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しもさんの「気になる一言」
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2013年10月10日(木)
「個別最適」より「全体最適」を優先する

私の職場、地域交流センターで、他課が企画した講演会が開催された。
平日の夜間にもかかわらず、大勢の聴講者でホールは満席状態。
メモの溢れた講演だったので、内容は、後日あらためて紹介したい。
今回の話題は、事前の準備段階での出来事について。
他課の職員が一所懸命に作ったと思われる「横看板」などをみて、
越権行為と思いながらも、私が勝手に判断し、我が課のスタッフに、
蓄積した看板作りのノウハウを駆使して、作り直しを指示した。
実はその時、頭に浮かんだのは、以前紹介した、
書籍「JAL再生(高利益企業への転換)」のワンフレーズ。
「JAL破綻前の常識 他部門は別会社(のようだった)」。
そこでは、こう解説があったのを思い出したからだ。
「『個別最適』を追求するあまり『全体最適』をないがしろにしてしまった。
他の組織に対する口出しをしない、できない文化こそ、
コミュニケーション不全の元凶だった」と。
私たちと同じ管理職に「事業全体を俯瞰する視点が欠如していた」とも。
この本を読んでいなかったら、たぶん私は、今までのように
「他課の職員が作成した看板に口出しするのは失礼」とばかり、
やり過ごしてしまったかもしれない。
正直、高いインク代が心配で、ちょっぴり悩んだ。(笑)
しかし、来場者に気持ちよく講演を聴いてもらいたいという気持ちと
講演を企画した「町全体の評価」を優先するという視点に立ったら、
ここは申し訳ないけど、作り直させてもらおう、が私の判断だった。
「だって、悪いと思って言えなかった」という台詞は、これからはなし。
今回、自分の胆に銘じるために、このフレーズを残そうと思う。
「『個別最適』より『全体最適』を優先する」
やってみると、簡単なことなんだよなぁ、これが。(汗)



2013年10月09日(水)
革命は「既存の秩序が維持できなくなった時」

日大国際関係学部主催の市民公開講座(平成25年度下期)
統一テーマ「豊かな社会を考える」
講師「日本大学国際関係学部教授 水野和夫」氏
演題「21世紀の日本の課題」
(21世紀の利子率革命、ネット革命、価格革命)から。
豊かな社会となった日本の現状と課題が浮き彫りにされた。
特に印象に残ったのは「利子率(利潤率)革命、
情報(ネット)革命、価格革命(資源)」は
表裏一体で、必ず同時に起るということ。
そしてその3つの革命は、
「既存の秩序が維持できなくなった時」に起きる。
この説明は、なるほど・・と感じ、メモに線を引いた。
「危機とは、あるシステムが時代の要求に適応しなくなり、
新たなシステムへ移行する時に起る現象だ」と、
米国の政治家学者ロバート・ダールの言葉を引用しながら、
今、時代が「近代」から「ポスト近代」へ移行しつつあることを
丁寧に説明していただいた。
「近代」とは「より遠くへ、より速く、より合理的・科学的に」
「ポスト近代」とは「より近くに、よりゆっくりと、より曖昧に」
時代が動いていることを実感できた講座であった。



2013年10月08日(火)
人生で一度くらい、最後までやり遂げたことあんの?

映画「体脂肪計タニタの社員食堂」(李闘士男監督)から。
優香さん扮する主人公の栄養士、菜々子が大きな声で睨むシーン。
「あんた、人生で一度くらい、最後までやり遂げたことあんの?」
インパクトのある台詞であるが、実は、冒頭に
父親役の阿部寛さんが、息子を叱るシーンがあり、こう言い放つ。
「おまえ、人生で1つでも、やり遂げたことがあるのか?」
場面を変えて2度も登場するフレーズなので、この一言にした。
仕事でも、ダイエットでも、「遣り遂げる」ことに意義がある。
この「遣り遂げる」とは辞書によると、
「終わりまでする。完全にやる。やりぬく。しおおす」。
だから「最後まで遣り遂げる」という使い方はあまりしないが、
それほど「大事なこと」として強調したのだろう。
興味・好奇心で始めるのは、誰にでもある。
しかし、成果が出ない前に、勝手に自分で限界を決めて、
投げ出してしまうから、なにも得るものがなくなってしまう。
そして、自分に都合のいいような言い訳を考えるから、
何をやっても続かないし、自信も持てずに終わる。
阿部寛さんが、途中でまた投げ出そうとしている、
息子に吐き捨てる台詞は、強烈であった。
「一度、逃げた人間は、肝心なところで、どうせまた逃げるもんだ」
この逃げない姿勢こそ、仕事やダイエットの大切な基本である。
成果をあげたければ、弱い自分から逃げずに、諦めず続けること。
辛いからこそ、大きな成果が手に入るのかもしれない。



2013年10月07日(月)
50周年、50回、50歳

イベントの秋シーズン、第2弾は、第「50」回の町民体育大会。
静岡県清水町が町制施行「50」周年を迎え、
例年よりバージョンアップしたイベントで盛り上がった。
各団体の趣向を凝らした「仮装行列」や、
加藤学園高校のチアリーディングやマーチングバンドの演奏、
そして、わが町、清水町出身という縁でお招きし、
当日の「一日大会会長」快く引き受けてくれた
「俳優、神保悟志さん」に、華を添えていただいた。
前日まで心配された雨模様を吹き飛ばすかのような青空のもと、
予想外に日焼けして、次の仕事に差し障りがなければいいな、と
心配しているスタッフの一人である。
種目の一つである「○×ゲーム」の出題者は、神保悟志さん。
その第1問で、ハプニングが起こった。
「私は今「50」歳である」という質問で「正解は○」、
だが、多くの参加者が「×」側に動き、あっというまに参加者激減。
「えっ〜、もっと若いと思った・・」の声を受けながら、
彼も苦笑いするしかなかっただろう。(汗)
(1962年12月3日生まれだから、正真正銘の50歳なのだが・・)
「静岡県清水町・町民体育大会・俳優、神保悟志さん」
共通の数字は、もちろん「50」。
半世紀を示す「50年」という節目の大会に相応しく、
思い出の多い大会となったので、3つの単語であるが、
「50周年、50回、50歳」を記録に残そうと思う。
打ち上げビール「50」杯というわけにはいかなかったけど・・
充実したイベントの後のビール、美味しかったなぁ。



2013年10月06日(日)
「捲土重来」「道法自然」

映画「CUT」(アミール・ナデリ監督)から。
毎度のことながら、作品内に、掛軸などが飾られていると、
何かのメッセージだと察知して、メモしてしまう。
今回は「捲土重来」「道法自然」が気になって仕方なかった。
鑑賞後調べたら「捲土重来」とは、
「一度戦いに負けた者が、勢いを盛り返して、ふたたび攻めてくること」
「捲土」は土煙をあげるほどの激しい勢い、ようすをいう。
転じて「捲土重来を期す」などといって、
一度失敗した者が猛烈な意気込みでふたたびやり直すことをいう。
「道法自然」とは、中国の思想家、老子の言葉で
「人法地、地法天、天法道、道法自然」の最後の句。
「人は地に、地は天に、天は道に、道は自然に法る(のっとる=手本)とす」
つまり人は地に従うもの、地は天に従うもの、天は道に従うもの、
そして道は自然に従うもの、という意味らしい。
人の歩むべきは自然の法則に従うべき、と解釈され、
私利私欲に流されること無く、何が正しいのかを見極めること、
素直に感じ、行動することの大切さを伝えている言葉のようだ。
なるほど、この2つの四字熟語で、作品が思い出せる。
殴られ続ける西島秀俊さん扮する秀二が、
「本物の映画」だと仮定すれば「捲土重来を期す」日は近いし、
その手段は「道法自然」しかないのかもしれないな。



2013年10月05日(土)
毎日、眺めていられるんですね、羨ましいですよ

今年もまた、イベントや記念行事で溢れる10月〜11月を迎えた。
秋シーズン、第一弾は、郷土の版画家「前田光一木版画展」。
今日から10月27日まで開催している作品展であるが、
画業50年を超えた熟練の技が、私たちを魅了してくれる。
初日、オープンに合わせて来場していただいた人が、
首からぶら下げていたネームプレートで今回の企画展スタッフと
確認したのだろうか、私に近づいてきて、こう呟いた。
「前田先生の版画って、癒されますよねぇ」「そうですね」
「毎日、眺めていられるんですね、羨ましいですよ」
そんな短い会話をしたあと、はっと気付いたことがある。
期間中、私たち課のスタッフは、職場に出勤するだけで、
毎日毎日、この作品を眺めることができ、
自然と癒される環境で働くことができるんだ、と。
遠路はるばる、この企画展のために来場してくれた方との
何気ない会話で「小さな幸せ」を実感することとなった。
この日を迎えるまで、いろいろ試行錯誤を繰り返しながら、
先生と一緒になって作り上げてきた企画展だけに、
この展示期間中、私たちに「癒しの空間」がプレゼントされたと思う。
そしてまた、忙しくて自分の「心」が落ち着かなくなったら、
前田さんの版画作品とじっと対峙して、自分を見つめ直す時間としたい。



2013年10月04日(金)
人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力

書籍「JAL再生(高利益企業への転換)
(引頭真実編著・日本経済新聞出版社刊・265頁)から。
一度破綻した「JAL」に対して、京セラの稲盛会長が再生に取り組み、
見事にその役割を果たし、今の「JAL」がV字型の勢いで再建された。
多くの実績を残してきた稲盛氏は、「JAL再生のポイントは、
組織のあり方ではなく、一人ひとりの意識改革」と断言し
「意識改革の基本的な方針」を示している。
・「受動(パッシブ)」から「主動(アクティブ)」へ
・「傍観者」から「主演者」へ
・「誰かがやるだろう」から「自分がやる」へ
とかく守りに入りたがる私たちにも参考になるな、とメモをした。
その稲盛氏が常に念頭に置いている「成功方程式」が
「人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力」。
この方程式から、私が読み取れることは、二つ。
まずは、足し算ではなく、掛け算だということ。
どれかがゼロだと、全てゼロになってしまうということであろう。
また、実際の計算では関係ないが、その順番は大切だと言える。
しっかりした「考え方」の上に「熱意」「能力」があるべきで、
仕事をしていく上で「能力」は最優先されることではない。
そんなことを、この数式から感じ取ることが出来る。
学校でいえば、子どもたちは「点数」だけ取れば良いのではなく、
まずは「勉強する」という意味をしっかり理解したうえで、
「授業」に取り組むと、手にする成果が増えると言える。
私も小さい頃、「点数」をとることばかり考えていたから、
この数式をもっと早く知りたかったなぁ。(汗)



2013年10月03日(木)
沼津で人気の「中央亭千楽」

先日、沼津市出身の落語家「三遊亭橘也(きつや)・秋の寄席」に足を運んだ。
春秋2回の地元寄席も、もう7回を数えている。
応援に駆けつけてくれたのは、公私ともにお世話になっている(らしい)
「三遊亭道楽師匠」と「三遊亭全楽師匠」。
二人とも、さすが「真打」の実力、落語独特の話術だけでなく、
声を発していない「間」の部分でも、思いっきり笑わせてくれた。
道楽師匠の「イ・・・エ〜ス」と全楽師匠の「植木屋さん・・」は、
もう耳から離れなくなってしまったくらい。(笑)
また、地方都市の寄席に合わせてくれたのか、沼津名物や食べ物屋などを
頻繁に取り入れてくれた「マクラ」も、親近感を覚えた理由である。
特に、全楽師匠の「中央亭の餃子」のネタは大爆笑だったし、
次回は「千楽のカツハヤシ」でも食べてもらおうか、
そんな話題にもなるくらい、地元でも有名なお店の話は楽しかった。
そんなわけで、自分が落語家だったらどんな名前にするか、考えてみた。
私も沼津市西浦江梨の生まれだから、地元で人気の「中央亭千楽」。
(「北口亭千楽」でもいいんだけど・・)
いつかこの名前で「大喜利」の座布団運び、やりたいなぁ。
(すみません、時々飛びたす地元ネタで・・)

P.S.
「三遊亭橘也」にご関心のある方、後援会への入会をお薦めします。



2013年10月02日(水)
歴史は文化を象り、文化は食を育て、国民性を作る

講師「角田哲康」氏 (日本大学国際関係学部教授)
演題「異文化の共存と葛藤(スペイン文化の成り立ち」)から。
先生の話の中で、何度か登場したフレーズ。
「歴史は文化を象り(かたどり)、文化は食を育て、国民性を作る」
「スペインの文化を学ぶことは、
ヨーロッパ文化の源を知ることであり、
現代までのヨーロッパ文化の流れを理解すること」という説明が、
頭の中に、すっきりと入ってきた。
その中で「ローマ時代から豚は家畜化され、生ハムが作られ、
美食家の食材として、そして兵士たちの保存食としても用いられてきた」
そんな表向きの理由とは別に「キリスト教徒は、豚を使って、
イスラム教徒とユダヤ教徒を見つけようとした」という解説とともに、
スペインに「生ハム」という食文化が育ったことを知った。
さらに、サッカー・フラメンコ・トマト祭りに代表される、
「情熱の国・スペイン」という国民性を作りだしているのも、
今回の五輪招致で負け「もう立候補しない宣言」したにもかかわらず、
「また挑戦する」(かもしれない)国民性と言えそうだ。
世の中が不景気なので、外へは飲みにいかないのかと思ったら、
「3軒飲みに行っていたのを2軒にするとか、
3日飲みに行っていたのを2日にする程度」という国民性らしい。
ますます、スペインという国が好きになった。(笑)



2013年10月01日(火)
いい子じゃなくて、いい親になろうね

映画「いのちのまつり 地球が教室」(草場一壽監督)から。
「いのち」というものにスポットを当てた作品は、
これまでに何作も鑑賞してきたし、これからも観続けるであろう。
ただ、視点や伝える手法が違うだけで、大切にしよう、という
メッセージには変わらない。
今回も、多くのメモを残したが、
私が選んだのは「5時間目 生物の授業」の一部。
「学校教育は、回答がわかっている問題を出している。
それを教えることによって、立派な社会人になろうとしている。
そうじゃない、いろんな問題がおこってきた時にね、
どうするかという想像力、それが必要なんだ」と年老いた先生は呟く。
「中学三年は、義務教育の最後でしょ? だから、中学三年生には
人間の脳のことを教える。「今から、心のことを教えるよ。
人間の心はどのようにして成長していくのか、覚えておいて」と。
それは「道徳の時間ではなく、生物の時間」だと言い切った。
なるほど・・と私は唸った。
そして「子どもたちには『いい親になろうね』と教える」という。
「いい子を育てるんじゃなくて、いい親を育てていく」視点は、
今の私たちが忘れていたことかもしれない。
「いい子じゃなくて、いい親になろうね」って、素敵なフレーズだな。