモに注意書きをした。難しいものだなぁ、日本語って。(笑)