≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2013年08月30日(金) ■
心臓ガンがないのは、細胞分裂しないから

書籍「ゴボウ茶を飲むと20歳若返る!」
〜Dr.ナグモの奇跡の若返り術〜(南雲吉則著・
ソフトバンククリエイティブ(株)刊・151頁)から。
まずもって、20歳若返ろうと思っていないから、
話題本という程度の認識で、サラッと読み流したけれど、
医師らしい説明はメモに値するものもあった。
その中でも、なるほど・・と思ったことは
「ふくらはぎは、第二の心臓。ウォーキングは、
ふくらはぎを鍛えることになる」という事実と、
「『心臓ガン』がないのは、細胞分裂しないから。
心拍数は、誰でも20億回」という視点。
誰もが「ウォーキングが健康にいい」と言うが、
どうしていいのか、は、実はあまり理解していなかった。
下半身へ流れてきた血を、心臓へ送り返す力は、
ふくらはぎが担っている、この説明、妙に納得できた。
また心臓は、他の臓器のようには細胞分裂しないから、
ガンにもならないけれど、止まる回数が決まっている。
それが「20億回」というわけ。
心拍数(100回/1分)は、1年52,560,000回。
一生の20億回で割ると、38年しか生きられない。
しかし寝ている時間は、心拍数も減るから、平均すると
(50回/1分)は、1年26,280,000回、76年、
(40回/1分)は、1年21,024,000回、95年。
病気や事故で死なない限り、心拍数のあがらない生活こそ、
長生きの秘訣とも言えそうだ。  
心安らかな生活が、それを実現可能にしてくれる。



2013年08月29日(木) ■
「iPS細胞」で、人間はどこに向かうのか?

講師「松田純」氏、静岡大学人文社会科学部社会学科教授
(人間学、生命倫理学)
演題「「iPS細胞(『夢の治療』それとも人間の変貌?)」
山中教授がノーベル賞を受賞した時、
もちろん「iPS細胞」って凄いらしい、という感覚はあったが、
実は、私にはあまり関係ない、理系(科学)の話と片付けていた。
しかし「哲学」なども含め「生命倫理」の視点から、文系の専門家に
「iPS細胞」について解説を受けたら、す〜っと理解できた。
「遺伝子操作によって『細胞の初期化』に成功」
これは、発生分化のブロセス(細胞の時間)を逆戻しすること、
臓器や組織、細胞になる前の、幹細胞の状態に戻すことらしい。
その技術の詳しい説明よりも、その技術を利用することによって、
「ありえないことがありうる時代」へと突入する。
「技術的には、精子も卵子も作れるが、本当に作っていいのか?」
同性愛者にも、子どもが出来るし、極論、男は必要なくなる。(汗)
いや、人間ひとりで「子ども」が作れることにもなる。
「人間の生殖や誕生についての社会の理解を、
根本から揺るがすことになる」であろう、その技術「iPS細胞」を、
これからどう活用するかは、私たちにかかっていると言えそうだ。
「人間はどこに向かうのか?」など、突きつけられた問題は大きい。
この分野はもう「文系・理系」などとこだわっている場合ではなく、
「諸学を総動員した取組み」が望まれる、とまとめた講演は、
まさしく目からウロコの「iPS細胞」解説だった。



2013年08月28日(水) ■
読ませる気がないのなら、やめた方がいい

久しぶりに私のボヤキ。
どのテレビ番組というわけではないが(汗)、
終了間際に流れる、制作関係者を記したエンドロール。
映画と比較しては申し訳ないが、
画面の右から左、または下から上ら流れる文字は、
あまりに速いスピードで、逆に驚かされた。
全くと言っていいほど、読む人を意識していない。
文字を追うだけで、眼が疲れることも考えてないようだ。
画面に流れる文字を読もうとするのは、人の本能だから、
読ませる気がないのなら、やめた方がいい。いや、やめて欲しい。
それも番組の途中で流れるから、文字の背景も滅茶苦茶。
何のための、誰のためのエンドロールなのか、説明を求めたい。
映画ではないので、番組の余韻に浸る時間は無理でも、
この作品は、どんな人たちが作ったのかな、と関心を示す人だっている。
番組のラストがあのスピードでは、慌ただしさだけが印象に残り、
「ストレスが溜まった」という感想は、決して本意ではないはず。
製作者の都合ではなく、視聴者の視点を・・なんて、
何度も社内研修で勉強しているはずなんだけどなぁ。



2013年08月27日(火) ■
「罪の文化」と「恥の文化」

国の文化について、多くの方が、インターネットに
持論を展開しているが、私が気に入っているのは、
「罪の文化」と「恥の文化」。
どこの国の文化か、わかるだろうか?
私は「国の文化」=「道徳の基本」と考えているが、
まさしく「罪の文化」はアメリカ、「恥の文化」は日本。
どちらが正しくて、どちらが間違っている、
そんな話ではなく、国民性の違いについて書いている。
「罪の文化」とは「自律」が前提条件にあり、
誰もみていなくても、自分にも相手にも厳しく接する。
「神が見ているから、悪いことをしたら『罪』だ」と。
それに対して「恥の文化」は、周りの人に対して、
迷惑がかがる行為をすることは恥かしいという考え方で、
そんな行為を人目にさらすことさえ「恥」とする文化。
日本の道徳文化を支えてきた、と言っても過言ではない。
自決(切腹)も、恥をさらしたまま生きていけない、という
「恥の文化」ならではの行為といえないだろうか。
そして私は、この「恥の文化」である日本が好きだ。
「道徳教育」と大上段に構えなくても「恥」という考え方を、
丁寧に浸透させることこそ「道徳心」のある国民になる、
そんな気がしてならない。

P,S.
<サッカーの国際大会>韓国応援席 歴史問題にからむ横断幕
韓国は「恨みの文化」かな(汗)



2013年08月26日(月) ■
旅行は、自分の住んでいるところの再発見

第162回泉のまちカレッジ(講演会)
講師「斉藤静雄」氏(初代・三島市ふるさとガイドの会会長)
演題「ボランティアで生き甲斐を」
(おもてなしの心は、感謝から)から。
自己紹介で、波乱な人生を語ってくれた後、
観光ボランティアの考え方、おもてなしの定義など、
多岐にわたって説明をしていただき、メモは溢れた。
観光客を受け入れるだけでなく、本人も旅行好きらしく、
旅先の話も交えながら、和やかな雰囲気の講演会だった。
「素晴らしい風景は、おもてなし」と言いきり、
「富士山のおもてなし力」の凄さを私たちに伝えてくれた。
その中で私が選んだフレーズは、
「旅行は、自分の住んでいるところの再発見」。
他の地域を旅行することで、自分の住んでいる場所の良さを
改めて発見する、ということだ。
特に、今まで静岡県東部に住んでいた人で、
「住みにくくて引っ越した人は、皆無」という話に、
私のアンテナが引っかかった。
富士山はいつも見えるし、気候は温暖、水は美味しい。
伊豆・富士・箱根に近く、海の幸、山の幸も味わえる。
どこに旅しても、大満足しないわけがわかった気がする。
「住めば都」って、そういう意味なんだよなぁ。



2013年08月25日(日) ■
やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ

映画「サイドウェイズ」(チェリン・グラック監督)から。
作品中、ワインの話題が飛び交い、面白かった。
カリフォルニアのナパヴァレーが舞台となり、
「ワインは飲むんじゃない、口に含む」とか
「『ナパ』とは、先住民の言葉で『豊かな場所』を意味します」など
一般常識的な知識もあったが、
「ワインにも人生にも、正解はないよ。
それぞれの選択にそれぞれの味わいがある」
「やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ」
「何を飲むかなんて重要じゃない。誰と飲むかが大切なんだ」など、
私のアンテナに引っ掛かったフレーズも多かった気がする。
食べ物、飲み物は、いろいろなウンチクがあるけれど、
やはり、一番大切な人と時間をかけて、分かち合うことが、
基本中の基本だって、最近、多くの映画や書籍から学んでいる。
「花がきれいなのは、自分を騙せないから、おばあちゃんが言ってた」
「最短距離がベストな道のりとは限らない」なんて言葉もいいけど、
ワザとらしく日本語を間違える台詞のメモが増えた。
「開けなきゃよかった、ゴンドラの箱ってやつだ」
「ベストカッブル・・割れ鍋に綴じ蓋」
「ひねもす(終日)、ぐったりだよ。(のったりだよ)」
「チャラチャラおかしいよ」「チャンチャラおかしいじゃないの?」・・
鑑賞後、ワインを誰かと分かち合いたくなる映画だった。

P.S.(おまけ・・記録に残しておきたい台詞)
ロミオがジュリエットを失ったのは、大事な手紙を自分で届けなかったからよ



2013年08月24日(土) ■
マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ

子どもたちの遊び場が減ってきた、という話題で、
「公園禁止事項あふれ」の見出しともに、
特集を組んでいる記事を読んだ。
「公園とは、子どもが危険を察知する力を学び、
出来ないことに挑戦して達成する喜びを学ぶ場所だ」と力説し、
その必要性を広く訴える人もいるけれど、
現実は「遊具か消え、手にゲーム機を持った子どもたちばかり」
フェンスには「大声禁止・自転車乗り入れ禁止・ボール遊び禁止」
そんな「禁止」のオンパレードである。
さらに、公園内で事故ある時は
「公園管理の自治体に損害賠償を求める訴訟」が続くとなれば、
危機管理の中で「公園」が減っていくのは当然だろう。
その理由を探っていたら、公園を管理している人の声が響いた。
「マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ」
食べ物のゴミを平気で捨てていく、駐車禁止に平気で駐車する、
そんな簡単なマナーを守らないから、遊び場が閉鎖されたり、
〜してはいけないという看板が増える。
そんな現状を知らずに、ただ「遊び場が消えた」と大騒ぎし、
声高に主張するのは、ナンセンスだと言える。
「(利用者が)マナーを守っているのに、減っていく」なら、
その仕組みに問題があると思うが・・。
ルールとマナーを守らない人たちが増えている富士登山者、
そんな少数の人のために、富士登山が禁止にならないことを
同じ問題として、記録に残しておきたい。
どちらのケースも、同じ利用者が利用出来なくなる危機感を持って、
彼らに直接、説得することが一番大切ではないだろうか。



2013年08月23日(金) ■
あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席

書籍「野心のすすめ」(林真理子著・講談社現代新書刊・191頁)から。
「野心」という単語に、嫌悪感を示す人がいるが、
彼女のこの本を読めば、その考え方は変わるのではないだろうか。
「人は自覚的に『上』を目指していないと『たまたま』とか『のんびり』では、
より充足感のある人生を生きていくことは、できないのです」と言い切り、
「屈辱感こそ、野心の入り口なのです。
その時点での自分の敗北を認めることができるかどうか」
「何をしたいのかさえわからない。自分の至らなさを、まず自覚することです」
冒頭に、そうアドバイスをいただいた気がした。
私がなるほど・・と思ったのは、「上」の世界を知る方法を知らないから、
「野心」がなかなかわいてこない、という視点だった。
それを端的に表現したのが、
「あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席」の例え。
「エコノミーは、ファーストクラスは目に出来ないが、
ビジネスはファーストクラスを通り抜けてから、
ビジネスの席に行くことになります」の一文が頭から離れない。
エコノミーの席に座る人は、ビジネスクラス・ファーストクラスの席を
知る機会がないから、ファーストクラスに座りたい、という野心が起きない、
しかし、ビジネスクラスに座る人は、必ず一度、
ファーストクラスを通過して席に着くので、いつか、この席に座りたい、
という野心がわき上がってくる。そんな話としてメモをした。
私たち「エコノミー」は、まず「ビジネス」「ファースト」の世界を知ること。
ここから始めてみたい。



2013年08月22日(木) ■
ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?

ラジオから、酷暑の話、夏休みの話が話題に上り、
「みなさんは、どんなサマーを過ごしてますか?」みたいな
視聴者への問いかけが耳に残った。
そしたらなぜか、急に頭の中でダジャレが浮かんだ。
「ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?」。
自分の中では、久しぶりのヒット。(笑)
まぁ、ドナ・サマーを知らなければ、何にも面白くないし、
今考えれば、たいしたダシャレでもないけれど、
その時は、可笑しくて、車を止めてメモをした。
実は最近、時々、こういうことがある。
しばらくして思い出そうと思っても忘れているので、
その場で、携帯のメモ機能をフル活用してメモをすることに。
しかし、スマホになったら、どうやってメモするんだろう、
そんなことを考えながら、もうしばらく長持ちしてくれ、と
携帯のボディを磨いた。
話は戻るが、私は「ダシャレ好き」を、再認識した。
えっ、みんなはとっくに知ってた?

P.S.
ドナ・サマー(Donna Summer)アメリカ合衆国のディスコ歌手、
ディスコ・クイーン。昨年(2012年)に他界した。



2013年08月21日(水) ■
「オマージュ」と「盗作・パクリ」は紙一重

映画「東京家族」(山田洋次監督)と「東京物語」(小津安二郎監督)。
両作品を続けて鑑賞した。(「東京家族」・「東京物語」の順)
鑑賞後、メモした台詞を比較して驚いたというのが本音。
「東京家族」の説明に「名匠・小津安二郎の『東京物語』(1953)に
オマージュをささげた家族ドラマ」とあったからだ。
オマージュ(仏:hommage)とは、芸術や文学においては、
尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。
しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられるようだ。
しかし、今回は「盗作・パクリ」と紙一重だな、という感想を持った。
家族構成が少し変わっていたり、「熱海の旅館」が「横浜のホテル」に変わり、
宿泊施設の騒音が「麻雀の音」から「中国人のクレーム」に変わった。
もちろん、親・目上の人に対する言葉遣いなども微妙に変化していたが、
そんな生活環境が、60年近くの時の流れで変化しただけで、
物語の大筋とか、ちょっとした台詞まで、ほぼ同じでは、
厳しいようだが「オマージュ」と言えるのかどうか、甚だ疑問が残る。
こんなシーン、こんな台詞に、その想いを取り入れてみた、という
解説があったら、是非、読んでみたいと思う。
そう思うのは「東京物語(1953)」が、今、鑑賞しても見劣りしない、
考えさせられる作品だったからかもしれない。
異論・反論、大歓迎です。