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しもさんの「気になる一言」
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2012年12月23日(日) ■
無心になれますよね

クリスマス・イブイブの23日、
わが職場は、冬休みの子ども対象のイベントラッシュ。
伝統木版画家・風鈴丸さんの版画ワークショップや、
書道連盟の人たちが指導してくれる書き初め教室など。
私は、学生以来の「書き初め」に挑戦することにして、
「日々是好日」「歩々是道場」の2点を書き上げた。
簡単に考えていた「書き初め」は、意外と苦戦しながらも、
久しぶりに「集中力」というものを体感した。
一緒に挑戦した、わが課のスタッフに
「どうだった?」と感想を訊いたら、返ってきた台詞。
「無心になれますよね」
書くことだけに集中し、他のことを考えている暇はない。
いや、知らず知らずのうちに「無心」になっていたから。
何十年ぶりに体験した「書き初め」、
「新年の抱負」や「夢」を書くために挑戦したけれど、
その前に「無心になること」の気持ち良さと、
何度も失敗しながらも、書き上げた充実感が、私を包んだ。
「無心」って、こういうことだったんだなぁ。



2012年12月22日(土) ■
沼津の図書館まで、ヴィヴァルディ「四季」12曲分

12月の3連休初日、隣接市の沼津市立図書館・視聴覚ホールで、
映画「核の傷」の自主上映会があるというので、
いつものように、万歩計を付けて歩くことにした。
私専用の「歩数マップ」では、自宅から4500歩。
1分100歩のリズムで歩くことを心がけているので、
はじき出された計算では、45分かかることになる。
そこで出かける前に準備したのは、超小型のiPod shuffle。
iTunesから40〜45分の曲を探したら、
「ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集・四季」約40分、
よし、これを聴きながら歩こうと決めて、オートフィル。
やや小雨の中を歩き出し、図書館に到着したら曲が終わった。
そこで、今日の気になる一言は
「沼津の図書館まで、ヴィヴァルディ『四季』12曲分」
目的地までの、距離でもなく、時間でもない。
脳に心地よい、音楽何曲分という、私だけの物差し。
来年からは、ちょっと脳にも刺激を与えて
「古今亭志ん朝の落語演目『火焔太鼓』分」なんてのもいいな。
帰りも、渋滞で動かない車を何十台も横目に、もちろん歩き。
帰宅後の、一汗かいてビールは最高。
体の健康というより、心と脳の健康に、ウォーキングはお薦めだな。



2012年12月21日(金) ■
大人の方が問題ですよ

明日から冬休み・・
こんな時期、私たちの役目は、夜間冬期補導で、
青少年が集りそうな場所へ、関係者と数人で見回り。
ゲームセンターやカラオケ、映画館、コンビニなど、
店舗の責任者へ聞き取り調査をしながら、
周囲へ注意を促すのが目的。
ところが、多くの立ち入り場所で耳にするのは、
「大人の方が問題ですよ」
夜遅い時間に子どもを外に連れ出す保護者の行動や
親がいいって言っているのに、何が悪いんだ、という
開き直りに近い発言の方が、困っているという話。
これはわが町だけに限らず、全国的な動きのようだ。
何年か前にも書いた気がするが、今の日本、
必要なのは「青少年健全育成」より「中高年健全育成」。
ここの世代がしっかりしないと、
本当にダメになっちゃう気がするな、わが国は。
先日の総選挙、争点にもならなかったし・・(汗)



2012年12月20日(木) ■
心の弱さが(黒い)森を強くする

映画「スノーホワイト」(ルパート・サンダース監督)から。
和訳すれば「白雪姫」なんだろうけれど、
原題「Snow White and the Huntsman」から考えると、
「白雪姫と狩人」で、スノーホワイトを襲う狩人たちに
視点が移っているのかもしれない。
「白・黒」「老・若」「善・悪」・・その対比がわかりやすい。
面白いのは、悪の女王たちも入り込めない黒い森の存在。
あそこに入ったら誰も手を出せない、そんな設定だけど、
心が清らかなスノーホワイトに、黒の魔物が襲うシーンは
理解できるけれど、悪の狩人まで襲われるなんて・・(汗)
その森は、入り込んだ人の気持ちのあり方で変化するらしい。
それを表現したフレーズが「心の弱さが(黒い)森を強くする」。
自分は絶対に悪には負けない、という強い気持ちこそ、
悪の象徴である「黒い森」を潜り抜けることができるようだ。
弱い気持ちこそ、悪が入り込む隙を与えてしまう、
そんな意味の裏返しなのかもしれない。



2012年12月19日(水) ■
半熟女

「熟女」という単語は、もう既に市民権を得ている気がするが、
もう若くないけれど「熟女」と呼ぶには可哀相な年齢、
そんな人たちをどう呼ぼうかな、と考えていたら、
「半熟女」と呼んだらどうですか?と笑いながら教えてくれた
後輩たちがいた。
なるほど、上手いことを言う、とメモをしたが、
さて、呼ばれる側の女性はどう感じるだろう、とも思う。
もちろん、私の方は「まだ熟女と呼ぶには若い」という
褒め言葉として使うつもりだけど。(笑)
「一人前」に対して「半人前」というのがあるように、
熟女になりきれていない、という意味にも解釈できるから、
呼ぶ相手を考えながら使ったほうがよさそうだ。
ただ「半熟」で連想される「半熟タマゴ」は、誰にも愛され、
ラーメンのトッピングでも欠かせない存在だから、
「半熟」だけは、プラスイメージだな、私の場合。



2012年12月18日(火) ■
俺たち女の42歳は厄年だよね(汗)

ある懇親会で、現役バリバリで働いている女性が、呟いた。
部下の男性にも「お前たちなぁ」と叱りつけて、
私なんかが「男前だねぇ」と、褒め称える存在であるが、
そんな彼女が、今年はいろいろなことがあったよ、と振り返り、
同級生の女性に賛同を得ながら、口にした台詞。
「俺たち女の42歳は厄年だよね(汗)」
私の知識で「厄年」は、数え年で男は25.42.61歳、
女は19.33.37歳だったと思う。
特に、男の42歳と女の33歳を「大厄」と言い、
その前後の年も「前厄」「後厄」と言って行動を慎むとされていた。
(42が「死に」、33が「散々」という節もあるが)
基礎知識としては、体や心の変化が激しく、一番不安定な年齢、と
私なりに理解している。
それが、少しずつ少しずつ、生活スタイル・労働環境が変化し、
女性でも「42歳」が厄年となりつつあるようだ。
寿命・結婚年齢・出産年齢が伸びた分、女性の厄年も伸びたんだな。
こういうことは、時代が変わったのに変えようとしないんだね。



2012年12月17日(月) ■
食べ物ってのはね、目を閉じて

映画「レミーのおいしいレストラン」(ブラッド・バード監督)から。
確かに、料理が苦手な見習いシェフのリングイニと、
料理が得意なネズミ、レミーの友情と成長を描く作品だが、
私は、彼らの関係よりも、食に関する言葉のメモが多かった。
誰の台詞か忘れてしまったけれど「食べ物ってのはね」で始まり、
「目を閉じて、一口かじって、ゆっくり噛んで、味わいながら」
と続くフレーズになるほどなぁ、と思わずにいられなかった。
この作品鑑賞後、私はこの台詞を実行してみた。
驚くことにいつもの「食べ物」が違った味に感じられた。
視覚から入る情報が多すぎて、事前の知識や経験から、
その味を想像してしまう癖がついていたことに気付いた。
「僕の知る限り、食べ物は健康な体に必要なもの」
「1個ずつだと、独自の味。
でも、一緒に食べるとまったく新しい味になる」
「いいパンの見分け方は、香りでも見た目でもなく、
皮の音、聞いて」
「最も新鮮なものは、自家製か生産者を買収する」
「誰でもが、偉大なシェフにはなれない。
だが、どこからでも偉大なシェフは誕生する」・・・
さすがディズニー映画だなぁ、脚本がしっかりしている。



2012年12月16日(日) ■
やっぱり「生作」「生映」「生音」「生声」「生中」(笑)

ちょっと波乱含みの第4回の定例議会を金曜日に終え、(汗)
私の生活・仕事環境は、一気に年末へ突入した。
というよりも、やっぱり「コピー」より「本物」、
そう表現した方がいいのかもしれない。
伝統木版画家「風鈴丸」さんの作品展を、作家本人(生作)から解説を受け、
地元映画館の大型スクリーンで「007 スカイフォール」を鑑賞(生映)した。
さらには、週末の土日、巷で大騒ぎしている総選挙を横目に、
「ヴァイオリン」や「ピアノ」の「生音」を聴いたかと思えば、
「ソフトボイス」や「楽団ひとり」の若い人たちの「生声」「生音」で、
京都のお座敷気分的な、それはそれは贅沢な時を過ごした。
体調を崩しかけた、疲れ気味の体と心が、彼ら、彼女らのお陰で癒され、
元気を取り戻した気がする。
映画「スノーホワイト」ではないが、若い人たちとパワーが、
年を重ねた私の細胞に刺激を与えてくれた、といっても嘘ではない。
コピーは手軽でいいけれど、やはり「本物」(生)は、違う。
こればかりは、いくら文字で書いても伝わらないだろう。
面倒くさがらず、脚を運ぶ、これが「元気になる秘訣」に違いない。
病気の治療でお金を使うより「生」に触れることをお薦めしたい。
さて、これから続く「忘年会」、「生ビール」で乾杯だ。(笑)



2012年12月15日(土) ■
僕らは波じゃない、海の一部だ

映画「モリー先生との火曜日」(ミック・ジャクソン監督)から。
作品の中で紹介している「海と波の話」、メモ取りましたか?
そんなメールをいただいたので、皆さんにご紹介。
ある波は、陽光と風に戯れながら、
上へ下へと波打ち、幸せな時を送っていた。
でも、ある波が岸にぶつかるのをみて怖くなった。
そんな波をみて、別の波が聞くんだ。「何が悲しいの?」
小波は答えた。「僕らは岸にぶつかり消えてしまうんだ」
別の波は「バカだな」と呟いたあと、こう言った。
「僕らは波じゃない、海の一部だ」
ただ、これだけの話だけれど、私も胸が熱くなった。
ついつい、自分が犠牲になることばかり考えがちだが、
自分が波だと思うからそんな取るに足らない悩みを抱える。
最初から、自分は海の一部だと考えられれば、
砕け散ってもまた活躍の場が用意されている。
いや、砕け散る、という発想さえない。
単に海としての動きであり、砕け散ったわけではない。
砕け散ったように見えるだけではないか、と。
素敵な話が詰まってます、是非、ご鑑賞を。



2012年12月14日(金) ■
恐るべし、平たい顔族

映画「テルマエ・ロマエ」(武内英樹監督)から。
くだらない・・と思いながら、知らず知らずのうちに
観続けてしまった、古代ローマの公衆浴場作品。(笑)
歴史が変わっちゃうから、未来のものを持ち込んじゃだめ、
そんな言い訳は関係なく、ちょっとアレンジして
日本の風呂文化を、古代ローマに活用するなんて面白い。
特に笑えるのは、キャスティングの妙。
古代ローマ人役の俳優は、外国人と間違えるような、
やや日本人離れした彫りの深い俳優陣たちで揃えたのに対し、
現代日本人役は、・・・(汗)なるほどな。
「彫りの深い顔」とは、彫ったような凹凸のある顔だが、
典型的な日本人の顔はどんな特徴があるだろうと考えていたら、
「恐るべし、平たい顔族」の台詞が跳び出し、大笑いした。
「日本人」イコール「平たい顔」ねぇ、
もちろん私も、典型的な「平たい顔族」の仲間だな。

P.S.
ローマ人(のはず)なのに、彼らの台詞が時代劇調で可笑しい。
「ありがたき幸せ」「御無礼は、重々承知致しております」
「大儀であった」・・