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しもさんの「気になる一言」
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2013年07月21日(日) ■
私、道徳って、恥の概念のことだと思うの

映画「空中庭園」(豊田利晃監督)から。
角田光代さん同名原作の映画化、とあって楽しみに鑑賞した。
印象に残っているのは「道徳」に関する部分。
特別出演の永作博美さん扮する、変な愛人が一気に話すシーン。
「人間を人間たらしめているのは、恥。
恥を感じない人間は、猿と変わらない。
恥ずかしいと思うから、服を着るんだし、恥ずかしいと思うから、
人前でセックスしたりしないのよね。
私、道徳って、恥の概念のことだと思うの。
禁煙のバスで煙草を吸わないのは、なんで?
若い子の素足にいきなりしゃぶりついたりしないのはなんで?
恥ずかしいからでしょ? そんなことしたら。
だから、最も始末が悪いのは、恥という概念がない人間、
あんたのようなとろけた奴よ」
恥ずかしい、という気持ちが日本人に残っていれば、
日本の道徳は、またまだ捨てたものではないのだけれど。
偉人の話や感動の話を聞かせるのも確かに「道徳教育」だけど、
「恥ずかしい」という感情を、国民に教え直すことが、
道徳教育の一歩である気がしてならない。
家族の間でも「恥」という概念をもち、接することが大切だし、
「親しき仲にも礼儀あり」って、家族にも通用する言葉だと、
改めて認識した映画となった。
家族にとっても恥ずかしくない、夫・父親・息子でいたい。



2013年07月20日(土) ■
「怒られるからやめなさい」「迷惑だからやめなさい」

わが職場の施設にも、おかげさまで老若男女、
多くの利用者が訪れているが、時々、気になることがある。
特に小さい子どもを連れた親は、子育てに忙しいのはわかるが、
子どもが展示物に触ろうとするので、注意を促したら、
座ったまま「怒られるからやめなさい」と子どもに声を発した。
私も珍しくムッとして(汗)、言い直してもらった。
「お母さん、『怒られるからやめなさい』ではなくて、
『大事なものを壊したら大変だからやめなさい』ですよ」。
子どもを躾ける親を躾けなくては・・と最近思う。
実は、こんなシーンは、いろいろなところで見かける。
電車の中、ショッピングセンターの中、公共施設の中・・。
(周りの人に)「迷惑だからやめなさい」という感覚が、
どこにもなく、この人がうるさいからやめなさい、では
私がわざわざ注意した意味が伝わっていない。
もちろん何度注意しても、叱りもしない親よりはマシだけど、
「怒られるから」を理由に叱るのは、躾でもなんでもない。
どうして、悪いことなのか・・これを教えないと。
親に叱り方から、教える必要があるのかなぁ。



2013年07月19日(金) ■
ちょっと出しゃばっていい? 焼きすぎ、焼きすぎ

先日、熱海在住の日本画家、坂本武典さんのご推薦、
伝説の焼肉店に、5人でお邪魔した。
(申し訳ない、店名は内緒・・ということで・・)
私の焼肉人生(?)の中でも、トップクラス間違いない。
何も説明しないで、この美味さを表現するのは、
心苦しいけれど、店主の一言を選んでみた。
「ちょっと出しゃばっていい? 焼きすぎ、焼きすぎ」
この店の焼肉初心者である私たちの食べ方に、
ニコニコしながらアドバイスをしてくれた。
厚切りのカルビや塩タンも美味しいけれど、
ロースでご飯を巻いて食べた時の感覚は、絶品そのもの。
「うま〜い」という言葉が口から出る前に、
顔が自然とにやけてしまう私の様子は、同行したメンバーが
傍でみていて、とても可笑しかったらしい。
言葉を発する前に、脳が顔の筋肉を緩めたに違いない。
実は、意外と「焼肉の食べ方」を教わる機会は少なく、
どれくらい焼けば食べられるのかも、けっこう曖昧なところ。
せっかく仕入れた肉を、一番美味しい状態で食べて欲しい、
そんな気持ちが伝わってきた一言だった気がする。
こんな店主たちの一言が、口うるさいと感じるか、
アドバイスと感じるか、人それぞれだけど、
私は店主の方々と、話しながら食べたり飲んだりが好きだなぁ。



2013年07月18日(木) ■
「士魂商才」と「堪忍柳画賛」

書籍「海賊とよばれた男」(百田尚樹著・講談社刊・
上巻380頁・下巻362頁・計742頁)から。
昔、同級生がこんな川柳を口にしたのを覚えている。
「偉人伝 お疲れ様と 読み終えり」
まさに、主人公に「お疲れ様でした」と声を掛けたくなった。
多くのメモから、私が選んだのは、2つの言葉。
「士魂商才」(武士の心を持って、商いせよ)は、
彼が、儲かる、儲からないではなく、正しいか、正しくないか、
人の道を踏み外していないか、そんな判断の心をもって、
商売をしてきた、そんな気がしたからだ。
また、仙厓和尚(江戸時代)が描いた、風になびく柳の絵
「堪忍柳画賛」(気に入らぬ 風もあろうに 柳かな)
「いろいろな軋轢や衝突をうまく受け流し、
大地にしっかり根を下ろせ」という意味で使われている。
いかにも大きな敵と戦ってきたイメージがあるが、
読み終えると、爽やかさが残るのは、このためだろう。
「戦いはあえて敵の懐に飛び込まねばならぬ時もある」
そう言った戦術は、柳でなくちゃ出来ないものなぁ。
今の時代にも通じる考え方に違いない。



2013年07月17日(水) ■
アソコが濡れてきたわ、と言っても燃えない?

意外と期待されている、水曜日、エッチネタですが・・(汗)
映画「クローサー(2004)」(マイク・ニコルズ監督)から。
ジュリア・ロバーツ扮する「女性写真家」をはじめ、
小説家志望のジャーナリスト、医師、アメリカから来た女性ストリッパー、
主人公の4人がロンドンを舞台に、いろいろな場面で絡み合うのだが・・。
多く残されたメモから、どれを選ぼうか迷ったが、
やはり、読者の反応を意識することなく、自分の気持ちに向き合って、
一番インパクトのある会話を記憶に残したい。
それは、女性からのエッチ(セックス)へのある誘い文句。
「アソコが濡れてきたわ、と言っても燃えない?」
いくら正義感ぶった男であっても、たぶんこの台詞にはかなわない。
たしかに「据え膳食わぬは男の恥」の時代は終わったけれど、
女性とふたりきりになって「アソコが濡れてきたわ」と言われ、
興奮しない(燃えない)男は、たぶん、いないと思う。(笑)
「あなたに抱いて欲しいの」みたいな直接的な表現ではないけれど、
男の脳は想像を膨らませ続けて、我慢できなくなるに違いない。
物語でも男は「そう言われればね」と認めてしまう。
映倫区分(R15+)の指定だと知りながらも、興奮したから気になる一言。
そんなこと言われても、燃えない男なんて男じゃないな、
そんなことを感じながら、メモの整理をした。
「子どもは欲しい?」「ええ、今日じゃないわよ」の会話も笑えたし、
「君のあそこの味は?」「天国の味」と、メモの多くがシモネタなのに、
イヤらしさを感じなかったのは、俳優たちの力なのか・・
大人の映画ってことなのかなぁ。



2013年07月16日(火) ■
「というわけで」の百田尚樹(錨を上げよ)

書籍「錨を上げよ!」(百田尚樹著・講談社刊・
上巻591頁・下巻616頁・計1207頁)より。
これだけでは、きっとなんのことか、わからないだろう。
上・下巻を読み続けていくうちに、あるリズムに気がついた。
それが「というわけで」という改行。
普通「改行」と言うと、物語が展開して段落を変える時に、
「そして」「ところで」等の、接続詞を繋ぎながら、
話がつながっていくのだが、彼の作品は、
圧倒的に「というわけで」というフレーズを利用して、
段落が始まるケースが多い。
「とはいえ」「とにかく」「ともあれ」等も使われているが、
とにかく「というわけで」がダントツ。
メモし終えてから、数えたら、なんと「46回」。(笑)
しばらく作品にのめり込んでいくと、
「というわけで」をキーワードにして、まとめに入っていく。
これが、作者独特の文体、リズムなのかもしれない。
こういう発見って、けっこう好きです、私。



2013年07月15日(月) ■
誕生日から20,124日経過(2013.7.9現在)

生命保険会社の方が届けてくれる情報の一つに、
私個人のバイオリズム表がある。
私は、どちらかというと「運・不運」を意識しているが、
根拠のない占いよりは、当たっている気がする。
ところで、バイオリズム表の欄外に、面白いデータを見つけた。
正確には「誕生日(昭和33年6月4日)から計算基準日
(2013年7月9日)まで20,124日経過」の1行。
誕生日のたびに「生まれてから○年」と意識するけれど、
「生まれてから○日」というのは、新しい発見だった。
そうなると、今年の3月7日に20,000日を迎えたことになる。
頑張って生きてきたなぁ、と自分で自分を誉めたくなった。
小さい頃、海に落ちて死にそうになったりもしたが、
20,000回以上、起きて寝ることを繰り返してきたのは事実。
これから、誕生日は「○日経過」を意識してみたい。
自分が誇れて好きになる、バックデータに違いないのだから。

P.S.
誕生日が和暦で、基準日が西暦ってのも、気になるけど(笑)



2013年07月14日(日) ■
弾丸登山者にとっての「ご来光」の意味は?

世界文化遺産登録後の富士登山者は、驚くほど増えている。(らしい)
しかし、弾丸登山に代表される、注意を呼びかけても無視し、
体調を崩すという、ルール・マナーをわきまえない人たちが、
勢いだけで果敢にアタックしていることも見逃せない。
そもそも「頂上でご来光を」と欲張るからであるが、
山岳信仰と太陽信仰、どちらの信仰心も持ち合わせていない、
単なるミーハー的な発想から登るとしたら、
富士山の登山は、人生を変えるほどのインパクトは少ない。
下山後、生活の変化は見られず、また同じ生活の繰り返し、
不平不満ばかり口にする、そんな光景が目に浮かぶ。
雲海に浮かぶ太陽だったら、たぶんどこだって見られる。
ルールやマナーを無視してまで登った富士山から拝んだ太陽に
何を祈り、何を誓い、手を合わせるのか。
富士山を「霊峰」というのであれば、
信仰の対象として(文化遺産として)、自分にも厳しく対峙する、
そんな心構えが必要ではないか、と思う。
いやいや「霊峰富士」の名を世界に残すためには、
「修験者以外の入山禁止」がもっとも相応しい気がする。
過激かもしれないが「文化遺産」の意味をもう一度、考えたい。
だからこそ「弾丸登山者にとっての『ご来光』の意味は?」を
気になる一言に残そうと思う。



2013年07月13日(土) ■
アジアは水がないから貧しい、あれば豊か

第159回泉のまちカレッジ、裾野市の渡邉浩さんが語る
「徒歩世界一周の軌跡」(17年間に22,300kmを歩く)から。
スライドを交えて四大陸のこぼれ話と川柳で、
あっという間に、予定の時間は過ぎた。
一里(4キロ)1時間のペースで歩いたという体力だけでなく、
少しの英語しか話せないというのに、
世界を歩いて回ったという事実と勇気に脱帽である。
さて、その中でも、私が気になったのは
彼が「歩いて学んだこと」の1つ。
「アジアは水がないから貧しい、あれば豊か」だった。
雨さえ降れば、なんとかなる、そんな表現もしていた。
「アジアは水との戦いがすべて」と言っても過言ではない。
そう言えば「サバク」は本来「沙漠」と書くらしい。
(確かに、変換すると「沙漠」「砂漠」の二種類ある)
本来、サバクとは「石が少ない」のではなく「水が少ない」、
だから「沙漠」と書く、そんな説明を妙に納得してしまった。
日本は四季があり、森林に育まれ、水も豊富。
それだけでも、日本は不思議な国、神の国って気がしてきた。
旅に出て、改めて日本の良さに気付くのかもしれないな。
石油より、水の方が貴重って誰かが言ってたのも頷ける。



2013年07月12日(金) ■
ここから2時間強ですかね

久しぶりに集ったメンバーで、花の金曜日を過ごし、
沼津市のこと、清水町のこと、富士登山のこと、
そして大切なまちづくりについて、大いに意見を交わした。
職場以外の人との意見交換は、私にとってとても刺激があり、
時間が許す限り参加している。
話が弾み、2軒目のお店を出たのが、午前0時を少し回った頃、
同じ方向に帰るので、沼津駅北口駅からタクシーかと思ったら、
若い彼は、歩いて帰ると言う。
よし、私も・・と付き合うことにしたが、どう考えたって
私の家まで徒歩で1時間はかかる。
彼の家は、三島市大場だと聞いていたから、
「まさか歩かないよな?」と訊き直したら、
「ここから2時間強ですかね」と、さらっと答えた。
その一言で、会話を楽しみながら貯めた今日のメモが吹っ飛んだ。
私でさえ、歩いて帰ると口にすると驚かれるのに、
沼津駅北口から三島市大場まで歩いて帰るなんて、想像もつかない。
その時に気がついたことは、私は歩いても1時間が限界。(汗)
予定どおり、深夜1時過ぎに、そ〜っと帰宅したが、
彼はまだ歩いているのか、と思うと、この事実を書き留めたくなった。
飲んだ後、それも深夜をまわってから2時間歩くって、凄すぎる。
彼は、今、どの辺りを歩いているのだろうか・・。