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しもさんの「気になる一言」
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2012年01月18日(水) ■
その場に居合わせた人は、救命リレーの第1走者です

職場の「AED講習会」に参加した。
以前にも講習会に参加したことがあるが、
やはり、技術の進歩に伴い「AED」も進化していた。
1度習ったから講習はもういいよ、という問題ではなく、
何度でも、習っておく必要性があるし、
当時、疑問に思わなかったことも、気付くことがある。
「いつでも、どこでも、誰でも」という、
生涯学習の根底に流れている考え方と同じで、
「いつでも、どこでも、誰でも」使える「AED」で
あって欲しいな、と思う。
さて、気になる一言は、実習前に観たビデオの一節。
救命の連鎖(チェーン・オブ・サバイバル)と言われ、
「早い119番通報」「早い心肺蘇生と徐細動」
「早い救急処置」そして「早い医療処置」が求められる。
いわゆる「救命リレー」なのであるが、
一番大切なことは、倒れた人を見つけた人の初期対応。
この人の行動がなければ、救命リレーはスタートしない、
そう解釈した。
テレビ画面が消える直前に流れたテロップをメモ。
「その場に居合わせた人は、救命リレーの第1走者です」
わかりやすいフレーズであった。



2012年01月17日(火) ■
家の中、火事にして、何が消防団や

映画「ふるさとがえり(2011)」(林弘樹監督)から。
自主上映会作品として、感想も交えて記したい。
東京では、映画の助監督だった主人公が、
ある理由で故郷に帰った途端、消防団に入れられる。
ふるさとの地域活動と言えば、男は「消防団」。
(女性は「婦人会」かな?(笑))
その視点がもう古くて、故郷に帰りたくない、と
思う若者が増える気がして、ハラハラして観終えた。
家庭を顧みず、消防だから仕方ないだろ、と口にして
毎日、家を空け、子育てなども手伝わない。
そんな男たちを見て、彼らの恩師が声を大きくして叫ぶ。
「家の中、火事にして、何が消防団や」
終いには「離婚届」を突きつけられて、始めて気付く。
ここまで極端でないにしても、男の消防団活動は、
傍にいる女性には理解されにくい。
「消防ってボランティアでしょ?」の一言で片付けられる。
全国で蔓延している「消防団員減少」は、
ある面では、女性の理解が第一優先だな、と感じた。
「ふるさと」をテーマにしたはずなのに、
妙に「消防団」が目立ってしまった印象があり困惑した。
ロケ地では盛り上がったらしいけど、全国ではどうだろう。
「田舎」と言っても、いろいろあるし、自主上映とはいえ
映画「エクレール・お菓子放浪記」とはちょっと違ったなぁ。



2012年01月16日(月) ■
「お帰りなさい・ただいま」VS「ただいま・お帰りなさい」

映画を観ていて、我が家はどうだったかな?、と感じることがある。
どの作品というわけではなく、よくある何気ない会話であるのだが・・。
家族・夫婦をテーマにしたような邦画には、必ず見かけるシーン。
旦那さんが帰宅して、玄関のドアを「ガラガラ」と開ける。
そのあとに、奥さんが先に「お帰りなさい」と言い、
続けて、旦那さんが「ただいま」と返す。
ちょっと待って、逆じゃないのかな?と我が家を振り返る。
私が帰宅し、玄関のドアを「ガラガラ」と開けるまでは同じ。
最初に言葉を発するのは私の「ただいま」。
それを受けて、妻や母が「お帰りなさい」というパターン。
朝も同じ。「行ってきます・いってらっしゃい」なのか
「いってらっしゃい・行ってきます」なのか。(汗)
どちらでも同じじゃないか、という人もいるだろうけれど、
私は、ちょっと違う気がしている。
不自然に感じられた映画のシーンだけれど、じっくり考えると、
先に、家族に声をかけてもらった方が嬉しいな、と気付いた。
上手く説明できないけれど・・感覚の問題かな。



2012年01月15日(日) ■
最後に、これだけ力が残っているなんてすごいねぇ

先週は「成人式」、今週は「第32回親子体力づくりマラソン大会」
生涯学習課は、新春からイベントラッシュで休みなし、
3月の年度末まで、体力・精神が持つだろうか、と心配になるが、
ヒントとなる光景に出会った。
「親子の部」と比べて、小学生や中学生は、2キロ、3キロと
長距離となるのだが、驚いたのは、最後の50メートル前後。
ほとんどの子供たちが、猛ダッシュでゴールを目指す。
脇で「頑張れ〜」と応援しているだけの私たちであるが、
直前までフラフラ状態で走ってきたのに、生き返ったように
辛そうな顔もせず、ゴールになだれ込むシーンは圧巻であった。
応援していた私たち50歳代の中年たちが、同時に呟いた台詞、
「最後に、これだけ力が残っているなんてすごいねぇ」。
どこに、そんな力が残っていたのか、今でも信じられない。
もう少しでゴール、という「もうひと踏ん張り」なのか、
早く終わりたい、という「ラストスパート」なのか、
とにかく「若い力」「エネルギー」を感じたマラソン大会である。
周りの応援も、励みになるというが、それだけではないだろう。
この力の出し方、私の仕事でも活かせないだろうか。
調べてみようっと。



2012年01月14日(土) ■
新春には、やっぱり「ポルカ」ですよね

第273回泉のまち音楽会、演奏は「Trio Aquarelle」。
(ピアノ小池冴佳さん・ヴァイオリン武田麻耶さん、
フルート遠藤佳奈子さんの3人)
「Aquarelle」(アクアレル)とは、フランス語で
「水彩画」を意味するらしい。(オシャレな名前だね)
選曲も、新春らしい曲目や、1月らしい曲をはじめ、
今年、生誕・没後〜年の作曲家の曲など、
彼女たちなりの思いやりが感じられる爽やかな曲だった。
アンコール曲は?と楽しみにしていたら、
ピアノの小池さんが満面の笑顔で、
「新春には、やっぱり『ポルカ』ですよね」と紹介した。
ヨハン・シュトラウス作曲の「ポルカ」と言えば、
ニューイヤーコンサートでは定番の曲であるが、
わが町の「2012年最初のコンサート」でも耳に出来、
大満足で帰路につくことができた。
季節に合った曲は、なぜか心にす〜っと入ってくる。
やはり、キーワードは「歳時記」だな、と確信した
今年はじめてのコンサートである。



2012年01月13日(金) ■
人間はいつでも巨大な劇場にいるみたい

書籍「スィート・ヒアアフター」
(よしもとばなな著・幻冬舎刊・157頁)から。
調べてないけれど「here after」は、たぶん
「将来・これから先・来世」の意味だと理解して読み始めた。
一作ずつのストーリーを説明するよりも、彼女の文体が好き、
そんな感じで、文中のキラリとした表現を紹介していきたい。
今回は「この世はなんて美しい、激しく緑が伸びる夏もあれば、
すぐにあんなに寒く美しい別世界のような季節がまためぐってきて、
あの椿の赤や落ち葉の黄色を眺めることができる。
人間はいつでも巨大な劇場にいるみたいなものだと思う。
心の中のきれいなエネルギーを世界に返すことが劇場のチケット代だ。」
これからの人生、「歳時記」を生活のキーワードとして過ごそう、と
考えていたばかりなので、私のアンテナに引っ掛かった。
わざわざ高価なものを手に入れなくても、自然は私たち日本人に対して
平等に「四季」という演目を見せてくれている。
しばらくは、彼女の表現どおり、四季を味わいたいと思う。



2012年01月12日(木) ■
読者と自分に対する「コミットメント」(2012)

1月は、あっと言う間に、過ぎてしまうから・・
読者と自分に対する「コミットメント」として
「2011年の成果と2012年の目標」を記しておきたい。
「commitment」とは「約束。誓約。公約。確約」
■2011年の成果 (2010/2011)
講演会(聴講) (17回/26回) コンサート(23回/27回)
美術館(14回/17回) 映画鑑賞(72作品/104作品)
新聞投稿掲載(1回/1回)・・
■2012年の目標 (2011/2012目標)
講演会(聴講) (26回/12回) コンサート(27回/12回)
美術館(17回/12回) 映画鑑賞(104作品/84作品)
新聞投稿掲載(1回/4回)・・
数字の右肩上がりだけが、成果ではないと思っているので、
2012年は、いつでも出来る読書を中心に、過ごしたい。
読書は、本の厚さやジャンルによって、差が大きいので、
あえて数字の目標は挙げないが、気になる一言に
書籍「○○」から・・のフレーズを増やしたい。
年末に、どれくらいの成果が得られるか、楽しみである。

P.S
1日10,000歩(1年3,660,000歩)も、一応、目標です。(汗)



2012年01月11日(水) ■
この気持ちを伝える言葉が、日本語にはありません

映画「余命1ヶ月の花嫁」(廣木隆一監督)から。
ストーリーは、テレビでもドラマになったというので、
私が説明するまでもないだろう。若くして乳がんに冒され、
余命1カ月を宣告された女性を中心に展開されて、彼女は他界。
彼宛てに残されたビデオレターは、わかっていても涙腺が緩んだ。
作品中「ありがとう」とか「感謝」という単語が何度も登場するので、
最後もきっと「感謝」を表す単語が溢れるのかと思いきや、
「太郎ちゃんには、本当に『感謝』しかありません。
うう〜ん、『感謝』なんて言葉じゃあらわせない。
なんて言ったらいいんだろう、この気持ち。
・・・・・この気持ちを伝える言葉が、日本語にはありません」
この台詞で、我慢していた涙が止まらなくなってしまった。
今の世の中、あまりにも多くの場面で「感謝」という単語が使用され、
本当の意味の「ありがたい」という気持ちが薄くなっていると、
感じていたので、このフレーズには参った。
「感謝」という単語では、私の気持ちが伝わらない、という感覚がいい。
たぶん、日本語だけでなく、他の国の言葉でもないだろう。
「嬉しい」「悔しい」「悲しい」「楽しい」なども含めて、
「本当の気持ち」は、きっと言葉では表現できないものなんだろうな。



2012年01月10日(火) ■
女子高生の母親でありながら・・

昨晩のテレビ番組に誘われて、夕食は妻とガストに。
普段、ファミレスに行く2人ではないのだが、
好奇心が勝って、ベスト10に入っていたメニューを試食。(笑)
事件は、会計の時に起きた。
母親4〜5人とその子供たち(女子高校生)が6〜7人。
私たちの会計前にレジに並んだ、と思いきや、個々に清算。
その時間、約10分。誰ひとりも「お先にどうぞ」も声もなく、
すまなそうな様子も見せずに時間が過ぎていった。
「こんなこと、男では絶対にあり得ない、だから女は・・」と、
怒りが口から出そうになった時、隣で妻が言い放った。
「女子高生の母親でありながら・・」
そうだ、男だから女だからではなく、ひとりの人間として
常識というか、思いやりがない、という言葉がピッタリである。
でもどうして、後ろに会計を待っている人がいるのに、
まとめて払って後で清算するとか、レジに並ぶ前に、
テーブルの上でレシート観ながら取りまとめるとか、
そういう発想が出来ないのか、私には理解できない。
こういう母親を観て、彼女たちは育つのか、と思ったら、
無性に情けなくなってきて、一言として残すことにした。
私の話のネタには、もってこいだけれど。(汗)



2012年01月09日(月) ■
あの日、あの時間、私は夢でも観ていたのだろうか。

先日、とても不思議な光景を観たので、読者だけにご紹介。
最近は朝10分ほど早く家を出て、通勤の途中、寄り道をしている。
実は、柿田川公園の展望台からの景色を楽しんでいるのだが、
第1展望台のすぐ横にそびえ立っている、桑の木から、
枯れ葉が、パラパラと落ちてくる光景に出会った。
辺りは無風のはずなのに、それも、一度にバサッと落ちるのではなく、
落ちる順番が決まっているかのように、とめどなく落ちてくる。
まるで、小学校の卒業式で、短い台詞を繋ぎ6年間の思い出を語る、
あの独特のリズムを真似するかのように。
次はお前の番だぞ、あいつが落ちたら、間を置かずに落ちろよ、
木の葉同士の、そんな会話が聞こえてきそうな光景だった。
オー・ヘンリー作「最後の一枚の葉 The Last Leaf」を連想し、
翌日もその翌日も、爽やかな青空をバックにした桑の木を見上げたが、
何の変化もなく、その下では富士山の伏流水が、いつものように
勢いよく砂を巻き上げているだけである。
あの日、あの時間、私は夢でも観ていたのだろうか。

PS.
ごめんなさい。今年は、時々、こんな日記みたいな文が混じります。