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しもさんの「気になる一言」
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2012年07月06日(金) ■
飲みながら「iPad」講習会

高校時代からの親友が「今晩は大人の事情で1人で夕食」、
Facebookにそんなメッセージの書き込みがあったので、
では御相伴を・・と突然の飲み会になった。(汗)
場所は地元清水町の「TONYS TO DA MAX」、
ハワイの雰囲気の中、ボリュームたっぶりの料理を堪能した。
以前なら、仕事忙しい?とか、身体の調子はどう?など、
近況報告をしながら、生ビールのジョッキを飲み干すのであるが、
今回は、彼が持参した「iPad」のアプリを紹介してもらいながら、
アルコールの酔いに任せた。
まさしく「飲みながら『iPad』講習会」。
驚くほどの技術進化に、ただただため息をつくばかりであったが、
こんな飲み方も悪くないな、と帰宅後、ひとりで苦笑いをした。
私が、スマホやタブレットに手を出さない理由は
「ひらがな入力が出来ないから」(もちろんローマ字入力もできるが)。
そのうちに「ひらがな入力」のアプリが登場でもしたら、
私の断る理由が見つからなくなる気がしてならせない。
しばらくは、この流れを静観するが、魅力的な機器には変わりない。
それにしても「飲みながら」は、快適な空間であった。
楽しく覚えるには・・やっぱり酒の力が有効なんだよなぁ。(汗)



2012年07月05日(木) ■
オチャノコです。

映画「レディ・キラーズ」
(ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン監督)から。
1955年のイギリス映画「マダムと泥棒」のリメイクだというが、
メモを振り返っても、インパクトがあったのは、物語よりも
何度も字幕となって目にした「オチャノコです。」という和訳。
さすがに「日本語訳」とはいえ、違和感があった。
「おちゃのこ(御茶の子)」とは、辞書によると
1 「茶の子」の丁寧語。茶を飲むときにつまむ菓子など。
2 (1が腹にたまらないところから)たやすくできること。
朝飯前(あさめしまえ)。「そんなことは―だ」
そもそも「おちゃのこ」という言葉が、外人の口から出ること、
さらに「オチャノコ」という言葉がカタカナであったことにより、
私の違和感が倍加したと思われる。
いかにも日本語、という訳よりも、その雰囲気にあった訳の方がいい。
「問題ないよ」でも「イージーだね」でもよかった気がする。
訳す前の「英語」は、どんなフレーズだったのだろうか。
次回からは、気になったら、字幕を英語にして確認してみようっと。



2012年07月04日(水) ■
「お〜いと言えばお茶」「ねぇと言えばムーミン」

書籍「舟を編む」(三浦しをん著・光文社刊・259頁)から。
読んだ人から「下山さんが頭に浮かびましたよ」という感想を
何人かに言われ、読む前から期待の小説となった。
主人公の「馬締(まじめ)」には、妙に親近感を覚えたし、
言葉に対する「こだわり」と「執着心」は、
なるほど・・似ている、と自分でも可笑しくなった。
そんな中で私が選んだのは「つうと言えばかあ」の例え。
もちろん意味は「お互いに気心が知れていて、
ちょっと言うだけで、相手にその内容がわかること。
気持ちが通じ合って、仲のよいこと」
略して「つうかあ」。「つうかあの仲」という使い方をする。
「つうと言えばかあ」その雰囲気・ニュアンスを伝えるのに、
「お〜いと言えばお茶」「ねぇと言えばムーミン」。
今の人にはわかりやすい・・と類語だな、と苦笑いした。
うん、こんな辞書があったら、是非、買いたいと思う。(笑)
「言葉を言葉で説明する」役割の「辞書」という書物。
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」と言い切り、
辞書編纂の作業は「海を渡るにふさわしい舟を編む」こと。
「太古から未来へと綿々とつながる人の魂を乗せ、
豊穣なる言葉の大海をゆく舟を」・・なるほどなぁ。



2012年07月03日(火) ■
「デジタル」から「アナログ」へ

2010年〜2011年(2年間)の自分史とも言える
「しもさんの気になる一言(縮刷版)第8巻」が、冊子となった。
「誰もが出来ることを、誰もが出来ないくらい」をモットーに
16年間、書き続けていることになるが、面白いことに気付いた。
書き始めた当時は、アナログで書いていた日記を、
「パソコン通信」という手段でデジタル化して知人に配信していた。
当時のキャッチコピーは「『アナログ』から『デジタル』へ」
しかし今では、インターネット上で打っているWEB日記を、
「印刷」というアナログの手法で、冊子という形で残し配布している。
最近のキャッチコピーは「『デジタル』から『アナログ』へ」
自分としては、長年、同じことをしているつもりなのだが、
いつからか、視点が変わってきたことに驚いている。
年を重ねたからか「手作り」とか「オリジナル」等の単語に弱い。
実は、簡単に複製(コピー)が出来るものには、関心がなくなり、
時間をかけてでも、人間の温もりが感じられるものが欲しくなった。
まぁ、今回も出来上がったことに、とりあえず「乾杯」。

P.S.
恒例の冊子ですが、ご希望の方、声を掛けてください。
デジタルの「メール」か、アナログの「電話や手紙」で。
意表をついて「電報」でも受け付けます。(笑)



2012年07月02日(月) ■
悩め、悩め、悩め。悩まない若者は生意気だぁ。

映画「神様のカルテ」(深川栄洋監督)から。
物語後半、そう言うことか、とタイトルの意味を噛みしめた。
主人公、栗原一止(イチ)は若手の医師、妻の榛名(ハル)は写真家。
人気アイドルグループ「嵐」の櫻井翔さんと宮崎あおいさんが、
絶妙の間合いで、この夫婦を演じていく。
この夫婦、全く違う分野で仕事をしながらも、
なぜか「寄り添う」という単語が似合う夫婦、という感じがした。
ところが、今回選んだのは、主人公が自分の進むべき医療の道を
研究中心の大学病院か、寝る暇も与えられないほど忙しい最前線か、
悩んでいたところ、先輩医師役の柄本明さんが、ホロ酔い気分で叫ぶ。
「悩め、悩め、悩め。悩まない若者は生意気だぁ」
最近、社会全体で、とことん悩むなんてことが少なくなった為か、
この「悩まない若者は生意気」というフレーズが心に残った。
「悩むこと」は決して悪いことではないし、むしろ思慮深くなる。
若い時には、仕事にも、恋愛にも、そして人生にも、悩んだ方がいい。
「若きウェルテル」のように、婚約者のいる身である女性に恋をし、
叶わぬ思いに絶望して自殺してしまってはまずいが・・(汗)
男でも女でも、悩んでいる顔って、意外とカッコいいんだよねぇ。



2012年07月01日(日) ■
記録大好き人間

なぜか自分が一番、楽しみにしていた
半年間の目標に対する進捗状況を検証してみる。
■(2012目標/6/30現在の成果)
講演会(聴講)(12回/ 19回)・コンサート(12回/12回)
美術館(12回/ 6回)・映画鑑賞(84作品/ 83作品)
新聞投稿掲載(4回/3回)・・そして、
1日10,000歩(1年3,660,000歩/2,130,854歩)。
予想以上のハイペースで物事が進み、自分でも驚いているが、
暇さえあれば、歩いているか、書いているか、
自己啓発のために活動しているかの、どれかだから、
当然の結果と言えば、当然なのかもしれない。
さらに数字にはないが、書籍もそれなりのペースで読み、
自分としては、上出来の半年間である、と分析したい。
ただし、あまりハイペースで入ると、後半にきて息切れ、
生活のリズムを狂わす恐れがあることは、
箱根駅伝で何度も目にしてきたから、あと半年注意したい。
でも・・新記録が狙える位置にいたら、迷わず挑戦したいな。
つい最近「結果」より「過程」の方が大事なんて言いながら、
やっぱり「結果(数字)」に喜びを見つけてしまう私は、
もしかしたら「記録大好き人間」なのかもしれない。



2012年06月30日(土) ■
6月30日は、1年の大切なチェックポイント

もう1年の半分が過ぎてしまった・・
いやいや、まだ半年、残っている・・
どう考えようと、半分過ぎたことに変わりはない。
数字・継続を成果指標にしている私にとっては、
その進捗状況を確認する意味で、
「6月30日は、1年の大切なチェックポイント」である。
目標より成果が少なすぎれば、あとの半年間で、
1月に決めた目標に近づくよう努力すべきだし、
逆に、成果が目標より多すぎれば、
どこかに負担がかかっていないか、を検証し、
これまた、目標に近づけるように、調整をしていきたい。
継続には欠かせない「チェックポイント」は、
意外と軽視されがちだが、私は「最重要」と位置づけている。
自宅から松本に行った時も、すぐに沼津インターで
「松本方面」の行き先案内表示は確認することが出来ない。
しばらくして、通過点である「甲府方面」などの表示で、
自分の位置、向かっている方向が間違っていないことを確認する。
そしてそのチェックポイントこそ、なかなか目的地が見えず、
不安だった自分に自信を与えてくれる、大切な道標であるからだ。
今年の1月、読者に対して、コミットメントをしているので、
明日は、その検証をして、新たな半年に向けて進んでいきたい。

P.S.
お楽しみのチェックポイントは、1日10,000歩(1年3,660,000歩)。
さて、何歩歩いたか(笑)



2012年06月29日(金) ■
癒しと元気がつまってる

私の大好きな「meijiアーモンドチョコレート」の箱に
書かれていた、発売50年「since1962」のキャッチコピー。
「癒しと元気がつまってる」
口に頬張りながら「う〜ん、確かに・・」と唸った。
精神的に疲れた時は「癒される」し、
体力的に疲れたら「元気」がもらえる、そんな気がしたから。
口に入れて「アーモンド」だけになるまで舐めたり、
途中で「ガリっ」と噛んだり、食べ方もいろいろだけど、
なぜか昔から、チョコレートと言えば「アーモンドチョコ」。
その理由は、自分でもよくわからない。
コンビニでチョコレートを探すと、必ずこの箱を手にしている。
パッケージは、ずっと変わらない。
今、じっくりと眺めると「白地に赤」のデザイン。
これで、真ん中の四角い赤が、丸だったら、日の丸だな、と
つくづく思った。
そうか、日本人には馴染みのある、そして愛する白地に赤が、
何気なく手にしてしまう理由なのかもしれない。
今度、他の箱も観察してみようっと。

P.S.
惜しい、来年だったら、わが町の町政施行50年記念として、
私の独断と偏見で、公式チョコレートに認定するのになぁ(汗)



2012年06月28日(木) ■
俺は他人から、情けや施しを受ける身の上になったのか

映画「武士の一分(いちぶん)」(山田洋次監督)から。
毒見役で、赤貝の毒にあたり、失明してしまう主人公、
木村拓哉さんが演じた下級武士、三村新之丞の言葉。
不安とイライラが募り、周りに当たり散らす。
さっきまで夢をみていて、景色や姿がはっきりしたのに、
目が覚めた途端、目の前が真っ暗で何も見えないことを
現実として、しっかり受け入れられない様子が伝わってきた。
そして、独りごとのように呟く。
「俺は他人から、情けや施しを受ける身の上になったのか」
それは、武士にとってとても恥ずかしいことであり、
そこまでして生きようとしている自分が許せないのだろう。
「他人から、情けや施しを受ける」ことが、不名誉な時代、
今で言えば「生活保護」を受給することと同じかな。(汗)
「生活保護」を受ける権利を声高々に主張するのは、
やはり何かの間違いではないだろうか。
ところで、タイトルにも使われている「一分」。
意味は「その人の面目。人間としての名誉、
一人の分際。一身の面目、または職責」
これだけは譲れないという「誇り」みたいなものかな。

P.S.
キムタクって、時代劇向きの顔じゃないな、
パイロットとか、そういう役の方が似合っている。(笑)



2012年06月27日(水) ■
日本の「伊豆」ではなく、世界の「IZU」

先月30日から通い始めた、三島駅北口の日大国際関係学部の校舎、
週1回水曜日の夜は「日大市民公開講座」(全5回)。
統一テーマを「伊豆再発見」とし、多様なジャンルの話を耳にし、
本日5回目の講師、映画監督「原田眞人」氏で、幕を閉じた。
講演内容は、また後日詳しく採り上げるが、
日本の「伊豆」ではなく、世界の「IZU」という視点で仕事をする、
その姿勢は、これからの自分の仕事でも見習いたいと思う。
梅雨の季節にもかかわらず、一度も欠席せずに参加できたのは、
54歳を過ぎても、なぜか「もっと学びたい」という学習意欲と、
「続ける」ことの大切さを知っているからだろうか。
水曜日アフターファイブの習慣となった、学生気分で「学ぶこと」、
これをどう続けていくか、出来れば、新しい学び先を見つけたい。
そう言えば、講義内容だけでなく、運営方法のノウハウもメモをした。
いつの日か、学ぶ立ち場から学ぶ人をサポートする立ち場となり、
世界を意識した「生涯学習」を展開してみたい、と思う。
(アルコールが入って、ちょっと話が大きくなりましたが・・(汗))