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しもさんの「気になる一言」
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2012年01月28日(土) ■
日は堂々と西へ沈む

書籍「下山の思想」(五木寛之著・幻冬舎新書刊・223頁)から。
「登ったら下りる」こんな簡単なことなのに、
なぜか「上ばかり」を目指し、登ることが「成長すること」と考え、
齷齪(あくせく)した人生を過ごしてしまいがちであるが、
「登山に対して、下山というプロセスが世間にひどく軽くみられている」と
著者は「下山の大切さ」を私たちに訴えている。
下山は「登山という行為の、後半部分というか、しめにあたる重要な場面」と
位置づけて人生と対比して表現しながら
「下山の途中で、登山者は登山の努力と苦労を再評価するだろう」と纏めている。
下山するということは、衰える・恥ずべきことではなく、
「見事に下山する。安全に、そして優雅に。」を目指して、生ききることこそ、
充実した人生を過ごすことと言えそうだ。
そんな気持ちをインパクトのあるフレーズにしたのが「日は堂々と西へ沈む」。
とかく「朝日」がクローズアップされがちであるが、一日を照らし続け、
堂々と西へ沈む「夕陽」に価値を見いだすことも大切であろう。
やっぱりこれからは「下山の時代」だな。(笑)

P.S (もうひとつ、へぇ〜と思ったトリビア)
朝日にかしわ手を打つのが神道で、西の空に沈む夕日に合掌するのが仏教である。



2012年01月27日(金) ■
「失敗」と「大失敗」の間には、天と地の差がある

映画「エリザベスタウン」(キャメロン・クロウ監督)から。
物語の冒頭、このフレーズで始まる。「誰かが言った。
「失敗」と「大失敗」の間には、天と地の差がある、と。
「失敗」とは、成功しないこと。「失敗」は、誰にもある。
だが「大失敗」は、神話的なスケールの災厄を意味する。
それは、人々の噂の種となり、聞く人に生きてる喜びを与える。
自分じゃなくて良かった、と」
この定義が面白くて、メモをした。
そう考えれば「失敗」なんて、大したことでなくなり、
くよくよ悩んでいたことが、ばからしくなる。
「大失敗」しようと思っても、そう簡単にできるものではないし、
もしかしたら、自分では「大失敗」と思い込んでいるだけで、
他人からみたら「失敗」のレベルかもしれない。
「人生は山あり谷あり」(if it wasn's this..it'd be something else.)
と考えて生きることの大切さも教わった気がする。



2012年01月26日(木) ■
「帰りました」「お帰り」

映画「天然コケッコー」(山下敦弘監督)から。
田舎の風景・田舎の空気が、作品全体を流れる中で、
私が、気になった会話がある。
子どもたちが、いつものように帰宅するシーン。
「帰りました」「お帰り」
えっ、「ただいま〜」「おかえりなさい」じゃないの?と、
すぐにメモして、ネットで調べたら
「ただいま」は「只今帰りました」の略、と説明にあったので、
「帰りました」は間違いではなく、むしろこちらの方が正しい。
逆に、帰宅した時「ただいま」を連呼する現代人は、
「ただいま」に続く「帰りました」を知らないかもしれない。
実は作品中「いってきます」も「いってまいります」と口にしている。
たぶん、僅かながらその違いがあるのだろう。
田舎らしさ満載の映画であるが、そんな会話にも
3世代同居の家族に、しっかり躾けられた「田舎」が感じられた。
私もこれからは「ただいま〜」と略さずに
「只今帰りました」と最後まで発音したいと思う。



2012年01月25日(水) ■
連続1万歩超、23日で途切れる

イチロー選手の連続安打ではないけれど、
1月1日から始めていた、1日1万歩以上歩く、が昨日途切れた。
健康のために始めた、ウォーキングだが、
私の弱点は、なかなかやめられないこと。
(普通の人は、続かなくて悩むらしいのだが・・(汗))
続けると決めたら、雨の日も雨合羽を来て外に出た。
2万歩以上歩いた日も2日ほどあり、何よりも優先しそうで
どこかで途切れる日を望んでいたのも事実である。
毎日の生活のリズムに組み込む、といったシンプルな
「コツ」を掴んでいると、いとも簡単に続いてしまうけど、
続けることで、健康を害しては本末転倒になるし・・。
年の初めに決めた目標は、あくまで1年「366万歩」だから、
生活のリズムに沿って、今日もまたいつものように歩き始めた。
お楽しみは、大晦日の(たぶん1人で)達成記念パーティ。
これって、自信の付け方でもあるんだよなぁ、私の場合。
さて今度は、何日連続記録が続くことやら。
ちなみに、今日は「13,511歩」



2012年01月24日(火) ■
子どもの歳で実感するんだよ、自分の歳を

映画「なごり雪」(大林宣彦監督)から。
大好きな伊勢正三の同名曲をモチーフにした作品とあって、
楽しみにしていたけれど、これほどの名曲となると
自分なりの「なごり雪」のイメージが出来上がっていて、
正直、素直に入り込めなかった、というのが本音である。
それでも時折、おっ、という台詞に出会い、メモをした。
その中の一つが、主役の三浦友和さんがぼそっと呟く、
「子どもの歳で実感するんだよ、自分の歳を」。
「そうらしいな」と、何気なく相槌を打つ相手も50歳間近。
この年代、いくら「自分は若い」と思っていても、
「お子さん、幾つですか」の問いに、答えることで、
「あっ、もうそんな歳なんだ。俺も若くないはずだ」なんて
我に返る瞬間があることを、私自身が思い出していた。
親の年齢でも同じことが言えるな、きっと。
「親の歳で実感するんだよ、自分の歳を」
う〜ん、やっぱりなぁ。



2012年01月23日(月) ■
職業病というやつです。残念ながら特効薬はありません。

書籍「麒麟の翼」(東野圭吾著・講談社刊・325頁)から。
映画が始まる前に、原作からの一言を紹介しておこう、と思う。
主人公、加賀恭一郎は、彼にしかわからないような、
独特の視点と発想があり、常に「?」が念頭にあるような刑事。
ちょっとした仕草や言葉にも敏感であり、
そこから問題解決の糸口を見つけて、推理を組み立てていく。
そんな様子をみていた女性が「犯罪の臭いに敏感なんですね。」と呟き、
彼は「犬のようだ、とでも?」とサラリと返す。
この言葉のリズムとウィットに富んだ表現が、私は好きだ。
そして、自分でも納得しているのか、こう語るシーン。
「職業病というやつです。残念ながら特効薬はありません。」
レベルの違いはあれ、私も「まちづくり」に関して、
自分でも「職業病だな」と感じる時があるから、可笑しかった。
歩いていても、車を運転していても、お風呂に入っていても、
わが町の「まちづくり」を考えている時があり、これは治りそうもない。
いや、治そうと思っていないから、特効薬も要らないのかも。(笑)
地方公務員の職業病って、こういうことなんだろうなぁ、きっと。

P.S
残されたメモの中で、忘れられないのが
「昭和の匂いがすると松宮は思ったが、看板には大正八年創業とあった」
この視点、この発想、面白いよなぁ。



2012年01月22日(日) ■
このトランプには、ほとんど仕掛けがありません

第3回地域交流センター寄席・泉のまち古典芸能鑑賞会
出演は、二代目・林家木久蔵さん、三遊亭楽麻呂さん・
マギー隆司さん(マジック)・三遊亭好吉さん。
寒い土曜日、夜7時から、そして天気は雨、という条件にも関わらず、
多くの落語ファンが集まり、粋な時間を過ごした。
その中で、私のメモに引っ掛かったのは、落語以外の出し物、
色物と呼ばれる「マジック」のマギー隆司さん。
(色物とは、プログラムに赤い字で書かれていたかららしい)
師匠・マギー司朗の芸風に憧れ28歳で、自主的かつ強引に入門、
職歴「大工」のプロフィールが、私を思い切り笑わせてくれた。
師匠譲りのトーク爆発。
マジックの常套句「タネも仕掛けもありません」より、
「ほとんど仕掛けがありません」の方が笑えるのは、私だけではない。
マジックの途中で何度か呟いた、
「嬉しいです、今年、初めての仕事だから」は笑っていいのかなぁ。



2012年01月21日(土) ■
最愛の人が死んだ日にも、人間は晩飯を食う。

書籍「人間臨終図巻」(山田風太郎著・徳間書店刊・333頁)
毎年、恒例のように紹介してきた「○○歳で死んだ人々」。
今回の気になる一言は、
「53歳で死んだ人々」に対する、著者のコメント。
「最愛の人が死んだ日にも、人間は晩飯を食う」
そうなんだよ、人間ってそういう面が多々あるよなぁ、と
慌ててメモをした。
悲しくて悲しくて、食べ物も喉に通らない、なんて光景や
泣きつかれて目が腫れている親族も、あまり目にすることがない。
「人間の死」って何だろうな、と考えさせられたフレーズである。
さて、恒例の他界した偉人であるが、
昨年の私の年齢、53歳で他界した偉人は
諸葛孔明、道元、足利尊氏、喜多川歌麿、為永春水、緒方洪庵、
佐久間象山、チャイコフスキー、ベーブ・ルース、グレース・ケリー、
有吉佐和子。
そして、今年の私の年齢、54歳で他界した偉人は
太田道灌、足利義政、デカルト、中江兆民、ラフカディオ・ハーン、
レーニン、鈴木三重吉、近衛文麿、ヴィヴィアン・リー。
そうそう「54歳で死んだ人々」に対する、著者のコメントは、
死の1秒前の生者「おれを忘れるな、忘れてくれるな!」
死の1秒後の死者「おれを忘れろ、忘れてくれ!」
これまた、なるほどなぁ。(汗)



2012年01月20日(金) ■
誰でもよ〜い。助けてくれ〜

この台詞は、NHK大河ドラマ「平清盛」の一場面。
自分の出生の秘密を知り悩む、平清盛。
それは、自分の生き方を真剣に考えた人にとって、
一度は陥る悩みなのかもしれない。
「くそ〜、誰なんだ、俺は。誰なんだ」と大声で叫ぶ。
そうだよ、わかる、わかる、お前の気持ち・・と
物語に入り込んでいた私であるが、
それに続く台詞に、思わず吹き出してしまった。
「誰でもよ〜い。助けてくれ〜」
声の主は、落とし穴に落ちて、助けを求めている新興貴族、
信西だが、テレビ番組「マルモのおきて」や
映画「舞妓Haaaan!!!」や「泣くもんか」などで、
独特のキャラクターをもっている大好きな俳優、
阿部サダヲさんだったから、この台詞を選んだ。
一方は真剣に人生に悩み、一方は穴に落ちて困っている。
繋げてみると、その面白さが倍加するからメモにした。
「くそ〜、誰なんだ、俺は。誰なんだ」
「誰でもよ〜い。助けてくれ〜」
これなんだよなぁ、言葉の面白さは・・。



2012年01月19日(木) ■
AEDの仕組みは、校長先生の号令

昨日話題にした「AED」(automated external defibrillator)
日本語に訳すと「自動体外式除細動器」。
しかし、その仕組み・役割を上手く表現出来ないでいたら、
担当の消防職員が、上手い例えを教えてくれた。
何かの原因で、心臓の動きが不規則(痙攣)になっているから、
それを規則的な動きに戻す役割、と説明を受けても、
さっぱりわからなかったのに、
「子どもたちが大勢集まって、ザワザワしている中で、
校長先生が登場して『静かに』と一声上げるようなもの」
という例えで、私はなるほど・・と理解できた。
不規則に動いている心臓の動きを、1度リセットして再起動、
そのために「AED」で心臓に電気ショックを与える。
そんなイメージでいいのだろうか。
これで、誰に訊かれても「AEDの仕組み」が説明できるし、
その必要性を理解したから、その場に居合わせたら、
躊躇なく「AED」を利用する気になれた。
(それまでは、それで「死んだらどうしよう」と思って、
行動できなかったけれど・・)
病院で行なう「電気ショック」も、そういう意味なんだろうな。