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しもさんの「気になる一言」
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2012年09月24日(月) ■
不自惜身命(ふじしゃくしんみょう)

昨日に続けて、NHK大河ドラマ「平清盛」から。
平家の棟梁・重盛が、自分の感情を抑え切れずに、
写経(?)の途中で立ち上がり、乱れ大声をあげるシーン。
その時の文字が「不自惜身命(ふじしゃくしんみょう)」
ネットで調べると、法華経寿量品の中の自我偈の一部、
「一心欲見仏 不自惜身命 自我及衆僧 倶出霊鷲山」
(一心に仏を見たてまつらんと欲して、自ら身命を惜しまざれば、
時にわれ及び衆僧は、倶に霊鷲山に出ずるなり)
直訳しても、その部分は
「身命を惜しまず」「自分の命を惜しむことなく」とわかる。
山本五十六元帥の座右の銘ということでも有名らしい。
かって大関・貴乃花が横綱に推挙されたことへの返礼口上
「不惜身命」とは、出典が違うけれど、意味は同じだろう。
重盛が「自分の命を惜しまず」(子が侮辱されたことを我慢しても)
平家のために判断したことが、理解されなかった無念さが
「不自惜身命」の「命」の字で、筆が震えた、と深読みをした。
ドラマ内に出てくる「掛軸」をはじめとした「書」は、
きっと意味があるに違いない・・と調べてしまうこのクセ、
なんとかならないものだろうか。(笑)



2012年09月23日(日) ■
資盛(すけもり)、礼を欠いたそなたの誤りじゃ

NHK大河ドラマ「平清盛」から。
(観た人しかわからないネタですが・・(汗))
自分の子どもが、教えたことと違った行動をしたとき、
たとえそれが相手から辱めを受けても叱ることをした重盛を
私はどうしても、批難することが出来なかった。
「資盛(すけもり)、礼を欠いたそなたの誤りじゃ」
もちろん、重盛は平家の棟梁という立ち場、
そしてその嫡男・資盛(清盛の孫)という地位を考慮しても、
礼節を外れた行為に対して、叱った判断は正しいと思う。
「棟梁たるもの私心で物事を決める訳にはいかない」と
言い切る重盛に拍手を送り、
「正しすぎることは間違っていることと同じだ」と
批難する時忠には、そういう考えこそ間違っている、と
テレビを観ながら反論したくなった。
結局は、自分の判断とは逆の行動をとった平家一門に対し、
「私が間違っておったと申すか?」と不信感と示した。
次回の「「平家にあらずんば人にあらず」という驕りこそ、
一族の滅亡に向かっていったことは明らか。
今回の重盛の慎重な判断は、平家を繁栄させる道だったのになぁ。



2012年09月22日(土) ■
原監督の口癖「そんな中で・・」

昨日、3年ぶりのリーグ優勝を決めた、原ジャイアンツ。
監督や選手の優勝インタビューやコメントをチェックした。
「このチームは、慎之助のチームです」
ファンに向かってお立ち台から「優勝おめでとう!」と原監督。
いろいろなメッセージを書き留めたが、
何度も読み直すうちに、原監督の口癖だろうか「そんな中で・・」と
いうフレーズが多用されていることに気付いた。
「そんな中でも守りの野球というものはしっかりできていました」
「そんな中、勇人、長野、村田、この辺が野手では軸になって」
「そんな中で点を取るのがチームの目的であると」
「その中で全員が自己犠牲というか、サインプレーに忠実に・・」
「そんな中、『あれ?』と思うような先発した人が・・」
「その中で、慎之助が4番として、12球団を代表するスラッガー・・」
もちろん、日頃の勝利監督インタビューでも同じなのだが、
伝えたいことの前に必ず「逆境」を意識した「困難」を表現し、
「そういった悪条件」にも関わらず、彼らは頑張ってきた、と纏める。
この監督のコメントは、選手にとって嬉しいに違いない。
自分の成長を、じっと観ていてくれた、という想いが湧いてくる。
このフレーズ、私も上手く使いこなしたいな、と思う。



2012年09月21日(金) ■
野球って、気持ちを伝えるスポーツなんだよ

「ジャイアンツ優勝」の瞬間を宴会で見逃したから、
あとでじっくり新聞のコメントを読もうと思う。(汗)
まずは、映画「バッテリー」(滝田洋二郎監督)から。
鑑賞後、書き写したメモをみながら、作品を振り返ったが、
不完全燃焼の自分がいた。
この作品を通じて、監督は何を伝えたかったのか、
なかなか理解できなかったからだろう、と思う。
「野球って、させてもらうんじゃなくて、するもんです」
このフレーズも心に残ったが、全編を通しての考えではなさそうだ。
また、豪速球を武器に自信満々の主人公・原田巧に、
同級生のキャッチャー永倉豪が、ドカベン並みの笑顔で呟く。
「巧、お前、連打されたことないんじゃろ?
ノーアウト満塁なんてピンチ、経験したことないんじゃろ?
お前、きっと、ピンチに弱いで」
これまた、グッときたが、ピンチに弱いシーンはあまり出てこない。
そして最後に選んだのは、岸谷五朗さん扮する、主人公のお父さん。
息子の夢中な野球を理解するため、職場の野球チームに入って経験。
なかなか理解を示さない母親に興奮して話すシーン。
「生まれて初めて(野球を)やって大発見(があったんだ)。
野球って、気持ちを伝えるスポーツなんだよ。
自分の気持ち、仲間に伝えたい、仲間の気持ち、もっと知りたい。
そんな思いがプレーに出ると、本当に楽しくて・・。
楽しくて楽しくて、たまらなくなる」と。
私の好きなスポーツも野球だから、この感覚、わかる気がする。
今、若者に人気のサッカーも、同じだろうか。



2012年09月20日(木) ■
性別の曖昧な作家になりたいんです。

書籍「私の中の男の子」
(山崎ナオコーラ著・講談社刊・193頁)から。
主人公の若手女流作家・雪村は、どこか憎めない
存在感があるな、そんな感想を持って、読み終えた。
偶然、私が図書館に行った時、新刊コーナーにあり、
何気なく手にとってしまった、という書籍であり、
正直、あまり期待せずに読み始めたのだが、
飄々とした行動や考え方が、妙に親近感を覚えた。
読後に残された多くのメモを読み直すと、
これかな、っと思えるフレーズにぶつかった。
「性別の曖昧な作家になりたいんです」
「私の作品の持ち味である『性別を越える陶酔感』を」
若い女性が書いたのに、
「男の人に『俺のための本だ』と思ってもらいたいんです」
そんなフレーズが気になった。
私はそこまで意識していないが、文章に性別なんて関係ない、
書いた人の性別が必要なのか、と思うことはあり、
彼女の言葉を借りれば、
「女の人に『私のための本よ』と思ってもらいたいんです」



2012年09月19日(水) ■
一身上の都合で「結婚」することになりました

私の親友が、同じ事務所で働いている若者から、告白されたという。
「一身上の都合で『結婚』することになりました」
だからといって、退職するわけではないらしい。
おいおい、使い方が違うんじゃないのか、と呆れながら、
私たち2人の格好の酒の肴になった。
「一身上」とは、その人自身の身の上や境遇などに関すること。
個人的な問題や事情。
労働者自らの意思で退職する場合、退職願には具体的事情を記入せず、
「一身上の都合により」退職したい旨を記載する時に使う。
退職届だけでなく、前の職場を辞めた理由について、
履歴書や職務経歴書に記入する事もある、との理解である。
そもそも「結婚」って人に言えない問題でもないし、
「結婚により家事に専念するため退職します」の代わりに
「一身上の都合により退職します」と使うのになぁ。
確かに、こんな言葉の使い方、誰も教えないものなぁ。



2012年09月18日(火) ■
社会に通用する人材を育成する場が学校です

映画「ザ・中学教師」(平山秀幸監督)から。
1992年製作、20年前の作品なのに、妙に親近感を覚え、
学校の先生って、こうあるべきなのかな、とメモをした。
「チャイムが鳴り終わる前に席に着く、基本だぞ」
「普段の自分は捨ててこい。学校は自分のうちとは違う」
「お前たちは制服という衣装を着て、生徒という役を演じ、
俺は、このスーツとネクタイという制服を着て、教師という役を演じる。
つまり学校というところは、それぞれが与えられた役割を
きちんと演ずる演劇の舞台のようなところだ」
生徒と一線を引く先生の行動・言葉は、新鮮だった。
「学校とはどういう場所なのか」を共通理解しないまま、
先生はどうあるべきか、生徒はどうするべきか、を問うても、
問題解決にならない気がしていたので、答えは明確だった。
「日本は法治国家でしょ」と前置きをして
社会のルールを生徒に教えるのは、教師としての原則です。
社会に通用する人材を育成する場が学校です。
個人の自由意志で作られた私塾とは違う」と言い切る姿勢に
共感を覚えたとともに、今でも通じる考え方だとメモをした。
子どもたちのいたずらに「学校に喧嘩を売るってことは、
世の中に喧嘩を売るってことなんだぞ、わかるか?」と諭すシーン。
問題児を抱えている「中学教師」の皆さん、
今はこんな甘いもんじゃない、という批判をする前に、
一度、じっくり鑑賞することをお薦めしたい。



2012年09月17日(月) ■
妻の夕飯支度の音を聴きながら、気になる一言

久しぶりに、私の独り言。
先週、議会が一段落し(まだ閉会したわけじゃないけど)、
ここ数日、連休らしい連休を妻と一緒に過ごした。
静岡の美術館へ行ったり、御殿場アートクラフト展へ行ったり、
敬老の祝いで、母を交えて食事をしたり・・
私にしてみれば、仕事のことは一切忘れて、のんびりした時間。
そして極めつけは、こうして台所で、
彼女の夕食支度の音を聴きながら、気になる一言を書いている。
勿論、私はビールやワインを飲みながら、ほろ酔い気分で。(笑)
特に話題をきめるでもなく、思いついたことを会話しながら、
お気に入りのCDをBGMにして、ファッションの話から
中国の広範囲にわたる暴動の話まで、多種多様で面白い。
今までは「夕食ができるまで、2階で映画のDVDを観ているから、
出来たら声を掛けて」というパターンだったのだが、今回のように
「妻の夕飯支度の音を聴きながら、気になる一言」も悪くないな。
ただ、汗臭いとか、飲み過ぎ・・といった妻ならではの一言に、
いいじゃん、放っといてくれよ、という言い分はあるけれど、
まぁ、少しずついい匂いがしてくる台所で、PCを操作する、
これまた、熟年夫婦の休日の楽しみ方だなぁ、と思う。
やばい、夕飯前に飲み過ぎた・・もう眠たい。(汗)



2012年09月16日(日) ■
選挙は、Better Choise (選び挙げる)

民主党も自民党も、党首選が近いので、選挙の話題を1つ。
講師「ジャーナリスト(元静岡新聞社)原田誠治」氏の
講演「幸せになるための民主主義考-第2弾」から。
「ちゃんと立候補者を選んでますか?」と言いたげに、
ほとんどの人が「選んでいるのではなく、
投票所で字を書いているだけでしょ」と言い切った。
選挙公報をしっかり読み、政策を比較していますか?
そう言われている気がした。
「若い人たちが、遊びで選挙をしている」という視点から、
「素人の政治家が多くなった」という関連性までは、
さすがに説明されなかったが、それぞれのフレーズは、
私の耳に残ったので、メモは増えた。
選挙は、たしかに「選ぶ」ことだけど、人間関係だけで選ぶのではなく、
他の候補者と比較することが大切。
だから「選挙は、Better Choise (選び挙げる)」ということ。
この比較級(Better)が大きな意味を持っている気がする。
そういう意味では「無投票」というのは「選挙」ではない、
比較しないのだから。
「政治が駆け引きではなく、取引になった」という言葉と
20歳から80歳までの60年間、選挙は約100回。(重なっても80回程)
と数字を示したあと、力強く言い切った。
「政治を変えるチャンスは選挙しかありませんよ」
今の生活に不平・不満を口にし、政治に不安・不信を感じるのなら、
「選挙」を大事にしなければ・・そう思った。
「選挙教育」って、学校でも大人になっても教えてないけど、
一番大切なことかもしれないな。



2012年09月15日(土) ■
お世話になった人に肉体をあげたいのです

書籍「日本人の知らない日本語2」
(蛇蔵&海野凪子著・メディアファクトリー刊・159頁)から。
さらっと読み終えて、笑えるメモを読み返したら、
読者に紹介したくなったので、少しお付き合いを。(汗)
「お世話になった人に肉体をあげたいのです」と言うので驚いたら、
「ニクタイではなく、ネクタイでした」という話。
玄関に出てきた娘さんに「お父さんはいますか?」を丁寧語で
「おじょうさんのおちちはございますか?」と訊ねた話。
「クリスマス、あいていますか」と訊かれ「相手いません」と返事、
相手は「空いていますか?」と訊ねたらしい。
生徒の一人が「先生をキライだと言ってました」と教えてくれて、
落ち込んでいたら、それは「キレイ」の間違いだ、と知って嬉しかった。
おでんの屋台で、コンニャクを頼んだつもりが
「コニャックください」と言い「置いてないんですよ」と言われた話。
まだまだいろいろあるけど、飲んだ時のネタにでも、お使い下さい。