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しもさんの「気になる一言」
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2013年07月31日(水) ■
「朝マック」VS「朝松屋」

町制施行50周年記念行事、町民ふれあいラジオ体操。
朝6時30分から、老若男女の町民500人超が一箇所に集まって、
「新しい朝が来た、希望の朝だ」・・と大合唱。
続けて「ラジオ体操第一、第二」をし、自分の節々を確かめた。
爽やかな青空とはいかなかったが、成功裏に終えたと思う。
参加者が帰り、会場の片づけを終えたところで、
わが課のスタッフに「朝飯を食べに行くぞ」と声を掛け
「早寝・早起き・朝ごはん」のフレーズどおり、
近くの「松屋」でご飯、と思いきや、私以外は「マック」希望。
「朝といえば、マックでしょ」が彼らの主張だった。
そんな訳で、55歳の私にとって、初めての「朝マック」体験。
「朝から、ハンバーガーやポテト」に抵抗があったが、
食べてみると「なるほど・・」、これが「朝マック」か、と
感激に近いものがあった。(笑)
近くに「吉野家」があったときは、胸を張って
「朝といえば、吉野家の朝定食」と言えたのになぁ。(汗)
喫茶店のモーニング珈琲も、捨て難いかも・・。
読者の皆さんは、外で食べるを前提に「朝といえば」どこですか?



2013年07月30日(火) ■
品物じゃなくて、時代を売る

映画「時代屋の女房」(森崎東監督)から。
店内の雰囲気だけでは、骨董屋・古道具屋、
それなのに「時代屋」という店名に興味があったが、
作品冒頭、今は亡き「夏目雅子」さんが、
主人公に扮する渡瀬恒彦さんに向かって話しかける。
「いろんな人がいろんな時代に使ったものを売る、
ポップな古道具屋さん」
「品物じゃなくて、時代を売る、
ねぇ、それで『時代屋』って言うんじゃないの?」
「骨董屋の女房」や「古道具屋の女房」ではなく、
「時代屋の女房」というイメージが、強く印象に残った。
品物の価値ではなく、その品物が醸し出している雰囲気、
そんなものを一緒に売る商売だと考えればいいだろう。
「時代=思い出」とは言い切れないが、
「思い出で張り切ったり、思い出にヤキモチやいたり、
やだね、年取ると」というフレーズが表現しているとおり、
その人が過ごした時代を思い出させる品物が、
「時代屋」の店頭に並ぶこととなる。(価値は二の次)

P.S.
夏目雅子さんの命日が「9.11」と知って驚いたなぁ。



2013年07月29日(月) ■
充電より放電、そんな感じの厚生休暇2013

先週の木曜日から月曜日の今日まで、私にとっては久しぶりに(笑)
長い厚生休暇(リフレッシュ休暇)を取得した。
といいつつ、どこか旅行に行くわけでもなく、
映画を観たり、本を読んだり、湯舟にのんびり浸かったり、
あまり時間を気にせず、まったりとした時間を過ごした。
「充電より放電、そんな感じの厚生休暇2013」だった気がする。
休暇とはいえ、起床と就寝の生活リズムは崩さず、
映画は10作品ほど観たし、書籍も3冊くらいページをめくった。
それでも「どうしてこんな時間に、ネットに接続しているんだ?」と、
あらぬ疑いをかけられるの嫌で、
「気になる一言」のアップは、夕方(勤務終了)以降にしていたり、
休暇・昼間っからのビールを控えてみたり、
普段の生活にも、ビクビクしている自分がいて可笑しかった。
考え過ぎとはわかっていても、それが私の今の現状である。(汗)
国民の生活が厳しくなればなるほど「公務員バッシング」は過激になり、
公務員の不祥事を専門に書き込んでいるサイトさえある。
それは、いずれ本人のみならず、その家族まで、
「綱紀粛正」が求められる時代がやってくる気さえする。
それこそ「見ざる・言わざる・聞かざる」の公務員が増えてしまい、
地域の夢を語る人たちが減ることにならないだろうか。
これも、いらぬ心配か。私も心配性になったもんだなぁ。
明日から、また仕事。これから休む人の支援にまわりたいな。



2013年07月28日(日) ■
一度、メモ帳に書き出す作業をしています

「映画・書籍など、情報源がわかりやすく読み易いのですが・・」と
前置きがあり「どのように情報を処理しているのですか?」という
メールが届いた。
こちらも「企業秘密ですが(笑)」と前置きして、
「一度、メモ帳に書き出す作業をしています」と返信した。
映画鑑賞中・読書中に「おっ」と感じたフレーズをメモ帳に書き出す。
(DVDの映画は、おっ!っと感じたら巻き戻してストップさせて・・)
さらに、そのメモをほとんど全てPCに打ち込み、さらにさらに
その中から、気になるフレーズを1つ選び「気になる一言」として仕上げる。
ただ、情報源をハッキリ書くために、書き出しには慎重で、
特に書籍からの書き出しは、漢字・送り仮名・句読点なども意識し、
著者の文体などを出来るだけ壊さないように努めているつもり。
だから、1冊の書籍からのメモは、莫大な文字を拾うことになるが、
実は、私はこの作業をしている時が一番楽しい。(汗)
日記に使われるのは、たったワンフレーズにも関わらず、
インパクトのある表現を全て、1度メモ帳に写すという行為自体が、
私を成長させてくれたという自負があるからかもしれない。
時々であるが、ふっと写したフレーズが思い出される時、
私の喜びは倍加され、この作業の大切さを確信する。
ただし、他人にはあまり勧めていない。
普通の人の1.5倍はかかっている気がするし、効率があまりに悪すぎる。
余程のへそ曲がりでないと、続けられないよ、きっと。



2013年07月27日(土) ■
子どもの自殺は報道しないというルール

ある方の話を聴いて、気になりインターネットで調べてみた。
それが「子どもの自殺は報道しないというルール」。
正式には「WHOの自殺事例報道に関するガイドラインについて」。
子どもの自殺報道が新たな自殺を生むことが問題となり、
世界的な報道のガイドラインが示されているようだ。
私の調べ方が悪いのかもしれないが、それが無くなった事実は
どこにも出てこないけれど、日本では平然と報道している、
どういうことなのか、私にはなかなか理解できない。
(世界事情に詳しい方、是非、教えてください。
自分の知っている外国では「子どもの自殺が報道されるのか、どうか」)
実際に、いじめに端を発した「子どもの自殺」記事を読むと、
またか・・と悲しくなるとともに、以前はこんなに多かったかな?と
感じることがあったので、気になっている。
「呼び水」とまでは言わないが、まだ判断力の足りない子どもにとって、
同じ年代の子どもたちの自殺は、ショッキングなことに違いない。
もしマスコミが、それを承知で報道しているとしたら、
それこそ、報道とはなにか?を問いたくなる事実である。
「いじめ」が要因の自殺は、報道してもいいというルールがあるのかも。
誰か、安心させてくれるエビデンスを、私に与えてください。



2013年07月26日(金) ■
色彩に与えられた役目

書籍「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
(村上春樹著・文藝春秋刊・370頁)から。
推理小説かと思うほど、なぞは多いけれど、
かえって、村上春樹文学の内容分析より、
小説内に登場する「言葉」に集中できて、楽しかった。
もちろん、気になるフレーズのメモは溢れたが、
今回、私が選んだのは「色彩に与えられた役目」。
「模様をどのように生かすか、どのように浮かび上がられるか、
それが色彩に与えられた役目だった。色彩は、ごく淡く、寡黙に、
しかし、効果的に模様の背景を担っていた」の一部。
主人公は「色彩を持たない(模様の)多崎つくる」であり、
「赤・青・白・黒・灰・緑」は、全て模様の背景として登場する。
また「色彩を欠いた多崎つくる」という表現の後、
「色彩を持たない多崎つくる」へと変化していく過程は、
メモ魔の私としては、面白かった。
多崎つくるは「色彩ではなく模様」だったから・・と確信した。
沙羅は、その色たちを主人公の周りに調和して配置してた曼荼羅、
そんな位置づけで眺めていた。
本当はもっと奥が深い小説なんだろうなぁ、と思いながらも、
気持ちよく、1日で読み終えた作品である。

P.S
第3章の最後(51頁)と第4章の最初(52頁)に、同じフレーズが登場する。
「その男とは、大学のプールで知り合った。」
こればかりは「謎」ではなく「意図」が知りたい。



2013年07月25日(木) ■
昔は隣がコンビニだった。

講師「薗田碩哉」氏(町田市社会教育委員の会議議長)
演題「社会教育委員や行政職員は、地域にどう関わるか」
(行動する社会教育委員を求めて)
さすが、社会教育の分野では全国でも注目されている町田市、
そのリーダーの話は、頷くことが多かった。
多くの例え話から選んだのは「昔は隣がコンビニだった。」
今、コンビニは全国に50,000店ほどある。
なぜ増えたか、それは私たち人間が便利さを求めたから、
そんな解釈をしていたが、実は、コミュニケーション不足、
人との繋がりが希薄になったからだった。
「ちょっとお米借りてくよ。」という会話がなくなった、
言い換えれば「昔は隣がコンビニだった。」となる。
「うちの子、見なかった?」「あっちへ行ったよ。」という
ご近所同士の会話も減り、子どもの名前も分からなくなった。
さらに「昔の先生は楽だった」という言葉の裏に、
「地域の人々が、初等のモラル、初等のマナーを教え、
しっかり躾けられた子どもたちを学校へ送り込むから」という
大きな意味が、隠されている。
家庭教育と同じくらいに、地域の教育力が大切だと再認識した。

P.S.
この季節、青少年健全育成の夜間補導活動があり、
コンビニに立ち入り調査にまわるので、気になったのかな。



2013年07月24日(水) ■
やっぱり、笑った方が可愛い

映画「7月24日通りのクリスマス」(村上正典監督)から。
以前から気になっていたタイトルの映画。
この日にアツプするぞ・・と決めていた。(汗)
「AV.24 de Julho」 タイトルの「7月24日通り」は、
リスボン(ポルトガル)に実在する通りの名だから。
と言いながら、映画は邦画。大沢たかおさんと中谷美紀さん主演の
ロマンティック・コメディ映画。
気になる一言は、作品中に何度も耳にする台詞
「やっぱり、笑った方が可愛い」
「やっと笑ったね。笑ってる方がずっと可愛い」から。
男にしかわからない感覚かもしれないが、
女性の笑った顔をみると、なぜかこちらも嬉しくなるからだ。
いやいや、女性も同じかもしれない。
ラストシーン近くに、地味でサエないOL役の中谷美紀さんが、
憧れの先輩、大沢たかおさんに告白するシーンがある。
勇気をもってこう呟く。「あなたが笑ってくれれば嬉しい。
あなたが寂しい顔をしていると寂しい」
意味もなく、ヘラヘラ笑ってるな、という人もいるけれど、
私は、意味がなくても、笑っている方が嬉しいし、
「痘痕(あばた)もエクボ」で、悲しい顔も、怒っている顔も
可愛くみえる時もあるだろうけれど、やっぱり笑顔が一番だと思う。
さらに「笑顔」は、脳も刺激するらしい。
口癖にしちゃおうかな。「やっぱり、笑った方が可愛い」(笑)



2013年07月23日(火) ■
自分たちで制御できないものは、利用しない

ネット選挙解禁の「参議院議員選挙」を振り返って。
個人的には「ネット選挙は時期尚早」だなと感じた。
その理由はただひとつ。
「自分たちで制御できないものは、利用しない」
これは、福島第一原発事故のときも書いた気がする。
インターネットは、確かに便利だけど、
未だ、遠隔操作事件も解決出来ず、なりすましさえも把握できない。
毎日、パソコンに何通も届く「イタズラ・迷惑メール」さえも、
しっかり取り締まりができないのに・・という想いが強い。
日本全国で多くの国民が、毎日のように
「イタズラ・迷惑メール」を削除するエネルギーは莫大である。
そんなネット犯罪を撲滅できないのに、ネットを利用した選挙なんて
私には、到底考えられない。
今度は「投票した用紙」を写真に撮影し、ネット上に公表した人がいる。
犯罪ではないのかもしれないが、自分のしたことがどういう意味をもつのか、
本人に理解させる必要がある。
少なくとも、選挙権のある20歳上の成人なのだから・・。
最近、投票率を上げるためなら、なんでもOKという思惑が見え隠れする。
もう一度、選挙権について、慎重に議論する必要があろう。
1889年、選挙権は「一定以上の財産を持つ25歳以上の男子」のみだった。
性別は当然撤廃だが「税金滞納していない○歳以上」くらいの制限は
個人的には必要だと思う。言い過ぎたろうか?



2013年07月22日(月) ■
戦いに負けても、誇りを失っちゃなんねぇ

いつもより1時間ほど早かった、NHK大河ドラマ「八重の桜」より。
このフレーズは「参議院議員選挙」に大敗した民主党に
聞かせてあげたかった台詞である。(笑)
とうとう「降参」の旗を掲げ、鶴ヶ城を開城した会津の人々、
一日二千発とも言われた砲撃を受けて、ボロボロになった城を
明け渡す前に、会津の女性たちが、一所懸命に廊下の拭き掃除をする。
訳のわからない幼な子は、どうせ明け渡すのに・・不思議がるが、
彼女らは、ピシャリと言い切る。
「戦いに負けても、誇りを失っちゃなんねぇ」
今回の選挙結果も、予想どおりとはいえ、国民はその後をみている。
「真価が試されるのは、負けた後のこれからの姿・・」
選挙という戦さに負けた後の民主党の「誇り」を是非、見せて欲しい。
また「何があっても生き延びよ、最後の君命じゃ」と
会津藩第九代藩主・松平容保が命令したにもかかわらず、
「会津のものならみんな知っている、悔しくてたまんねぇ。
(殿様は)何があっても、生きてくださいまし」と八重が訴えたシーン、
いつもなら「出しゃばり過ぎ」と思う場面も(汗)、二人の迫真の演技で、
心が震えたのは、本当に悔しさが滲み出ていたからだろう。
「悔しさ」は内に秘めないで、態度で示すべきだな、きっと。